【こんな夢を見た】
http://jhnet.sakura.ne.jp/petit/no/その建物に入るため、磨り硝子が填まった木の引き戸を開けた。
少年はそこに立っている。
鍔裏が赤い白の体操帽子、白い半袖、紺の半洋袴、二重線の入った白い靴下、爪先の赤い芭蕾舞鞋。
「入って良いかな?」
彼は答えない。
白い顔でこちらを仰ぎ見て、ニコニコと笑っている。
「入っちゃ駄目かな?」
彼は答えない。
ただニコニコと笑いながら、右の腕を真横に持ち上げて、私から見て左、彼にすれば右方角を指し示した。
「行かなきゃいけないかな?」
彼は答えない。
白い顔でこちらを仰ぎ見て、右手の人差し指で右を指し示し、静かに笑っている。
「わかった。行くよ」
無言のまま、彼は僅かに頷いた。
私は元来た側へ振り返り、引き戸を開けたまま、右へ顔を向けた。
来た道から続く道がある。
来た道よりも細い道がある。
あのうねる細道を、道なりに進んだなら、細い川に突き当たることを、私は知っている。
その川が、細いが深く、流れが速いことも、私は知っている。
しかし、道はそこで途切れてはいはない。
川の向こう岸からも、道は続いている。
そしてこちらの道と向こうの道とを、赤い、心許なげな橋が繋いでいる。
振り向くと、あの少年がまだこちらを見つめていた。
彼の右手の人差し指は、川の方向、橋の方向……川の向こう岸を指している。
「わかった、行くよ」
無言のまま、彼は確かにかに頷《うなづ》いた。
ニコニコと、彼は嬉しそうに笑っていた。
だから私はそちらへ向かって走り出したのだ。
走って細道を進む。
走って赤い橋を渡る。
走って対岸へたどり着く。
息を吐いて振り返ると、そこには何も無かった。
赤い橋はない。
深い川はない。
走ってきた道はない。
その建物はない。
あの少年もいない。
いや、そもそも彼はいたのか。
あの建物に入ろうとしたのか。
私は道を走ってきたのか。
深い川は流れていたのか。
赤い橋はあったのか。
私は「前」へ向き直った。
私はうねる細い道を道なりに進む。
ただ前へ。
時々暗闇を振り返りながら、ただ前へ。
……そんな夢を見た。