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「叔父貴がそんな風に呼ぶから、ねっとさんまで僕をそう呼ぶ」
 光輝は唇を尖らせていた。
「あら、それがデフォじゃないの? 大体いまさら光輝ちゃんとか呼べって言われても、逆に言いづらいわよ」
 ねっとはケラケラと笑った。光輝はため息を吐いて首をうなだれた。
「好きにしてください」
 二人の会話は、周りの非現実的な空気とはまるきり異質で、太平楽で、アットホームだった。
 悠助は軍隊じみたこの部屋の張りつめた雰囲気にも、光輝たちの醸し出すゆるんだ雰囲気にも、大きな違和感を感じていた。
 この場所にいたくない。その感情を、彼は素直に口に出した。
「俺、家に帰りたいんですけど。っていうかこの部屋から出して欲しいんだけど」
 険のある言葉だった。真田は首を横に振って応じた。
「あと最低30秒はがまんしてもらいたいな。もっとも、検査結果によっては、無条件では外に出せなくなるが」
「出せないって、監禁するつもりか!? 犯罪じゃねぇか!」
 悠助は体中を揺すって大声でわめきちらした。もっとも彼の仕草は、だだをこねる子供のようで、まるで緊迫感がなかったのだけれど。
 真田が頭を掻いて口をつぐむ。彼を納得させられるような「判りやすい説明」が、俄には思いつかない。ねっとも首を傾げて考え込んだ。
 光輝も困り果てた様子でモニタと悠助を交互に見ていた。
 が。
 突然光輝は悠助をにらみ付けて、低い声を出した。
「君、このごろ『ついていない』だろ?」
 悠助の動きがぴたりと止まった。
 光輝は続ける。
「段差も何もないところでつまずいて転んだり、どぶ板踏み抜いて新品のスニーカーをヘドロまみれにしたり、しゃがんだらズボンが破けたり、そういうときに限って熊さんのバックプリントが入ったパンツを穿いているのを女子に見られて爆笑されたり、遅刻しそうなんで駆け込み乗車して間に合ったと思ったら逆方向の臨時快速だったり、改段昇ってたら前にいたミニスカの女の人にノゾキと間違えられたり、冷蔵庫に麦茶が入ってると思って飲んだらめんつゆだったり、賽銭箱に5円入れようとしたのに500円玉を投げたり、予定の100倍も喜捨したってのにおみくじ引いたら大凶だったり、そのおみくじを木の枝に結びつけようとしたらそこにちょうど毛虫がいて毒針で刺されてかぶれたり、歩道を歩いていて正面から来たおばちゃんの自転車を避けようとしたらそのおばちゃんも同じ方向に動いて結局ぶつかったり、駐輪場の脇を通りかかったときに自転車が将棋倒しになって来たんであわてて避けたら車道に飛び出してしまって駐車中の車にぶつかったり、朝礼に行く途中でみんなと廊下を歩いていたら後ろから来たヤツに難度もアキレス腱あたりを踏まれたり、財布を落としたり、落とした財布を捜して茂みかき分けたらスズメバチの巣に水平チョップを喰らせて当然のように蜂の大群に襲われたり、12段だと思って改段を駆け下りたら実は13段目があって顔面したたか床にぶつけたり、プールに勢いよく飛び込んだら実は水深が浅くて底に脳天を打ち付けてしまったり、野球を内野最前列で見てたらフルスイングしたバッターの手からすっぽ抜けたバットが耳たぶをかすめていったり、直後にファール処理を誤って客席に飛び込んできた三塁手の膝蹴りを顔面に喰らったり、旧校舎の洋式トイレに腰掛けた途端に便器が粉々に割れた上に水道管が破裂したものだから尻に陶器のかけらと高圧の水流が突き刺さったり、グランド歩いてたらしまい忘れの整備用のブラシの先を踏んずけたり、そうしたらテコの原理で跳ね上がったブラシの柄が思いっきり顔面にぶち当たったり、バナナの皮で滑って転んで後頭部打ったり……」
 光輝はよどみなく「不幸」を数え上げる。
 その一つ一つに悠助はうなずき、うなずくたびに彼の顔は青白さを増していった。
「そうなんだよぅ。でもそれだけじゃないんだよぅ。試験のヤマハリが外れたり、レポートの締め切りを間違えていたり……」
 彼は視線で光輝にすがりつく。
 すると、
「その辺は君自身の責任だ」
 光輝はにべなく言い捨てる。悠助は膝から崩れ落ち、床にぺたりと座り込んだ。
「兎も角、君はそうとうに不運だったけれども、大怪我を負うこともなかった。……少なくとも、今までは」

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