一
妖女たちは大よろこびで、草の中をかけまはつたり、小さな草の花の中へはいつて顔だけ出してお話をしたり、大きないなごにからかつたりして、おほさわぎをしてあそびました。中には、
三人の王女は草の上に
三人は、力のこもつた、うつくしい歌をうたひました。森の小鳥は、みんな、じぶんたちの歌をやめて、うつとりと、その歌に耳をかたむけました。
王さまはその間、木の
或とき、二三人の旅人が、この湖水のそばをとほりかゝりました。その人たちは、このあたりの景色のいゝのに引きつけられて、湖水のそばへ、神さまの礼拝堂をたてました。
すると、それを聞きつたへて、毎年方々から、いろんな人がおまゐりに来ました。礼拝堂の番人は、日に三度づゝ、小さな鐘をならしました。
一たい妖女には、鐘の音がなによりもこはくてたまらないのでした。妖女の王さまや三人の王女や、小さな妖女たちは、その礼拝堂が出来てからは、せつかく岸の草の上へ来てたのしんでゐてもとき/″\ふいに鐘がじやん/\なり出すので、そのたんびにみんな、
「あツ。」と、ちゞみ上つて、おほあわてにあわてゝ、水の下へにげこみました。しまひには、どんなに岸の上の日の光がこひしくても、出て来るのがこはいので、しかたなしに、毎日水の底で、陰気なおもひをしてくらしてゐました。それでも、どうかすると、鐘の音は、その水の下までひゞいて来ることがありました。
妖女の王さまは、これではたまらないと言つて、いろ/\に考へをこらしたあげく、とう/\、水の中の
王さまたちは、もうこれでだいぢやうぶだと思つてよろこんでゐますと、鐘の音は、そのおほひを突きとほして、やつぱりじやん/\聞えて来ます。王さまは、そのたんびに、悔しがつて、ひげをかきむしつて怒り狂ひました。王女や小さな妖女たちは、おびえておん/\泣きました。
村の
二
そのうちに、村の
ところが、その若ものは、剛情な男でしたから、さう言はれると、わざと、夜一人で出かけていつて、湖水のふちでたき火をして、そのそばへ寝ころんでゐました。
すると、間もなく、ふは/\した、緑いろの、びろうどの着物を着た、小さな人が、どこからともなくひよいと出て来ました。見ると、その小さな人は、ぬら/\した青い髪の上に、立派な金の冠をつけて、同じやうな青い色の、ぬら/\したひげを長くたらしてゐました。若ものは、これは水の中の
「もし/\、何か
妖女の王さまは、長いひげから、水をしぼりながら、
「じつはお前さんに金と銀を一と袋づゝ上げようと思つて出て来たのだ。」と言ひました。
「それでは
「いや/\べつに何にもくれなくてもいゝ。たゞ、どうか、あの礼拝堂の鐘をそつと
若ものはよろこんで、すぐに引きうけました。そしてその晩夜中になつて、礼拝堂の番人のおぢいさんが、ぐう/\寝入つてゐるところを見はかつて、そうつと鐘を盗み出して来ました。
妖女の王さまは、ちやんと、赤い幹の木の下へ来て待つてゐました。王さまは鐘を手に取ると、まん中に
妖女の王さまは、すぐに、木の枝につるしてあつた、二つの袋を
若ものは、その袋の重いのにびつくりしました。とても一人では岸の上まではこびきれさうもありません。しかし、一生けんめいに力を出して、うん/\うめきながら、やつと岸までかへりました。
すると、二つの足が土につくかつかないうちに、からだがひとりでにずん/″\前にこゞまつて、とう/\四つんばひになりました。そして、
「おや。」と思ふ間に、からだがすつかり
その若ものをやとつてゐる百姓は、
見ると、その牛の頭には、重たさうな革の袋が二つくゝりつけてあります。百姓はためしに中をあけて見ますと、片方の袋には金が一ぱい、もう一つの方には銀が一ぱいはいつてゐるので、なほびつくりしました。
すると、牛は人間と同じやうな声を出して、おん/\泣き出しました。百姓はへんな牛だと思ひながら、そのまゝ飼つておきました。
礼拝堂では、だれかゞ鐘を盗んだと言つて番人のおぢいさんがさわぎ立てました。金と銀をまうけた百姓は、信心のふかい人でしたから、それを聞くと、すぐに、袋の金を出して、べつの鐘を買つて来て、礼拝堂へをさめました。番人のおぢいさんは、その鐘をつるして、ためしに鳴らして見ました。さうすると、ふしぎなことには、その鐘は、まるで
その晩、番人が寝入りますと、夜中になつて、小さな妖女たちが、ぞろ/\といくたりも/\湖水の中から出て来て、みんなで手をつないで、わになつて、礼拝堂の前でとん/\をどりををどりました。
みんなは、かういふ歌をくりかへし/\歌ひながら、面白さうに、おほさわぎをしてをどりました。
「番人さん/\、
お前のお汁 にや塩気がない。
塩気がない。
そこらのだれかに借りといで、
貸さなきや、蹴 つておやりなさい。
じやん/\じやん、
じやん/\じやん。」
と、鐘の音のまねをして、鳴らない鐘をつく番人をさん/″\にからかつていきました。お前のお
塩気がない。
そこらのだれかに借りといで、
貸さなきや、
じやん/\じやん、
じやん/\じやん。」
三
だいたんな若ものたちは、その鐘をとり出して来ると言つて、代る/″\湖水のそこへもぐりこみました。しかし、みんな水の下へはいつたきり、一人も浮き上つたものがありませんでした。それは、いたづら好きな妖女たちが、人が水の中へはいつて来ると、片はしから魂をぬきとつて、からのからだを、水草の中へかくしてしまふからでした。
だいじな息子をなくしたおほぜいの母親たちは、毎日泣いてくらしました。村中の人はこれはきつと、湖水の中におそろしい魔物がゐるのにちがひないと言つて、若ものたちに、一さい湖水のそばへいかないやうに、きびしく言ひきかせました。
湖水の中からは、月の光の青くさえた、しづかな晩には、何とも言へない、美しい歌の声が聞えて来ました。それは妖女たちがうたふ魔法の力のこもつた歌でした。若ものたちは、その歌の声が聞えると、つい知らず/\引きつけられて、ひとりでに湖水の岸へ出て行きました。
行つて見ると、湖水の中には、美しい小さな女たちが、きら/\と銀色に光つてゐる水をあびながら、声をそろへて歌をうたつてゐます。若ものたちは、その姿をうつとりと見てゐるうちに、いつの間にかひとりでにざぶ/″\と水の中へはいつて、その女たちのそばへ泳いでいかずにはゐられませんでした。そして、いくとそれなり、みんな水のそこへ沈んでしまひました。
例のふしぎな黒い牛を飼つてゐる百姓の
或夕方一番上の息子は、牛を草つ場へつれて出て、じぶん一人はずん/″\湖水の方へ出かけました。すると、ふしぎな黒い牛は、それを見て悲しさうな声を立てゝ泣きました。牛はおよしなさい/\と言つてとめたのでした。
しかし若ものは、平気でどん/\湖水の岸へ行つて、草の上に
色のまつ白い美しい王女は、金色の髪に、うす青いすゐれんの
「
「でも
かう言つて頼みました。
すると妖女は、こちらの岸へすら/\と泳いで来ました。若ものは、よろこんで、妖女のさし出す手を取つて、引き上げようとしました。すると、人間よりもずつと力のつよい妖女は、いきなり若ものゝ手をつかんで、
「あツ。」といふ間に、もう水の底へ引きこんでしまひました。
その
四
そのあくる晩は三ばん目の息子の番でした。
母親は、つゞけて二人の息子になくなられたので、三ばん目の息子には、お前だけはどうぞ湖水のそばへいかないでおくれと泣き/\たのみました。息子は、
「何、だいぢやうぶです。
かう言つて、晩になると、一人で出ていき、岸の、青い木の下に
すると、やがて月が
その王女は三人のきやうだいの中で一ばん美しい妖女でした。今、その妖女は、ふさ/\した髪に、わすれな草の
「もし/\、妖女さん、こゝへ入らつしやい。どうぞ
「さあ、早くあちらへおかへりなさい。
「さう言はないで一しよに来てください。
「どうしてそんなに
「いえ/\そんなものはいりません。
かう言つて、くびかざりや金の帯には見向きもしませんでした。妖女はこの若ものが好きになりました。それで急いで岸へ泳いで来て、両方の手をさし出しました。
若ものはその手を取つて妖女を引き上げようとしました。
妖女の王さまや、小さな妖女たちは、下からそれを見てびつくりして、あわてゝ水の中をかけて来て、もう少しのことで王女の足をつかまへようとしました。しかし妖女といふものは、人間の子をすきだと思ふと、たちまち妖女の魔力がなくなつてしまふのでした。ですから、若ものは、それなりやす/\とその妖女を岸へ引き上げて、お
妖女の王さまや、小さな妖女たちは、だいじな王女が人間にさらはれてしまつたので、それはそれは悔しがつて、いきなり湖水のそこから、大きな/\
若ものゝふた親は息子がうつくしいお嫁をつれてかへつたので、たいへんによろこんで、すぐに御婚礼をさせました。村中の人は、その美しいお嫁さんを見て、びつくりしないものはありませんでした。しかし、
若い二人は、ちやうど二つの
妖女はどこを見てもちつとも人間とちがつたところはありませんでした。たゞよく気をつけて見ると、妖女が手にさはつたものは、かならず、そこだけしめり気がつきました。暑い/\夏の日にしをれて頭をかしげてゐる庭の花でも、妖女がそばへ来ると、ぢきに
若ものゝお母さまは、よくものに気のつく人でした。そのお母さまだけは、嫁の手がさはつたところには、きつとしめり気がのこるのを見て、一人でへんだ/″\と思ひました。
五
そのうちに、ぢきに一年たちました。すると
妖女は、人がだれもゐないときには、そつとたらひに水を入れて、生れたばかりの赤ん坊をその中へ入れました。すると、赤ん坊は魚のやうに、自由に水の中を泳ぎまはりました。その子どもは丈夫にどん/\大きくなりました。村中の人はみんな、その子のだいたんなことゝ、水を上手に泳ぐのとに、びつくりしてしまひました。男の子は、湖水を、こちらの岸から一ばん向うの遠い岸まで、さつさと泳いでわたりました。それから、人が何でも湖水の中へ落すと、すぐに水のそこへもぐつて、どんなものでも、またゝく間にさがし出して来ました。
それから、いく年もたつて、男の子は大きな大人になりました。お
ところがたつた一人、お母さんの妖女だけは、いつまでたつても、お嫁に来たときとちつともかはらず、まるで息子の若ものと同じ年ぐらゐに見えました。
と、
ところが例の湖水だけは、あべこべに、どん/\水がふえて、だん/\と岸の上へあふれ出して来ました。今までひでりでさわいでゐた村の人は、今度はまた急に大水におどろかされてあわて出しました。
湖水の水は見てゐるうちに、おそろしい
若ものゝお母さんの妖女は、そのまゝぢつとしてゐると、じぶんたちの命もあぶないので、息子の若ものをつれて水のふちへ行つて、こつそりと、湖水の秘密を話しました。
「この湖水の下には
お父さまの王さまは、それは/\気のみじかいひどい人で、人間と、人間の住んでゐるこの地面とがにくゝなると、すぐに、
これなりはふつておくと、おまへのお父さんもおまへも私も、今にみんな、村中の人と一しよにおぼれて死なゝければなりません。
それで、ごくらうだが、お前はこれから急いで湖水の底へ行つて来て下さい。あすこにまるめろといふ木が生えてゐるでせう? あの枝を一本をつて、それを持つて水の下へもぐつておいきなさい。さうすると、いろんなお
それからなほずん/\いくと、黄色いすゐれんの花がたくさんさいてゐるところへ来ます。その花の向うに、お
その竜がゐてもけつしておそれるにはおよびません、まるめろの枝でなぐつてやれば、みんな石になつてしまひます。その部屋/″\をとほりぬけて、どこまでも、まつすぐに進んでいくと、一ばんしまひに、エメラルドの戸のはまつた、りつぱなお部屋へ来ます。そこがお祖父さんの寝室です。
そのお部屋は、天井が真珠で張つてあつて、床はすつかり貝のからで出来てゐます。その中へはいると、いくつもならんでゐる大きな
そのお部屋に、長い/\青いひげの生えた王さまが、緑色のびろうどの着物を着て、帯のかはりに、銀色の
その両側には、私の二人のお姉さまが
おまへが行くと、お父さまやお姉さまは、みんなでおまへのごきげんを取つて、宝物のおくらへつれて行つて、金や銀やダイヤモンドを上げようと言ふにきまつてゐます。しかし、そんなものには一さい手をふれてはいけません。それよりも、そのおくらの中には、小さなびんが十二はいつてゐる、
それから、そのつぎには同じおくらのすみの方にかくしてある、さびついた鐘をおもらひなさい。それは、あすこの、あの礼拝堂の鐘なのです。
もし、その鐘だけはやられないと言つたら、そんならまるめろの枝でその鐘をたゝくよと言つておどかしてごらんなさい。さうすれば、きつとくれます。
十二のびんは、もらつたらすぐに口をお開けなさい。そして鐘だけもつてかへつていらつしやい。
しかしよく言つておくが、王さまの御殿を出てしまふまでは、けつしてその鐘は鳴らしてはいけませんよ。何かへぶつけてひとりでに鳴つてもいけないのだから、よく気をつけてね。
そして御殿を出て、戸口を少しはなれたら、お前のありたけの力を出して、その鐘を三べんおたたきなさい。分つたね。それでおまへの行つた用事はすむのです。」
お母さまはかう言つて、くはしくをしへました。
六
若ものはすぐにまるめろの枝を一と枝をつて、湖水の中へとびこみました。すると、いつの間にか、数のしれないほど大ぜいの、おそろしいお
若ものはやがて黄色いすゐれんの花の中をとほりぬけて、水晶の御殿の廊下へ
すると、眠つてゐた小さな
若ものは部屋/″\の戸口に番をしてゐる竜を、片はしから石にして、ずん/\王さまの寝室へ近づきました。王さまは、それを見るとたいへんに怒つて、
「何ものかツ。」と、どなりながら、手にもつてゐた金のむちで、いきなり若ものゝ顔をぶちました。
若ものは、すばやく身をかはして、まるめろの枝でそのむちをたゝきおとしました。
すると、王さまはおそれて飛びのきました。王さまのそばについてゐた
「どうぞおゆるしなすつて下さいまし。あすこのおくらには、金や銀やダイヤモンドや、ルービーや、
かう言つて、若ものをおくらへつれていきました。若ものは、
「
妖女は仕方なしにその十二のびんを出してわたしました。若ものはそれをうけとると、すぐに、片はしからびんの口を開けました。するとその中から、たくさんの白い形をしたものが、うれしさうに大声をあげてさけびながら、どん/\飛び出して、御殿の外へかけ出しました。それは妖女たちがさらつて行つた人間のたましひでした。
二人の妖女は若ものゝきげんをとつて、どうぞこちらへ入らしつて、ごちそうをめし上つて下さいと言ひました。しかし若ものは、
「それよりもあなた方は、礼拝堂の鐘をこのくらにかくしてゐるでせう? 早くそれをこゝへお出しなさい。」と言ひました。
すると二人の妖女も、小さな妖女たちも、たちまちぶる/\ふるへながら、大声を上げて泣き出しました。妖女の王さまも、小さくなつて、がた/\ふるへ出しました。
でも、仕方がないので、二人の妖女は、とう/\その鐘を出してわたしました。若ものは、鐘のさびをきれいにふきおとして、いそいで御殿を出ていきました。そして、御殿から少しはなれるとすぐに、ありたけの力を出して、鐘をじやアんと鳴らしました。
すると、今までりつぱにたつてゐた水晶の御殿は、またゝく間に、音もたてずに、ほろ/\とくだけて、珊瑚の柱も、真珠の天井も、みんな粉になつて、水の底の砂の上にちつてしまひました。
若ものはつゞけてもう一つじやアんと鳴らしました。すると今度は、湖水中のお化や、すべての小さな妖女が、一どに湖水の底へきえてしまひました。
若ものが三度目にじやアんと鳴らしますと、二ひきのほそい銀色の魚が、くづれおちた御殿のまはりを、ぐる/\およぎまはりはじめました。それから一ぴきの大きなかうもりが、こはれおちてゐる
七
若ものはそのまゝ鐘をもつて、いそいで岸へ上りました。
すると、さつきまでどん/\あふれてゐた湖水は、いつの間にか、もとのとほりに水が引いてゐました。若ものはそれを見て安心して、
それは、鐘をぬすんで湖水へ投げこんだ、あの
若ものは、間もなく
「おゝ、お前か。よく鐘を鳴らしておくれだつた。」と言ひ/\、若ものに
「母さんはどこにゐます。」と、お父さんにたづねました。お父さんは、
「そら、あれがお前の母さんだよ。」と言ひながら、さつきのおばあさんのそばへつれていきました。
若ものはびつくりして、じろ/\とおばあさんの顔を見さぐりました。お父さんは、
「おまへがおどろくのは無理もない。じつはおまへの留守の間に、あのわか/\しかつた母さんが
それからおまへが鳴らした、一ばんはじめの鐘の音が聞えると、母さんは、もう妖女ではなくてあたりまへの人間になつたのだ。これからは三人で楽しくくらしていきませう。」
かう言つて、手を合せて、なが/\と神さまにおいのりを上げました。