ゴーストハンターGETゴーストハンターGET
ノベル / リンク / トップ

 蛸の漏斗さながらにだらしなく突き出した唇が、モニタに触れるその直前、彼は肩口に激しい痛みを感じた。
 彼の体は激しく床にたたきつけられ、その上を滑り、ロッカーにぶつかって、止まった。
「なんだよ、なんなんだよ!?」
 窓にかかっていた暗幕を掴んで身を起こした。
 彼の体重に耐えきれずに、カーテンレールが軋み、暗幕が破ける。
 闇が切り裂かれた。
 窓から差し込む太陽の光に、悠助は思わず目を細めた。しかしわずかに開いた瞼越しに、彼はあたりを見回した。
 机の上でパソコンが震えていた。
「だれよ、風姫(かぜひめ)の邪魔をするのは」
モニタ中の「顔」が、激しい怒りの表情を浮かべている。
 だがその視線は悠助には向けられていない。
 まなざしの先をたどってゆくと、そこには小柄な人影があった。
「全く、自分で自分を『姫』付きで呼ぶようなヤツにロクなのはいやしないわね。認識番号G-001、覚悟しなさい!」
 少々ハスキーな声は、耳障りな金属音を伴っていた。目をこらすと、その影は手に一本のマイクを握っているらしいことが判った。
「いやん、ハウってるし! ちょっとドク、調整してよ」
 声の主は空いた手を耳元に添えて怒鳴った。
 どうやら耳かけ型の通信機で、誰かと会話しているようだ。
『PCのスピーカーがあるからだ。左に2m離れろ』
 通信機から男の声が漏れた。
「了解!」
 声と同時に影が動く。
 陽光がその実態を照らし出した。
 編み上げの革ブーツ。白い太股。赤いタイトミニ。腰を絞るベルト。ハイネックのノースリーブニット。艶やかな黒髪。深紅のリボン。引き締まった唇と小振りな小鼻。そして黒目がちな瞳。
 悠助は息を呑んだ。
「カ、カワイイ」
 思わず、鼻の下が伸びる。
 美女は彼をにらみ付け、眉をひそめると、
「節操なし」
 一言吐き捨てて、彼から顔を背けた。
「あ、いや、それは……男だったら美人には弱いのが当たり前で……」
 と言ってはみたが、美女の神経はPCのモニタに映る「顔」に集中していて、悠助の言い訳にもならない戯言など、まったく無視された。
「追いつめたわよNo.G-001! おとなしくお縄に付きなさい!」
 美女がマイクを握りしめて叫ぶ。モニタの中の「顔」は顔をしかめ、両手で耳を塞いでわめく。
「どいてよ、黙ってよ! そのステキな陽の気は風姫のモノなんだから! その子を食べれば、風姫は体を手に入れられるんだから!」
「食べる、だって?」
 思わず悠助が声を上げる。その声を聞き、「顔」の表情がわずかばかり明るくなった。
「ステキな子……おいしそうな気……たくさん、たくさん……ぜぇんぶ風姫のものよ」
 モニタが激しく振動した。白い二本の腕が大きく前に突き出される。モニタの全面ガラスがぐねりとゆがむ。
 そして「顔」がモニタの外にあふれ出た。
「いい加減にっ!」
 マイクに向かって叫びかけた美女を、そいつは大きく腕を振って払いのけた。
 電気の固まりが美女の体をはじき飛ばす。
 吹き飛ばされた美女の体が、会議室の出口あたりの壁にたたきつけられ、ガラスの割れる音を発生させた。
「いただきまぁす!」
 モニタの中から出てきた、半裸の美少女……に見える存在は、悠助に抱きついた。
 両腕からバチバチと放電しながら、それは彼を床に押し倒し、太股(に見える部位)を彼の股にすりつける。
 彼の全身を高圧の電流が貫いた。
 彼は全身をふるわせていた。
「うひぃ! き、気持ちいい」
 総ての神経が痛みを快感に誤変換しているのだ。
 半裸の美少女らしき物は、柔らかそうな唇をつぼめ、それを悠助の唇に押付けた。
 と、突然ゴウ、という音がして、強烈な風が吹いた。
 瞬間。
 それは悠助の視界から消えた。
 代わりに彼の目に飛び込んできたのは、アメリカンフットボールのユニホームをもっと鋭角にしたようなプロテクターを全身タイツの上に着込んで、片手に携帯掃除機みたいな物を持っている人間の姿だった。

Back  Next
Back To menu To The Top