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「あれ新品なんだけど」
 恐る恐る訊ねると、光輝はまるでテストに出そうな箇所をレクチャーするみたいな口調で答える。
「キミがしりもちをついた拍子に、ぐしゃっとね。まあ、物というヤツは新品もセコハンも関係なく、壊れるときは壊れるものだから」
「メモリーとか、登録したメアドとか、全部ダメ?」
 やはり光輝はうなずく。その後ろで、ねっとと真田もうなずいていた。
「復元とか、できないかな? そーゆーサービスがあるって噂に聞いたけど」
 期待せずに訊ねると、光輝は眉間に皺を寄せた。
「できなくはないだろうけれど、買ったばかりの携帯にそんなに重要な情報が入っていたのかい?」
 妙に冷静で、しかし懐疑的なその口調に、悠助は無性に腹が立った。
「カノジョのメアド! それから受信したメール!!」
 彼は顔を真っ赤にし、頭から湯気の出る勢いでわめいた。
「それだけ?」
 横からねっとが口を挟む。
「この世で一番大事なデータだっ!」
 悠助がほえると、光輝はきょとんとした顔の中で長いまつげをばさばさと上下させた。
「君、自分をフッた娘のアドを蒐集するのが趣味なワケ?」
 冷静な声音は、悠助に現実を思い起こさせた。
「フラレタんだった、俺……」
 悠助は全身の蝶番が全部はじけ飛んだような気になった。関節という関節から力が抜けた。
「俺、不幸だ。世界で一番不幸な男の子……」
 冷たい床の上にへたり込んだ彼は、しかし即座に立ち上がった。
「不幸続きは『オバケ』のセイだって言ったな!?」
 バネ仕掛けの玩具の勢いで、彼は光輝に尋ねた。驚いた白い顔は、反射的にうなずきを返した。
「じゃあ、その『オバケ』を退治しちまえば、俺は不幸のあり地獄から抜けられるな!?」
「理論的には」
 光輝の返事が終わる前に、悠助の視線は真田の髭面に移動した。
「どうすればいい? 神社か、お寺か、教会か? 滝に打たれるとか、断食するとか、火渡り神事とか、そう言うのをやればいいのか!? お経をとか聖書とかを暗記しろっていうんだって、死にものぐるいやるぞ」
「そう言う『オバケ』とは質が違うんだが」
 真田は苦笑いし、悠助の手の中の携帯電話もどきを顎で指した。
「さっき言いかけたとおり、それにはGPSが内蔵されてっから、おまえが何処にいるかってぇ位置情報をこっちでモニターできる。だからもしおまえがどこかで『オバケ』に遭遇したってな場合は、そこの赤いキーを押すと……」
 悠助は言われるままに携帯もどきの側面にある赤いボタンを押した。
 携帯もどきは耳障りな高周波の音を発した。同時に、この「秘密基地」にある総てのモニターが赤く光り始めた。
 Emergencyとか緊急とか言う文字が、あちこちで点滅し、いかにもヤバ気なブザーやらサイレンの音がけたたましく鳴り響く。
 悠助はとっさに頭を抱え、両耳を塞いだ。
 当たりを見回すと、その場にいる人々が冷静にモニタから情報を読みとり、なにやらボタンを押して点滅とサイレンを停める作業をしていた。
 耳を押さえたまま、悠助は横目で真田を見た。
 彼は顎の無精髭をなでながら、にやついていた。
「そんな具合に『オバケ』共が嫌う周波数の警戒音が出ると同時に、こっちに緊急連絡が入る、と。おまえは連中がひるんでいる間にその場から離脱」
 耳鳴りみたいな音とブザーとサイレンが消えた後、悠助は手の中の携帯もどきを眺めて、言った。
「逃げるってのは、情けないっすね。自分の不幸を自分で解決出来ないみたいで」
「ねっとかおみつが現着するまで『オバケ』共がひるんでくれるとは限らん。そんなときは死にものぐるいで逃げ回らんとイカンわけだから、座して祈祷を受けるより、幾分か能動的だと思うが」
 真田はまるで僧侶のように手を合わせている。
「もし捕まったら、キレイなオネェチャンに精魂吸い尽くされて気持ちよ〜くあの世逝きなだけだがね。ま、それもまた男の本懐かもしれんよ」
 悠助の背筋に甘くぞくぞくする心地よい電気が走った。身を委ね、浸りたくなる快楽は、しかし同時に心臓を調子はずれの収縮で締め上げる。
 彼は瞼を強く閉じ、拳を握りしめた。先ほど味わった快楽を思い起こすと、「気持ちいい死に方」の誘惑に負けそうになる。
「冗談じゃない。キレイでも可愛くても、実態がないモノに好かれるんじゃ意味がない」
 子犬のように頭を振って、悠助は自分に言い聞かせ、目を開けた。

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