「嘘臭ぇ、胡散臭ぇ。アルケミスト・シィバなら、百歳なんぞはとうに超えたご老体のはずだ」
「ご存じなんですか?」
 唾棄するブライトに、エル・クレールがたずねた。
「さあね。ご尊顔を崇めたことは多分ねえな。前の前の、そのまた前の皇帝陛下のご典医様にそんな名前のヤツがいた、ってだけでね」
「そのレオナルド=シィバ先生のお名前なら、私も存じております。いにしえの帝都・ノアールラヴェラに蔓延していた疫病の特効薬を錬成なさった功績をもって、宮殿に迎えられて……」
 言いかけて口ごもったエル・クレールの言葉尻に、ブライトが付け足した。
「その翌日に、宮女を一人かっさらって出奔した、ってな」
 シィバ老はヒュゥっと口笛を吹いくと、
「あんた方、若いのに良く史学を学んでいると見えるの」
 にんまり笑った。
「史学ってぇより雑学だと思うがね」
「確かにの。じゃが、マリアナと恋に落ちなんだら、わしの名前は今ほど大きくはなかったぞい」
 そう言ってシィバ老は、携えていた杖の握りを撫でた。そこには大きな、しかし歪な赤い石がはめ込まれていた。
「繕い物の上手い女じゃった。特に古布や破れ革で手遊びの人形をこしらえるのが得意でのう」
 老人は杖を掲げた。柔らかで赤い光が歪な石から溢れ出た。
 すると、とり散らかっていた手袋もどきが一斉に身を起こし、隊列を組んで歩き始めた。
 彼らは「戦死」した同類の「亡骸」を掲げて、老人の足元に集まった。
「ちょいとばかし軍に知り合いが居っての。廃棄処分になる軍服だの軍靴だの軍手だのを流してもらっておる。そいつを使って擬似ホムンクルスをこしらえたんじゃ。ま、これほどの数を一度に動かしたのは今日が初めてじゃがね」
 シィバ老が自慢げにいう。すると、
「ホムンクルス、だとぉ!?」
 ブライトが目を丸くした。そしてやおら上着を脱ぎ、乱暴な慌ただしさでそれをエル・クレールの頭にかぶせ、荒っぽく髪の毛をかき混ぜだした。
「痛い! いきなり何をなさるんです!?」
 至極当然な悲鳴を上げる彼女を、ブライトは怒鳴りつけた。
「やかましい! 孕みたくなかったらおとなしくしてろ」
「は? 孕むって、何を訳のわからないことを仰って……」
 エル・クレールは藻掻き足掻き抵抗するが、ブライトは「激しく髪の毛を拭く」ことを止めなかった。
「ホムンクルスってのはなぁ、ずいぶん昔の錬金術師が錬成した小人みたいな『魂のない生き物』だ。その材料ってのは……やいジジイ、まさかてめぇ自身の……」
 彼は相棒の頭をガシガシと乱暴に扱いながら、怒鳴る対象をシィバ老に変えた。
「妙に知識があると無用な心配に悩まされるようになるもんじゃの」
 老人はニンマリと笑い、続ける。
「わしの擬似ホムンクルスの正体は、革袋の中に詰め込んだチーズの蛋白質じゃ」
「チーズ? 蛋白質?」
 ブライトが手を止めた。エル・クレールはその手をはねのけると、髪の毛にこびりついた粘液の匂いをかいだ。
 質の悪いシェーブルチーズの匂いがした。
 老人は大きくうなずいて、
「言ったであろうが、『擬似ホムンクルス』じゃと。元よりわしは先達ほど優れた技術を持っておらんゆえ、命を作り出すような大それた研究はあきらめたわい。
 よしんばこれが本物のホムンクルスで、腹に詰まっているのが青二才の思った通りの物だったとしても、この坊主が子をはらめるわけが無いだろうが」
 あごで指されたエル・クレールは、眉間にしわを寄せ、唇を尖らせた。
 老人は杖の飾り石を足元に集まっている手袋もどき達の上にかざした。手袋もどきたちは「戦死者の亡骸」をその飾り石の前に差し出した。
 飾り石の放つ赤い光が「戦死者の亡骸」を照らす。その光りを浴びた「赤いボタン」が赤い光に溶け込むように飾り石の中に吸い込まれていった。歪な赤い石はボタン二十数個分だけ大きくなった。
「これは……一体?」
「さあね。理屈はわからんが、どうやらこのじいさん、アームを細分化して無生物に埋め込み、操る術を持っているらしいな」
 ブライトににらまれたシィバ老は、
「アームは、器を失った魂の固まりじゃ。生きた人間に取り付きたがるのは、再び器を得たいと思ってのことじゃろう」
 言いながら、杖の飾り石を撫でた。
「それじゃ何か? 山羊の乳と革袋で器とやらをこしらえてやれば、アームに乗っ取られて堕鬼オーガに堕ちるバカはいなくなるとでも言うのか?」
 疑いと、腹立たしさとが入り交じったブライトの問いかけに、老人は表情を曇らせた。
「そう上手く行けば、わざわざオーガ狩りのできる腕っ利きを捜し歩くような苦労はせんのじゃがの」
「オーガ狩りのできる腕っ利きだぁ?」
「少しでもスジがありそうなのを見かけたら、ちょいと試して見ることにしておる。なにしろ、ただ力が強いとか剣術が巧みだとかいうだけの輩なら、軍だの剣術道場だのを覗けばすぐに見つかるが、それだけでは人外鬼には勝てぬでの」
「それでいきなり通行人に手袋どもをけしかけるってのか? 冗談じゃねぇ。ンな危ねぇジジイなんぞとは付き合ってらンねぇよ。行くぜ」
 ブライトはシワだらけになった上着を肩に担うと、相棒の背中を押した。
 エル・クレールはわずかに身体を揺すったが、その場を動こうとはしなかった。
「老師、なぜあなたがオーガを狩る者を探しておられるのですか? 人捜しなどする必要は無い筈です。貴方もその能力を持っておられるのですから」
「クレール、酔狂ジジイなんかほっとけ」
 腕をつかんで引くが、彼女はそれでも動かない。 
「怪我の手当のが先だぜ。清水の湧いてる所を探すのがイヤだってぇなら、その傷、この場で俺が舐めるぞ」
 本気と軽口の比率は六分四分らしい。ブライトは伸び始めた無精髭にまみれた口元を、エル・クレールのこめかみに寄せた。
 どろりと凝固し始めた血のかたまりに舌先が触れる直前、ブライトの頬をシィバ老が杖……それも石突きの方……で突いた。
 捻りながら頬肉を押し込みつつ、老人はエル・クレールに言う。
「老いぼれに力仕事は向かぬよ。年経るごとに知識は深まるが、力は衰えて行く。こればかりはどうにも成らんわい」
「充分にご健勝に見えますが」
 ブライトのゆがめられた顔を横目に見ながら、彼女はつぶやいた。

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