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 確かに悠助はどれほどの不運にあっても重傷を負うような事はなかった。ぶつかろうが転げ落ちようが、せいぜいオキシフルかヨード液と絆創膏で住むようなかすり傷しか負わない。
 しかし、だ。
「なんだよ、その最後のは。今までは、って。今まではよくっても、これからはダメみたいな言いっぷりじゃないか」
 見上げた光輝の顔が、遙か遠くで小さく立てに揺れた。
「今までだって充分不幸なのに、これ以上の不幸って……。俺が一体何をしたって言うんだよ」
 悠助の体はがたがたと震えだした。
 光輝は彼の顔の前に手を差し出した。
「何も。君は何もしていない。でも、どうやら生来君は不幸を呼び込む体質らしい。それでいて、おかしな具合に体力がある。そこを奴らにつけいられたようだ」
「奴ら?」
「さっき君に抱きついたような奴らだよ。叔父貴曰く『虚数単位のエネルギー体』。実数解を持たない存在……実態どころか、計算上でもあり得ないエネルギー値」
 そう言いかけて、光輝は少し考え込み、ちらりと真田に視線を投げた。
 数学やら物理やらに関しては万年「十段階で二」というぎりぎりな成績である悠助には、光輝が何を言っているのかさっぱり判らなかった。
 一方、光輝には彼に解るように説明する自身がなかった。自分が理解すると言うことと、人を理解させられるということは、全く次元の違うことだ。
 救援を要請された真田にも、悠助が言葉や数式で説明しても理解できていないだろうことが、おおよそ理解できた。
 そこで彼は、
「図式化しよう。見えるようにすると判りやすい」
 自分の前のコンソールを少しばかり操作した。
「実数解の出せない現象を引き起こす正体不明の存在。どうあがいても、見ることができないもの。だが一度、四元数積を導き出すこと、コンピュータグラフィック化するとことができる」
 節くれ立った指が、キーボードを叩いた。
「ほら、見えるようにすると判りやすいだろう?」
 モニタ上に幾枚もの小さな「絵」が表示された。それはみんな、奇妙にリアルで、それでいて現実離れしたプロポーションの、可愛くてセクシーな女の子の「絵」だった。
 モニタをのぞき込む悠助の鼻の下が、だらしなく伸びた。光輝はわざとらしいため息を吐いて、彼の首根っこを掴み、持ち上げた。
「要するに、そいつらはフツウでは捕まえるどころか見ることもできない存在。でもコンピュータを通すとどうやら見ることはできるようにはなる。僕らはそれを『オバケ』とか『ゴースト』とか呼んでいる」
「オバケ!? そんな非科学的な!」
 否定しながら、それでも悠助は少しは安堵していた。数学やら科学やらでちんぷんかんぷんな説明を付けられるよりは、名状しがたいオカルト現象という棚に上げておいた方がなんとなく落ち着く。
 とはいえど、棚の上にしまい込んだものををすっかり忘れることができないのであれば、落ち着いてなどいられなくなる。
「さっき君を襲ったアレ。コンピュータを通って可視化してしまった『オバケ』な訳だけど……」
 こう言われればどんなに鈍い者でも恐怖するのは当然だ。
 悠助は光輝の手を強く握りしめた。
「俺、幽霊に取り憑かれたのか?」
「『オバケ』達は実数エネルギーを持つ生き物からエネルギーを吸収しようとする。実際、君もさっき相当吸われたようだ」

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