むかし昔、ある所に、お金持の
三人のむすめたち、たれも、きれいに生まれついてきているなかで、いちばん末の女の子は、きれいというだけではたりない、それこそ照りかがやくように美しくて、まだ三つ四つのおさな子のときから、ラ・ベル――
ところで、人間の身の上はいつどうかわるかわかりません。さしも大金持だった商人が、ふとしたつまづきで、いっぺんに
こんなしだいで、一家は、いやおうなし、いなかのちいさな家にうつりました。そして、三人の男の子は、一日外に出て、すこしばかりある土地を
こんなことで、どうにか一年立ちました。するとある日、町からしらせがとどいて、
「それで、ラ・ベルちゃん、お前さんは、なんにも
「そうですね、せっかくおっしゃってくださるのですから、では、ばらの花を一りん、おみやげにいただきましょう。このへんには、一本もばらの木がありませんから。」と、むすめはいいました。べつだん、ばらの花のほしいわけもなかったのですが、姉たちがわいわいいうなかで、自分ひとり、りこうぶって、わざとなかまはずれになっていると、おもわれたくないからでした。
さて、いさんで町へ出て行ったものの、いろいろめんどうな
するうちふと、ながい
商人は、なにしろ
「ごめん下さい。いずれ出ておいでになることとおもいますが、このおうちのご主人さまなり、お召使の方なり、どうか火にあたらせていただきます。」
こういって、しばらく待っていましたが、たれも出てくるものがありません。
あくる朝十時をうつまで、商人は目をさましませんでしたが、目をあいてみて、おどろいたことに、きのうまできていたぼろぎものが、さっぱりと新しいものにかわっていました。これで、たれか心のいい妖女が、この御殿のあるじなのだとおもって、窓からそとをふとのぞきますと、ゆうべの雪がきれいになくなって、花でおおわれたあずまやのある、きれいな花園になっているので、いよいよそれにそういないとおもいました。さて、もういちど、ゆうべ食事をした
「恩しらずのどちくしょうめ。」と、そのけものは、おそろしい声でさけびました。「おれは、お前のいのちをたすけて、この御殿にとめてやったのではないか。それが、なによりおれのだいじにしている、ばらの花をぬすむとはなにごとだ。その
商人は、かわいそうに、ふるえ上がって、怪獣の前にぺったりひれ
「とのさま、おゆるし下さい。おしかりをうけることとは存じませんでした。ついむすめから、みやげに、一りんばらの花をといって、のぞまれましたものですから。どうぞ、いのちだけはおたすけ下さいまし。」といいました。
「おれは、とのさまではない。ただのけだものだ。」と、怪獣はいいました。「おれは、おべんちゃらはきらいだ。口さきのあまいことばで、つべこべごまかすことはやめてもらおう。だがお前、むすめがあるそうだな。そのなかにひとりぐらい、たぶん来て、お前のいのちに代ろうというものがあるだろうから、それでお前はゆるしてやる。万一、それがいやだというなら、三箇月のうちに、お前がかならず、
商人は、むすめたちのうちの、ひとりだって、自分の代りに死んでもらおうなどとは、ゆめにもおもいませんでしたが、さしあたりうちへかえって、むすめたちの顔をみて、死にたいとおもいました。それで、かならず戻ってくるとちかいますと、怪獣も、それなりゆるしてくれたうえ、から手でかえることはないからといって、ゆうべねむったへやへ、もういちど行ってみよといってくれました。そこには、大きな箱があるから、この御殿の中にありそうなもの、なんでもそれにいっぱいつめて行くがいい、いずれあとから箱はうちまでとどけてやるといいました。
商人は、せめて、こどもたちに、もって行ってやるおみやげのできたことだけでもよろこんで、いわれたとおり行ってみますと、なるほど大きな箱があって、そのそばのゆかに、
そうきくと、ふたりの姉は、大ごえあげて、わあわあ泣きわめきながら、ラ・ベルが、つまらない、ものねだりをして、だいじな父親のいのちとかけがえにしたといって、せめました。なぜきものか、ゆびわにしなかったか、ばかな子だといってののしりました。けれど、ラ・ベルは、じぶんがしでかしたあやまちのために、涙一てきながしませんでした。それよりか、自分ひとりをなげだして、父親のいのちに代るかくごを、はっきりきめていたのでございます。
妹のけっしんをきくと、こんどは、男のきょうだいたちが、いっせいにさけび立てました。
「いけない、いけない。そんなことをさせるくらいなら、われわれが行って、その怪獣と、むこうを
けれど、商人は、むすこたちをおさえて、それは、あいてがどんなにおそろしいけだものだか知らないからだ。それに手むかいをしても、どうせむだにきまっている。それよりか、きょうだいたちおたがいにたすけ合って、こののちながくしあわせにくらしてもらいたい。それで安心して、おとうさんは、また戻って行って、のこりのいのちを、怪獣へぎせいにささげるつもりだといって、それなり、自分のへやへ寝に行きました。ところが、おどろいたことに、かなしみにまぎれて、とうにわすれていた約束を、怪獣はちゃんと果たしてくれていて、へやの中に、れいの御殿でみたとおり、大きなおみやげの箱いっぱい金貨をつめたままで、そっくりおいてありました。商人は、でも、このことを、むすめたちに話さないことにしました。それはお金がはいったときくと、さっそく、町へかえろうといって、やかましくせめるにきまっていたからです。
さて、そののち三箇月は立ちました。末むすめのラ・ベルのかくごには、すこしのゆるぎもありません。いよいよ、父親について、いっしょに行くことになりました。きょうだいたちは、泣いて涙のおわかれをしました。ただ、ふたりの姉むすめのだけは、ねぎか、にらで目をこすって、むりに出した涙でした。ふたりをのせた馬は、ちゃんと道をおぼえていて、れいのふしぎな御殿へつれて行ってくれました。そして、いつものうまやへ、ずんずんはいって行きました。
父親とむすめは、わかれて大広間にはいると、こんども、こうこうとあかりがともっていて、テーブルには、ちゃんと二人前のごちそうが、よういしてありました。食事がすむと、たちまち、すさまじい物音をさせて、怪獣がへやにあらわれました。むすめが、ふるえ上がって、つっぷしていますと、怪獣はそばにやってきて、
「ここへ来たのは、自分からすすんで来たのか。」とたずねました。むすめは、消えそうな声で、「はい。」とこたえました。
「それはどうもありがとう。」と、怪獣は、うなるようにいいました。それから、父親にむかって、
「さあ、それで、お前さんには、あしたの朝すぐかえってもらおう。もうそれなり、ここへはこないでもらいたい。では、ラ・ベル、こんやはお休み。」
「お休みなさい、ラ・ベート。」と、むすめはいいました。ラ・ベートというのは、野のけものです。けものさんという代りに、このお話のなかでは、ラ・ベートとよんでおきましょう。
そのあとで、商人は、もういちど、むすめにたのんで、自分だけのこして、このままかえってもらおうとおもって、ひと晩じゅうかきくどきました。けれど、父親に代ろうというむすめのけっしんは、びくともしませんでした。父親も、ついあきらめて、「怪獣だって、つまりふびんにおもって、ラ・ベルになにもあぶないことはしないだろう。」と、おもうようになりました。
父親がしょんぼりかえって行ったあと、ラ・ベルも、さすがに
(まあ、どうしたというのでしょう。どうせ、きょう一日でいのちをとられるにきまっているわたしのために、こんなりっぱなおへやのしたくが、どうしてしてあるのでしょうね。)
こうおもいながら、ためしに、一冊の本をあけてみますと、金の文字で、
「あなたがのぞんだり、いいつけたりすれば、すぐそのとおりになります。
あなたは、この御殿では、すべての上に立つ女王です。」
と、かいてありました。あなたは、この御殿では、すべての上に立つ女王です。」
(まあ、わたしののぞみといったら、おとうさまが、いまどうしていらっしゃるか、知ることですわ。)
ラ・ベルがこう心におもいながら、ふと、そこの
おひるになると、ちゃんと、テーブルに、おひるの食事がならびました。食事のあいだ、うつくしい音楽が、ずっときこえていました。でも、きこえるだけで、たれも出てくるものはありません。
「はい、おっしゃるとおりです。」と、むすめはこたえました。「だって、わたくし、心にもないことは申せませんもの。でも、とてもいい方だとおもっております。」
そんなことで、だんだんうちとけて、たのしく食事がすみました。すると、とつぜん、怪獣が
「ラ・ベルちゃん、あなた、わたしのおよめになってくれますか。」と、いいだしたので、むすめは、びっくりしてしまいました。びっくりしながら、それでも一生けんめい、
「わたし、いやでございます。」とこたえました。
怪獣は、うちじゅうふるえるほど、大きなためいきをつきました。そして、かなしそうな声で、
「お休み、ラ・ベル。」といいのこして、へやを出て行きました。むすめは、ほっとしながら、やはり、人のいい心から、きのどくにおもっていました。
こんなふうで三月ほど立ちました。怪獣はまいばんやって来て、いっしょに夕食をたべました。するうち、むすめは、だんだん怪獣のみにくい姿かたちに
ところで、その朝、れいの姿見にうつったところでは、ラ・ベルの父親が、むすめがもう死んでいるとおもって、たいへんかなしがって、重い病気になっていることがわかりました。しかもふたりの姉は、よそへおよめに行っていて、男のきょうだいたちは、兵隊に出ていました。それで、むすめは、怪獣にそのわけを話して、このままながく、ここを出ることができないなら、父親のことが心配で、死んでしまうかもしれないといいました。
すると、怪獣はいいました。
「いいや、けっしてそれまでにして、お前をとめておこうというのではない。お前にそんなおもいをさせるほどなら、怪獣のわたしが、お前をなくしたかなしみのために、死んだほうがましだよ。」
でも、むすめは、ほんの一週間したらまたかえってくるからと、かたく約束して、父親の見まいに行くことをゆるされました。ただ、出て行くとき、鏡の前に、ゆびわをのこしておいて行ってくれればいいと、怪獣はいって、いつものとおり、お休みなさいをして、出て行きました。
そのあくる朝、目がさめると、ラ・ベルは、ちゃんと、いなかのこやに、はこばれて来ていました。父親は、むすめのぶじな顔をみると、病気は、けろりとなおってしまいました。
父親は、さっそく、姉たちをむかえに、人を出しました。姉たちは、それぞれ
さて、その十日めの夜でした。ラ・ベルは、姉たちの、わざとちやほやもてなすなかで、夢をみました。それは、きのどくに、怪獣が半分死にかけて、夜、草原の上に、あえぎあえぎ
「ああ、わたし、ほんとうに、あのひとを、ころしたのではないかしら。」
そうさけんで、むすめは、庭へとびだしました。そして、夢でみた草原の所へ来ますと、そのとおり怪獣は気をうしなって倒れていました。むすめは、はっとして、そのからだをだきかかえました。すると、
「お前が約束をわすれたので、わたしは物をたべずに死ぬかくごをした。でも、かえって来てくれたから、これで、せめてたのしく死ぬことができる。」
「いいえ、ラ・ベートは死んではなりません。」と、ラ・ベルはいいました。「あなたはいつまでも生きていて、わたしの夫になっていただきます。いま、わたしは、ほんとうにあなたを愛していることが分かりました。」
このことばが、さけばれたとたん、御殿じゅう、火事のようにあかるくかがやきだしました。五
おそろしい怪獣のすがたは、どこにもみえなくなりました。
そのかわりに、こうごうしいまでに、りっぱな王子が、そこにいて、むすめの足もとに
でも、むすめには、まだそれがわからないのです。それで、心配そうな目で、怪獣のゆくえを追っていました。
「まあ、おきのどくなラ・ベート、わたしの怪獣さんは。」
「その怪獣が、わたしですよ。」と、王子がいいました。「あるいじわるな妖女が、わたしを苦しめるため、魔法で呪って、みにくいけものの姿にかえてしまったのです。その
さて、これからあとのお話は、くわしくするまでもないでしょう。怪獣の王子は、ある日ふしぎに姿のみえなくなった、わかい