猫吉親方
またの名 長ぐつをはいた猫
ペロー Perrault
楠山正雄訳
一
むかし、あるところに、三人むすこをもった、粉ひき男がありました。もともと、びんぼうでしたから、死んだあとで、こどもたちに分けてやる財産といっては、粉ひき臼をまわす風車と、ろばと、それから、猫一ぴきだけしかありませんでした。さていよいよ財産を分けることになりましたが、公証人や役場の書記を呼ぶではなし、しごくむぞうさに、一ばん上のむすこが、風車をもらい、二ばんめのむすこが、ろばをもらい、すえのむすこが、猫をもらうことになりました。すえのむすこは、こんなつまらない財産を分けてもらったので、すっかりしょげかえってしまいました。
「にいさんたちは、めいめいにもらった財産をいっしょにして働けば、りっぱにくらしていけるのに、ぼくだけはまあ、この猫をたべてしまって、それからその毛皮で手袋をこしらえると、あとにはもうなんにも、のこりゃしない。おなかがへって、死んでしまうだけだ。」
すえの子は、ふふくそうにこういいました。すると、そばでこれを聞いていた猫は、なにを考えたのか、ひどくもったいぶった、しかつめらしいようすをつくりながら、こんなことをいいました。
「だんな、そんなごしんぱいはなさらなくてもようございますよ。そのかわり、わたしにひとつ袋をこしらえてください。それから、ぬかるみの中でも、ばらやぶの中でも、かけぬけられるように、長ぐつを一そくこしらえてください。そうすれば、わたしが、きっとだんなを、しあわせにしてあげますよ。ねえ、そうなれば、だんなはきっと、わたしを遺産に分けてもらったのを、お喜びなさるにちがいありません。」
主人は猫のいうことを、そう、たいしてあてにもしませんでした。けれども、この猫がいつもねずみをとるときに、あと足で梁にぶらさがって、小麦粉をかぶって、死んだふりをしてみせたりして、なかなかずるい、はなれわざをするのを知っていましたから、なにかつごうして、さしあたりのなんぎを、すくってくれるくふうがあるのかもしれない、とおもって、とにかく、猫のいうままに、袋と長ぐつをこしらえてやりました。
二
猫吉親方は、さっそく、その長ぐつをはいて、袋を首にかけました。そして、ふたつの前足で、袋のひもをおさえて、なかなか気取ったかっこうで、兎をたくさん、はなし飼いにしてあるところへ行きました。そこで、猫は、袋の中にふすまとちしゃを入れて、遠くのほうへほうりだしておきました。そこから、袋のひもを長くのばして、そのはしをつかんだままじぶんはこちらに長ながとねころんで、死んだふりをしていました。こうして、まだ世の中のうそを知らない若い兎たちが、なんの気なしに、袋の中のものをたべに、もぐりこんでくるのを待っていました。あんのじょう、もうさっそく、むこう見ずの若い、ばか兎が一ぴき、その袋の中へとびこみました。猫吉親方は、ここぞと、すかさずひもをしめて、その兎を、なさけようしゃもなくころしてしまいました。そうして、それを、えいやっとかついで、鼻たかだかと、王様の御殿へ出かけて、お目どおりをねがいました。
猫吉は、王様のご前へ出ると、うやうやしくおじぎをして、
「王様、わたくしは、主人カラバ侯爵からのいいつけで、きょう狩場で取りましたえものの兎を一ぴき、王様へけん上にあがりました。」
カラバ侯爵というのは、猫吉がいいかげんに、じぶんの主人につけたなまえですが、王様はそんなことはご存じないものですから、
「それは、それは、ありがとう。ご主人に、どうぞよろしく御礼をいっておくれ。」と、おっしゃいました。
猫吉は、ばんじうまくいったわいと、心の中ではおもいながら、
「はいはい、かしこまりました。」と、申しあげて、ぴょこ、ぴょこ、おじぎをして、かえって来ました。
そののちまた、猫吉は、こんどは、麦畠の中にかくれていて、れいの袋をあけて待っていますと、やまどりが二羽かかりました。それを二羽ともそっくりつかまえて、兎とおなじように、王様の所へもって行きました。
それからふた月三月のあいだというもの、しじゅうカラバ侯爵のお使だと名のっては、いろいろと狩場のえものを、王様へけん上しました。そしてそのたんびに、猫吉はお金をいただいたり、お酒を飲まされたり、たっぷりおもてなしをうけるうちに、だんだん王様の御殿のようすが分かってきました。
三
ある日のこと、猫吉は、いつものように狩場のえものをけん上しに行きました。すると話のついでに、きょう、王様が美しいお姫さまをつれて、川へ遊びにお出かけになるということを聞きこみました。そこで、猫吉は、さっそくかえって来て、主人に話しました。
「もしもし、だんなが、わたしのいうとおり、なんでもなされば、あなたは、じきしあわせになりますよ。それもたいしてむづかしいことじゃないんですよ。だんなはただ、きょう、川まで出かけて、わたしのおしえるとおりの所へ行って、水をあびていればいいんです。そうすれば、あとはばんじ、わたしがいいようにしますからね。」
カラバ侯爵は、そう聞いても、なにがなんだか、ちっともわけが分かりませんでしたが、なんでもかでも、猫吉のいうとおりにしました。さて、ちょうど猫吉の主人、すなわちカラバ侯爵が、水につかってからだを洗っているとき、そこへ王様の馬車が通りかかりました。すると、猫吉はきゅうに、火のつくように、かなきり声をあげてさけびたてました。
「助けてください。助けてください。カラバ侯爵がおぼれそうです。」
王様は、このさけび声を聞くと、なにごとかとおもって、馬車の窓から首をお出しになりました、見ると、しきりにどなっているのは、これまでに、たびたび狩場から、いろいろと、けっこうなえものを持ってきてくれた猫なので、王様はおそばの家来に、はやく行って、カラバ侯爵をお助け申せ、といいつけました。
家来が、いそいで川へおりて行って、カラバ侯爵を引きあげているあいだに、猫吉は王様のところへ出かけて行きました。
「わたくしどもの主人が、川につかって、からだを洗っておりますと、わるものがやって来たのでございます。主人はずいぶん大声で、なんども、どろぼう、どろぼうと申しましたのですが、とうとう、わるものは、着物をぬすんで、もって行ってしまいました。ですから、すぐに着る着物がございません。」
猫吉は、こう王様にうったえました。じつは、その着物は、大きな石の下にかくしておいたのです。けれど、猫のいうことが、さもほんとうらしくきこえるので、王様は、御殿の衣裳べやのかかりにいいつけて、いちばん上等な着物を、いそいで持って来て、カラバ侯爵にお着せ申せ、とおっしゃいました。
王様は、侯爵をたいへんていねいにもてなして、ごじぶんの、りっぱな着物を着せました。ところで、猫吉の主人は、生まれつきりっぱなようすの男でしたから、その着物を着ると、いかにも侯爵らしい上品なひとがらになりました。それを見た王様のお姫さまは、すっかり侯爵がすきになりました。そこで、王様は侯爵にすすめて、馬車に乗せて、いっしょに旅をすることにしました。
猫吉は、じぶんのけいりゃくが、うまくあたったので、だいとくいで、馬車よりも先へあるいて行きました。すこし行くと、まきばの草を刈っているお百姓たちに出あいました。すると猫吉は、
「もうじき王様が馬車に乗ってお通りになるが、そのとき、このまきばはだれのものだ、といっておたずねになったら、これはカラバ侯爵のものだと、おこたえしなければいけないぞ。もしそうしなかったら、それこそ植木鉢にはえたちいさな草を引っこ抜くように、おまえたちの首を、引っこ抜いてしまうぞ。」といって、すっかりお百姓たちを、おどしつけました。
王様が、やがてそこを、お通りかかりになりますと、なるほど猫吉のおもったとおり、このまきばは、だれのものだ、とおたずねになりました。けれどお百姓たちは、すっかり猫吉におどかされていましたから、
「わたしどものご主人、カラバ侯爵さまのものでございます。」と、みんな声をそろえて、こたえました。
王様は、うまうまと、だまされておしまいになりました。そして、侯爵にむかって、まじめにおよろこびをおっしゃいました。
「どうもたいした土地もちでおいでだな。」
そこで侯爵は、すかさず、そのあとについて、
「ごらんのとおり、このまきばからは、まい年、なかなかたくさんな取りいれがございますので。」と申しました。
四
まずこういうやり方で、猫吉親方は、いつも馬車の先に立ってあるいて行っては、麦刈り、草刈りをしている男とみると、おなじようなことをいって、おどしました。
「王様がお通りになったら、これはみんなカラバ侯爵の畠でございますというのだ。そういわないと、おまえたちみんな、挽き肉にしてしまうぞ。」
そういってあるいたあとに、すぐ王様は通りかかって、麦畠も、牧場もみんなカラバ侯爵のものだときかされました。そのたんびに、王様は、カラバ侯爵が、たいへんな広い領地をもっているのに、すっかりびっくりしておしまいになりました、そうしてそのたんびに侯爵にむかって、
「どうもたいしたご財産で。」といいました。
このあいだに、猫吉親方は、ひとりさきに、どんどんあるいて行って、とうとう人くい鬼が住んでいる、りっぱなお城へ来ました。この人くい鬼は、世にもすばらしい大金持で、王様が、みちみち通っておいでになった、カラバ侯爵のものだという広大な領地も、じつはみんな人くい鬼のものでした。猫吉は、この人くい鬼のことをよく聞いて知っていましたから、そのとき、ずんずんお城の中へはいって行って、
「ご近所を通りかかりましたのに、あなた様のごきげんもうかがわずに、だまって通る法はございませんので、おじゃまにあがりました。」と、さも心から、うやまっているように申しました。
それを聞いた人くい鬼は、すっかり喜んで、人くい鬼そうおうなれいぎで、猫吉をもてなしました。
さて、ゆっくり休ませてもらったところで、猫吉は、おそるおそる、
「あなた様は、ごじぶんでなろうとおもえば、どんなけもののすがたにもおなりになれるのだそうでございますが、それでは、ししとかぞうとかいったような、あんな大きなけものにもおなりになれるのでございますか。」と、たずねました。
すると、人くい鬼は、早口に、
「なれなくってさ。なれなくってさ。よしよし、うそでないしょうこに、ひとつ、ししになって見せてやろう。」
こういって、いきなりししになってしまいました。猫はすぐ鼻のさきに、大きなししがふいにあらわれたので、あわてて、長ぐつのまま、あぶないもこわいもなく、軒のかけひの上にかけあがりました。しばらくたって人くい鬼が、やっと、もとどおりのすがたになったのを見すまして、猫吉はそろそろ、かけひからおりて来ました。
「どうも、じつに、おどろきました。わたくしは、今にもひとつかみになさるかと思って、ぶるぶるふるえていたのでございますよ。ところで、これも人から聞きました話で、あてにはなりませんが、あなたはまた、ずっと小さなけもの、たとえばねずみなら、はつかねずみのような小ねずみなんかにでも、なろうとおもえばおなりになれるということですが、まさかねえ、こればかりは、とても信じられませんが。」
こういって、猫は、うたがいぶかいような目をしました。
「なに、信じられん。」と、人くい鬼はおこってさけびました。「よしよし、すぐ小ねずみになって見せよう。」
人くい鬼は、いうまに、一ぴきのはつかねずみにかわってしまいました。そして、ちょろ、ちょろ、床の上をかけまわりました。猫吉はしめたというなり、すばやく、小ねずみにとびかかるが早いか、あたまから、むしゃむしゃと、たべてしまいました。
五
そのとき、お城のそとのつり橋を、王様の馬車のわたってくる音がきこえました。猫吉は、その音を聞きつけると、さっそく、お城の門のところへ出て行って、王様にこう申しました。
「さあ、どうぞ、王様には、カラバ侯爵のお城におはいりくださいまするよう。」
王様は、さっきからこのお城に気がついていました。そして、だれのお城だか知らないが、中はさぞかしりっぱだろうから、はいってみたいものだと、おおもいになっていたところでした。ですから、猫吉がそういうのを聞くと、ますますおどろいておしまいになりました。
「なに、これも侯爵のお城。いやどうも、お庭といい、建物といい、こんなりっぱなお城は見たことがないわい。では、拝見しよう。どうぞ案内をたのみますぞ。」
王様が馬車からおりると、猫吉は、そのあとからついて行きました。カラバ侯爵はお姫さまに手をかして、そのあとにつづきました。やがて大広間にはいると、おかざりしたテーブルの上に、りっぱなごちそうがならんでいました。じつは、このごちそうは、きょう、たずねて来るはずの友だちのために、人くい鬼がしたくしておいたものでした。けれども猫吉は、それがわざわざ、王様やお姫さまのために用意させてあったもののように見せかけました。人くい鬼の友だちも、王様がおいでときいて、えんりょして、かえって行きました。
やがて、みんなはテーブルについて、ごちそうをたべました。王様は、お姫さまとどうよう、侯爵のりっぱなひとがらに、すっかりほれこんでおしまいになりました。そのうえ、侯爵が、たいへんお金持なのを知って、なおなお、このもしくおもいました。そこで、五六ぱい、さかずきをあげてから、王様は、
「どうでしょう、侯爵、おいやでなかったら、姫と結婚してくださいませんか。あなたは、わたしどもにとっては、申しぶんのない方です。」と、いいました。
侯爵はそのとき、うやうやしく敬礼したのち、王様の申し出された名誉を、よろこんで、お受けすることにしました。そうしてその日、さっそくお姫さまと結婚しました。
さて、猫吉は、大貴族にとり立てられました。それからはもう、やたらにねずみを取ったりしないで、気らくに、その日その日をおくりました、と、さ。
親ゆずりの財産に、ぬくぬくあたたまっているよりも、若いものは、自分の智恵と、うでを、もとでにするにかぎります。
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