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「はぁ!?」
 にたりと笑う彼に対して、二人の学生が異口同音に単純な疑問の叫び声を浴びせた。
 そしてそれはすぐに不共鳴な自己主張に変わった
「なんで僕がこいつのお守りをしないといけないんだよ?!」
「なんで俺がこいつのケツに金魚の糞じゃなきゃいけないんだよ?!」
 互いの視線を交えさせることなく、しかし互いが互いを指さして、二人は同時に怒鳴った。
 不共鳴な大声はこの空間中に響き渡った。その場にいた総ての人間が、その発生源に視線を注ぎ、あるいは目を見張って驚き、あるいは失笑している。
 ねっとがおどけた顔で耳を塞いで見せ、真田は鼻笑いした。
「別におまえさん達に四六時中ぴったりくっついていろとは言わんさ」
 二人が不満そうに唇を尖らせるのを見、真田はにやけた顔を真顔に戻した。そして顔を二人に向けたまま腕だけを卓上に伸ばす。
 右の人差し指が小さな光の上に触れると、すぐ傍らにぱっくりと四角い穴が開いた。
 やがて小さなモーター音がして、その穴の中から鈍い銀色の小さな機械らしき物がせり上がってくる。
 真田はそれを掴むと、無造作に悠助の胸元へと投げ渡した。
 それは携帯電話ほどの大きさだったが、ありきたりの携帯のように平べったい四角柱ではなく、円柱状の形をしている。
 その円柱をふたつに割り開くと、上半分にはカラー液晶の画面が、下半分には数字のキーが並んでいる。
「携帯電話?」
 悠助は単語の語尾を少々間の抜けた調子で持ち上げた。彼は自分自身の発した言葉に、少しばかり違和感を感じているのだ。
 眉間に浅い皺を寄せて「それ」に見入る彼に、真田が言う。
「GPS機能付きの、ちょっとばかり多機能な携帯だと思ってくれて構わない。ただ、フツウの電話と同じ感覚で番号を押さない方がいいだろう。キーの配置が違うからね」
「あ、確かに違ってる」
 違和感を感じた理由がなんとなく判って、悠助は少しばかり安堵した。ただし、どの様に配置が違っているのかまでは判らないものだから、眉間の皺は消しようがない。
 すると彼の耳元に、
「テンキー」
 という「音」と同時に、甘く暖かい空気が吹きかけられた。
 脊椎に電流を流されたカエルのように悠助は痙攣し、直後その空気の流れの発生源に顔を向けた。
 文字通りの目と鼻の先に、光輝の白い顔と赤い唇があった。
 悠助の体中の筋肉が、再び感電した小動物風に痙攣した。
「何だよ!」
 疑問なのか驚きなのか本人にも判らない言葉を吐き出しながら飛跳ねた彼の体は、光輝のそれから1mほど離れた床の上に着地した。
 何故なのか判らないが、動悸がする。心臓を口から飛び出させながら、彼は光輝をにらみ付けた。すると件の赤い唇からは、
「テンキー」
 先ほどと同じ言葉が繰り返される。
「だから、何?」
 怒鳴り返すと、光輝は細い指先で悠助の手の中の機械を指し示して、言う。
「パソコンのキーボードの数字の所、って言っても、ノートみたいな小型のだと付いていないことがあるから……。銀行のATMとか、電卓とかの0から9までの10個の数字が並んだキーボードのことをテンキーって言うんだ。……厳密にはエンターキーとかも付いてるから、10個のキーじゃないけど……。ともかく、そのテンキーの数字の並び方と、それの並びが同じなんだ。ほら、789が上で123が下になってるだろう? 電話は逆のはずなんだ」
 悠助はまじまじとその「携帯電話らしき物」のボタンを眺めた。確かに数字は789が上段に123は下の方に並んでいる。
 それが本当に「電話のボタンと逆」なのか。彼はズボンの尻ポケットをまさぐった。
 空だった。
「あれ? 俺のケイタイが無い」
 確かにケイタイはここに突っ込んだはずだ。カノジョからもらったメディアと一緒に……。
「それならアソコで潰れてた」
 光輝の白い指が、天井を指し示す。指先の延長線上には、小会議室がある。
「潰れ……」
 悠助の脳みその中で、買ったばかりの携帯端末がアルミの空き缶よろしくグシャリと音を立てて潰れた。

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