番外編 舞殿の【女帝】


 宛名も差出人名もなく、ただユミル王家の紋章が蜜蝋の上に型押しされているその封筒には、便せんが一枚きり入っていた。
 そこには女文字で一言、
『おいで願いたし』
 とのみ書かれている。
「嫌だぞ、俺は」
 ブライト=ソードマンは木賃宿のベッドの上で薄い毛布を頭から引っ被り、窓から外の様子をうかがっている。
 件の手紙を手にしているのはエル・クレール=ノアールだった。
「すぐ目と鼻の先に宮殿があるという所まで出向いておいて、何故急にそのようなわがままをおっしゃるんですか?」
 装飾性を極端に押さえた、しかし気品のある略礼服に身を包んだ若者は、その華奢な体つきからは考えられない強引さで、寝間着のままヒゲも剃らずにふてくされている中途半端な中年男の毛布を引きはがした。
「冗談じゃねぇや。こんなだまし討ちみたいな目に遭わされて」
 無精ヒゲまみれの顎が、窓の外を指した。
 港は、海面が見えぬほど大量の船を抱え込んでいる。その一艘一艘がすべて大振りで、すべて豪奢であった。
「まあ、確かに私たち以外にも呼ばれている者がいるとは、どこにも書かれていませんが」
 エル・クレールは窓から指す陽光に便せんをかざしてみた。
 そんなことをしたところで、あの短い筆跡と、蜜蝋に押されていたのと同じ文様のすかし以外は、何も見えないのだけれど。
「他の客の所には、もっと真っ当な文面の招待状が行ってるだろうよ」
 ブライトは相変わらず窓の外をにらみ付けている。布団を剥がれようが、襟首を捕まれようが、ベッドにしがみついて動こうとしない。
「で、しょうね。どうやらそうそうたる来賓がお見えのようですから」
 エル・クレールも窓をのぞき込んだ。
 数多の船は、誇らしげにそのマストの頂点に諸国の有力者達の家紋を掲げている。
「腐れ貴族共の品評会なんぞに、誰が好きこのんで出かけるモノか」
 ベッド下にうち捨てられていたボロ毛布をひっつかむと、ブライトは再びそれを頭からかぶった。
「仕方のない方ですね」
 そう言った主の足音が、次第に出口へと遠ざかって行くのに気付いた「毛布の中身」は、
「オイ、どこへ行く気だ?」
「迎賓宮殿・グランドパレスへ」
 薄気味悪いほど晴れ晴れとした笑顔が返ってきた。ブライトは大あわてで跳ね起き、ベッドから飛び降りた。
「お前、船酔いで脳みそがとろけてるンじゃあるまいな?」
「ひどい言いようをなさいますね」
「当たり前だ。あれだけのニンゲンが招かれている場所で何が起こるか想像が付かないってんなら、お前さん相当の盆暗だぞ」
 そう言って、彼はエル・クレールの腕を引き、その身体が部屋から出るのを食い止めようとした。すると彼の相棒は、
「確かに私はあなたよりも遙かに察しの悪い胡乱者かもしれませんが、そこまで目先が暗い訳ではありませんよ。あれほどの国賓が集っているからには、相当盛大な舞踏会の二晩や三晩は開かれるでしょうことぐらい、容易に想像できます」
 と答え、背筋を伸ばすと、開いている方の手で自身の襟元を正した。
「お前さんの社交界嫌いは、俺の上を行くと思ってたんだがね。そいつは勘違いか?」
 瞼で眼球を半分覆った不機嫌面が、エル・クレールの鼻先まで寄った。
「旧来の知己がすぐそこにいるというのに、挨拶もせずに退散できるほど厚顔無恥ではないだけですよ」
 エル・クレールは自分の腕を掴んでいるブライトのその腕を、逆の手で掴み返して、
「あなたもそうでしょう?」
 同意以外の答えを拒否する笑顔を、満面に浮かべた。

 港と迎賓宮殿……グランドパレス……とを結ぶ道は、壮麗な馬車の群れで渋滞していた。
 馬車の中では各国の貴族達が退屈そうに、ちっとも変化しない車窓を眺めている。
 馬車は全て「個性的」であった。あるいは金を張った彫刻で、あるいは螺鈿で、あるいは象牙で、ともかくも派手な装いのものが多い。
「ちっぽけな新興国ほど、見栄を張りやがる」
 悪態を付きながら、ブライトは細い路地に入っていった。
 エル・クレールにはそれが道には見えなかったし、
「果たしてここは通って良いのか、そもそもここを通ってたどり着けるのか」
という疑問も浮かばなかったのではないのだが、ちらりと後を振り返り見た瞬間、それを口に出す気は失せた。
 なにしろ豪華な馬車の群れが幹線道を埋め尽くしているのだ。辻馬車や荷馬車、手引きの荷車、そして徒歩で行く人々など、普段その道を通っているものは、通るどころか入る隙もない。
 遠慮も迷いもなく進んで行く相棒の後を付いて行くより他に術はなさそうだった。
 私道か、誰ぞの庭の中か知れぬが、とりあえず人一人歩くのが精一杯の場所をしばらく進むと、いきなり広い道に出た。
 広いと言っても、今進んできたところよりはと言うだけで、やはり幹線ではなく裏道ではある。
 表通りほどではないが、やはりそこも人であふれていた。ただし、列を拵えているのは、派手な馬車ではない。食材を満載した荷車、楽器ケースを屋根に載せた二頭立て、清潔な服を着た商人と、質素な装いの下男下女達だ。
「どうやらパレスの裏口は近いようだ。とりあえず、当たりだな」
 ブライトは薄く笑った。その安堵した笑みに、エル・クレールは少々背筋が寒くなった。
「まさか、まるきり道を知らずに歩いていたのですか?」
「目標物の方角さえ間違えなきゃぁ、なんとかなるものさね」
「本当に、あきれた人ですね」
 言葉面は確かに「呆れ」だったが、言っている顔にはある種の「尊敬」が浮かんでいた。
「今に始まったこっちゃねぇだろうが。そろそろ慣れろ」
 ブライトは、幼さの残る相棒の笑顔からわざと顔を背け、大げさに当たりを見回した。
 道の対岸には高い塀が延々と続いている。これが宮殿を囲む塀であることは間違いない。
塀の向こう側から無数の気配があるのは、おそらく警備兵が充分にいるからだろう。
「さすがに忍び込む隙はねぇな」
 まじめな顔をしてブライトがうなる。
 エル・クレールの顔から「尊敬」が跡形もなく消えた。
「裏口からおじゃまするつもりなのだと思っていましたが?」
「誰にも気付かれることなく、宰相姫殿下にだけ会釈の一つもぶちかまして、そのままトンズラする予定なんだが、駄目かね?」
 ブライトはあくまで真顔で言う。
「それができれば、確かにそうしたいですけれど……」
 エル・クレールは宮殿を囲む石塀を見上げた。きっちりと積み上げられた切石には、文字通り蟻の入る隙もない。
 日の当たる側には雑草の一芽も生じず、日の当たらない側に苔の一株が張り付くこともない。手入れも掃除も、そして当然監視の目も、隅々までしっかりと行き届いているのだ。
 おそらくは宮殿の奥深くにある女当主の居室に、誰の目にもとまらないでたどり着けるはずのないことは、容易に想像できた。
「不可能ですよ。中から誰かが手引きしてくれるというなら、別ですけれど」
 全く諦めきって言うエル・クレールの言葉に、ブライトの目が光った。
「手引き、ねぇ」
 彼はニタリと笑い、相棒の鼻先に掌を突き出した。
「この手は?」
「持ち合わせがないんでね」
「もしや、宮殿の中の者にまいないを贈る気ですか?」
「常套手段だろう?」
 ブライトは笑顔を大きくし、掌を再度突き出した。
 が、その節くれ立った掌に乗った……いや勢いよく叩き付けられたのは、小銭ではなくエル・クレールの白い手だった。
 薄い肉を叩く乾いた音の直後、ブライトは大仰な悲鳴を上げ、
「指が砕けた、手首が折れた!」
大げさに手を振り回した。エル・クレールの顔に浮かんでいた呆れは、一層その色を濃くした。
「例えどれほど給金の低い下働きであっても、ギネビア殿の配下であれば、鼻薬が効くはずもありません」
 どうやら「骨折の心配」はしてくれそうもない相棒の冷静な物言いに、ブライトは少々がっかりした様子で、
「ンなこたぁ、百も承知だ」
「ならば何故?」
「生真面目な国の生真面目な臣民にゃ、鼻薬だの賄賂だの送っても、そいつはドブに財布を捨てるようなモンさ。だがな、謝意と御礼の籠もった心付けは、神殿の浄賽箱に賽銭捨てるよりよっぽど御利益があらぁな」
「謝意と、御礼、ですか?」
 エル・クレールは二、三度、早い瞬きをした。
「ああ。その辺の下男に『執事長のラムチョップを呼んでくれ』って言いながら銅貨を一枚渡すってことさ」
 ブライトは三度相棒の鼻先に掌を突き出した。
 エル・クレールは、鼻先の大きな掌の上に、小さな銀貨を一枚乗せた。
「飲み代には、ちいとばかし多いぞ」
 ブライトはむしろ少々不服そうに言う。
「俺にだってこんなに小遣いをくれた試しがねぇってのに」
「私はただ、使うべきところには使い、必要のないところには投資しない主義なだけです。大体この豊かな国で、末端とはいえど王家に仕えている人物に渡す心付けが、子供の駄賃ほどでは、何ら効果を生み出さないばかりか、渡した方が恥をかいて終わるだけですよ」
「そりゃそうなんだがな。ま、親分がギネビアだから、子分どもの教育も行き届いてるだろう。下手すると、こいつは受け取られないって可能性も捨てられネェな」
 自分で「心付け」を提案したにもかかわらず、ブライトは弱気に言って、銀貨を握りしめた。視線の先に宮殿の裏口がある。
 番兵が1人、天からつり下げられているかのような背筋の通り方で、ピィンと立っていた。
 エル・クレールは番兵の整った制服と、目の前にいる大柄な男のくたびれた服装とを見比べ、ため息を吐いた。
「……王家のためにならないと判断されたら、あるいは」
「悪かったな、胡散臭くて」
 舌打ちしたブライトは、頭を掻き、無精髭を撫でた後、相棒の身なりをしげしげと見た。
 二昔前のデザインで着古しの略礼服だが、生地も仕立ても最高級によい。それにその中身はというと、目元涼しい美形ときている。
 ブライトは四度手を突き出した。
「ハーン公家の使いの、そのまた使いっ端、ってことにしたいんだがね」
 エル・クレールは件の「招待状」を取り出し、ブライトに渡した。
「それで私は、あの番兵の視線の隅に引っかかる程度に離れたところにいれば良い……でしょう?」
「察しが良いな。ンじゃあ、その辺に立って、不機嫌そうに俺の方を見ているように」
 ブライトはにやりと笑い、宮殿裏口へ向かった。

 エル・クレール=ノアールとギネビア=ラ・ユミレーヌとは「友人」である。
 もっとも、実際に合ったのは数度に過ぎない。
 二人が出逢ったのは、互いの父親同士が交わしていた書簡の中、であった。遠く離れた古い友人同士が、己の跡継ぎの自慢合戦をしたのが始まりなのだ。
 エル・クレールは、その父親であるジオ・エル=ハーンが年を経てからようやく授かった一粒種だった。
 もうそれだけで目の中に入れても痛くない存在だ。その上我が子は若い母親似の美しさと、気品と賢さを備え持っている……。
 生真面目な父は、普段なら絶対に口にしないであろう子供自慢を、気の置けない友への手紙にのみしたためた。
 それを受け取ったギネビアの父親ユミレーヌ大公もまた、その厳格さからは想像もできない文面の書簡を送り返してきた。
 曰く−
 白い肌と赤い唇と優しい心根は母親似。黒い髪と黒い瞳と、思慮深さと積極的な行動力と、何より人を惹き付ける力は、自分に似ている。
 下世話な言葉だが「親バカ」としか言いようがなかった。本人達はそれを自覚していたし、むしろ互いの親バカぶりを楽しんでいた。
 手紙には時として小さな肖像画が添付されもした。
 それゆえ、子供達は「父の友人の子供」の顔をよく知っており、実際に会う以前から強い親近感を覚えていた。
 こうした手紙のやりとりは、各々の性格に相応しい生真面目で厳格な書簡の中に散在する形で、都合十数年……エル・クレールの故国が滅亡するまで……続いた。
 ブライト=ソードマンとギネビアとの間柄は、少々複雑だった。 彼らも又、面識はほとんどない。それでも互いのことを「よく知る」いう点では、エル・クレールとギネビアの間と同様だった。
 ただ、それが「友人関係」に当たるかというと、どうもそうではない様子だ。だからといって、単なる知り合いとも言い難い。
 では、憎しみや嫌悪があるのかというと、それも違う。
 少なくともブライトはギネビアを嫌ってはいない。むしろ、若くして一国の宰相たる美貌の姫を、彼は深く尊敬している……ねじ曲がった性格ゆえ、正直に口に出すことは皆無だが。

 そのねじ曲がった性格の男は、案外と早く番兵との交渉を成立させた。
 もっとも、素直にコトが進んだのではない。想像通りに、兵は最初心付けを受け取らなかった。
「頼みますよ。でないと……怒られちまう」
 兵は、ブライトがちらりと視線を投げた先にいた1人の若者の、古風で上品な居住まいを確認すると、渋々小銭と封書を手に宮殿の中に入っていった。
 さて。
 エル・クレールは、酷く陳腐だが「複雑な」という言い回しでしか表現できない表情を二つ見ることとなった。
 一つ目は、グランドパレス執事長・ラムチョップのそれである。
 裏門の外に立つ二人連れの顔を見た瞬間の彼の顔は、まさしく複雑であった。
 彼の表情の大半を占めていたのは、そこにいるはずのない人物を発見した、という驚愕だ。
 しかしそれは、幽霊であるとか幻であるとかいう「いるはずのない」を見た時の、恐怖と否定に満ちた驚愕ではない。
 例えれば、遠国に嫁いだ娘が前触れもなく目の前に現れた時の父親の顔……驚きと不安と喜びの混じった……であった。
 その複雑な顔のまま白髪頭の執事長は、
「謁見室よりも私室にご案内した方が、ギネビア様はお喜びになると存じますので」
 と言い、二人を宮殿内に誘った。
 決して客人の目に触れることのない細い廊下を抜け、急な階段を上り、たどり着いたのは、小さくて頑丈なドアの前だった。
 執事長の骨張った拳がドアに数度当たる音の後、そのドアの内から声がした。
「何事ですか、ラムチョップ」
 宮殿の主は、靴音とノックで誰が来たのかを把握できるほど気の回る人物なのだと言うことが、ブライトにもエル・クレールにも感じ取れた。
「お客様をご案内致しました」
「……裏口から、ですか? 良いでしょう、お入りなさい」
 ラムチョップはドアに一礼して後、ノブを引いた。
 エル・クレールが二つ目の「複雑顔」を見たのは、そのしばらく後のことである。
 しかしそれは、宰相姫とも呼ばれるギネビア=ラ・ユミレーヌの、知的に整った顔立ちの上に現れたのではない。
 ギネビアは確かに驚いていた。
 驚いてはいたが、それは紛れもなく「喜びに満ちた驚き」で、さほど複雑なものではなかった。
「来てくださるとは、正直なところ思っていませんでしたわ」
 そう言う彼女の口調は穏やかで冷静だった。が、駆け寄る足取りは軽く早かった。ステップはさながら小娘のようであり、宰相姫には不釣り合いで、少々はしたないものだった。
 彼女は真っ直ぐに訪問者達の元へ駆け寄り、結い上げたブルネットの頭を胸に埋めた……エル・クレールの小さな胸に、である。
「ああ、本当に懐かしいこと。クレールさん、また少し背が伸びましたか? 初めてお逢いしたときはもっと華奢で、抱きしめたら折れてしまいそうでしたのに。このように言っては失礼かも知れませんが……しばらくお逢いしないうちに、ずいぶんと逞しくなられて」
 せき止められていた物が全部流れ出したといった勢いだ。突然のことに驚いたエル・クレールは、助けを求めようと連れの方を見た。
 そう。そこに二つ目の複雑な顔があったのだ。
 ブライト=ソードマンは、拍子抜けと照れと少々の怒りと嫉妬と困惑が不十分に撹拌された複雑な苦笑いで頬を痙攣させつつ、口をだらしなく半開きにして、二人を見ていた。
 一瞬の茫然の後、ようやく彼は抱きつかれている相棒と抱きついている知己の隙間……殆どないのだけれど……に強引に分け入り、
「いい加減にしろよ、このバカ姫どもが!」
 二人を引き離した。

 乱暴な行いだった。しかしそれを咎め立てようという者はいない。
 十五も年上の相棒がとった子供じみた行動に呆れかえったエル・クレールも、
「ギネビア殿が抱きついてくださるのは自分の方だと思っていらしたのですね」
 小さく笑ったに過ぎない。
「酷い方。私をそれほどはしたない女とおもっていらしたなんて」
 ギネビアも遥か高くにある紅潮した頬を見上げ、小さく笑った。
 図星を突かれたブライトだが、流石に下手な弁解はしたところで無意味と悟っているらしい。
「全くお前さんは直裁に過ぎる。もう少し遠回しに言え」
 唇を鍵のようにねじ曲げると、発言主の手を掴んで、ドアへときびすを返した。
「ほら、帰ぇるぞ」
「まだ用が済んでおりませんわよ」
 ギネビアの声は小さかった。しかし威厳と鋭さがあり、エル・クレールはもちろん、ブライトをも振り向かないわけにゆかぬ心持ちにさせた。
「これから昼餐会を開きます。宵には舞踏会が始まりますわ」
 ギネビアは出席を促す言葉を口にする変わりに、微笑みを浮かべた。
「それは……」
 エル・クレールがいかにして「不参加」の意思を伝えようかと考えはじめた瞬間、
「残念だが、あいにく飯は間に合っていて、お貴族様の御前に出るのに相応しいおべべの持ち合わせが間に合っていないンでね」
 ブライトが不機嫌に言い、再びドアの方へ向き直った。
 と。
 ドアの前に娘達が人垣を作っていた。
 質素だが仕立ての良い服を着たその娘達は、各々筆記具や鯨尺やハサミや手箱を携えていた。
 ストールのように首にメジャーを巻いている者がいる。ブレスレットのように針山を手首に巻き付けている者がいる。
 付け爪のような指ぬき。簪のようなレース針。香水瓶のような露草インクの壺。そしてデザイン画をまとめた帳面が、扇子のように広げられている。
「まさか、これから衣装を仕立てるというのではありませんよね? 夜に始まる舞踏会に間に合うはずもありませんから……」
 希望を込めたエル・クレールの問いかけに、ギネビアは肯定の頷きで応じた。
「手間のかかるような豪奢な衣装を仕立てるつもりはありません。それに、自慢するつもりはありませんが、この宮殿付のお針子と仕立屋達は、とても優秀ですのよ」
「そう言う意味ではなくて……」
 援護を求めて、再びエル・クレールはブライトに視線を移した。
 今度も助けは期待できそうにない。彼はにやけた笑みを浮かべている。
「貰っておけ、貰っておけ。お前さんの場合は、偶にゃぁ親父の形見の古着以外のモンを着たって、罰も当たらねぇよ」
 揶揄のような本気のような言葉を残し、彼は独り出口に向かうが、その行く手には別の仕立屋の群れが立ちはだかった。
「おいおい、まさか俺の分まで作る気じゃあるまいな」
 訝しげに振り返ると、
「最初から二人分の生地を用意してあります。そもそも、あなたは自分の大切なパートナーを独り放って逃げるような人物ではないでしょうし」
 ギネビアは絶望的に爽やかな笑顔を浮かべていた。
 二人の旅人達が諦めのため息を吐くのを合図に、お針子と仕立屋の群れはターゲットに群がった。
 数人掛かりで一度に裄丈を測り、袖丈を測り、襟ぐりを測り、胸回りを測り、腰回りを測る。その値が読み上げられると同時に生地の上に印と線が引かれ、そのインクが乾く前に鋏が入り、パーツが切り出される端から縫い合わされてゆく。
「呆れるくらい優秀なスタッフ共だな」
 しつけ糸の縫い取られた仮縫いの上着を無理矢理着せられたブライトは、恨めしそうにギネビアをにらみつけた。
 彼女は……滅多にないことだが……自慢げに笑った。
「本当に、まるで手品でも見ているよう。……ところで、クレールさんは以前からルッカ・アイランドのパトリシア姫とご親交を深めていらしたのでしたね?」
「ええ」
 エル・クレールのかすかな返事がお針子の人混みの奥からようやく聞こえたが、それ以上の言葉を出すことはどうやら無理のようだ。
 代わりにブライトが、
「ルッカてぇと、舞踏神とかいうのを信心してる国だな。山奥の僻地な物だから、物理的に鎖国状態で、滅多に外交もできないトコだって聞いてるが……来てるのか?」
「ええ。今回の舞踏会にはクレールさんも参加すると伝えましたら、二つ返事で」
 ギネビアは少々すまなそうに首をかしげ、お針子の腕の隙間を覗き込んだ。
「ですからどうしても、あなたには舞踏会に顔を出して頂かないとなりません。堪えてくださいな」
 エル・クレールがするべきだった返事は、再びブライトの口から出た。
「全く政治家という奴は、手前ぇの都合で親友まで手駒に使いやがるか」
 呆れてもいる。怒ってもいる。だが彼らは、同情し、承諾していた。


 グランドパレスには国内外からの来賓以外に、主命を帯びて集う者達もいた。
 地方貴族の子弟達であった。
 彼らに与えられた役目は、来賓達のエスコートである。
 遠国からの国賓方を丁寧にもてなし、心地よく過ごして頂いた上、心地よくご帰国をして頂くのが、その仕事の内容なのである。
 それによって、今後も友好的な外交関係を意地継続し、あるいは今以上に固い絆を結ぶ……それが舞踏会を主催したギネビア宰相姫の目的だった。
 絆の結び方にはいくつか種類がある。
 友情であったり、信頼であったり、畏怖であったり、庇護であったり。……そう。国同士の関係というものは、常に対等とは限らない。
 しかし、例え優劣のある関係、利害のある関係であっても、結びつく、ということそのものが重要なのだ。特に、小さな国家にとっては。
 そういう訳であるから……。
 ユミル王家の支配下にある属国属領から、「家督の相続権がなく、且つ配偶者または配偶予定者のいない貴族達」が招集された。
 彼らも、ギネビアの「手駒」だった。国同士を血縁という強い絆で縛り付ける、政略結婚の手駒なのだ。
 
 ピエトロは、一応王子である。
 彼の家は、ユミル王家に朝貢する事によってようやくその家名を名乗ることを許されている小国だ。その領地といえば、村二つ分に過ぎない。
 城と呼ぶのもはばかれるほど小さな住まいの極々小さな小部屋が、彼の居場所だった。
 国民達から「お館」と呼ばれているその城で、老いた父母と、二人の優れた兄と、三人の姉の顔色を窺いながら、日々を過ごしていた。
 そんな身の上だから、家督は元より、幾ばくかの遺産すら望めない。詰まるところ、俗に「冷や飯食いの部屋住」と云われている身の上だ。
「ピエトロ、ピエトロ。ああ、たいへん。タイが曲がっているわ。衣服に解れはない? それよりも、どこか具合が悪いなどと言うことは、よもやないでしょうね?」
 亜麻色の髪に白いものの混じった小柄な婦人が、末っ子の身体を落ち着かない様子であちらこちら触ったり撫でたりしていた。
 息子の方は、少々迷惑そうではあったが
「母上はまるで僕が戦場にでも行って、二度と戻らないみたいにに思っているようですよ。大丈夫です。そんなに心配なさらないでください」
 母親の手をしっかり握った。
 ところが母親は顔をこわばらせ、息子の手をふりほどいた。
「いいえ、ピエトロ。あなたが行くのは戦場に他なりません」
「ただの舞踏会ですよ?」
「外国からのお客様が大勢見えるのですよ。国の威信が掛かる重要な行事なのですから、剣を使わないだけで、戦争と同じ事です」
 母親があまりに真剣な顔で言うので、ピエトロも居住まいを正さないわけには行かなくなった。
 背筋を伸ばし、神妙な顔つきになった息子を見て、母親はようやく少しの安堵を得た。
「恥ずかしいことに、我が国は貧しく、おまえに充分な旅支度を備えてあげることができません。おまえに渡せるのは、これただ一つ」
 母后は一振りの剣を取り出し、ピエトロに渡した。

 細身のサーベルだった。拵えは妙に新しいが、刀身は古い。
「母上、これは伝家の宝刀ではありませんか! これは僕が持つわけにはいきません。そんなことをしたら、受け継ぐべきアンドレア兄上だって、頭ごなしにされたジャコモ兄上だって、きっと黙ってはおられないはず」
 刀を母の方に押し戻すピエトロだったが、母がそれを受け取るはずもない。
「陛下が……あなたの父上が、あなたに渡すように命ぜられたのですよ。それとも主命に逆らうつもりですか?」
 にこりと笑う母に、ピエトロはそれ以上何も言えなかった。
 彼は受け取った刀を腰に下げた。そうして膝をついた深い礼をし、母の手にキスをした。
 ピエトロが迎賓宮殿グランドパレスに赴くのは、今回が初めてだった。しかしその主の方には、二度拝謁している。
 初めてギネビア宰相姫と逢ったのは、彼がまだ四歳の時だった。まだ幼いはずのギネビアは、彼の両親よりも大人のように思えるほどの神々しさで、玉座の上にいた。
 2度目はギネビアが十四歳で成人の祝いを行ったときだった。もっともこの時のことを「逢った」と表現出来ると思っているのは、ピエトロだけかも知れない。
 なにしろ彼は、盛大な宴の輪の一番の外輪から、人混みの遙か彼方にいるギネビアの横顔をほんの数秒見ただけなのだから。
『確か僕とたいして年が違わないはずなんだけどな』
 思い出の中のギネビアは、聖母のように高潔な光を放つ少女だった。
『逢って話ができるだろうか? いや、役目に関してお言葉を頂くことはできるだろうけど、そういうのではなくて……。無理だろうなぁ』
 ピエトロは軽いため息を吐いた。
 家督どころか遺産の分け前だって望めない三男坊である。行動する以前に諦める癖が付いていた。
 宮殿の周辺の道は、酷く混雑していた。道案内に不慣れな来客達の馬車が、なんとかして交通整理の差し棒通りに動こうと右往左往している。
 ピエトロの乗る一頭立て馬車もまた、この渋滞に巻き込まれた。
 宮殿に近づくに連れて馬車の密集度は高くなり、二進も三進も行かなくなった。
 喧噪に馴れない馬が、首を振り、足踏みをする。御者はなんとか馬を押さえながら、半泣きでフロント窓をノックした。
「殿下、申し訳ありません。これではこの先を馬車で行くのは不可能です」
「そのようだね。僕はここで降りて、歩いて宮殿まで行くことにするよ」
 ピエトロは馬車から飛び降り、辺りを見回した。
 宮殿の影が、前方に見える。
「お前は後からゆっくりおいで。なぁに、方向さえ判れば、なんとかなるものだから」
 不安げな御者に言い残し、ピエトロは駆け出した。
『大丈夫。昼餐会に間に合えばいいし、もしすこし遅れたとしても、この混雑の事を説明すれば、判ってもらえる』
 ピエトロは、どうやら人一人が通れそうな小道を見つけ、入っていった。

  ◇◆◇◆◇

 日は、頭の真上から大分西に進んだところにいる。
 昼食を食いっぱぐれた王子様は、番兵に案内され、ぐったりとした重い足取りで迎賓宮殿の門をくぐった。
 長い長いアプローチの両脇は手入れの行き届いた庭園になっているのだが、その壮麗さを眺める余裕など、今のピエトロにはなかった。
 それでもどうやらエントランスホールにたどり着いたピエトロを待ちかまえていたのは、細身で白髪頭の執事長だった。
「ピエトロ殿下であられますな? 私めはこの宮殿の庶務を取り仕切ります、執事長のラムチョップと申します」
 彼は慇懃に言った。その後、やおら懐から分厚い帳面を取り出し、その頁を目にもとまらぬ速さでめくった。
 やがて探り当てた帳面の一葉とピエトロの顔とを交互に見て、
「殿下には遠路はるばるのご参勤でお疲れのことと存じます」
 穏やかだが堅い笑みを浮かべた。しかし、ピエトロが何か言おうとすると、それを遮るように
「しかし、何分段取りという物もございますので、大変申し訳ありませんが、早速ギネビア様にご拝謁を」
早口で続けた。さらにピエトロが返答する間もなく、彼はさっさと謁見室へ向かって歩き出す。
 ピエトロは慌てて彼の後を追った。
 初老の男は、枯れ枝のような見た目からは想像もできないほど素早く軽快な足取りで、ホール正面の大階段を上った。
 しっかり前を見て歩くための気力すら消耗しきっていたピエトロは、ついて行くのが精一杯。堅牢なドアの前で立ち止まったラムチョップの背中に危うくぶつかりそうになったほどだった。

 振り向いたラムチョップは鼻先すぐのところに相当に疲れ果てた顔があるのを見、ほんの少しまぶたを持ち上げた。それがどれほどの驚愕を意味しているのかは、ピエトロには判らなかった。ただ、間を空けずに
「こちらでしばらくお待ち下さいませ」
 と言った彼の口調は、平静そのものだった。
「あ、うん」
 ピエトロがうなずくのを確認すると、彼はそのドアの前から離れた。
 そうして、廊下を少し進んだ先の、別の、極小さなドアを開け、その中へ消えた。
 ピエトロは奇っ怪な静けさが充ち満ちた廊下に、ただ一人取り残された。
 辺りには人影一つ無いが、人の気配がしないというのではない。とは言え、誰かに見られているという雰囲気があるでもない。
 常にどこかに誰かがいる、という雰囲気は、逆にピエトロに孤独感を抱かせた。
『そうだ。僕は、この宮殿の住人ではないのだな』
 ともかく、居心地が悪い。
 まるで神殿の中心にいるような、神聖な気分になってくる。
 彼は一度大きく息を吸った。そしてそれを吐き出すと、居住まいを整え、背筋を伸ばし、ドアに向かって真っ直ぐ立った。
 そのタイミングを推し量ったかのように、重いドアは静かに開いた。
「お入り、ピエトロ」
 室内から、静かで良く通る声がする。
 誘われるように、ピエトロは入っていった。
 床も壁も白い大理石で覆われている。極限まで磨き上げられた石は、鏡のように光を反射していた。
 ドアや木彫品は鉄刀木で作られている。調度品は一見地味だが、細かい螺鈿や象眼の細工が、さりげなく施されていた。
 天井のシャンデリアは水晶硝子クルスタルガラスではなく、内包物も傷も全くない、選りすぐりの純粋な天然白水晶ロッククリスタルで作られていた。
 もっとも、ピエトロには材料の区別などまるきり付かない。それでも、宵になりこれに灯が入ったときにはどれほど美しい光を弾くのか想像もできない……という想像だけはできた。
 正面には玉座がある。枠には金箔が幾重にも厚く重ね貼られ、重い光を放っている。そこに、貝紫で染めた繻子の布が張られていた。
 そして。
 ギネビア・ラ=ユミレーヌが座している。
 幼い日に垣間見た少女の面影を目元辺りに宿した神々しくもある美女が、威厳ある微笑を頬にたたえていた。
 ピエトロは考える間もなく女王の前に跪き、息を呑んでその言葉を待った。
「免礼」
 謁見室は、主の言葉を部屋の隅々にまで確実に轟かせるように、音響を整えてある。宰相姫の吐息のごとく小さな声が、ピエトロには全身を揺さぶる厳命に聞こえた。
 顔を上げた彼に、ギネビアは優しく声をかけた。
「楽になさい、ピエトロ。久しぶりですね。息災そうでなによりです」
「はい。全てはギネビア様ならびにユミレーヌ王家のご威光が全土に充ち満ちている……」
 出がけに兄にたたき込まれた文言だったが、ギネビアは笑って、
「世辞は不要ですよ。早速本題に移りましょう。何分時間がありませぬゆえに」
 ピエトロは全身から火が出る想いだった。
『道が混んでいて馬車が進まず、やむなく歩いてきたが、今度は道に迷って……』
 よほど言い訳しようかと考えもしたが、それで自分の立場が良くなるとは思えず、結局、
「申し訳ありませんでした」
 とだけ言い、深々と頭を下げた。
 ギネビアは許すとも許さぬとも言わず、
「ご苦労でした」
 小さくうなずいた。ピエトロが安堵の息を吐く暇もなく、彼女の口からは命令の言葉が紡ぎ出される。
「あなたをここへ呼んだ理由は他でもありません。この度の舞踏会には数多の国々より客人を招待しています。ことに各国のより姫君がたが多く参じて下さいました。彼女たちをエスコートする役目を、あなたに任せたいのです。よろしいですか?」
『来た!』
 ピエトロの心臓が早鐘を打つ。
『ギネビア様とお近づきになるのは、多分……ううん、絶対に無理だ。でも、舞踏会で外国の姫君に出会えたら……それで親密になれたら……。僕はあの小さな故郷での家族の目を気にしながらの生活から脱出できるかも知れない』
「良いも何もありません。重要なお役目を僕にお与え下さり、ありがとうございます。全身全霊を持って努めます」
 上気した声で、彼は答えた。
「よろしい。ではまず、パレスの内外をよく知っておきなさい。姫君を間違った部屋にご案内するようでは、紳士とは言えません。ですが、あまり時間はありませんよ」
「かしこまりました」
 ピエトロは一礼すると、謁見室を辞した。

 重いドアが閉まったとたん、ピエトロは締め付けられるような緊張感から解放され、思わず大きく伸びをした。
「さて、パレスの中をよく見知っておけと言われたのはいいけれど……」
 エントランスホールまで戻って見回すと、スタッフたちが粛々と自分の仕事をこなしている様子がうかがえた。
 皆、己の仕事に集中していて、声をかける隙など一分もないように思える。
 しかし。
 誰の説明や案内もなく恐ろしく広い宮殿の中を見て回ろうという心持ちには、ピエトロはなれなかった。
 ホールからは南北に廊下が延びていた。両方とも等間隔にドアが並んでいる。
 南側の廊下には人影がなかったが、北の廊下には、掃除道具を抱えたメイドが一人いる。
 どうやらピエトロと同年代らしいそのメイドは、もとより塵も埃もない廊下をさらに念入りに掃き清めていた。
 隅々まで清め磨き上げ、ようやく得心したらしい彼女が顔を上げたのを見て、ピエトロは声をかけた。
「忙しそうだね」
 櫛目正しい赤い髪を揺らし、メイドは
「何かご用でございましょうか?」
 にこりと笑った。
「うん。用というか何というか。今回の舞踏会をぜひとも成功させるために、お客様方に粗相が無いようにしたくて。 僕はここに来るのが遅れてしまって、宮殿の中のことも、お客様のこともまだよくわからないから……。もし君がお客様のことで何か知っているのなら、教えてくれないかな?」
 メイドは小首を傾げ、一呼吸すると。
「私の知っていることと申しますと……。後しばらくで、オラン公国よりオーロラ姫様と、グランディア王国よりファミーユ姫様がご到着になるということ。それから、つい先ほどパンパリア公国のロゼッタ様がいらっしゃったということぐらいですわ」
「それだけかい?」
 ピエトロは頓狂な声を上げた。ずいぶんとお客様の数が少ないような気がする。
 メイドは申し訳なさげに
「私はこちら側の棟のお部屋を控え室になさるご予定のお客様のことだけしか知らされておりません。ですからほかのお客様のことは、あまり存じ上げておりません」
 小さく頭を下げた。
「そういうことか……。じゃあ、もっと詳しく知っている人はいないかな? あまり時間がないようだから、手っ取り早くすませたいんだ」
「まあ」
 ピエトロの言いように、メイドは少々あきれた様子だったが、
「執事長のラムチョップ様か、警備の兵士様方でしたら……」
「ラムチョップか」
 あの白髪頭の執事長の神経質そうな顔を見るのは、あまり乗り気がしなかった。
「じゃあ、警備兵たちに話を聞いてみることにするよ。どこに行けばあえるかな?」
「先ほど何人かがあわてた様子で中庭へ向かいましたわ」
 メイドは廊下の一番奥を指さした。通路は左に折れ、さらに奥へ続いている。
「中庭だね。ありがとう、行ってみるよ」
 メイドの示した方角へ、ピエトロは小走りで向かった。
 赤い絨毯の敷き詰められた廊下は、驚くほど長かった。
『なんて広い宮殿なんだろう。僕の家屋敷なんて、この敷地に3つぐらい入るんじゃないだろうか』
 行けども行けども中庭に通じるとおぼしきドアは見つからない。それでも、このまま永遠に走らないといけないのではなかろうかと不安に駆られ始めた頃、ようやくそれらしい白いドアにたどり着いた。
 髪の毛ほどの隙間もないドアをそっと押し開けると、陽光が一筋、廊下を切り裂くように差し込んできた。
 同時に、草木の青い香りがピエトロを襲った。どうやらこの庭園には、特に香りの強いハーブや花木の類ばかりが植えられているようだ。
 広い中庭は、中央に噴水を配してシンメトリーに造成されている。
 東に宮殿の心臓部であるダンスホールや謁見室があり、西には小さな白い建物があった。
 南と北には客間の窓が並んでいる。
 おそらく、どの位置からも調和がとれた美しい庭園の風景が眺められるように設計されているのだろうことは、おぼろげながらピエトロにも理解できた。
 その中庭で、メイドが言っていたとおり何人かの兵士が集まってなにやら打ち合わせをしている。
 そのうちの1人が不意の侵入者に気づいたらしく、ピエトロに険しい顔を向けた。
 背の高いその衛兵は、若いと言うよりは幼い顔立ちだったが、濁りのないまっすぐな眼光は、気の小さい物を威圧するに十分な威厳を持っている。
「あ、じゃまだったかな?」
 あわてて後ずさる彼に、衛兵は穏やかな口調でかえした。
「何かご用でしょうか?」
「いや、たいしたことじゃないんだけど。その……宮殿の中をちょっと見て回ってたんだ。迷子になってはいけないと思って」
「恐れ入りますが、接待役の方であられますか?」
「うん、そうなんだ……恥ずかしい話だけれど、ちょっと遅刻してきちゃったものだからね」
「左様であられますか」
 衛兵は小さくうなずいてから、他の兵士たちに、
「手に余るようなら職人を呼んでもいいが、できるだけ内々で済ませるんだ。ただし、お客様の迷惑になってはいけない」
 小さな声で指示を出した。
 兵士たちは軽く敬礼をし、四方に散った。

「君は、ここの責任者かい?」
 ピエトロの問いに、その若い衛兵は、
「若輩ながら、この部署を任されております」
 胸を張って答える。
「それじゃあ申し訳ないけれど、この宮殿と、それからお客様のことで、君が知っていることを少し教えてもらえないだろうか? 何分時間がないものだから、手短に」
「宮殿の見取りでしたらいくらかはご案内できますが、お客様に関しては……世界中からご婦人がいらっしゃる程度の知識しか持ち合わせておりませんが」
「世界中から、ご婦人……」
 ピエトロは思わす吹き出しそうになった。彼は「客」と言わずに「婦人」と限定したのだ。
「……君も、美しい女性に興味があるのかい?」
 冷やかすように言うと、衛兵はほんの少し頬を紅潮させた。
「ハハハ。殿下もお人が悪い。自分も男でありますから、確かに女性には興味があります。それを否定はいたしません。ですが、私としては高嶺の花の姫君よりも、その周辺の方が気になります」
「周辺?」
「お姫様付きの侍女だとか、護衛の女剣士だとか……」
 なるほど、とピエトロは得心した。
 この衛兵も貴族の出ではあろうが、それほど身分は高くないだろう。そういった者たちからすれば、王家の姫君などは雲の上の存在であるから、むしろ興味の対象からははずれるということなのだろう。
「そうか、そういう女性たちも来るんだな。ますます宮殿が華やぎそうだ」
 ピエトロが言うと、衛兵は少々不思議そうな顔をした。
「意外ですね。殿下のような高いご身分の方でも、メイドや侍女の類に興味がおありになるのですか?」
「身分が高いって言っても、僕の国は豆粒ほどの大きさだからね。下手をしたら、禄高は君より低いかもしれないよ」
 ピエトロはふと、故郷の田園風景を思い出した。
 あぜ道の木陰で子守をする少女や、リネンに縫い取りを施している娘たちの熱心さが、妙に懐かしく思える。
「もしかしたら、僕は君以上に異国の姫君よりも侍女やお針子の方がなじみが深いんじゃないかな。それになんと言っても働く女性は美しからね。特に使命感と責任感をもって働いている女性は」
 衛兵は、ピエトロの純朴さに心を動かされたらしい。相好を崩して
「そうですよね。やはり働いている女性は美しいですよね。……使命感と責任感といえば、このたびの招待客の内には、姫君の護衛に女剣士をつれて来られる方があるとか。そのような女性は、きっと使命感と責任感にあふれているのでしょうね」
「姫君の護衛の女剣士、ねぇ……」
 その語感からピエトロが思い浮かべたのは、屈強で、筋肉質で、日に焼けた、大柄の中年女性だった。
 思わず、身が固くなる。
「いや、そういった女性は……ちょっと……。僕のような貧弱者では、尻に敷かれてしまいそうだから……」
「まあ、それもそうでしょうね」
 衛兵は愛想笑いで答えた。
 気まずい空気が流れる。
「済まない、やっぱりここにいると邪魔のようだから」
 ピエトロは少々あわてて、廊下へ逃げ込んだ。
「あれ以上聞いたところで、あの衛兵はお客様のことは知らないみたいだから」
 そう己に言い聞かせて、彼は廊下を逆走し、結局エントランスホールに戻って来ることとなった。
 ホールは相変わらず「粛々とした騒がしさ」に満ちている。それでも幾分か動いている人間が減ったような気もした。
 心細さを感じたピエトロが、辺りを見回そうと後ろを振り向くと、
「ピエトロ殿下、何事かございましたか?」
 執事長の強情そうな眉毛が、片側だけぴくりと上がった。
「うわぁ!」
 思わず半歩後ずさりしたピエトロに、ラムチョップは先ほどは動かさなかった方の眉毛も持ち上げ、細い目を見開く格好で疑念のまなざしを注いだ。
 そうして再度、
「どうかなさいましたか?」
と訊ねる。
 確かに言葉は丁寧で、口調もへりくだったものだ。しかし一言一言に、優れた主の忠実な部下であるという誇りから生まれる、ある種の威厳が感じられる。
 それは、立場が上であるはずのピエトロに『おまえの顔に驚いたのだ』という正直な言葉を発することを拒ませるほどの厳格さだった。
「いや、何でもない。何でもないよ」
 ピエトロはもう半歩後ずさって、ラムチョップとの間にわずかな空間を作った。
 彼自身は他人と密接するのが苦手であることを自覚していない。……それが人口密度の低い田舎で暮らしているからだということも、またしかり。
「左様でございますか」
 執事長は両の眉毛を定位置に戻してから、おもむろに分厚い帳面を取り出した。
「本日最後のご到着予定のお客様が、そろそろお見えになる頃合いでございます。ピエトロ殿下には、一度ギネビア様のご指示を仰がれてはいかがでございましょうか?」
 提案の口調に命令が潜んでいる。ピエトロは二つ返事で、
「わかった、すぐに謁見室へ行くことにするよ」
 その場から逃げ出し、謁見室へ向かった。

 謁見室のドアをノックしようとしたピエトロは、ふと以前より気にかかっていたことを思いだし、一度手を引いた。
『そういえば、何年か前にギネビア様に縁談が来たって話を聞いたことがあったな。相手はどこかの王様の弟王子だったっけか……』
 その縁談は、破談になった。
 断ったのはユミル王家の側、厳密に言うとギネビア自身であった。
 ギネビアは国家運営に恋をしていると言われるほどに、恋愛に興味を持っていない……と噂されている女性である。
 わざわざ訪ねてきたその「どこかの王様の弟王子」に、面と向かって断りを入れたという。
 それが外交問題に発展しなかったのは、どうやら件の王弟も「政略結婚」に興味がなかったためであったらしい。
 彼は兄王の命令で逢いはしたものの、ギネビアに
「我が夫は我が国より他になし」
 と宣言されても、何も答えなかったという。
 王弟は反論も同意もせず、ただ晴れ晴れとした笑顔で頭を下げ、そのまま帰国してしまった。
『きっとその王弟は今頃、自分の国でずいぶんと肩身の狭い思いをしているのだろうな』
 ピエトロは会ったことのないその王弟に親近感を覚えていた。相続権のない貴族ほど惨めなものはない。……自分も似たような立場だ、と。
『まあ、ギネビア様に堂々と求婚できるくらいの立場だと言うことは、お国の規模は、たぶんボクの所なんかより数十倍は上だろうから、あちら様は僕と違って自分の食い扶持の心配まではしないで済むのだろうけど』
 ピエトロは自嘲のため息をはき出すと、襟を正し、改めてドアを叩いた。
『その王弟殿下がどんな人物なのかは知らないけれど……きっと自分の身分を恨んでいるに違いない。政略結婚じゃなかったら、もしかしたらギネビア様も結婚を承知したかも……なんて考えているかも知れない。本当に、ギネビア様も罪作りな方だよな』
 自身がギネビアにほのかなあこがれを抱いているピエトロの勝手な妄想ではある。それでも、全くそうではないとは言い切れない。
「お入りなさい」
 中から聞こえたギネビアの声が、どこか冷たく感じられた。
 促されてドアを開けたピエトロは、玉座のギネビアの微笑に、わずかな疲労を感じた。
「十分にパレスの中を見聞できましたか?」
 その問いかけに、彼は
「あまり時間がありませんでしたが、見られる範囲は見て回ったつもりです」
 と、答えるより他になかった。
「そうですか。ですが、あなたの言うとおり、時間の猶予はありません。オラン公国よりお客様が到着する時間が近づいています」
「存じ上げております。ですが、少々お伺いしてもよろしいですか?」
 おそるおそる声を出したピエトロに、彼女は、
「一言で答えられる問いならば、許可します」
 厳格な口調で応じた。
「宮殿の侍女たちからも、オランの姫君と他に二人ほどのご来客の話を聞きましたが、それ以外のお客様のことはまるでわかりませんでした。それで……」
 まだ質問の終わらぬうちに、ギネビアは
「担当するお客様の以外のことを知らせていないだけです。これは貴方に対しても当てはまることですよ」
 諭すように言う。
 詰まるところ、ピエトロがおもてなしをせねばならないのは、オラン公国からの来賓なのだ、と言うことだ。
 ギネビアの穏やかな言葉は、有無を言わせぬ迫力がある。
 ピエトロの背筋は凍った。
「かしこまりました」
 彼は深々と頭を下げた。
 厳しい口調で下される命令のほうが、むしろ心臓に良い気がする。
 奔馬の勢いで謁見室を出たピエトロは、一刻でも早くエントランスホールへ向かわなければならないという使命感から、
「近道を!」
 通ったことのない曲がり角に入っていった。

 その行動が浅はかに過ぎたことに彼が気付いたのは、壁に一枚の絵を見つけたときだった。
 小さな風景画だ。写実を極めた硬質な筆遣いで、中央に噴水を配してシンメトリーに造成されている美しい庭園と、その奥にある小さな白い建物を描いている。
 カンバスの隅には絵師のイニシャルと、タイトルらしき「グランドスパ」の文字が書き込まれている。
「この絵、見覚えが……?」
 まず、描かれている風景に見覚えがあった。つい先ほど見てきてきたばかりの、この宮殿の中庭……咲いている花の種類が先ほどとは違うから、おそらく違う季節……の風景なのだろう。
 しかし、ピエトロは描かれた対象ではなく、絵そのものを見た気がしたのだ。
 それも、謁見室から飛び出してから今までの本の短い時間の間に、何度も。
「まさか、同じ所をぐるぐると回っているんじゃないだろうか?」
 不安に駆られたピエトロは、今来た道と、これから行こうとしていた道とを見比べた。
「そう言えば、廊下の雰囲気が違うような気がするぞ」
 確か最初に見て回った控え室の棟は、華やいだ春の雰囲気のする壁紙と赤い絨毯で飾られていた。
 だが、今いるこの場所はさながら落ち着いた秋の風情で、足下の絨毯もシックな紫色だ。
 明かり取りの窓から外を見、街の見え方も違うことを確認した彼は、確信してつぶやいた。
「反対側の棟に来てしまったんだ。ああ、僕はなんて方向音痴なのだろう。いつも遅刻をしてしまうのはそのせいに違いない」
 ピエトロは踵を返して数歩進んだ。
 たどり着いた三叉路の右手の先に、数名の兵士がトランペットを抱えて背筋を伸ばしているのが見える。
 おそらく、来賓を出迎えるファンファーレを奏でる役目の者たちであろう。
「ということは、あちらの方に行けばエントランスにゆけるに違いない」
 ピエトロが右に曲がろうとしたとき、左手の奥から小さな足音が聞こえた。
 それはまるでつま先立ちで駆けているかのような、小さく、不安げな足音だ。
 振り向いた彼の、ちょうど胸元あたりに、フラックス色に輝く小さな頭があった。
 小柄な……さながら童女のような……一人の女性だった。
「あ……あの。失礼ですけれど、こちらの宮殿の方であられますか?」
 琥珀色の大きな瞳にとまどいの光を宿したその人は、絹織りの紗を幾枚も重ねたうす桃色のドレスを着ていた。
「はい。接待役のピエトロと申します」
 一応、紳士としての教育を受けているピエトロであるから、困っている女性を放っておくことはできない。膝を落とした礼をし、
「どうかなさいましたか?」
「ああ良かった」
 女性の瞳からいっさいの不安が消し飛んだ。
「実はこちらの宮殿があまりにも広いので、道に迷ってしまったのです」
 その女性は恥ずかしそうに言う。
「それは大変でしたね。どちらをご案内すればよろしいですか?」
「グランドスパという温泉療養施設への入り口は、一体どこでしょうか? 中庭から行けると聞いて行ってみましたら、なにやら物々しい警備で、通してもらえませんでしたの。そこの兵士から、南棟の通路から行くように言われたのですけれど……。どうやら曲がり角を一つ二つ間違えてしまったようなのです」
 グランドスパと言葉を聞いて、ピエトロは先ほど自分が迷子であることを気付かせてくれた風景画を思い出した。
『中庭の奥の方にあった、あの白い建物がそれに違いない。成程、温泉の硫黄の香りを弱めるために、中庭にハーブを植えてたのか』
「南棟はあちらの方角ですが……」
 ピエトロは自分が行くべき方角とは正反対を指し示した。
 彼の指先をなぞってみる女性の瞳に、再び不安が浮かんだ。
『そうか、この人は相当長い間道に迷っていらしゃったんだ。それもたった一人で。だから、この先も一人で行くのは不安でならないのだな』
 ピエトロ自身、たった今までやはり迷子であったものだから、この女性の心細さが痛いほど判る。
「僕でよろしければ、ご案内致しまょう」
「まあ、ご親切に、ありがとうございます」
 女性はまるで踊り子のようにスカートをつまんで、深々と礼をした。
 そのとき、ピエトロは気付いた。
 女性のスカート丈が、信じられないほど短いのである。

 厚手の白いタイツを穿いているから、肌そのものが見える訳ではない。しかし、ぴったりとしたタイツは、脚の線を隠すことがないものだから、素足を晒しているのと大差がない。
 その上、裳裾が膝頭より上にあるものだから、踝も脹脛も太股も、のぞき込めばそれよりも上だって見えてしまいそうだ。
 ピエトロは、あわてて視線を上に移動させた。
 女性はにこりと笑い、
「ピエトロ様、でございましたわね?」
「はい。えっと……」
「パトリシアと申します。ルッカ・アイランドから参りました」
「ようこそ、パトリシア姫」
 ピエトロはうわずった声で応じた。
 礼儀にかなった挨拶のために視線を落とすと、どうしてもパトリシアの脚が目に入る。
 ピエトロは自分の顔がリンゴよりも赤くなっているのではないかと不安に感じた。
「さあ、参りましょう」
 裏返った声で言い、がくがくした足取りで歩き出した。
「やっぱり、気になりますか?」
 後から付いてきたパトリシアが、恥ずかしそうではあるがそれでいて少々うれしげにも聞こえる声音で訊ねる。
 気にならないはずがないのだが、それを正直に答えるわけにも行かない。
「い、いえ。あの。申し訳ありません」
 ピエトロは、さらに1オクターブほど高い声で答えた。
「これは、儀礼舞踏用の衣装なんです」
 誇りに満ちた声でパトリシアが言う。しかしすぐに声音が弱々しくなった。
「実は……港からこちらに付くまでの間に、荷物が行李ごと無くなってしまって。……たぶん我が国の手違いだとは思うのですけれど……。そのようなわけで、普段着るためのドレスも、舞踏会用のドレスもございませんの。ギネビア様がすぐに仕立てをして用意をしてくださるとおっしゃったのですが、幸いこの衣装が残っておりましたから」
 そう言って、姫はむしろ誇らしそうに短いスカートの裾を軽くつまんで見せた。
「儀礼舞踏と言うと、姫は神前で舞を捧げるお役目を?」
「ええ、ルッカ王家に生まれた娘は皆その役目を担いますの」
 ピエトロはルッカ・アイランドなる国の名前を今初めて聞いた。しかし、王家が神官を兼ねる形態の神聖国家というものがあるということは知っている。
「左様でございますか」
 ピエトロは薄暗い神殿で舞い踊るパトリシアの姿を想像した。
 神懸かりになったかんなぎは、人の世の制約を総て取り払って舞い踊るという。
 けがをしても、衣服が乱れても、お構いなしで踊り続ける。
『パトリシア姫もそのようになられるのだろうか?』
 少々興味がわいた。それも、かなり下世話な興味だった。ピエトロが口元にだらしない笑みを浮かべたそのとき、
「ああ、ここに違いありませんわ! ほら、ドアの隙間から湯気が漏れておりますもの」
 パトリシアは小さなドアに向かって駆けだした。
 確かに、湿気を帯びた硫黄の香りがドアの周囲に満ちている。ドアノブには「只今の時間 ご婦人専用」と書かれた、小さな札がかかっていた。
「ああ、良かった。……でも、あの方との待ち合わせには、すっかり遅れてしまったようだけれど」
「待ち合わせ、ですか?」
「ええ、古くからのお友達ですのよ。わたくし、本当はよそ様の国の舞踏会には出るつもりはなかったのですけれど……。でも、そのお友達も参加するのだと、こちらの国からのご使者の方がおっしゃったので、決心してまいりましたの」
 少々邪な想像をしていたピエトロは、「もしやそのお友達と申されるのは、殿方ですか?」などという失礼なことを口にしそうになったが、危ういところでその言葉を飲み込んだ。
 さて。
 ようやっと目的地にたどり着いたパトリシアは、安堵とうれしさとで文字通りに舞い上がっていた。
「ご案内頂きありがとうございます」
 まるでカーテンコールを受ける踊り子のように、しなやかな礼をし、早々に件のドアの中へ消えていった。
 独り廊下に取り残された体のピエトロは、
「先ほど宮殿の中を歩き回ったときは、果てしなく長いと思った廊下が、なぜこんなにも短く感じられるのだろう。せめてもう少しパトリシア姫と話をしていたかったなぁ」
 などとため息混じりにつぶやいた。それでも直後には、己の役務を思い出し、
「しまった、急がないとオランからのお客様をお出迎えできなくなる!」
 今来た道を振り返った。

「ここを戻ってゆけば、間違いなくエントランスホールには着く。でも……」
 スパへの入り口の反対側に、大きな窓があった。外には中庭の芝生が見える。
「庭を抜ければ近道、だよな。でも……」
 今日は近道を選んだがために散々な失敗を重ねている。
「二度あることは三度……、いや、三度目の正直とともいうぞ」
 ピエトロは窓を開け放つと、窓枠を飛び越えて庭へ飛び出した。
「窓から出入りするなんて、あんまり上品じゃないから、誰かに見られたら大変だ」
 庭は驚くほど静かだった。しかし、先ほどはあれだけの数の兵士がいたのに、今は人影一つないと言うことを、ピエトロは不審に思わなかった。
 むしろその下品ともいえる行動を誰からも見咎められなかったことに安堵している。
「ここからならすぐにエントランスホールに戻れるぞ。いや、かえって早すぎる位かも知れないな」
 ……それならばあわてる必要はないだろう……ピエトロは楽観して、まるきり庭の散策でもしているかのような歩調で歩いた。
 美しい花木が風に揺れていた。こんな静かな庭園を、美しい女性と二人きりで歩けたなら、どんなに楽しいことだろうか。ピエトロは思わず伸びをし、大きく息を吸った。
 彼の鼻腔を、強い硫黄のにおいが通り抜けた。
 たまらず咳き込む彼の目に、庭の隅から上がっている猛烈な湯気の柱が飛び込んできた。
 立ち上る湯気の周囲を急作りな柵が取り巻いている。塗装が乾ききっていない柵は、高さが不揃いな板を曲がった釘で止めたお粗末なもので、素人拵えであることが素人目にも知れた。
「あんなところから湯気が出ているなんて、一体どうしたことだろう?」
 ピエトロは熱気を帯びた空気をかき分けて、柵の内側をのぞき込んだ。
 地面は芝を剥いで掘らている。その溝の中に、太い陶のパイプが通っていた。湯気は、そのパイプの継ぎ目から漏れ、コウコウとかすれた音を立てて吹き出している。
「なるほど、源泉から湯を引いているパイプに、何か不具合があったのだな。そう言えばさっきの衛兵が、 職人を呼ぶとか、できるだけ自分たちでやるとか言っていたっけ」
 剣術の巧みたちが不慣れな大工仕事をしたのだ。相当手を焼いたのだろう。ご苦労なことだ……と、ピエトロが頭を持ち上げたその時だった。
 かさりと音がし、何かが動いた。
 右の目の見えるぎりぎりのところだったが、それは確かに人影に見えた。複数いたようにも、一人だったようにも思える。
「グランドスパの方だ」
 思わず、駆けだした。
 窓辺の生け垣が不自然にへこんでいるような気がする。ピエトロは茂みをかき分けて中をのぞき込んだ。
 大きな白い窓枠に、厚手のカーテンが掛けられていた。窓は閉まっていたが、カーテンは開いていて、室内の様子が見える。
 鉛ガラスのわずかにゆがんだ向こう側で、小さな人影が動いた。
 亜麻色の髪、細い手足、白い肌。
『パトリシア姫!』
 ピエトロはあわてて頭を引っ込めた。
 これから湯殿に向かおうと言うところだったのだろう。パトリシアは一糸もまとわぬ姿であった。
 彼女がピエトロに背を向けて、スパ付きのメイドと話し込んでいたのは、ピエトロにとって幸運だったといって良い。
 彼は大急ぎで茂みを抜け出した。
『なんてことだろう。悪意はなかったとは言うものの、ご婦人のご更衣をのぞいてしまった。見つかっていたら一大事だ』
 ピエトロは胸をなで下ろし、その場に座り込もうとした……のだが。
「君、ちょっと良いだろうか?」
 突然、背後から声をかけられた。
 治まりかけていた動悸は前以上に激しくなり、心臓が破裂するかに思えた。
「は、はい!」
 振り向くと、そこには二人の人物が立っていた。


 一人は細身の若者だった。
 腰までの長さの下げ髪は、プラチナブロンド。瞳は澄んだエメラルド。幼いが鼻筋の通った顔立ち。華奢な体を包んでいるのは、時代遅れの上に着古された礼服。
 地味で清楚な若者は、人当たりの良さそうな笑顔をピエトロに向けている。
 その名がエル・クレールであるということを、ピエトロはまだ知らない。
 その背後には、肩幅の広い大柄な男が突っ立っていた。
 櫛の歯が折れそうなほど乱れた髪。鷲鷹のように鋭い眼光。無精髭まみれで年齢の読めない彫り深な顔。がっしりと骨太な肉体を、この場に似つかわしくない平服で覆っている。
 豪快で少々不潔な男は、不機嫌そうなまなざしでピエトロを睨んでいる。
 彼の名がブライトであることもまた、ピエトロの知るところではなかった。
「な……何か、ご用でしょうか?」
 暴れる心臓を押さえ込んで、ピエトロはようやく声を出した。
 答えたのはブライトだった。それも、すこぶる不機嫌な大声で。
「あんた、ここいらで怪しい奴らを見かけなかったか? 俺の姫さんの更衣を覗いた不届き者連中だ」
 たった今、姫君の更衣をのぞいてしまったピエトロは、心臓が握りつぶされたのではないかと思った。
 しかし彼は気付いた。
『あれ? この男、今「怪しい奴ら」とか「連中」とか言ったぞ。ってことは、不届きものは複数犯か。じゃあぼくのことではない』
 それともう一つ。
「そう言えばさっき、向こうの方から人の気配を感じたけれど」
 自分が出歯亀ピーピングトムと化してしまったのは、その気配のせいなのだ……ということは、己の心の内にしまい込んで、彼はスパの横手の茂みを指さした。
「本当か?」
 ブライトは眼光をさらに鋭くし、その上に疑いを込めて、彼を睨み付けた。
「ほ、本当だよ。あっちの茂みの方から、確かに人の気配を感じたんだ。それで確かめに行ったんだから」
 震え上がったピエトロが言うと、とたんの彼の表情が変わった。
 満足そうに笑んで、エル・クレールに視線を移す。
「ほれ、俺の言ったとおりだろう? あんな丸出しの邪気に気付かないのは、お前さんが鈍いからだ」
 エルは、妙に自慢げなブライトを呆れのまなざしで見やると、すぐにピエトロに向き直った。
「急にお声掛けして、申し訳ございませんでした」
 丁重な物言いに、ピエトロの動悸はようやく収まった。
「あ、いや、気にしなくても……」
 彼の言葉が終わらぬうちに、ブライトはエル・クレールの腕を引いて、
「行くぞ。無礼者共を一発ブン殴らねぇと、腹の虫が収まらねぇ」
 ずんずんと歩き出した。
 なにやら先ほど以上に不機嫌そうだ。
 引きずられる格好のエル・クレールは、申し訳なさそうに振り向いて、小さく頭を下げた。
 その顔が、妙に心に引っかかる。
「あ、待ってくれ。僕も行くよ」
 ピエトロは二人の後を追った。
 それに気付いたエル・クレールが、
「君まで付いてくることは無いと思うのですが?」
 続けてブライトも、
「うっとこの都合だ。ちょろちょろすんな」
 吐きだした。
「これでも僕は、僕は接待係だからね。パレスに来たお客様にに無礼を働いた者がいるなら、それなりの対処しないといけない」
 ピエトロは半分本音で、半分言い訳として言った。半分の言い訳の裏にある本音は、この二人に対して抱いた興味である。
『若い方は気品があるし、身なりも整っているから間違いなく貴族だろうな。年は僕と同じくらいか、すこぉし下、ってところだろう。
 大男の方はちょっと主持ちには見えないなぁ。でも手足の筋肉は立派だし、首も太いから、傭兵かフリーランスの剣術家、といったところかな。でも無精髭のせいでまるで年齢が判らないや。
 もっと判らないのは、この二人の関係だ。
 まず、主従には見えない。だって、大男の方が威張っている感じがするもの。
 とすると、大男が剣術の師匠で、若い方が弟子? あるいは身分を超えた友人関係とか……。
 待てよ。そう言えば、さっき大男が「俺の姫様」って言ってたな。もしかして、大男は傭兵か民兵、若い方は貴族の正規兵で、二人は同じ主君に仕えている、とか』

「ねぇ、君」
 想像とも妄想とも付かない考え事をしているピエトロを現実に引き戻したのは、エル・クレールだった。
 気付くと、あたりはうっそうとした森だった。考え事をしながら進むうちに、どうやらパレス裏手の御狩り場まで来ていたらしい。
「あ、なんだい?」
 ピエトロが少々間の抜けた返事すると、エル・クレールは少しばかり心配そうな顔で、
「仕事熱心なのは良いですけれど、仕事の種類によっては他の者に頼んだ方が良い場合もありますよ」
かなり不安げに言った。
 すると、ブライトがより一層不機嫌そのものの声で、
「物好きは放っておけ。今回のはそれほど時間も手間も掛かるシゴトじゃねぇ。だいたい、この国は『アタマ』が良くできてるおかげで『使える』人間が多い。城から接待役の一人二人がいなくなったところで、なんの支障もねぇだろうさ。もっとも、俺の本音を言わせてもらえば、邪魔なだけだからとっとと帰ぇってもらいてぇがな」
 とんでもなく口の悪い物言いに、ピエトロの表情が凍り付いた。
 あわててエル・クレールが
「申し訳ありません、本当に」
 ぺこりと頭を下げる。ピエトロは苦笑いした。
「いや、一応我が国と主君の事を褒めてくれているようから」
 確かに相当な毒舌ではあったが、的は射ている。
 ピエトロが立腹していないことを悟り安堵したエル・クレールは、
「君は、もしかしてギネビア殿の直属ですか?」
 と訊ねた。
「まあ、臨時にね。今回の舞踏会は、とても大規模だから、国中から人間が集められているんだ。僕のように、普段は属国の片隅でおとなしくしてるようなのも全部呼ばれている。あ、そう言えば名前を言ってなかった。僕はピエトロ」
「私はエル・クレール。あちらはブライト=ソードマン。口も性格も酷く悪い男ですが、腕は立ちますよ」
 紹介されたというのに、ブライトはそっぽを向いたまま会釈の一つもしない。
 いや、彼はまっすぐに何かをねめつけているのだ。急に立ち止まって、前方の茂みを親指で指し示す。
 木の葉の間からのぞくと、人相の悪い男たちが3人たむろしている。そいつらの足元には、品の良さそうな女性物のドレスやアクセサリの類が詰まった行李がいくつか転がっていた。
「盗賊、かな?」
 小声で言うピエトロに、エル・クレールが小さなうなずきを返す。
 よく見ると、盗賊たちは抜き身の剣を持っている。刃こぼれと血曇りでぼろぼろになっているが、それが逆に連中の凶暴さを示していた。
 ピエトロは急に背筋が寒くなった気がした。生唾を飲み込んで
「きっと僕たちだけじゃ適わないよ」
 声を震わせた。
 ブライトが鼻笑いをして自身の腰に手挟んだ双振りの剣を指し示す。ピエトロは反射的に自身の腰に手を伸ばした。
 国を出るときに母から受け取ったはずの剣が、ない。
『馬車の中だ!』
 答えを見いだした途端、彼の頭の中は真っ白になった。
 蒼白となったピエトロの顔を見、ブライトは鼻で笑った。
「ハナからあんたに期待なんぞかけてねぇから安心しな」
 そう言って、彼は掌をひらひらと振り、ピエトロへ後ろに下がるように促した。躊躇するピエトロの手を、エル・クレールが引いた。
 細く白い指は、ひんやりと冷たく、そして、柔らかい。
「あ……」
 どこかに抜け出ていたようなピエトロの魂までも、その手に引き戻されたかのようだった。
「任せておけば大丈夫ですよ」
 エル・クレールは自信に満ちた笑顔で言う。彼は黙って従うより他になかった。
 こうして、足手まといのいなくなったことを確認し、ブライトは大股で茂みを乗り越えた。そして、やおら大声を上げる。
「おい、そこのクズ共!」
 3人組のうちで一番人相の悪いのが、ぎょろりとした目で彼をにらみ返す。
「なんだ、サンピン」
 抜き身をかざして近づくが、ブライトはまるきり動じない。

 動じないのは彼ばかりではなかった。エル・クレールも全く不安な表情をしない。その顔は、むしろ楽しげですらある。
「エル君は、本当に彼のことを信頼しているようだね」
 ピエトロは、まだ震えの消えない小さな声で訊ねた。すると、エル・クレールは瞳を伏せ、つらそうな微笑みを浮かべた。
「私の周りには、彼以外に信頼できる人物がいないものですから」
 笑顔に息苦しさが見えたのは、ほんの一瞬のことだ。すぐに元通りの、筋書きの決まったショーでも見物しているかのような、安心しきった表情に戻った。
 いくら鈍いピエトロでも、あのような辛い笑顔を見せられれば、
『どうやらエル君自身の家か、彼の主人の家かには、関係者を他人を信頼できない心持ちにさせるような事情があるらしい』
 ことぐらいは察しが付く。
 ピエトロはエル・クレールから視線をはずした。
 代わりに彼の視線が向けられたのは、ブライトの背中であった。たくましく広い背中に大いなる自信が満ちている。
 彼は後頭部をかきながら、盗賊達に向かってぶっきらぼうに問いかける。
「ちょいと前に、そこの宮殿にいた出歯亀野郎は、あんた方かい?」
 盗賊はにたりと笑った。
「ああ、確かに盗みの下検分の行きがけの駄賃に風呂場を覗かせてもらったよ。白髪みてぇな金髪の、細っこい嬢ちゃんがいたっけなぁ」
「細いには細いが、胸は結構あったぜ」
「尻の小ささは、どうにもいただけなかったがなぁ」
 盗賊どもは自慢話の口調で言い、卑屈な笑い声をあげた。
 ブライトの、頭をかいていた指が、ぴたりと止まった。
 ピエトロからは、彼の背中しか見えない。しかし、正面にいる盗賊どもの嫌らしい顔が見る間に蒼白になって行くあたりからして、今の彼が相当に恐ろしい形相であろうことは容易に想像できた。
「そこまで見たのかい?」
 威嚇する獣のうなり声が、彼の喉から漏れる。肩がわなわなと震えていた。
「そんなに詳しく隅々まで、見やがったんだな……俺の可愛いクレール姫の肌をっ!」
「え?」
 声を上げたのは盗賊たちではなく、ピエトロだった。
「クレールって、エル君のミドルネームが確か?」
 ピエトロはちらりと隣を見た。
 白髪のようなプラチナブロンドで、スレンダーなラインの体。衣服の下の胸の大きさは判らないが確かにお尻は小さな人物が、顔を真っ赤にしている。
『君、女の子なのか!?』
 叫びかけて、ピエトロはあわてて己の口をふさいだ。
 なるほどよく見れば、礼服の胸のあたりはほんのりと丸くふくらんでいる。いやそれよりも、先ほど触れた指先のたおやかさは、紛れもなく女性だった。
 彼女はピエトロの驚きようと、視線に気付かない様子で、
「だから、私はあなたの所有物では無いと何度も言っているのに。人前でまでそうやって大きな声で……」
 恥ずかしさの中に少々うれしさのようなものが混じった小さな声でつぶやいた。
『主従にも師弟にも友人にも家族にも見えないのは、エル君が女の子だからかも知れない』
 茫然自失のまま、ピエトロはエル・クレールとブライトとを見比べた。
 二人とも、顔を真っ赤にしている。エル・クレールは恥ずかしさのために、そしてブライトは怒りのために。
 ブライトの節くれ立った指先が、腰の双剣にのびた。嵐の勢いで引き抜かれたのは、遠目にも木刀だと判る代物だった。
 しかし、そんなことは彼自身にも、そして彼に睨まれている盗賊どもにも関係のないことのようだ。
 振りかざした木刀が鋭い風斬り音を立てる。それは気の弱い者の肝をつぶすに十分すぎる轟音だった。
 加えて、ブライトの雄叫びである。鼓膜どころか頭蓋骨まで粉砕しそうな大声で、彼は叫んだ。
「この俺様が、まだそこまでは見せてもらってねぇンだぞぉっっ!」

 怒りの方向性が微妙に間違っていることもまた、当事者達には無関係のことだった。
 震え上がった盗賊どもは、互いに手を取り合い、体を寄せ合って、
「うわぁ、ごめんなさいぃぃぃ」
 地面にひれ伏した。
「許してください、出来心なんです」
「風呂は覗いたけど、肝心なところは湯気で全然見えませんでした」
 双剣は、盗賊達の頭から絹一枚手前でぴたりと止まった。
「見えなかった割にはずいぶん細けぇこと言ってやしなかったか?」
 ブライトが唸る。盗賊達はひれ伏したままで弁明した。
「湯気に影が映ってたんでさぁ。だから体の線は見えても、素肌は見てません。本当です、信じてください」
「船着き場からかっさらってきた荷物も全部お返ししますから、どうか命ばかりはお助けを」
 盗賊達の必死の弁明が通じたのか、ブライトはあっさりと剣を納めた。
「人様の荷物のことなんざ、俺の知ったこっちゃねぇ。お前ぇらが俺のかわいいオ姫サマの裸を見てねぇなら、それでイイ」
『絶対に争点が違う』
 と感じたピエトロだったが、それを口に出す気にはなれなかった。
 振り向いたブライトが、まだ少しばかり不機嫌そうだったからだ。
「全く、困ったオ姫サマだぜ。馬鹿どもの邪な視線にはさっぱり気付かないくせに、心配して湯殿に駆けつけた俺のことは覗き扱いしてぶん殴りやる」
「心配して女湯に駆けつけるのに、衣服を全部脱いでくる必要性はないでしょうに」
 エル・クレールのあきれ声に、ピエトロは失笑を禁じ得なかった。
 返す言葉のないブライトは、唇をとがらせたかと思うと、唐突に手近な木の枝へ手を伸ばした。
 枝には、通草の蔓が巻き付いていた。彼は蔓を引きちぎると、こともなげに手鎖の形に編み上げて、ピエトロの鼻先に突き出す。
「おい接待役。笑ってねぇで、その馬鹿どもをふん縛るのを手伝え。あんたの手柄だぜ」
「え? 手柄って」
 いきなり言われて理解できずにいる彼に、エル・クレールが説明を施す。
「私があなたの上役なら、本来するべき仕事を放り出して姿を消した接待役を厳重に処罰しますよ。ですから、もし君がギネビア殿に謝意を示すつもりがあるのなら、なにか大きな手土産を持っていった方がよいと提案しているのです」
「本来の、仕事……。あっ!」
 天を仰いだピエトロの目に、オレンジ色の木漏れ日が飛び込んできた。

 数珠繋ぎの盗賊とピエトロとがグランドパレスに戻ってきた頃には、陽はだいぶん傾いていた。
 エル・クレールとブライトは、建物と見回りの兵士達の影が見えたあたりで、
「後は任せた」
 と短く言い残して……言ったのはブライトだが……消えてしまっていた。
 盗賊どもを衛兵に引き渡すと、ピエトロは重い脚を引きずりながら謁見室へ向かった。
『何を何処からどの様に説明すればよいだろうか』
 さんざん思い悩んだが、結局は「エントランスホールに向かう途中に迷子になった」ところから、総てを包み隠さず言ってしまうことにした。

「良く、判りました」
 ギネビア宰相姫の重いため息を聞き、ピエトロは竦み上がった。きっと重い罰を受けるに違いない。彼は深く頭を垂れて次の言葉を待った。
「あなたのおかげで、私はパレス内の人の配置を大きく換えねばなりませんでした。オランのオーロラ殿とグランディアのファミーユ殿を接待する者の都合を付け、手空きの兵士には姿の見えない接待役を探させねばならなかったのですよ」
「申し訳ありません」
「このたびのあなたの行動は、自分の仕事を他人に押しつけた上に、他人の仕事を奪う結果になりました」
「いえ、僕は自分の任務を忘れただけで、それ以外には何も」
「衛兵の一伍を、中庭から裏山にかけて展開させていました。ルッカ・アイランドよりの荷物が納められていた港の倉庫から貴重品ばかりを盗み出した盗賊達を捕縛するために、です。彼らの仕事を、あなたは奪ったのです。違いますか?」
「それは僕がやったことではありません。盗賊を捕まえたのは……」
「ブライト=ソードマン氏、でしょう? 本当にあの方には困ったものです。私のことなど考えずに気ままに行動しているくせに、それがいつでも私たちを助ける結果になるのだから。本当に憎らしいこと。それにつけても、いつでもあの方と騒動の中にいるクレールさんの……羨ましいこと」
 心のそこからの羨望が、ギネビアの頬に浮かんだ。
 少女のようなその微笑みに、ピエトロが目を見開いて驚いていると、ギネビアはすぐに表情を元通りの険しさに戻した。
「ですが、今回ばかりはあの方々にも勝手をさせるわけには行きません。そこでピエトロ、あなたに新しい役目を与えます」
「はい、何なりとお申し付けください。今度こそ全身全霊でまっとうします」
 床に頭を打ち付ける勢いのピエトロに、ギネビアは不可思議な命を下した。
「あの二人から、今宵の舞踏会に必ず出るという確約を得ること。さもなければ、あなたを命令違反できつく罰します」
 厳命されたピエトロは、重い足取りで謁見室を出た。
 出てすぐの廊下に件の二人が立っていたのは、ピエトロにとってむしろ不幸だった。彼らを説得するための手段を思案する暇がなかったのだから。
「おう、絞られてきたな。だが全部あんたの責任だ。恨むなら手前ぇ自身を恨めよ」
 人の不幸を大いに楽しむ下世話な口調でブライトが言う。
 割れた笑い声を聞くピエトロの青白い顔色を見、エル・クレールは大いにあわてた。
 この男の口を急いでふさがないといけない……。彼女の思案は、しかし脳の中を巡らずに、脊髄から直接踵に達した。
 結果、ブライトの薄ら笑いが消えるよりも早く、彼女の踵が彼のつま先を踏みつぶしていた。
 息を飲み込む引きつった悲鳴を上げてブライトが悶絶する脇で、彼女はピエトロに声をかけた。
「私たちからギネビア殿に事情を説明した方がよいでしょうか? 君は寸分も悪くありませんから」
「その必要はないよ」
 そもそも、総ては自分が朝から道に迷って遅れてきたことに起因する。そのせいでたくさんの人に迷惑と心配をかけたのだ。ピエトロの胸は痛んだ。
「僕は確かにひどく怒られたけど、罰は受けなかったんだ。……条件付きだけど」
「ならば良いのですけれど……」
 それでもエル・クレールの心配が晴れない。
 一方、自分の足の骨の心配はまるでしてくれない相棒に業を煮やしたらしいブライトは、彼女の腕をつかんで、かなり強引に細い体を自身の腕のうちに引き寄せた。
「そいつは良かったな。じゃ、俺らはここの親玉に『舞踏会が始まる前に一度、面を見せろ』って言われる前にトンズラさせてもらうぜ」
 そうして、ピエトロが知っている出口とはまるきり違う方向へ歩き出す。
 今度はピエトロがあわてる番だった。
「待ってくれ、僕はギネビア様に君たちが舞踏会に出てくれるように説得しろと言われて来たんだ」
 二人の足が止まった。互いに顔を見合わせて、同時に肩を落とす。
「それが君を更迭しない条件ですか?」
 エル・クレールの問いに、ピエトロが蒼白顔で頷く。
「あのオヒメサマ、俺らのことまるきり信頼してねぇな」
 力無く天井を仰ぐブライトの落胆しきった声を聞き、エル・クレールは
「ギネビア殿もお人の悪いこと」
 仕方なさげに苦笑いした。

 日が落ち、宮殿内の燭台総てに灯が点った。
 ダンスホールでは一流の楽人達が静かに円舞曲を奏でている。人々の談笑を妨げず、同時に人々のダンスをもり立てる、絶妙な音色だった。
 ピエトロは人混みから離れ、ダンスホールの壁際で一人沈み込んでいた。
 彼が本来接待するはずだった来賓達には別の……それもすこぶる付きに優秀な……接待役が付いている。エル・クレールとブライトも渋々ながらではあるが「必ず顔を出す」と確約してくれた。
 心配することは何もない。
 しかし、今日一日の自分を省みれば、反省と落胆以外に彼の心を占めるものがないのは当然だった。
『何か一手柄あげるか、さもなくば無難に立ち振る舞って、あわよくばどこか婿入り先を見つける心づもりだったのに、逆にギネビア様に怒られてしまうなんて。このまま故郷に帰ったら、伝家の宝刀まで託してくれた両親に合わす顔がないよ。僕はなんて不孝不忠者なのだろう』
 彼は自身の暗い顔が映る床を眺め、魂まで漏れ出しそうな深いため息を吐きだした。
 ダンスホールにいる総ての人々が幸せそうに見えた。不安も心配も落胆もつらさも痛みも、その場にいる総ての人々の知らない感情なのではないかとさえ思える。
 こんな気持ちでいるのは自分だけに違いない。ピエトロは底なし沼に落ち込んだ心持ちになった。
 居たたまれなくなった彼は、ホールから出る決心をした。
 重い足取りで出口に向かった彼は、自分のいた壁際とちょうど反対側の隅に、小さな人影を見つけた。
「パトリシア姫だ」
 彼女は昼間出逢ったときと同じ儀礼舞踏用の裾の短いドレスを着ている。
『そう言えば、姫は普段着も舞踏会用のドレスもないとおっしゃっていたな』
 見ようによってははしたないほど丈の短いドレスを着た姫に、周りの人々が奇異の目を注いでいる。
 姫はその視線に気付いているのかいないのか、身を縮めておどおどと辺りを見回していた。どうやら誰かを捜している様子だった。
 不安げな大きな瞳は、やがてピエトロに向けられた。とたん、姫の頬にバラ色の輝きが射した。
「ピエトロ様!」
 つま先立ちの小走りで、姫は人並みの中を駆けだした。ピエトロも思わず駆け寄る。
「良かった、もうお目にかかれないかと思っておりました。ピエトロ様にお礼を申し上げなければいけないと言うのに……」
 涙ぐむ彼女の言葉に、ピエトロは違和感すら感じた。
「お礼と申されましても、僕のしたことと言えば道案内程度のことですから」
 その後に不可抗力ではたらいた犯罪行為のこともあって、彼は素直にパトリシアの謝意を受け入れることができなかった。
「いいえ。確かにそのこともうれしかったのですけれど、もっともっと感謝すべきことがございます。だってピエトロ様は、港からわたくしどもの荷物を盗んで行った盗賊達を捕らえてくださったのですもの」
「盗賊?」
 そう言えば昼間の賊共は、大量の女物が入った行李こうりを漁っていたし、船着き場から荷物を奪ってきたとも言っていた。
『そうか、あの荷物はルッカ・アイランドの……パトリシア姫の持ち物だったのか』
「盗賊達が乱暴に扱ったせいでドレスは汚れてしまって、結局この衣装を着ることになりましたけれど……。でも他の荷物は皆無事に戻って参りました。盗賊達が貴金属を処分する前に捕まえてくださったピエトロ様のおかげですわ」
 パトリシアの純粋な喜びのまなざしが、ピエトロの心を益々締め付けた。彼は苦しく息を吐き出し、
「姫、僕は捕縛の現場にいただけで、盗賊達を捕まえた訳ではありません。ですから、姫の感謝を受けるわけにはゆきません」
 正直に言った。
 すると、パトリシアはにこりと微笑んで、
「ピエトロ様が剣を振るって戦われた訳では無いと言うことは存じておりますわ。そのことは、わたくしの大切なお友達から詳しく聞きましたもの」
ホールの片隅を指さした。
 人々の中から、一人の紳士の頭が飛び出していた。相当に背の高いその男性の傍らには、やはりすらりと長身のご婦人が寄り添っている。

 紳士も婦人も地味な身なりだった。
 紳士の礼服は、縫い取りに金糸がわずかに使われているのが唯一の飾りといった程度の、濃紺一色のおとなしいデザインだ。ふつうなら生地が見えないほどに勲章やら襟章やらを飾り立てる胸元にも、一切装飾がない。
 ご婦人の方も質素の極みだった。
 ゴブラン織りの赤いドレスは、胸元にレースがあしらわれているだけのシンプルさだ。高く結い上げた髪に豪奢な飾り付けを施すのが流行の当世に、束ねた髪をピンで留めただけという、地味を通り越して無造作ともいえる髪型に、申し訳程度の小さなティアラを載せている。
 二人とも、他の客人から声をかけられると、人当たりの良い笑顔を返しはするが、目が笑っていない。むしろ、苦痛そうですらある。
 その苦渋に満ちた笑顔で、ピエトロは気付いた。
『エル君に、ソードマンさん?』
 二人とも見かけが、昼間会ったときとは全くの別人になっている。今のブライトから口と柄の悪い助平な剣術使いを想像するのは難しいし、今のエル・クレールから細身で凛とした貴族の子弟を思い浮かべることも不可能だ。
 ピエトロは一瞬「馬子にも衣装」という諺を思い浮かべたのだが、ほめ言葉にはならないと考え直し、口にしなかった。
 だが、直後に浮かんだ疑問は、十分に推敲する以前に口から飛び出してしまった。
「パトリシア姫のお友達と言うのは、どちらの方ですか?」
 言った後で、不適切な物言いかもしれぬと思いはしたが、しゃべった後の言葉を訂正することはできない。
 一人ヤキモキとしていると、パトリシアは、
「クレール様は、ハーンの姫様であられますわ」
 うれしそうに答えた。どうやらピエトロの質問は、運良く彼の意図した意味合いにとられなかったらしい。
「ご不幸なことに数年前にお国が焦土と化してしまわれて、以来連絡が途絶えておりましたの。本日お会いできると知らされて、わたくし、本当にうれしくて」
「お国が、焦土に?」
『エル君が「信じられる者が彼より他にいない」と言ったのは、そのためか!』
 ピエトロは驚いて、再度件の二人の方へ目を向けた。
 二人は、こちらを向いていた。
「クレール様!」
 パトリシアの呼びかけに、二人は少々面倒そうに体を動かし、人並みをかき分けてこちらに近寄って来た。
 ブライトは形式通りの礼をして、パトリシアの手にキスをする。本当に昼間の乱暴な剣士と同一人物とは思えない紳士然とした行動だ。
 エル・クレールもスカートをつまんで、しとやかに頭を下げた。ピエトロはあわてて彼女の手を取り、キスをする。
「私どもがいては、むしろ邪魔になりはしないかと思いましたので、お声がけしなかったのですが」
 丁寧に言ったのはブライトだった。昼間の話しぶりとのギャップが凄まじい。愕然とするピエトロの耳元に、エル・クレールがささやく。
「彼も一応、場をわきまえていますから」
 言い得て妙な説明だった。
 そこでピエトロも「場をわきまえた」口調で、
「そうだエル君……いや、クレール姫。パトリシア姫に間違ったことを話されましたね」
「私はただ、君のおかげで盗賊を発見することができたという事実を告げただけです」
 にっこりと笑った彼女だったが、不意に硬い表情になって、自身のパートナーの腕をそっと引いた。
 気付いたブライトが、さりげなくあたりに視線を送る。
 どこか遠い一点を見据え、彼は
「あちらさんに悪意がないからこそ、邪険にもできねぇんだが……」
 小さくつぶやいた。
 そして、素早くエル・クレールの腕を掴み、腰に手を回したかと思うと、なんと荷揚げ人足が荷物を扱うように、彼女を肩の上へ抱え上げたのだ。
「逃げるぞ」
 何事が起こったのかとピエトロとパトリシアが唖然とする中、当のエル・クレールがうれしげに一言、
「はい」
 答えた。ブライトはにんまりと笑み、
「それではパトリシア姫、お元気で。接待役殿もこれ以上ドジを踏まれませぬよう」
 わざとらしく慇懃に言うと、その場から駆けだした。
 彼の腕の中で、エル・クレールはこれ以上の幸せはないといった笑顔を浮かべている。
「パトリシア殿、またいずれゆっくりとお話をいたしましょう。それから、ピエトロ君お元気で。おそらくもうお逢いすることは無いでしょうけれど」
 あっという間もない。二人は人混みの中に紛れ込むと、ホールから消えた。
 入れ違いにその場へ現れたのは、ギネビア宰相姫であった。
 ギネビアはピエトロ達以上のしつこさで逃げ出した二人の影を探している様子だった。
 まなざしにあきらめきれない悔しさが見える。
 しかし、彼女の立場であれば当然できること……衛兵に命じて二人を追わせ、捕縛する……は、全くしなかった。
 ひとしきりホールの中を見回すと、彼女は深いため息と自嘲の笑みを漏らした。
「パトリシアさん、お見苦しいところをお見せして、申し訳ありませんでした。あのお二方にはもう少しゆっくりしていってもらうつもりだったのですけれど」
「いいえギネビア様。クレール様が社交をお嫌いなのは、わたくしも良く存じております。それに、今のクレール様は、なんだかとても幸せそうでしたから」
 パトリシアは心からの安堵を顔いっぱいに満たして答える。それを見てギネビアも相好を崩した。
「あなたも幸せそうですよ、パトリシアさん」
 彼女の視線が、ほんの少しピエトロに向けられた。
「ピエトロ、あなたにはパトリシアさんのお相手を充分に務めるように命じます。ただし、舞踏会が終わった後で、再度私のところに来るように」

 明けの明星が静かに輝き始めている。
 グランドパレスのダンスホールからは、後かたづけのスタッフ達すらも姿を消し、わずかな光と静寂だけが充満している。
 その寒々しい広間に、人影がただ一つだけあった。
 ピエトロである。
 パトリシアとひとときを過ごし、彼女を彼女の控え室にエスコートした後、彼はギネビアの命令通りに謁見室へ向かった。
 ところが、そこにギネビアの姿はなかった。
 数本のろうそくが申し訳程度に揺れている薄暗い謁見室にいたのは、執事長ラムチョップだけだったのだ。
 彼は険しい顔で帳面をめくり、彼に告げた。
「ピエトロ殿下には直ちにダンスホールに戻られますようにと、ギネビア様から承っております」
 相変わらず、拒否であるとか質問であるとかを受け入れてはくれそうにない厳格な口調だった。
 そこで彼は大急ぎでダンスホールに駆け戻った、といった次第である。
 広々としたこのホールが、ほんの数時間前まで床も見えないほどの人で満ちていたとは、その場にいたはずのピエトロにももはや信じられなかった。彼は無性に寂しくなった。
『それにしたって、何でギネビア様は僕をここに呼び出したりしたのだろう? ……一応、へまをした分は全部取り替えしたつもりなのだけれど……。もしかして、エル君達が途中で帰ってしまったことを怒られるのかな? でもそれが筋違いだってことくらいは、ギネビア様だって承知していらっしゃるはずだ』
 理由がわからない呼び出しほど、恐ろしいものはない。ピエトロは戦々恐々しつつ、しかし逃げ出す訳にも行かぬから、その場に立ちつくしていた。
 やがて、一つのドアが開いた。
 現れたのは、ギネビアあった。供の者もなく、ただ一人で、である。
 平伏するピエトロに、ギネビアは静かに言った。
「本日は大儀でありました。ですが、あなたを褒めてあげるわけにはゆきません。むしろ罰を与えねばならないのですよ」
「あの……昼間充分お叱りを受けましたが」
「叱りはしましたが、まだ罰は与えていませんよ」
 叱られるだけで充分なのではないかと思ったピエトロだが、ここで抗議などできようもない。
「あ、あの、なにとぞご寛大に……」
 平身低頭そのものに深く頭を下げた。
「あなたのために、私は今日一日心が安まりませんでした。誰と歓談することもできず、誰と踊ることもできませんでした」
「申し訳ありません」
 再び頭を下げたピエトロだったが、どうも納得できない。
 ギネビアは今日一日積極的に来賓と語り合っていたはずだ。どうやら重要な外交相手であるらしい遠国からの来賓数名とダンスもしている。
 確かにそれは総て彼女の行うべき「仕事」であったから、楽しく語り、楽しく踊ったわけではない。しかし、心から楽しめなかったのがピエトロのせいであったかのような言い様は、どこか筋が通らない。
 ギネビアはしばらく何も言わなかった。
 その沈黙があまりに長いので、ピエトロは恐ろしくなって彼女を仰ぎ見た。
 彼女は視線をホールの隅の大窓に注いでいた。
『あの辺りは確か……そう、エル君とソードマン氏が姿を消した辺りだ』
 あの二人はギネビアにとってそんなにも大切な人物であるのだろうか。いやがっている者を無理矢理にでも留めようとするほど執着している理由も、ピエトロにはわからない。
 そんな彼の心の内など、察するつもりもないらしいギネビアは、押し殺した声で言う。
「では、ピエトロ。あなたに罰を与えます」
「はい」
「私と一曲、ここで踊りなさい。下手なリードは許しませんよ」 
「え? あ……はい!」
 罰などではない、むしろご褒美だ。なんて光栄なのだろう……その瞬間、ピエトロはそう思った。
 だが。
 差し出されたギネビアの手を握ったとき、彼は気付いた。
 ギネビアが自分を見ていないことに。その視線は、相変わらず窓のそのまた向こうを見ているこに。
「あの方に邪険にされるのには、なれているつもりだったのですけれど……」
 ギネビアの唇が小さく動いた。あまりに小さすぎて、その声はピエトロの耳に入らなかった。
「あの、なんと申されましたか?」
「いいえ、何も」
 暗く沈んだ瞳で、彼女は答えた。
 その寂しげなまなざしのまま、彼女は口元に笑みを浮かべた。
-了-

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