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 悠助が訝しげな視線を向けると、そいつはフルフェイスのヘルメットのバイザーを持ち上げた。
 幼さの残る整った顔が、そこにあった。
「……光輝?」
 彼の呼びかけに、その人物……北大手光輝は返答しなかった。
 不安に駆られた悠助は、早口でまくし立てた。
「わかった。研究会で映画でも撮ってるんだろう? ホラー風特撮映画みたいなヤツ。で、それは着ぐるみで、さっきの女の子は特殊効果で、どっかにカメラが回っててリモートで撮影してるとか」
 しかし光輝は答えない。視線を手の中の掃除機もどきに注いでいる。
 その機械の、透明な「ゴミ格納庫」の中で、人魂のような光がぐるぐると回っていた。その光は耳鳴りのようなノイズを放っていたが、小さく圧縮され、板のように伸され、一枚のカードになり、沈黙した。
 それが動かなくなったことを確認すると、光輝はヘルメット越しに右手を耳元へ添え、不機嫌そうに言う。
「叔父貴、終わった」
『了解。すぐにスイーパーを手配するから、お前さんはねっととそこの坊やを連れて離脱しろ』
「了解」
 光輝は耳元から手を放し、それを悠助の前へ突きだした。悠助が手を掴むと、その倍ぐらいの力で彼の手を掴み返して引き寄せる。
 悠助は自分の力をほとんど使わずに、簡単に立ち上がることができた。
 混乱は深まる。
 体の線が細い光輝は、確かに運動神経は良いが、それは走ったり跳んだりといったすばしっこさ方面の「良さ」だ。重いものを持ち上げるような、腕力方面の競技はむしろからっきしの筈だった。
「お前、こんなに力があったか? 大体、なんなんだ今のは。一体何が起こって、どうなったって言うんだよ?」
 判らないことだらけだった。しかし光輝は、
「僕の力じゃない」
 無愛想に言ったきり、口をつぐんだ。
「でも、今腕一本で俺を起こしたじゃないか」
 返事はない。光輝は乱暴なくらいにあっさりと悠助から手を放して、きびすを返す。
 そうして、今度は出口近くで伸びている美女に手を差し出す。
「ねっとサン、パンツ見えてますよ」
 伸びていた美女……「ねっと」は、まるでバネ細工のような勢いで跳ね起きて、めくれ上がっていたスカートの裾をおろして、その上から太股あたりを押さえつけた。
「白が好きなんですね」
 プロテクターで覆われた光輝の肩が、上下に揺れている。それでどうやら笑っているらしいというのが、真後ろで眺める悠助にも判った。
「おみっちゃんのエッチ」
 ねっとは真っ赤になった頬をふくらませて、しかし素直に光輝の手を掴んで立ち上がった。
 立ち上がって、改めて衣服の乱れをただした彼女は、光輝の体の横からひょいと顔を出し、悠助を指さした。
「あの坊やが、おみっちゃんのボーイフレンド?」
 にやにやと笑っている。
「自分勝手にいい加減なカップリング認定しないでくださいよ。……これだから腐女子は」
 呆れたような怒ったような声で光輝は言い、悠助にしたのと同じような素っ気なさで、ねっとの手を払いのけた。
「スイーパー要員が来ます。空間を閉鎖するから、離脱してください」
 事務的な口調で言う光輝に、ねっとは
「あの坊やはどうするの?」
 再び悠助を指さして問う。
「叔父貴が『一緒に離脱しろ』って言ってたって事は、ベースに連れて行けって事でしょう」
 光輝は事務的な上に不機嫌な口調で言い、振り向いた。まなざしに軽蔑の色が濃く浮かんでいる。
 悠助は背筋が凍り付いたような気がした。
 光輝の視線は確かに自分を小馬鹿にしているが、それ以上に真剣で、濁りなど一点だってない。
 震えながら、悠助は出口へと駆けた。

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