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 何が起こったのか、あるいはこれから起きようとしているのか、不安に駆られた悠助がおどおどと辺りを見回す中、足下の床が、丸く切り込みを入れられたような形で、ゆっくりと沈みはじめた。
 コンクリートの分厚い床と、さび止めの塗られた鉄筋が、悠助の目の前で上昇する。やがて全員の頭が元の床よりも下に入り込むと、ぽっかり空いた頭上の穴が、別の床材でぴたりと塞がれた。
 当然、あたりは真っ暗になった。悠助がパニックを起こしそうになる寸前、足下の床がぼんやりと輝きはじめた。
 見ようによってはチープな照明装置だった。
「ははっ。そうか。自主制作映画じゃなくて、本格的な特撮番組なんだ。今度の番組改編で、日曜の朝8時から始まるヤツだろ? どーりで本格的だし、関わっている人間も多い訳だ。ははは。それにしたっておまえ、いつの間に役者になったのさ」
 そうであって欲しい……願望を込めて悠助が言う。しかし、光輝とねっとが顔を見合わせて肩をすぼめる様子を見ると、希望はあっさりと砕かれた感がする。
 気まずい沈黙と脂汗が流れる中、やがて床は下降をやめた。そして目の前が急に、文字通りに開けて、妙に明るい空間が現れた。
 バスケットコートが2面くらい取れそうな空間だった。だが、無数のコンソールやらよくわからない機材やらが整然と、しかしぎっちり密集して並べられている。ようやっと人一人が歩ける程度の通路以外には床が見えず、結果的にひどく狭いようにも思えた。
 床の沈下が止まると、光輝とねっとがその狭い通路を歩き始める。あわてて悠助は後を追った。
 モニタやボタンや計器類が光ったり消えたりし、ヘッドホン型の通信機をつけた迷彩服の人間が行ったり来たりする中、部屋のど真ん中に半円形に配置された機材の前に白衣を着た男が座っている……まるで怪獣映画に出てくる政府官邸地下司令室か、特撮番組に出てくる世界征服を目指す悪の組織の秘密基地のようだ。
 さっぱり訳が解らない。悠助は混乱で脳みそが壊れる寸前まで追いつめられていた。
「なんなんだよ。映画でもドラマでもないっていうなら、本当の戦争でもおっ始めようってのかよ」
「そんな物騒なものじゃないさ」
 その声は突然下から響いた。驚いて飛び退いた悠助の足下には、スピーカーがあった。
 暴れる心臓をどうにか押さえ込みながら、悠助はせわしなくあたりを見回した。周囲の人間達はみな自分の仕事に集中していて、彼に目を注いでいる者は1人だっているようには見えなかった。
「目の前だ。真ん前」
 再び足下で声がする。同時に確かに前方からも同じ声がした。
 恐る恐る顔を前に向ける。薄汚れた白衣を着、黒縁の眼鏡をかけた、髭モジャの男が立っていた。
 何処からどう見ても、そしてどう好意的に考えても、その風貌は「マッドサイエンティスト」だ。
「悪の科学者!」
 思わず悠助は声を上げた。体中をこわばらせた彼の、痙攣する頬を見て、光輝は笑いをこらえながら言う。
「あんまりうちの叔父貴を悪く言わないでくれよ。確かにマッディなのは間違いないけど」
「え?」
「だれがトンデモ物理学者だって?」
 髭モジャ男は光輝のおでこに軽くげんこつをぶつけると、改めて悠助に向き直った。
「樋野沢大学助教授、真田輝光(サナダ テルミツ)だ」
 真っ黒な革手袋がはめられた大きな掌が、握手を求て突き出された。
 悠助はわずかばかり戸惑った。以前テレビか何かで、手袋をしたままの握手は男の場合はマナー違反だと聞いたことがある。
『常識のない大人だな』
 自分にどれほどの常識があるのかはとりあえず棚の上に上げて、悠助は真田の髭面をにらみ付けた。
 髭の中で、唇がニヤリと曲がった。
「気を悪くしたなら許してくれよ。何しろ皮膚炎が酷くてね。とても人に見せられない状態なモンだから、もし、軟膏やら膿やらグズグズの返り血じみた物が付いても平気だというなら、すぐに外すよ」
 真田が手袋を外そうとするので、悠助はあわてて彼の両腕を手袋の上から握った。
「は、初めまして。俺……僕は、光輝……北大手君のクラスメイトで、川原柳といいます」
「君のことはおみつから聞いて知っているよ」
「オミツ、って?」
 ちらりと横を見る。

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