幻惑の【聖杯の3】(一括表示版)
「今、なんて言った?」
 ブライト=ソードマンは両の目と顎とをぱっくりと開いた。土埃の舞う田舎道の端、ちょうど大人一人が腰を下ろすのに具合の良い大きさの石の上であった。
 その黄檗きはだ色の目玉には、傍らで立つエル・クレール=ノアールの青白い仏頂面が写り込んでいた。
「ですから、私は禅譲の儀を知らない、と」
 エル・クレールの返答に、ブライトは目玉がこぼれ落ちそうなほど目を見開いた。
 皇帝がおのれの血族以外の者に位を譲ることを「禅譲」という。
 当時後嗣の無かったハーンのラストエンペラー・ジオ三世は、宰相であったヨルムンガンド=ギュネイに帝位を譲った。ヨルムンガンドは確かに貴族ではあったが、皇室と血縁はなく、従ってこの権力の移行はまさしく「禅譲」である。
「……てめぇの父親が演じた、一世一代の茶番劇だぜ?」
「茶番?」
 今度はエルが目を見開いた。
「重要な国家行事を、そんな言い方で……」
 ジオ三世の退位は四〇〇年続いた王朝が滅びることを意味し、ヨルムンガンドの即位は新たな国家が誕生すること……それも争いごと抜きで……を意味していた。
 禅譲の儀は、盛大な葬式兼誕生祝いの儀式であり、盛大華美に執り行われた。
「けっ」
 ブライトはつばを吐き出した。
「あんなモン、わざわざ『そのための神殿』まで新築してど派手にやる必要なんざなかったのさ。せいぜい民衆の前で互いに誓詞にサインするだけで済むことを、あんなもったいぶった金ぴかの宗教儀式にしやがって……」
 言いながら、ブライトはエルの顔色が極端に変わったことに気付いた。
 瞳に輝きが増し、頬に赤みが差している。
「あなたは……禅譲の儀をご覧になった?」
「あ?」
 ブライトは頭をかきながら、一瞬考え込んだ。

 人の背丈の三倍の高さはある石の祭壇は、花と作物と屠られた家畜とで飾り立てられていた。
 見上げると、抜けるような青空に無数の紙銭と花びらが舞っている。
 そして会場は怒号のような万歳の声で満ちていた。
 太陽光を凹面鏡で集めて灯した「聖なる炎」が、巨大なたいまつとなって燃えさかり、じりじりと壇上を照らす。
 たいまつの足下には金箔張りの玉座があり、喪服じみた黒い法衣をまとったジオ三世が座していた。
 やがて産着じみた白い法衣を着たヨルムンガンドが現れ、玉座の前で跪く。
 ジオ三世は赤い宝玉で飾られた笏杖をヨルムンガンドに渡すと、玉座からおりた。
 代わりにヨルムンガンドが玉座にどかりと腰を下ろし、ジオ三世の平伏拝礼を受けた。

 ……何故……俺はこの光景を知っている?……
 ブライトが「その時の自分」を思い出そうとした途端、後頭部がぎりぎりと痛みだした。
『余計なことばかり思い出して、肝心なところへくると……これだ』
 舌打ちしたブライトは、
「……どうやら、そうらしい」
 とだけ、低く答えた。
「うらやましい」
 エルはふわりと微笑みを浮かべ、ブライトをじっと見た。
 そのうっとりとした視線に、彼はたまらない面映ゆさを感じ、急に顔を背けた。
「後からうらやましがるンなら、最初からしっかり見とけ。お前さん仮にも皇族なんだから、特等席で見物できたろうに」
 かさぶたがぼろぼろと落ちるブライトの後頭部に向かって、エル・クレールはぽつりと言った。
「それは……無理です。私には無理なんです」
「だってお前、一九年前、いや二十年か……ともかく、そのころのお前さんは、田舎公女じゃなくて、歴とした皇帝陛下の第一皇女、つまり皇太子様クラウンプリンセスだったろう?」
 ブライトは眉間にしわを寄せ、禅譲式の光景を思い出した。
 帝位を部下に譲った元皇帝の傍らに、幼顔の女性がいた。
 今目の前にいる娘の男装をドレスに替え、下げ髪を結い上げれば、その女性の姿と重なる。
「それは、母です」
「は……母……親?」
「だいたい、私がその場にいられるはずが無いのです。……まだ生まれてさえいないのですから」
「……は? 生まれて……無いって……?」
「私は今、十三歳です。二十年前の儀式に立ち会うことなど、不可能です」
 冷静に考えれば、確かにそのとおりだった。
 大体、ジオ三世は「後嗣がない」から御位を部下に譲ったのだ。ジオ三世がミッド大公に移封されて以降にようやく授かった一粒種のクレール姫が儀式を目の当たりに出来るはずがない。
 それにしても。
「じゅう、さん、さい?」
 白髪にすら見えるプラチナの髪、彫りの深い目鼻立ち、引き締まった頬、薄いがつややかにぬれた唇、細い首、なだらかな肩の線、小振りで丸い臀部。
「この世の何処に、ンな艶っぽい十三歳がいるってんだ? いや、目の前にいるって答えは聞きたかねぇぞ。聞きたかねぇから訊いてやる。どんな滋養のある飯を食えば、十三でそんなカラダになれるってんだ?」
 まくし立てるブライトに、エル・クレールはただ困惑した顔を向けるしかなかった。
「これを」
 困惑顔のまま、彼女は小さな金貨を差し出した。
「滅多にないことですし、朝廷から許可が下りたのが不思議なくらいなのですが……つい数日前にミッドで発行された『大公の五十五歳の誕生日と第一公女の十三歳の誕生日を記念した』硬貨です。表がジオ三世の肖像、裏が後継ぎ娘の肖像になっています」
「てめぇの父親とてめぇ自身に対して、随分客観的な物言いをするな」
 呆れと感心を足して三で割ったような声で答えながら、ブライトはその金貨の両面を眺めた。表には初老の紳士の横顔が、裏には幼い少女の横顔が、髪の一筋までわかる精密さで刻まれていた。
 常識で考えれば、レリーフの幼女が目の前にいる娘の顔になるには、少なくても五,六年はかかりそうだ。
「私自身、なんでこんな姿になったのか、まるでわかりません」
 そう言ってエル・クレールは不安色を下目をブライトに向けた。ブライトは顔を上げず、金貨の幼女をじっと見つめている。
「此間、話したっけな。普通でない力を手に入れた人間の『変化』は、表情が変わるぐらいじゃ済まない、って」
「はい。ですが、それは」
「最初に『強くありたい』と願ったのが、おまえさん自身か、おまえさんに守って欲しいとすがり付いて死んだ臣民どもかは判らんが、ともかくおまえさんは訳の解らない敵と戦える体になることを望んだんだ」
「では私自身のせいだと?」
「『こっち』のせい、かも知れん」
 ようやっと顔を上げたブライトは、金貨を指先ではじくと同時に、エル・クレールの左脇腹下をするりとなで上げた。
「あっ」
 という悲鳴が、双方の口から漏れた。
「いきなり何をなさるんです!」
 真っ赤になったエル・クレールの顔を、ブライトはまるで見ていなかった。
 彼の視線は自身の手のひらにあった。そしてひとしきり、拳を握ったり開いたりした後でつぶやいた。
「親子して同じコト言いやがる」
「え?」
「おまえさんのそこンとこに収まってる【アーム】さ」
「ア……【アーム】? 父の魂が、何と?」
 エル・クレールは目を輝かせてブライトに詰め寄った。彼はその鼻先に、手のひらを突きつけた。指先がやけどのように赤く腫れ上がっている。
「触れるな、とさ。自分だけで娘を守りたいらしいな。まったく、過保護な親父だ」
「私にはそんな声は聞こえません」
「それが父親ってもんだろ? 特に娘には面と向かって会話することすらできやしないくせに、外に向かっては強がりを言う」
 エル・クレールの輝いていた瞳が、一気に赤く潤みだした。
「先ほどから聞いていると、あなたは私の父を侮辱したとしか思えないのですが?」
「そのつもりはない。少なくても今のところは、だがね」
 エル・クレールの目の前にあった男の掌が急に動き、その掌底が彼女の己の胸ぐらを激しく突いた。突然のことに受け流すことも逆らうこともできなかった彼女は、そのまま狭い道の真ん中あたりまで突き飛ばされ、背中から転んだ。
 あわてて起きあがった彼女の目に映ったのはブライト=ソードマンの姿ではなく、不可解な小動物の群れであった。
 一匹一匹の容姿は、破れて使い物にならなくなった革手袋を縫い合わせて作った人形の様だった。目に当たるだろう場所に光っている物が赤いボタンのように見えるのが、その感を強めている。
 しかし、それはただの人形でないのは間違いない。なにしろ、親指らしき物と小指らしき物以外の三本の突起を脚として立ち、腐敗臭とも獣臭ともつかない匂いを発散させながら、はね回っているのだから。
 数は数え切れない。革職人の荷馬車から積み荷が一つ転げ落ちて、中身がばらまかれたのではないかと思えるほど、雑草だらけの田舎道はそいつらに埋め尽くされていた。
 エル・クレールは叫びながら跳ね起きた。
 手袋もどきの小動物が一匹、髪に飛びついてよじ登っている。思わず掴んで、すぐさま地面に叩き付けたが、手のひらの中に薄気味悪いなま暖かさが残った。
「これは、何!? 生き物なんですかっ!?」
「考える間があったら感じろ。そいつが俺たちに敵意を抱いているのが解るはずだ」
 ブライトの周囲にも同じ物が群れている。
 彼の足下に群がっている手袋もどきの手指の先からは尖った金属らしき物が突き出ている。飛び上がり、飛びかかって、その小さな武器で彼に害を与えようとしているのは、間違いない。
 じりじりと近づいてくるそれらは、たしかに薄気味悪い存在だが、エル・クレールにはブライトが言うような明確な意思を感じ取ることができずにいた。
「敵意、と言うほどはっきりしたものは感じないのですけれど…。風下から近づいてくる程度の知恵はあるようですが」
「そうか? 俺には『気にくわないから喰い殺す』って言ってるように思えるがねっ!」
 ブライトは足元の一匹を力任せに蹴り飛ばした。
 そいつは勢いよく地面の上を転がった。転がりながら、土埃と小石と数匹の同類を吹き飛ばした。地面に雨樋のような溝ができていた。
 数メートルも掘り進んでようやく止まった手袋もどきは、すり切れた表皮のいたるところから黄白色の粘液を吹き出しながら痙攣している。
「なんて力……」
 自分にまとわりつく手袋もどきを払いのけながら、エル・クレールは嘆息した。彼女が地面に叩き付けても、そいつらはさしてダメージを感じていない様子ですぐに飛び起きて来る。
 ところが、
「感心されても褒められても、結果が出てねぇんじゃ嬉しかねぇよ」
 忌々しげにブライトがいう。
 蹴り飛ばされた手袋もどきは、確かに詰め物の半分が流れ出し張りがまるで無くなっていたが、それでも起きあがってうごめいている。
「力任せじゃ、壊せない物もあるってこった」
「物? でも、生き物の温みが」
「切ってみりゃ判る」
 ぱぁん、と乾いた音を立て、ブライトはおのれの両掌を重ねた。
「友よ、お前達の赤心を俺に貸せ! 来い、【恋人達ラヴァーズ】!」
 重ねられた掌の指の隙間から、赤い光があふれ出た。
 光はやがて二筋に集約し、一双の剣の形を成した。
 ブライトが震う剣影は、さながら赤い三日月の光がきらめいているようななめらかさだった。
 その三日月の軌道にいた手袋もどき達は、手応え無く両断され、黄白色のしぶきを飛び散らせて、動かなくなった。
「無生物ってことで決定だな」
 ブライトの意見に、エル・クレールは納得できなかった。
「どんな物でもまっぷたつにされれば死んでしまいます」
「ごもっともだがね」
 ブライトは再び赤く光剣を振るった。
 信じられないほどの大振りだった。無駄と隙ばかりの動きにも見えた。
 刃は地面をかすめるようにきらめいた。
 まるで麦刈りの大鎌のように、道ばたの雑草の類共々、手袋もどきを刈り取っている。
 一振りで、五・六匹の小動物が両断され、すえた臭いのする体液を雑草の上にぶちまけた。
 痙攣する革と粘液の群れを注視したエル・クレールは、あることに気付いた。
「あ? 草が……葉が切れていない?」
『何故?』と言いかけた彼女の目に、一匹の手袋もどきが飛び込んできた。
 避けるも除けるもなく、次の瞬間にはそれは顔面に張り付いていた。
 液体の詰まった革袋に特有の奇妙な堅さの物体が、彼女の左右のこめかみ辺りを締め付けた。
 古い革手袋と、腐った牛乳と、使い込んだ雑巾と、熱帯夜の寝汗を吸い込んだシーツとを一度に鼻面に押しつけられたような、猛烈な腐臭がする。
 その臭いと、生暖かく不快な感触で、エル・クレールは息を詰まらせた。
 両手に満身の力を込めて引きはがそうとしても、手袋もどきは微動だにしない。逆に尖った「爪」が彼女の皮膚に食い込んでくる。
 不快から逃れようとすると、身体は無意識に後ずさって行く。前も後も足下の小石も見えない彼女は、当然のように足をもつれさせて、派手に転んだ。
 手袋もどきの指の間から、空と、ブライト=ソードマンのしかめっ面が見えた。
「元皇帝陛下様よ。俺はあんたの娘に嫌われたかぁないンで、あんたを侮辱したくはねぇんだが……この状況を見てると、意に反してあんたを軽蔑しなきゃならんようだ」
 彼は暗い目で右腕を振り上げた。
 やがて、赤い剣の切っ先が、エル・クレールの顔面めがけて振り下ろされた。
『突き刺さる!』
 反射的に目を閉じたエル・クレールの、妙に冷静だった頭の奥で、懐かしい声がした。
 われ鐘のような激しさだった。……かつてそれほどの激しさでこの声を聞いたことはなかった。
 エル・クレールは目を見開いて、その声が言う言葉を復唱した。
「我が愛する正義の士よ。あかき力となりて我を護りたまえ。【正義ラ・ジュスティス】!!」
 脳髄から背骨にかけて、熱湯が駆け下るような衝撃が、彼女の身体を襲った。
 腰骨の端が鈍器で殴られたように熱い。思わず、その鈍い痛みがある場所を押さえ込んだ。
 左の腰……ちょうど、ベルトに下げる拝剣の金具の当たる辺り……に、火の固まりを感じた。
 それは掌の中で、確かに存在する「物体の堅さ」を持っている。
 掴んで、引き抜いた。赤い光を放つ、細身の剣の形をしていた。
 エル・クレールはその切っ先を自分の顔面に張り付いている手袋もどきに突き刺した。
 ねっとりとした白濁液を噴き出させた手袋もどきはビクリビクリと数回痙攣した後、エル・クレールの顔面を掴むことを止めた。そして彼女の顔の上をどろりと撫でながら、左の耳の脇へ落ちた。
 急激に新鮮な空気が肺へと流れ込み、その濃厚さに、彼女は激しく咳き込んだ。
 その耳元で、熱い風が巻き起こった。
 顔の右に赤い刃が見えた。切っ先は一匹の痙攣する手袋もどきを突き通して、地面にめり込んでいる。
 妙に熱を持った液体が、エル・クレールの髪の毛に飛び散った。
「起きろ! 休んでる暇はねぇぞ!」
 ブライトは相変わらずのしかめっ面で彼女の顔をのぞき込んでいた。
「はい!」
 鳳仙花の実が弾けるような勢いで、彼女は飛び起き、身構えた。
 相変わらず、手袋もどきの小動物……生き物ではないらしいのだが……は地面を埋め尽くす勢いでそこに群れていた。
 ただし、その三分の一程はすでに動いてはおらず、三分の一程は自身の体液らしき物にまみれながらのたうち回っている。
「残りはお前さんの仕事ってことにするかね」
「えっ!?」
「おまえさんの親父がずいぶん張り切ってるみたいだからな」
 エル・クレールは自分の握っている赤い剣をまじまじと見た。
 やせた、背の高い、無口で、生真面目だった父親の姿が、細身の剣と重なって見えた。
「それと……俺はこいつらの親玉の方に掛かりたいンでね」
 ブライトは視線を道の彼方に向けた。
 かすかに風が吹いていた。その風のながれる先に、干し草を積んだ荷馬車が停まっている。馬具は付いているが、辺りに馬や馬子の姿はない。
「じゃ、任せた」
 呼気の代わりに言い残し、彼は大地を蹴った。あっという間に、人の形をした風は荷馬車まで到達し、あっという間にそれを蹴り倒していた。
「ぎゃぁ」
 という力のない悲鳴が、干し草の中から聞こえた。
 すると、今までうごめいていた手袋もどきどもが、ぴたりと動くのを止めた。
 操者が手を抜いた指人形のように、そいつらはぱたりと倒れ込み、それきり動かなくなった。
「出てこい」
 干し草の山に向かって、ブライトが低く言った。
 カサカサと草が動き、やがて現れたのは、一人の小柄な老人だった。
 修道士が着るような黒い衣装に、学者が持つような杖を携えた老人は、干し草の中から身を起こすと、
「やれやれ、乱暴な青二才め」
 はげ上がった頭に乗っかっていた干し草を払い落としながらブライトをにらみ付けた。
「じいさん、乱暴はどっちだ? ウチの相棒の綺麗な顔に傷を付けやがって」
「傷じゃと?」
 老人はエル・クレールの方を見た。
 動かなくなった手袋もどきの群れの真ん中で、彼女は呆然と立ちつくしている。その両こめかみから、赤い血の筋が流れ落ちていた。
「あんな物、怪我のウチには入らんじゃろうが。ほれ、男の子には傷跡は勲章とも言うぞ」
 老人は、数十歩離れたところににいるエル・クレールの耳にもはっきりと聞こえる良く通る声で言った。
 彼女は目を見開き、肩を怒らせて、足下の手袋もどきを大股で飛び越えつつ、老人とブライトのそばまで近づいた。
「これ、青二才。あの坊主は何を拗ねている?」
 近づいてくる彼女を見て老人が言うのに、ブライトはただ苦笑いで答えるしかなかった。
「あなたは、何者ですか?」
 シワだらけの顔は実に柔和で、知的ですらあるが、赤くてかった頬は少々下品にも思える。
 とげとげしいエル・クレールの問いかけにに対して、老人は
「何者に見えるかね?」
 と聞き返した。
 すると彼女は老人の目をじっと見つめて、答えた。
「【隠者レルミタ】」
「なんと?」
「なに?」
 老人と、ブライトは同時に声を上げた。
「驚いた坊主じゃ。おぬし、他人の持っているアームの銘が判るようじゃな」
 老人はケラケラと嬉しそうに笑い出した。そして、ブライトの
「アームの、銘だって? じいさん、あんた何者ンだ?」
 という言葉に、
「お主らの同類じゃよ。自分以外の者の命を受け入れた者……アームの所持者……ハンターなんぞという物騒な呼び名を使う者もいるが、のう」
 やおら服の胸をはだけた。
 浮き出た胸骨の上に赤い痣があった。痣は薄暗い闇の中に浮かんだ、小さな灯明のような形をしている。
「銘は坊主の言ったとおり【隠者】。人としての名は、レオナルド=シィバ。アルケミスト・シィバと呼ばれることもあるがの」
「嘘臭ぇ、胡散臭ぇ。アルケミスト・シィバなら、百歳なんぞはとうに超えたご老体のはずだ」
「ご存じなんですか?」
 唾棄するブライトに、エル・クレールがたずねた。
「さあね。ご尊顔を崇めたことは多分ねえな。前の前の、そのまた前の皇帝陛下のご典医様にそんな名前のヤツがいた、ってだけでね」
「そのレオナルド=シィバ先生のお名前なら、私も存じております。いにしえの帝都・ノアールラヴェラに蔓延していた疫病の特効薬を錬成なさった功績をもって、宮殿に迎えられて……」
 言いかけて口ごもったエル・クレールの言葉尻に、ブライトが付け足した。
「その翌日に、宮女を一人かっさらって出奔した、ってな」
 シィバ老はヒュゥっと口笛を吹いくと、
「あんた方、若いのに良く史学を学んでいると見えるの」
 にんまり笑った。
「史学ってぇより雑学だと思うがね」
「確かにの。じゃが、マリアナと恋に落ちなんだら、わしの名前は今ほど大きくはなかったぞい」
 そう言ってシィバ老は、携えていた杖の握りを撫でた。そこには大きな、しかし歪な赤い石がはめ込まれていた。
「繕い物の上手い女じゃった。特に古布や破れ革で手遊びの人形をこしらえるのが得意でのう」
 老人は杖を掲げた。柔らかで赤い光が歪な石から溢れ出た。
 すると、とり散らかっていた手袋もどきが一斉に身を起こし、隊列を組んで歩き始めた。
 彼らは「戦死」した同類の「亡骸」を掲げて、老人の足元に集まった。
「ちょいとばかし軍に知り合いが居っての。廃棄処分になる軍服だの軍靴だの軍手だのを流してもらっておる。そいつを使って擬似ホムンクルスをこしらえたんじゃ。ま、これほどの数を一度に動かしたのは今日が初めてじゃがね」
 シィバ老が自慢げにいう。すると、
「ホムンクルス、だとぉ!?」
 ブライトが目を丸くした。そしてやおら上着を脱ぎ、乱暴な慌ただしさでそれをエル・クレールの頭にかぶせ、荒っぽく髪の毛をかき混ぜだした。
「痛い! いきなり何をなさるんです!?」
 至極当然な悲鳴を上げる彼女を、ブライトは怒鳴りつけた。
「やかましい! 孕みたくなかったらおとなしくしてろ」
「は? 孕むって、何を訳のわからないことを仰って……」
 エル・クレールは藻掻き足掻き抵抗するが、ブライトは「激しく髪の毛を拭く」ことを止めなかった。
「ホムンクルスってのはなぁ、ずいぶん昔の錬金術師が錬成した小人みたいな『魂のない生き物』だ。その材料ってのは……やいジジイ、まさかてめぇ自身の……」
 彼は相棒の頭をガシガシと乱暴に扱いながら、怒鳴る対象をシィバ老に変えた。
「妙に知識があると無用な心配に悩まされるようになるもんじゃの」
 老人はニンマリと笑い、続ける。
「わしの擬似ホムンクルスの正体は、革袋の中に詰め込んだチーズ。要するに蛋白質じゃ」
「チーズ? 蛋白質?」
 ブライトが手を止めた。エル・クレールはその手をはねのけると、髪の毛にこびりついた粘液の匂いをかいだ。
 質の悪いシェーブルチーズの匂いがした。
 老人は大きくうなずいて、
「言ったであろうが、『擬似ホムンクルス』じゃと。元よりわしは先達ほど優れた技術を持っておらんゆえ、命を作り出すような大それた研究はあきらめたわい。よしんばこれが本物のホムンクルスで、腹に詰まっているのが青二才の思った通りの物だったとしても、この坊主が子をはらめるわけが無いだろうが」
 あごで指されたエル・クレールは、眉間にしわを寄せ、唇を尖らせた。
 老人は杖の飾り石を足元に集まっている手袋もどき達の上にかざした。手袋もどきたちは「戦死者の亡骸」をその飾り石の前に差し出した。
 飾り石の放つ赤い光が「戦死者の亡骸」を照らす。その光りを浴びた「赤いボタン」が赤い光に溶け込むように飾り石の中に吸い込まれていった。歪な赤い石はボタン二十数個分だけ大きくなった。
「これは……一体?」
「さあね。理屈はわからんが、どうやらこのじいさん、アームを細分化して無生物に埋め込み、操る術を持っているらしいな」
 ブライトににらまれたシィバ老は、
「アームは、器を失った魂の固まりじゃ。生きた人間に取り付きたがるのは、再び器を得たいと思ってのことじゃろう」
 言いながら、杖の飾り石を撫でた。
「それじゃ何か? 山羊の乳と革袋で器とやらをこしらえてやれば、アームに乗っ取られて堕鬼オーガに堕ちるバカはいなくなるとでも言うのか?」
 疑いと、腹立たしさとが入り交じったブライトの問いかけに、老人は表情を曇らせた。
「そう上手く行けば、わざわざオーガ狩りのできる腕っ利きを捜し歩くような苦労はせんのじゃがの」
「オーガ狩りのできる腕っ利きだぁ?」
「少しでもスジがありそうなのを見かけたら、ちょいと試して見ることにしておる。なにしろ、ただ力が強いとか剣術が巧みだとかいうだけの輩なら、軍だの剣術道場だのを覗けばすぐに見つかるが、それだけでは人外鬼には勝てぬでの」
「それでいきなり通行人に手袋どもをけしかけるってのか? 冗談じゃねぇ。ンな危ねぇジジイなんぞとは付き合ってらンねぇよ。行くぜ」
 ブライトはシワだらけになった上着を肩に担うと、相棒の背中を押した。
 エル・クレールはわずかに身体を揺すったが、その場を動こうとはしなかった。
「老師、なぜあなたがオーガを狩る者を探しておられるのですか? 人捜しなどする必要は無い筈です。貴方もその能力を持っておられるのですから」
「クレール、酔狂ジジイなんかほっとけ」
 腕をつかんで引くが、彼女はそれでも動かない。 
「怪我の手当のが先だぜ。清水の湧いてる所を探すのがイヤだってぇなら、その傷、この場で俺が舐めるぞ」
 本気と軽口の比率は六分四分らしい。ブライトは伸び始めた無精髭にまみれた口元を、エル・クレールのこめかみに寄せた。
 どろりと凝固し始めた血のかたまりに舌先が触れる直前、ブライトの頬をシィバ老が杖……それも石突きの方……で突いた。
 捻りながら頬肉を押し込みつつ、老人はエル・クレールに言う。
「老いぼれに力仕事は向かぬよ。年経るごとに知識は深まるが、力は衰えて行く。こればかりはどうにも成らんわい」
「充分にご健勝に見えますが」
 ブライトのゆがめられた顔を横目に見ながら、彼女はつぶやいた。
 そこは、ミッド公国の首都からムスペル火山の尾根一つ「向こう側」の小さな山間の渓谷のただ中だった。平地は猫の額以下で、そそり立つ壁のごとき山々で周囲を囲まれている。
 盆地と呼ぶのもおこがましい小さな土地を取り囲む山肌一面は、段畑で覆われていた。
 そのほとんどが開墾されたばかりの物らしく、削り取られた土の若い匂いがする。
 一枚一枚の畑は靴底のような狭さだが、つなぎ合わさったそれらは強固なスケールメールを連想させる。
 時がたち、実りの季節を迎えれば、その一枚一枚に麦の稔りがたなびくだろう。
 エル・クレールは何故か背筋に寒い物を感じた。
 細く噴煙を吐き出す火山を背負い、ぎらぎらと光りをはじく黄金の鱗鎧が、彼女の脳裏に浮かんでいた。

 二人の旅人が案内された、レオナルド=シィバ老人の隠居所というヤツは、何の変哲もない農家のたたずまいであった。
 家具といえるのは、傾いたテーブル一つときしんだ椅子が四脚。装飾のない室内はきわめて清潔で、老いた男やもめの家とは思えない。
 継ぎの当たった衣類、使い古しの馬具や革製品が居間の隅に山積みになっているが、これらは恐らく『軍にいる知り合い』とやらから横流しされた、ホムンクルスもどきの材料だろう。
 医者であるとか科学者であるとか、そういった人種の家にありがちな「膨大な蔵書」はない。ただ、台所には実験用具とおぼしきものが整然と並んでいる。
 ガラスの試験管、煤けた金色の大鍋。棚に並ぶのは、色とりどりの液体や固体が詰まった瓶。
 青い炎がゆれる竈の上では、銅の蒸留器から丸底フラスコに、澄んだ茶色の液体が流れ落ちている。
「黄金の錬成にも不老不死の研究にもあきたでの。書物の類はずいぶんと以前にたたき売ったわい。
 毛玉牛の皮と年経た木々と煤の水溶液で作られているに過ぎぬが、本というヤツは妙に高値で売買できる。とりあえず、老後に何の不安もないだけの金にはなった」
 老人はこともなげに言う。
 掃き清められた床の上ではね回る手袋もどきの群れが、不揃いな三つの椅子を引いた。
「とんだ錬金術だな」
 腰掛けながら吐き捨てるブライトの嫌みに、老人は、
「全くだ」
 否定もせずに、むしろ自嘲の笑みを浮かべた。
「それでも、実験用具はきちんと手入れをなさってますね」
 エル・クレールの質問には
「茶を沸かす役には立つわい」
 豪快に笑い、蒸留器をやかんのように傾けて、薬臭い紅茶を入れた。
「それで。じいさん、なんで【堕鬼狩りオーガハンター】なんぞ探してるんだね? …それとも、『誰に頼まれて』って訊いた方が良いか?」
 欠けたカップに入った茶を口に運びながら、ブライトは老人に視線を注いだ。
「口の悪い青二才だのう」
「ブライト=ソードマンだ。そっちはエル・クレール=ノアール」
 ブライトは下唇を突き出し、顎でエル・クレールを指した。
 エル・クレールはあわててカップから唇を離してシィバに向き直ると、軽く頭を下げた。
「しつけのいい親だったようだが、名付けのセンスは良くないのう。クレールは確かに男にも付けうる名じゃが、本来は娘向きじゃぞ。可憐すぎて、雄々しさに欠けるわい」
 シィバ老人は何事か反論しようとしているらしいエル・クレールから視線をそらして続ける。
「…ソードマンよ、何故わしが『誰かに頼まれて』いると勘ぐる?」
「おたくが軍とつながってるッてのが、どうにも気に入らんのでね」
 口に運んだお茶は、薬湯そのものらしい苦さだった。ブライトは後頭部を大仰にかきむしった。
「軍隊が嫌い…いや、朝廷そのものの方が嫌い、か?」
「どうやら、そうらしい」
 それは三町先でも聞き取れそうな、あまりにもハッキリとした大きな声だったので、エル・クレールはずいぶんと肝を冷やした。
 ギュネイ朝の帝室侮辱罪は、すこぶる重い。
 彼女はおそるおそるシィバ老人を見た。
 この老人は、軍とつながっていると明言しているのだ。ブライトを……当然自分も一緒に……憲兵に突き出すやもしれない。
「ふん」
 老人の鼻笑いには、軽蔑と同意と、ある種の羨望が混じっていた。
「若さというのは、実に良い物じゃの。命よりも魂を優先できるのは、若い独り者の特権よな」
「はぐらかすなよ、じいさん」
「はぐらかしてなどおらんよ。わしもおぬしのようにハッキリと拒絶ができればハンター探しなどせん、ということじゃ」
「けっ!」
 ブライトは空になった茶器をテーブルに放り投げた。弧を描いて転がるそれは、天板の端でエル・クレールに取り押さえられた。
「相当嫌いなようじゃな」
「軍だ国家だ役人だ朝廷だなんてのを聞くと、頭痛と吐き気が一遍に来る体質でね」
「オーガハンターとして登録し、実際にオーガを倒してアームを提出すれば、報奨金が出る。関所という関所を素通りできる通行手形もくれるそうな」
「金なんぞ……」
 喚きかけて、ブライトは口をつぐんだ。
 エル・クレールの目が輝いている。
「通行手形というのは、事実ですか?」
「ほう、そっちの方が気になるか?」
 鼻先に革張りの頭蓋骨がニタリと笑ったようなシィバ老人の顔を突きつけられたエル・クレールだが、
「はい」
 真っ直ぐな答えを返した。老人は穏やかな瞳でうなずいた。
「ゲニック准将はそう言っておった」
「あの見栄っ張りエロオヤジの言うことなんざ、輪ぁかけて信用できねぇ!」
 また大声を出したブライトの、その刺々しい言葉の後に、エル・クレールが、
「同意します」
 力を込めて付け足した。
「ほほう。嫌い嫌いと言いながら、軍の人材には詳しいな」
「詳しいから嫌いになる」
 ブライトは椅子を蹴り倒しながら立ち上がった。
 手袋もどきがワラワラと彼の足元に集まり、あっという間に倒れた椅子を起こす。奇妙な擬似生命体の主はその様に笑みを浮かべつつ、言った。
「ではこれは知っておるかな? ゲニックの十何番目かの倅で、ずぅっと養子に行きおくれておったカリストという小僧の縁談が、ようやくまとまったそうな。相手というのが、なんとこの郷の庄屋の一人娘のハンナでな。今夜が婿入りの宴ときている」
 ブライトは眉間にしわを寄せ、エル・クレールの顔を見た。
 ずいぶんと驚いている。彼女は首を大きく左右に振り、つぶやいた。
「それは、存じ上げませんでした……全く聞いていない……」
 ブライトの眉間のしわが深くなった。
 このあたりは、ギリギリでミッド公国の領地なのだ。領内で貴族が婚姻を結ぶというハナシが、領主の跡取り娘にまるで伝わっていないと言うのが、少々腑に落ちない。
「このあたりは、見かけに依らず土地が肥えておるでな。庄屋も小銭を貯め込んでおる。じゃから、方々の貧乏貴族から縁を求められておった。その中からゲニックの倅が選ばれた理由は、わしにはわからんがね」
 老人の言葉に、エル・クレールの肩がビクリと揺れた。
「エル坊、もしかして、おぬしはゲニックの倅の知り合いかね? それとも庄屋の娘の方を知っておるか?」
 うつむいた彼女の顔を覗き込む老人の襟首を、ブライトが掴んで引き上げた。そして不機嫌声をエル・クレールにあびせた。
「どっちだ?」
「両方、です。もっとも、代官扱いの庄屋の息女は『ちらっと顔を見ただけ』で、カリスト男爵の方は『肖像画を見ただけ』ですけれど」
「肖像画ぁ?」
 今度はブライト自身が彼女の顔をのぞき込んだ。エル・クレールは、
「一昨年……肖像画が送られてきました……その……ミッド公国の大公家にですけれど。それで……ちょっと……」
 そう言って、迷惑顔をしてみせた。
『はぁん。節操のない縁談申し込みが、クレール姫ンとこにも行ってたってことか』
 縁談の申し込みのために肖像画が送られてきたというのは、充分丁寧な部類に入るだろう。
 なにしろ本人同士が結婚式以前に会ったことがないのは、このご時世には当たり前のことなのだから。
「いい男だったかい?」
 にやりと笑ったブライトに、
「バラ色の頬、サクランボの唇、金の巻き毛……絵に描いたような美少年でした」
 エル・クレールは困惑顔のまま、しかし淡々と答える。
「そりゃ、そうだろうな」
 ブライトはげらげらと笑った。
 見合い写真に手を入れるのは、今も昔も変わらない。それでも写真の場合はいくらか原型を残さざるを得ないが、肖像画となると「まるきり他人」を描くことができる。いや、むしろそうすることの方が多い。
 何分国なり家なりの存亡が賭かっている。結婚誓約書にサインする所までもってゆければ、手段など選んでいられない……というのが小国・小貴族の本音である。
「なんとまあ、エル坊はジオ三世と縁があるのかね?」
 シィバ老人は……相変わらず襟首を吊られたままだが……楽しげに笑った。
「ええ……その……まあ。そんなものです」
 それは自分の父です……と言うワケにもゆかない。彼女はハッキリしない返事を返した。
 老人は笑みを大きくした
「あの男は頭の良いヤツじゃが、少々運が足りなかった。特に、女運が無い。女運が無いと言うことは、この世の半分以上から見放されておると言うことじゃからのう。して、大公陛下ご一家はご健勝かの?」
 その言葉尻が老人の口から出る直前、ブライトはさらに高く彼の襟句首をつまみ上げた。
 山一つ越えた側の人間は、何故か公都の状況を知らないらしい。
「半月ほど前に、あの忌々しくも神々しい火山が少々揺れおったから、少しばかり心配しとるんじゃよ」
 首根っこをつまみ上げられた子猫のような姿勢で、老人はにっこりと笑った。
 エル・クレールはその屈託のない笑顔から顔を背けた。
「大公……ご一家は……」
「死んだよ」
 小さくふるえる声を、ブライトの低い声がかき消す。
 突き放すような冷たい事実。クレールはぎゅっと口をつぐんだ。
 ブライトはつまみ上げていたシィバ老人を解放すると、彼のひからびた顔をじっと見た。
 老人は老いに負けて垂れ下がった瞼を吊り上げた。白く濁った瞳が驚愕が泳いでいる。
「火山……ではあるまいな? 火口からは煙ばかりで火柱一つ見えなんだぞ」
「勢い余って横っ腹に新しい火口を作る火山だってある」
「しかし、何事もこちらに伝わってこぬのは解せぬぞ。いくら小さな国とは言え、一人の生き残りも居らぬはずがない。惨事があったなら、誰かが近隣にふれて回ろうが」
「俺があそこに着いたときには、もう生きた人間はいなかった。こいつも半分『死人』になりかけてた」
 太い親指が、エル・クレールを指した。当然、老人の視線はその指先を追う。
 大理石よりもなお硬く白い顔をしていた。
 唇も瞼も震えるばかりで、開くことを忘れたようだった。
 魂を失った生き人形に何を聞いても答えないと悟った老人は、仕方なしに再度ブライトを見上げた。
「それで、おぬしは公都で何をどれほど斬って捨てた?」
 ブライトは答えず、沈んだ目で老人をにらみ返した。
「さっきの戦いぶりを見れば判るわい。エル坊はアームを扱いあぐねていたが、おぬしは手足以上に使いこなしておった」
 老人が杖の先を小さく動かした。古びたその指揮棒の指示に、手袋もどきの疑似ホムンクルス達は忠実に従って、倒れた椅子を立て直した。
 ブライトはしばらく椅子をにらみ付けていたが、やがて押しつぶさんばかりの勢いで座り、座面の上で胡座をかいた。
「死んだことに気付いていない死体共を少し、未練たらしい死に損ないを少し、そいつらに取憑かれた死にかけを一人」
 そう言うと彼は、腰の革袋から石ころを三つ四つ取り出して、テーブルの上に投げた。
 石ころは親指の頭ほどの大きさだった。大きさも形もいびつで不揃いだったが、色だけは揃って夕陽のような鮮烈な赤だ。
 その赤い輝きに、うつむいていたエル・クレールの暗い目が、いっそう暗くなった。
「こりゃまた、半端で弱々しい魂よのう」
「じいさん。あんまり直截に言うと、こいつが苦しむ」
 ブライトは視線だけでエル・クレールを指した。
「そいつらは、こいつの見知りおきだ。で、こいつが、そいつらがそんな姿になった原因でもある」
「ほう?」
「こいつはあの土地での多分唯一の生き残りだ。どうしても守ってやりたかったんだと、『これ』が末期に言っていた」
 彼は、いくつかの小石アームの中で一番大振りな物を小指の先でつついた。
「じゃが、これでは弱々しすぎて役に立たぬ。第一、知らぬ者が見てはこれを【アーム】だとは気付かぬだろうの」
 そう言うと、老人はやおら小石アーム達を一つかみに握った。
「弱い者には弱い者なりの力がある。協調、団結、協力」
 祈るような口調で老人が言うと、逆の手に握られていた杖の、赤い飾り石がかすかな光を発した。
 老人が手を開いたとき、掌には赤子の拳ほどの真球があった。
「大きな一つを散らせ、小さな複数を集める。これがわしの……と言うよりは、わしと共にあるアーム【隠者】の力じゃよ。整理整頓の役には立つが、それ以外のことはできんでな。お主らの嫌いな軍部やら政府やらから『人鬼退治』なんぞという無理難題を申しつけられたら、それができる者を探すより他は術がないと言う訳じゃて」
 老人は、小振りの赤い珠をエル・クレールの前に置いた。
「この弱い魂達は、己を何であると名乗っておるかね?」
 彼女の後頭部に、肩を寄せ手を取り合っている人々の固い絆が浮かんだ。
「【聖杯の三トロワ デ クープ】」
「なるほどの」
 老人はにたりと笑うと、【聖杯の三】をブライトの胸元に押しつけた。
「お主が不要と思っても、エル坊には通行手形や鑑札が必要じゃよ。この細っこい脚では、お主のように裏道抜け道は歩けぬよ」
 ブライトは渋々そのアームを受け取ると、元の腰袋にねじ込んだ。
「ずいぶんと余計な世話を焼いてくれるもんだな」
「世話焼きついでじゃ。今すぐにお主らをゲニック准将に引き合わせてやるわい」
 歩く手袋を一個師団引き連れた老人は、粗末なドアを開け放ち、出て行った。
 彼の向かった先は崩れかけた馬小屋だった。乾燥しきった敷き藁の上に、甲冑を着込んだポニーが一頭、ぴくりとも動かず寝そべっている。
 老人がポニーの背中を覆う鉄板を持ち上げると、ホムンクルスもどき達が大挙してその「中」に入っていった。
 手袋一個師団がすべてポニーの腹に収まったのを確認し、老人は「蓋」を閉める。ポニーの腹の中から金属や木片の歯車がきしむ耳障りな音がし始めた。
 やがて、獣臭も体温もまるきり発しない馬が、ゆっくりと立ち上がった。
 エル・クレールとブライトの脳裏には、狭苦しい入れ物の中で装置を操作する、手袋達の甲斐甲斐しい姿が浮かんでいた。
「良くできたからくり人形だな」
「初めはボデーに本物の馬の皮でも貼り付けてやったんじゃが、そうすると逆に紛い物に見えてくるで、止めた。死んだ皮では生きた姿を表現できん。難しいものよのう」
 妙に楽しげに老人は言う。
 ポニーは自分で馬小屋を出ると、自分で馬具を一人乗り戦車のような屋根のない馬車に繋いだ。
「それほど遠くはないのじゃが、年を取ると歩くのもおっくうになってイカン」
 老人が馬車に乗り込んで小さな椅子に座ると、馬は独りでに歩き出した。
「ゆるりと行くでの。まあ、それほど速さの出せぬからくりじゃがな」
 車輪はしめった土埃を巻き上げながら、細い農道を進む。老人の言うとおり、歩く程度の速度であった。
 エル・クレールはあわてて馬の後を追い、数歩駆けたところで振り向いた。
 不機嫌顔のブライトが、ゆっくりと大股に歩を進めている。
 おかしな事に、彼は歩きながら強ばった頬をつねったり引っ張ったりしていた。
 やがて、エル・クレールが自分をいぶかしげに見ていることに気付いた彼は、
「ご婚礼のお祝いの席だっていうなら、それでも愛想笑いぐらいはしないといけねぇだろう?」
 苦しそうな笑顔を浮かべた。
「おまえさん見たいに好きに笑ったり怒ったり拗ねたりできないのが、大人って生き物の悲しさでね」
「まるきり私を子供扱いするのですね」
「子供だろう?」
 そう言ったブライトの目は、どこかうらやましげだった。

 馬車と徒とが行き着いた先は、庄屋の屋敷だった。
 すでに披露宴は始まっていた。狭い広間に、精一杯に着飾った農民達と、肘のてかった礼服を着た貧乏貴族達がすし詰めになって、祝いの馳走をむさぼっている。
 新郎と新婦をおだてる言葉が飛び交っているが、その客達の声が必要以上に大きい。
 新郎新婦以外の者に、自分がこの新しい夫婦に祝福を送っているのを認識して欲しい……そんな、すこぶる必死な訴えにも聞こえた。
 エル・クレールは小さく息を吐いた。
『公都の宮殿よりも、豪奢かも知れない。掃除の行き届き加減は別として……』
 窓枠に積もった埃をしげしげと眺めた後、彼女はちらりとブライトを見た。
 大人という生き物が、ビスクドールのような笑顔を振りまいている。
 その強ばった笑顔のまま、
「で、絵に描いたような美少年はどいつだ?」
 彼は彼女に尋ねた。
 問われて、彼女は辺りを見回した。
 絵の通りの人物を捜しても、おそらく見つからないだろうというのは、さすがに判っている。似たような風貌の者を探す気にもならない。
 ただ、新婦の方は実物を見たことがある。
 目当ての人物は、狭い人集りの中の、一番密度の低いところにいた。
 亜麻色の髪を引っ詰めに持ち上げた、漆喰色の顔をした若女将は、ふくれっ面でおしろいにひび割れをこしらえながら、ひな壇の上に座っていた。
 ハンナの隣には、バラ色の頬、サクランボの唇、金の巻き毛の、ぷっくりと太った若者が座っている。
 若者はもとより麻糸のように細い目を絹糸の太さにして、実に嬉しそうに笑んでいた。
「わりといい男だな。酒樽一つ分ぐらい目方を減らせば、の話だが」
「そうですね。肖像画に施されていた修正も、その部分だけの様子です」
「『お宅のお姫様』は、縁談を断って失敗だったかもなぁ」
 ブライトの笑みから、型押し人形の堅さが消えた。ただし、嫌味とやっかみと冷やかしとがたっぷりとまぶされている。
「問題は新郎ではなく岳父殿にありますから」
 愛想笑いで応じたエル・クレールは、カリストの背後にいる、でっぷりとした人物に視線を投げた。
 ショコラ色の髪とテンピン油で固めたような口ひげが、ヌメヌメと光っている。深くシワを刻み込んだ額もまた、脂ぎった光を反射していた。
 線と星とがびっしりと刻まれた襟章も、心臓の上をみっしりと覆う勲章も、十本指全てにぎっちりと巻き付いた指輪も、皆、ギラギラと輝いている。
 仰々しい装飾を施したこの軍人が、エル・クレールにはできの悪いピサンカに見え、思わず顔をしかめた。ブライトも
「まぶしいオヤジだな」
 小さく言い言ったが、さすがにそれを顔には出さず、件の焼き物のような笑顔で、ゲニック准将に深く頭を下げて見せた。
 准将はしばらく訝しげに視線を返していたが、その怪しい大男のすぐ側に高名な錬金術師の姿を見つけると、
「シィバ先生! おお、我が師よ」
 大太鼓が響くような歓喜の大声を上げた。
「やれやれ。わしはあんな弟子を持った覚えはないのじゃが」
 老人はあきれ顔でつぶやいた。
 脂ぎった壮年の軍人の耳に、このつぶやきは聞こえなかった様子だった。彼は大きく腕を広げ、人並みを押し広げながらシィバ老人に駆け寄った。
 すると新郎新婦の回りにあった人垣が、ゲニック准将に引きずられ、彼を中心にしたまま移動した。
 本来結婚披露宴の主役たるべき若夫婦は、その宴の外に放り出され、取り残された。
 ゲニック准将は人々を引き連れたまま……しかしその人々を完全に無視し……老錬金術師に飛びつき、老木の幹のような細い身体を抱きしめた。
「先生が来てくださるのを待っていたのですよ」
 准将閣下はエル・クレールとブライトが反射的に耳をふさぐほどの大声を出した。
 それが感嘆だけであったなら、まだ我慢がもできよう。しかしこの男は地声から大きいのだ。
「見て下さい! 私の息子と、その妻を! 呑んで下さい、食べて下さい、語って下さい、楽しんで下さい!」
 高笑いする声までも、調度品が震え、埃が舞い上がるほどに大きい。
 シィバ老人も耳の穴に指を突っ込んだ。
「おぬしに頼まれていた件で、ちいと込み入った話がしたいんじゃが?」
 ゲニック准将は全く声のトーンを変えずに、
「それは、我々の任務を代行してくれる者を推薦して欲しいという、あの件ですか?」
「それ以外におぬしから頼まれ事はされておらんよ」
 老人は耳の穴から指を引き抜き、爪の先に付いた老廃物を拭いて飛ばした。
「それで先生のお眼鏡に適った者たちというのは?」
 大声の末尾が消える前に、シィバ老人は杖の石突きを左右に振った。
 軍人は最初、エル・クレールに目を注いだ。
 不審、と言うより、ある種侮蔑の色が濃い視線だった。
 が、シィバ老の
「人を見かけで判じてはいかんぞ」
 というもっともな声を聞くと、あっさりと視線の向きを変更した。
 ブライトを見るゲニック准将の目の色は、エル・クレールを見ていた時とは明らかに違っていた。
「軍属か、それとも傭兵か?」
 期待にうわずった声で言う彼に、ブライトは、
「さて、どちらでもないようで」
 再び硬質な笑顔に戻って答えた。
「だがその筋肉の付き方は農夫風情にはありえんぞ」
 准将はブライトの両肩を強く叩いて言った。その言葉に、エル・クレールは思わず
『なんて愚かな人だろう』
 声を上げそうになった。
 確かに、農民と軍人・騎士では筋肉の付き方が違う。身体の動かし方が違うから同然の事だ。
 だがゲニック准将の言い方は、
『農民よりも軍人の方が優れていると考えているとしか思えない口ぶり』
 だった。
 しかし彼女はそれを口に出すことをためらった。思ったことを思ったままに口にし、表に出せば、おそらくは、
『またこの人に子供扱いされる』
 だろうからだ。
 エル・クレールは、ちらりとブライトの顔を見た。
 彼は唇の左側だけを引きつり上げていた。
「そうですか? 自分としちゃぁ、剣術の得意よりも鋤鍬の上手の方が尊敬できるんですがねぇ」
 もとより不自然な作り笑いが、輪をかけて奇っ怪に歪んでいる。
 エル・クレールは胸の支えが落ちた気がした。しかし同時に、不安が増した。彼の正論と言うべき嫌味に軍人がどう反応するか、気がかりだだった。
 目玉だけを、ゲニック准将に向けた。
「異形狩りができるのなら、柄物は何でもかまわぬよ」
 准将は相変わらずのゆで卵面で笑ってる。
 ブライトの……エル・クレールも……胸焼けのような憤りに気付いていないのか、あるいは承知して飲み込めるほどの人物なのか、判断が付きかねる。
「まあ、この人混みでは落ち着いて話もできませんな」
 その人混みを引き連れて歩いている本人が高笑いして言うので、エル・クレールもブライトもそしてシィバ老人も、内心あきれ果てた。当人の方と言えば、そんなことはお構いなしで、
「ハンス、悪いが仕事ができた。まあ、適当に続けてくれ」
 大声を響かせながら、広間の出口へと向かって歩き出している。
 付いて来いと言う事なのだろう。
 本来の主である庄屋のハンスが、米搗バッタの様相で飛び出して来、交通整理とドアボーイの役目を請け負った。
 一行が廊下に出、ドアが閉められると、広間の中は急に静かになった。
 案内……知らぬ者が見たら任意同行と思うかも知れないが……されたのは、妙に広い客用寝室だった。
 どうやら元々あった小部屋三つ分の壁を打ち抜いて無理矢理にこしらえた物らしいというのは、新しい壁紙が細長く貼られた箇所が二対ある辺りからして察しが付く。
 荒い仕事が目に見える新しい長テーブルに、不揃いな椅子がいくつもそえられている。
 ゲニック准将が何か言う前に、ブライトとシィバ老人は椅子に掛けた。
 少なくとも、目上の者が座るか、座るように指示を出すまでは、立っているのがエチケットというものだ。
 それなのに大の男が早々に座り込んだのは、礼儀知らずと言うよりは、准将閣下に対して尊敬の念を抱いていないからであろう。
 エル・クレールは、座らなかった。
 遠慮であるとか、礼儀であるとか、そう言う物以前に座る気にならなかった、と言うのが正解だ。
『この部屋は、落ち着かない』
 彼女はせわしなく辺りを見渡した。
 横に広くて、扉が三つもある以外は、ごく普通の部屋である。
 日当たりはよいし、窓から見える田園風景も美しい。厩や牛舎が近いと見えて、時折生臭い獣の体臭や糞尿の臭いが漂ってくるのが難点ではある。しかし、アンモニア臭を香水で誤魔化そうとしている貴婦人達がいないだけ、まだ過ごしやすい。
 花婿が持ってきた荷物はすでに別の物置にでも納められた後なのだろうし、花嫁の結納品はとっくに准将の邸宅に送られているのだろうから、この部屋には荷物らしい荷物は無い。
 そのせいか、部屋は何となく殺風景で、それでいて雑然としていた。
 ドアと窓のない方の壁には、気の枠から首を突き出した猪や狼の剥製が飾らてい、人々を睥睨しているかのようだった。
 部屋の四隅には、准将閣下がまとうに丁度良さげな、横に大きい全身鎧が一領ずつ、部屋の中心を見据えて起立している。鎧は揃いだが、手にした柄物はそれぞれ違っていた。
 ヘッドの大きさも重さも子供一人分はありそうな鎚、馬もろとも戦車をひっくり返せそうな矛、鎧どころか地面までもたたき割れそうな戦斧、物を斬ると言うより叩き潰すために作られたかのような剣。
 寒気のするほど悪趣味で、攻撃的な装飾品だった。
 エル・クレールは肩をすくめて、ブライトの椅子の背にすがるように立っていた。
「佞臣も小判鮫も私がいなくなれば静かなモノだ。まあ、楽にすると良い」
 准将はそう言ってまた豪快に笑った。
 客の賛美が若夫婦ではなくその親の、いや家財産に対して送られていたモノだと言うことは、この太った貴族にも十分理解できていたのだ。
「付きまとわれるのが嫌なら、子供を政略結婚させなきゃ良いでしょうよ」
 ブライトが鼻で笑った。
「直裁だな」
 軍人は太い眉毛をぴくりと吊り上げた。
「学がありませんでね。お宅のようなエライ方が喜ぶような言葉を知らンのですよ」
「突っかかりおる」
 ゲニック准将は頬の肉を引きつらせたが、すぐに相好を崩すと、革張りの椅子に腰をすえた。脂の乗った笑顔は、シィバ老人に向けられた。
「試しても、よろしいですかな? いや、先生の眼力を疑う訳ではありませんが、どうも私は見た物しか信じられませんでね」
 エル・クレールは唇をへの字に結んでゲニックをにらみ付けた。
『それでは上官の命令も部下の報告すらも信じられないと言うことになるのでは無いでしょうか?』
 よほどそう言ってやろうと思った。しかしブライトの大欠伸に、彼のあきれと諦めが見えたので止めた。
 シィバ老人はと言うと、彼もまたあきれかえっていた。ただそれは、ゲニックが自分を信用していないことに対する感情ではなく、どうやらゲニックが「人を試すことを楽しんでいる」らしいことに対するそれであった。
 ……自分にもその気があると言うことは、棚の上にしまい込んでいるようだが。
 思惑はそれぞれだが、三人が三人とも黙り込んでいるという事実には変わりない。ゲニック准将は再度、
「試験をして良いのだな?」
 先ほどよりも少し強い拍子で言った。
「かまわんじゃろうて」
 答えたのは、シィバ老だった。
 旅人達は同意や否定を口にしなかった。
 いや、する間がなかったのだ。
 部屋の四隅に立っていた鎧が、強烈な悪臭を吐き出して動き出した。
 そいつらは、間違いなく呼吸をしている。獣の臭いを発している。高い体温を発している。
 だが。
「生き物では、無い!」
 エル・クレールは叫びながら飛び退いた。
 手にした戦斧や矛を床に叩きおろした勢いは、のそりとした巨躯からは思いもつかない速さであった。
「気に喰わねぇな」
 ブライトは足元にめり込んだ斧の先を見、唾を吐いた。
 すると、
「きに、くわ、ねぇ、な」
 鎧の中から鸚鵡返しに声がした。耳障りなイントネーションで、酷くノイズの混じった音だった。
「しゃべった?」
 エル・クレールの驚声も、
「しゃ、べっ、た」
 彼女の背後を取った鎧がなぞる。
 その鎧は、大槌を手にしていた。
 思わず、彼女はブライトにしがみついた。まるで犬に吠えつかれた童子のように震えている。
 ブライトはその怯えた瞳を見て、
『十三歳の、餓鬼か……』
 急にこの男勝りがかわいらしく思えてきた。
「派手に怖がるな。ありゃあ、オークなんて呼ばれ方をすることもあるが、要するにただのブタだ」
 そう言って笑いかけると、エル・クレールは目の色を怯えから疑問に変えて、彼を見上げた。
「ほらよ!」
 ブライトの脚が、垂直に跳ね上がった。
 爪先にはじき飛ばされた兜の面当ての下には、確かに低くひしゃげた豚鼻があった。
「ブタ、と、いった、な」
 その豚鼻の下で、牙の隙間からよだれを垂れ流している口が、もぞもぞと動いた。
「悪ぃな。訂正するわ」
 ブライトは四つの大鎧を見回すと、振り上げた脚をゆっくりおろした。
「お前らをそう呼んだら、本物の豚がかわいそうだからな。何しろお前らと来たら、煮ても焼いても喰えないクセに、木だろうが草だろうが獣だろうが人間だろうがお構いなしに食い散らかした揚げ句、牛だろうが馬だろうが豚だろうが人間だろうが手当たり次第に犯しやがる」
「ガァァァァッ!」
 それは、弛んだ頬肉を震わせて吼えた。太い腕が巨大な鎚を振り上げ、振り下ろした。
 目標は、ブライトの頭蓋骨だった。もっとも、それは石ころの上に置いた胡桃ではない。
 ブライトはエル・クレールの細身をひょいと抱き上げると、オークの間合いの内側に入り込み、流れるようにその背後へ回り込んだ。
 鎚が床板を粉砕するのと、ブライトがオークの尻を蹴り飛ばすのとは、ほとんど同時だった。
 オークの身体は、自分が開けた床の大穴に、勢いよくずっぽりとはまりこんだ。
「力任せのクチかと思っていたが、速さの方が武器か」
 ゲニック准将は不思議そうにつぶやいて、軽く右手を挙げた。
 それが試験終了の合図で、オーク達は再び鎧掛けよろしくぴたりと停まる……はずであった。
 ところが。
 床板をぶち抜いて地面とキスをしているヤツの、その無様な臀部を見せつけられた残りの三匹が、合わない鞍を乗せられた奔馬の勢いで暴れ出したのだ。
 矛が家具をなぎ倒し、戦斧が壁を打ち抜き、剣が天井を突き抜ける。
 それぞれの切っ先は、ブライトとエル・クレールを狙っていた。少なくとも、暴れ回るオークどもはそのつもりでいる。
 標的は素早く動き、従って武器は空を切るか、屋敷を破壊するかのどちらかで終わってた。
「おい、クレール」
 低く走りながら、ブライトは抱きかかえていたエル・クレールを放りだした。彼女は鞠のように床を転がり、壁に叩き付けられる寸前に、とっさに椅子の脚を掴んでようやく止まった。
 椅子には、シィバ老人が掛けていた。
「悪ぃな。流石に三匹相手するのに手ぇ使わないわけにもいかん。巻き添えにしたくねぇから、ついでにそのじいさんをどかしておいてくれ」
「やれやれ、わしは物かえ?」
 老人は呆れ、それでいて至極楽しそうに言うと、椅子から立ち上がった。そうして、足元で座り込んでいるエル・クレールの手と、今まで座っていた椅子を引いて、部屋の隅へ向かった。
 老人は椅子を「戦場」に向けてすえると、さながら草競馬でも観戦するような顔つきで、どっかりと座った。
「青二才め、オーク四匹を独りで倒すつもりだとは、強欲が過ぎるわい」
 ケラケラと笑う老人に、
「あ……あの。つかぬ事をお伺いしますが」
 エル・クレールはおずおずと訊ねる。
「ん? あの奇妙な獣のことかえ?」
「はい。獣と仰いますが、私にはあれが生き物だとは思えません」
「そうさの。ああいう人工物を生物と呼んで良いのか、議論が分かれるところではあるな」
「人工……物?」
 エル・クレールは顔を上げた。
 矛を持ったオークが、ブライトに殴り飛ばされている瞬間が、彼女の目に映った。
 身の丈の二倍ほど吹き飛ばされたオークは、砕けたあごの骨を押さえて、ギィギィと泣きわめいている。
 ブライトの方はというと、
「この、石頭ブタめ!」
 こちらは拳を押さえてしゃがみ込んだ。
 彼の背後では、巨大な斧が鈍い光りをはじいている。
「あ!」
 思わず駆け寄ろうとしたエル・クレールの背に、老人の声が掛かった。
「斬るが良い。あれが生き物でないなら、お主の力で倒せるぞい」
「え?」
 振り返り、立ち止まった彼女の耳に、床板が粉砕される轟音が聞こえた。
「しまった!」
 腰に手を伸ばす。
「お願い、【正義】よ!」
 赤い剣を引き抜きざまに、身体全体で弧を描いて振り向く。
 切っ先は、こちらに背を向けたオークの、たるんだ胴体をすり抜けた。
 エル・クレールの手には、素振りをしたのと同じほどの手応えが伝わってきた。シィバ老が作り出したあの手袋ホムンクルスを斬ったときには、もっと確かな衝撃が感じられたのに、である。
「効かない?」
 全身の力が抜け落ちるのを、彼女は膝あたりで食い止め、ようやく立っている。
 切られたオークの方も、ようやく立っていた。それはぴくりとも動かず、薄っぺらな大理石を粉砕し、床板を打ち抜いている戦斧に寄りかかっている。
 ブライト=ソードマンの身体は、その斧からほんの握り拳二つ分ほど離れた場所に転がっていた。
 シャツの裾とベルトの端が、床板の中に潜り込んでいる以外は、わずかな手傷も負ってはいない。
 彼は力任せに立ち上がった。
 引き裂かれたシャツの裾とベルトの端と下緒と腰袋が、床下のしめった土の上へまき散らされた。
 同時に、ナプキンの端に乗っていたフォークが引きずられて床に落ちるごとく、オークがどさりと倒れ込んだ。
 それは相変わらず獣臭は発している。だが呼吸は止まり、体温も次第に低くなってゆく。
「糞っ垂れめ」
 忌々しげに言い、ブライトは
「初手からこいつをアームで倒せるって知ってたら、余計な骨折りをしなくてすんだものを」
 指先を切った革手袋の中にある赤く腫れた握り拳をさすりながらシィバ老人に目を向けた。
「倒せた、のですか?」
 エル・クレールは不安の瞳でブライトとオークとを交互に見やった。
「ふん」
 ブライトは面倒そうに倒れ込んでいるオークの尻を蹴り飛ばした。
 それは床の上を転がったが、死体特有の無機質でバランスの悪い重さ故、すぐに移動することを止めた。
「こいつらは命令通りにしか動けない。命令した者との『つながり』をぶった切ればただの肉塊だ。もっとも、理論的には、のハナシだがな」
 まだ立っている残り二匹のオークをにらみ付けたブライトは、
「こいつにそんな力があるとは思いもしなかったぜ。……【恋人達】!」
 彼のアームを呼び覚ますと、言葉も気合いも発さずに刃をオーク達の上に振り下ろした。
 床に落ちた矛と剣が、鼓膜をつんざく金属質な轟音を立てた。
「こんな物、ハムにもなりゃしねぇ」
 ブライトは動かなくなった二匹のオークを睥睨したのち、その苛立った視線をゲニック准将に移した。
「新しい玩具で遊ぶときにゃ、『大人のヒト』に使い方を習うようにすべきだと思うんだがね?」
「命令すればいいと聞かされた。命令通りに動くだけだと」
 太った軍人は、窓辺で腰を抜かしていた。
 額と、脇の下と、掌と、足の裏が、脂汗で滑る。
「本来の主人の命令どおりに、ってことだろうさ。そいつに『馬鹿准将が攻撃指令を出したら辺り構わず暴れろ』とだけ命じられてたってトコだろうよ。停止命令無しでな。 大体あんた、このブタが何であるのか、判ってンのかい?」
 ゲニック准将の答えは否だった。最も彼の口からその言葉が出た訳ではなく、ただ真っ白な顔が左右に揺れただけではあるが。
「ケッ。それでよくもまあヌケヌケとシィバの爺さんを師匠呼ばわりしたモンだぜ」
「どういう、意味でしょう?」
 ブライトの罵声を聞き、エル・クレールはシィバ老人の顔を見た。
 老人はうつむき、
「まあ、取っ掛かりを拵えたのは、確かにわしじゃな」
 シワだらけの広い額をなでた。
「何年前だったか、わしがホムンクルスの錬成に成功したらしいという噂を聞いたという若い男が訪ねて来おった。その男は錬成の方法を知りたがっての。理由を聞くと、こんな具合に言いおったよ。
『前線で兵士が命を落とさぬようにするにはどうしたらよいか、その答えを探している』
 わしは、戦なんぞしなければ、臣民が命を落とすことも無いと答えてやったが……。その男はうなずきながらこう言いおった。
『確かにその通りではあるが、現実ではそうも行かない。それでも兵士の命を守りたいから、兵士でないモノを前線に送りたいのだ』」
「兵士でない『モノ』、ですか?」
「優秀な兵士の能力をすべて持っている……主人の命令を理解できる知能、武器を扱える繊細な手先、強大な攻撃力、消耗に耐える持続力……そんな人工物。ふん。随分と欲張ったことを言いおったわい」
「それでまさか先生がアレを!?」
 エル・クレールの視線が泳いだ先には、床に身体半分を埋めて突っ伏している一匹のオークが居た。
「いや。作りもせなんだし、作り方を考えもしなんだよ。アレは、件の男が自力で形にしたものじゃて。ま、わしの大昔の著述を首っ引きにして、ということだから、結局はわしが作ったのも同然かも知れぬが。――ところが男はその後研究から離れざるを得なくなった。それで研究を引き継いだ帝都の軍部があの形で安定させたと言う訳じゃわい。ただし、軍内でも最高機密に値するらしいから、お飾り幹部では詳細を知るよしもなかろうが」
 老人の落ちくぼんだ目は、哀れな准将閣下を眺めていた。
「うかがって良いでしょうか? その『男』というのは一体?」
 あのような説明のされ方では、エル・クレールがそう訊ねたくなるのは当然だった。
「ん。まあ、お主らになら教えても害はなかろうな。……この間、皇帝になり損ねた男さ」
「この間?」
 ギュネイ初代皇帝の急な崩御で今上皇帝が即位したのは二年前の話だが、老人にとっては昨日のことに等しいのだろう。
 そしてその時帝位に就けなかったのは、
「皇弟ヨルムンガンド・フレキ殿下……!?」
 エル・クレールの瞳に小さな驚愕が浮かんだ。しかしそれは、自身の口から母方の……しかし血のつながらない……叔父の名が出たことに対するしてではなく、その名を聞いて、
「頭でっかちの末成り瓢箪め」
 と、唾棄しているブライトの態度にでも無かった。
 床に生じた小さな揺れ、そしてその揺れの発生源、それが彼女の驚きの源だった。
「あれは……あの個体はまだ斬っていなかった!」
 早く大きく踏み込んだ彼女の剣先には、床板をぶち抜いて倒れている一匹のオークがいる。
 エル・クレールは、彼女の声に背後を見やったブライトの脇を風のように抜け、赤く光サーベルをオークの背に突き立てた。
 剣先からは「確かな手応え」が感じられた。
 先ほどは感じなかったはずの、である。
 それは違和感と言ってよかった。
 ――これは、先ほどとは違うモノだ――。
 戸惑った彼女の身体は、強大な筋肉の収縮によってはじき飛ばされた。
 宙を舞う彼女の腕を掴んだブライトだったが、彼は碇の役目を充分には果たせなかった。
 彼の背中にもまた、大きな衝撃が加えられたのだ。
 加速によって二人の身体はもつれ合い、そのまま壁に激突した。
 壁板はあっけなく突き破られ、廊下は塵芥で覆われた。
 破壊は、更に廊下の壁にも及んでいる。
 一箇所が突き破られたその衝撃で、鉛ガラスはことごとく割れた。
 埃が舞う中で動いているのは、獣の顔と人の巨躯を持つ物体だけであった。
 それは赤く濁った目であたりを見回すと、新しく開けられた野外への出口に向かって歩き出した。
 新しい出口はしかし、その動く物体には小さすぎた。
 強引に通り抜けた「それ」の背に梁が引っかかり、強引に歩を進める「それ」につられて柱がおれた。
 一部分の倒壊に連鎖して建物そのものが歪み、軋み、崩れ始めた。
 屋敷の主と、メイドと、来客達が悲鳴を上げた。披露宴会場の壁には亀裂が走り、天井からは埃が降り注ぐ。
 人々はドアに殺到したが、ドアは彼らの避難を拒否した。屋敷に生じた歪みが、ドアを開かせないのだ。
 窓も同様だった。開かない上に、割れたガラスを散乱させ、近寄ることすら拒絶している。
 それでもパニックに陥った人々はドアに身体をぶつけ、ガラスで手を切りながら、脱出をはかった。
 ドアを打ち破った者たちの上には天井が崩れ落ちた。
 そして、窓から飛び出した者たちの目の前には、えぐれた大地とボロ雑巾のような二人の人間と小山のような不可解な化け物があった。
 始め、不可解な化け物の赤く濁った目玉は、えぐれた大地に押し込まれたボロ雑巾二枚をねめつけていた。
 仰向けに倒れるブライトの胸の上に、エル・クレールの小さな身体が乗っかっている。
 二人の手には、掴んでいたはずの赤く光る武器はなかった。
 ブライトの【恋人達】は、再び主の掌の中に戻っていた。
 そして、エル・クレールの頼みとする【正義】は、彼女の手を離れ、丸い宝玉の形をなして、土埃の中に埋没していた。
 二人は、しばらく経ってもぴくりとも動かなかった。化け物はやがて、胴にめり込んだ首を捻り回した。
 二番目にそれが目を向けたのは、星の瞬く空だった。
「いのち……てにいれた。おれはいきている。いきているぞーぉ!」
 牙の生えた口を顎が外れるほどに大きく開き、それは咆吼した。
 生臭い呼気が激しい振動を生み、大地もその上に立つ物も、何もかも全てがビリビリと揺れた。
 窓枠に残っていたガラスが、全て砕け飛び散った。破片は建物が傾いたときに割れたそれよりも細かく、鋭利だった。その尖った切っ先は、叩き付ける雨の勢いで人々を襲い、皮膚に食い込み、肉を切り裂いた。
 人々は悲鳴を上げ、逃げまどった。
 男は女を突き飛ばし、若者は父母を踏みつけにし、親は子を投げ捨てて、各々が安全だと思い込んだ方角に向かって、バラバラに走り回っている。
 化け物の目がギョトリと動き、三度目に止まったのは、パニックを起こしている人々の醜態の上、だった。
「おまえたち、いきて、いるな? いのち、もっているな?」
 化け物は、弛んだ肉襞の下の裂けた口から粘りけの強いよだれを垂れ流し、ゆっくりと大股で、人々に近づいた。
「いのちをよこせ、もっとたくさんのいのちをよこせ。たくさん、たくさん、つなぎあわせて、おおきないのちするから。おれのからだにあったおおきさになるまで、つなぎつづけるから」
 化け物は間違いなくそう言った。
 そうして、巨大な掌を突き出し、人間を鷲掴みにした。
 最初に掴まれたのは、ガラスで切った首から血を吹き出している男の頭蓋であった。
 化け物は男のダラリと落ちた手足を見、
「おまえ、いのち、もう、ない」
 そのまま頭骨を握りつぶした。
 指の間から、すり下ろした人参の色をした血肉が吹き出した。
 次に捕まれたのは、腰を抜かした老婦人の胴だった。
 婦人は必死に足掻いた。化け物の手を引きはがそうと腕に力を込めた。
 それははまったくの徒労だった。
「おまえの、いのち、よわい」
 化け物は残念そうに言うと、胴を握りつぶした。
 老女の体は、パン種が引きちぎられたように、二つに分かれて落ちた。
 その次は中年の農夫の腰が掴まれた。
 激しく手足を振り回し抵抗する農夫を見、
「おまえ、いのち、つよい。うまそう」
 化け物はバックリと口を開けた。
 その大穴は、ちょうど子供の頭が入るほどの大きさだった。
 農夫はいっそう手足を大きく振り、あるいは化け物の腕を殴りつけ、顔を蹴り飛ばし、どうにかその場から逃れようとした。
 生皮を裂く音がした。その音は、化け物の口から発せられている。
 口角が裂けた。裂けた唇と頬肉は、化け物の牙を覆うことを止めた。下顎が顎が大きく下がり、上顎が大きく上がった。
 穴は、大人一人ゆっくり落ち込めるほどの大きさに広がった。そして本当にその穴に農夫は落ちていった。
 咀嚼とか、嚥下とか、おおよそ生き物が食事を摂るのに行われる動作は、まったくなかった。
 下顎が持ち上がり、上顎がずり下がり、再び化け物の口は、上を向いた鼻と垂れ下がった頬肉の間に埋没した。
「いのち、まだたりない。もっと、たくさん、ほしい」
 化け物の赤い目が、濁った光を放った。
 それは、逃げられぬ人々のまだ暖かみのある肉体を踏みつぶしながら、逃げまどう人々を追い、掴まえ、巨大な口の中に放り込む。
「おまえ、いのち、よこせ。おまえ、いのちいらない」
 化け物は収穫物を選別し続けた。食べるに値する物は飲み込み、値しない物は握りつぶす……それを繰り返していた。
 やがて化け物は、崩れた建物の影に、命を見つけた。
 それは二つ、最初は寄り添っていた。
 化け物が、その二つの命を覆い隠していた壁材の残骸を取りのけたとき、その内の一つが飛び出してきた。
 いや、正確に言うと、突き飛ばされたのだ……もう一方の命の持ち主に。
 その命の持ち主は、丸い体を鞠のように転ばせた。そして鞠のように化け物の脚に当たり、鞠のように跳ね返って、結局元の残骸の辺りで止まった。
 脂汗の浮いたバラ色の頬、紫に変色したサクランボの唇、埃を被った金の巻き毛の、ぷっくりと太った若者は全身を震わせた。
 おそるおそる顔を上げる。
 目の前では土埃で汚れた花嫁衣装を着た田舎娘が、溶けたアイラインで目の回りを真っ黒に染めていた。
 白塗りの頬がげっそりと痩けたさまとあいまって、まるきり目玉のはまった髑髏のような面体だった。
「ハンナ、なんて事を」
 カリストが力無く言う。ハンナは震えながら、しかし力を振り絞って、再度夫を突き飛ばした。
「うあ!」
 その悲鳴を残し、ハンナはその場から逃げ出した。
 膨らんだペチコートが脚にまとわりつき、ハイヒールが爪先を締め付ける。
 十歩も進めず、彼女は剥がれた床板の間に倒れ込んだ。
 鼻孔の奥を震わせる不快な呼吸音がした。
 振り返り、仰ぎ見る。
 豚の頭と人の手足を持つ小山のような化け物が、礼服を着た小太りの若者の襟首を掴み、立っていた。
 ハンナに悲鳴を上げる自由はなかった。
 大きく開いた口は、化け物の手でふさがれた。血やリンパ液や消化液や、あるいは種類の知れない液体や半液体、臓物らしい肉片と、髪の毛の生えた皮膚らしい物とにまみれた、巨大な手である。
 口をふさぎ、顎を掴んだその手が上へと持ち上げられて行くに連れ、ハンナの体も上へと吊り上げられた。
 化け物が大きく口を開ける。大きい肉の穴蔵の底には、潰れたり溶けたり砕けたりした人間の体がいくつも重なっていた。
 そしてそれは動いていた。
 動いて、手招きをしている。
『おいで、おいで。一つになろう。さあ我々と一緒に手を繋いで……』
 耳で聞いているのか、脳に直接響いているのか知れぬ「声」が、化け物に吊り上げられた新婚夫婦を、仲間に引き込もうと呼びかける。
「嫌だ! 嫌だ! 放せ、下ろせ! チクショウ、チクショウ」
 カリストは手足を振り回してわめいた。
 その足先が、化け物の喉の柔らかいところに当たった。
 すると、化け物は
「げぇ」
 カエルのように一声上げ、吊り上げていた二人を投げ出した。
 カリストはしたたか腰を打った。
 ハンナは、どこも打ち付けなかった。
 彼女はすっと立ち上がると、悶絶している新郎を指さした。そして再び自分たちを捕らえようとしている化け物に向かって、叫んだ。
「あたしなんかより、このデブを食べなさいよ! この人を丸飲みにすれば、いくら底なしでもお腹が膨れるでしょう?! そしたら満足して、あたしのことは逃がして頂戴!」
 が。
 大きく裂けた口の向こう側に、わずかに見える化け物の目玉は、むしろ彼女を見ていた。
「おまえ、とがった、いのち。ささりそうな、いたい、いのち」
 化け物は目を光らせた。トリュフを見つけた豚のような目であった。
「おまえ、いのち、よこせ」
「イヤァ!」
 ハンナは大穴の中に放り込まれた。だが、なんとか化け物の唇にしがみついた。
 化け物は何故か彼女に噛み付いたりはしなかった。丸飲みにしないと命を我が物にはできないと思っているのかも知れない。
 行儀悪く麺をすするように、化け物はハンナの体を飲み込もうとした。
 ハンナは足先の亡者達を蹴飛ばしながら、必死で穴から抜け出そうとした。
「助けて、誰か! だれかあたしを助けて!」
 思い切り、手を伸ばした。その手を、誰かが掴んだ。
 その腕は、流行遅れだが仕立ての良い略礼服を着ていた。細身で、華奢だった。白髪のような長いプラチナブロンドが見えた。
 その顔を伏せて立っている若者をハンナは見覚えていた。確か、披露宴の会場に一番最後に入ってきた客だ。
「助けて!」
 ハンナは若者の腕にしがみついた。
 若者は口元に笑みを浮かべ、ゆっくりと頭を上げた。
 整った顔立ちに赤く透き通った瞳が輝いていた。
 赤い瞳の若者は、ハンナの腕をさながら雑草でも抜くかのように引いた。ハンナの体は、雑草のようにあっさりと化け物の口の中から引き抜かれた。
 自分をそっと床に下ろしたその若者の脚にハンナは抱きついた。
「ありがとう、助けてくれてありがとう」
 若者は、答えなかった。それどころか、ハンナの顔を見ようともしない。
 若者が見ていたのは、件の化け物の方だ。しかも慈愛に満ちた優しい微笑みを浮かべて。
 見つめられている化け物の方も、どうやら笑っているらしい。
「おまえ、すごくつよい、いのち」
 今まで以上に大きく口を開き、手を使うのももどかしく、獲物に覆い被さるようにかぶりついた。
「いやぁあ!」
 諸共飲み込まれる……ハンナは目を固く閉じた。
 痛みを伴った衝撃が、彼女の身体を吹き飛ばした。
 何か柔らかい物に突き当たって、ハンナの身体は止まった。酷く痛む腹の辺りをそっと見ると、白いドレスの上に小振りな靴の跡が付いていた。
 ハンナを蹴り飛ばした若者の姿は、辺りにはない。
 見回すとと、十歩も先のところに件の化け物の姿がだけが見えた。
 閉じた口の端から、白い小振りな靴が突き出ていた。
「あの人も、食べられちゃったぁ!」
 叫び終わってから、ハンナはあわてて己の口を覆った。
 大声に気付いた化け物が、彼女の側に顔を向けたのだ。
 化け物はしげしげとハンナを見、
「おまえのいのち、いらない。もういのち、たくさん……」
 満足げにニタリと笑った。
 歪んで重なっていた口角が、じわりと開いた。少しずつその隙間は広がって行く。
「おお、おおおおお」
 今度は化け物の方が口を覆った。
 革の弛んだ顔が、苦痛に歪んでいる。
 身体がガタガタと震え、やがては膝の力が抜けた。最後にはどすんと尻餅をついた。
 化け物は口の辺りを掻きむしった。太い指が、口の端から突き出た異物に当たった。
 化け物はその異物……先ほど頭から飲み込んだ人間の脚……を掴み、力任せに引き抜いた。
 ズルリと引き出されたのは、飲み込んだ人間よりも三回りも大きな、赤黒い肉のかたまりだった。
 それは、先ほどハンナが見た、化け物の腹の中で亡者の群れそのものであった。いや、それ以外の肉、つまり化け物自身の臓物も芋蔓に引き出された。
 化け物はあわててそれを体の中に戻そうとした。だが足掻けば足掻くほど、肉は身体の外に出て行く。
 その様は、さながら、袋の口から手を入れて、裏返しているかのようだ。
 骨の砕けるめりめりという音を立てながら、それでも化け物はまだ動いていた。
 しかも外表になった身体でどうにか移動しようとしている。どうやら、自分が引きずり出した「最後に飲み込んだ人間」から遠ざかろうとしているらしい。
 臓物の先にからまりついた亡者の群れのその中心で、「最後に飲み込まれた人間」は相変わらず微笑んでいた。
「おおお、おおおお、おおお」
 声なのか音なのか知れない空気の震えを発しながらじりじりと進んだ化け物だったが、やがて何かに突き当たって、止まった。
 行く手を遮ったのは、薄汚れた靴と、薄汚れたズボンをはいた人の脚だった。
 太く逞しい脚の持ち主、ブライト=ソードマンだった。
 彼の体中には無数の傷があり、無数の血の流れた跡があった。……血はとうに止まり、傷口はふさがりつつあったが。
 ブライトは裏返しになった化け物の、頭であるらしいところに片足を乗せると、
「つまるところお前は、図体がデカくて少々知恵があるのが厄介なだけで、結局シィバじいさんの手袋とかわらねぇって事だろう? とうに死んだはずの人間の命の燃えかすを腹の中に詰め込んだ、蛋白質の塊め」
 その灰色がかったクリーム色の塊を、一息に踏みつぶした。
「ビッ!」
 小さく悲鳴を上げた化け物だったが、それでももぞもぞと動いている。
 ブライトはおもむろに
「【恋人達ラヴァーズ】」
 アームを呼び出すと、二つの切っ先を化け物に突き立てた。
 化け物は動くことを止めた。だが、その引き延ばされた臓物の先にあるモノ達は、まだ蠢いている。
 亡者達は、まるで母親に抱かれた赤子のような安堵の顔で、その人間にすがっていた。
 いや、すがっていたという表現は、間違っているかも知れない。
 彼らは、その中心に立つ人物にまとわりつき、徐々に同化していた。
 その様を例えるなら、囚われし乙女のレリーフ。
 赤い目の、白い髪の、青白い肌の、ヒトを越えた姿。
「あの、バカが。俺に二度も同じ手間をかけさせる気か」
 ブライトは死骸と残骸とを一足飛びに越えた。そのままの激しい勢いで剣を振り、そのままの激しい勢いで肉のレリーフ……死人に引きずられたエル・クレール……に斬りかかった。
 右に掴んでいた刃が、一人の亡者の肩口にめり込んだ。
 そして、そこで止まった。押すことも引くことも敵わない。
 だがブライトは、アームごと自身が引かれるような感覚に襲われた。
「ナンだ!?」
 身体は動いていない。引かれているのは、力であるとか、命であるとか、そう言ったモノだけだ。
「お前、今度は死人だけじゃなく、生きてるモンまで取り込むつもりか?!」
 ブライトは全身全霊を右腕に込め、引いた。
 アームの切っ先はようやく抜けたが、心なしかその赤い光が弱くなった気がする。
「ヒトのアームまで喰いやがって。くそったれが、まるきりオーガに堕っちまったてぇのかッ?!」
 エル・クレールは慈愛の笑みを崩さず、ゆっくりと右腕を持ち上げ、手招きをした。
「土から生じたものは、土に返る。そして再び土から生じる。世界は巡る。その環を断ち切ってはならない。故に、死せる者は全て天へ戻せ」
「お前、何を言っている?」
 どこかで聞いたことのある……ブライトは、後頭部の痛みと吐き気に耐えながら、経文のような言葉の出所を思い出そうとしていた。
 乾いた部屋。
 壁一面の書棚。
 金属と薬品の溶けるにおい。
 古びた書物。
 虫食いのある行間。
 その言葉は、赤茶けたインクで書かれていた。そこまでは思い出せる。だが、
『畜生め、回りが見えてこない』
 彼は行水後の犬のように頭を振った。
 目を見開いて、エル・クレールをにらみつけた。
 彼女の身に何が起こったのかは解らない。
 原因は解らないが、彼女が「死んだはずの人間達」を自分の中に取り込もうとしているのは事実だ。
 身体に張り付いていた亡者共は、半分以上彼女の身体に溶け込んでいる。そして彼女自身は、相変わらずの慈愛の笑みを浮かべていた。
 しかし顔色は青白く脂汗にまみれていた。
 肩で息をし、赤い瞳にはうっすらと苦悶の涙が浮かんでいる。
主公との
 突如、女の声がした。
 その声は、ブライトの脳に直接響いていた。出所は、ブライトの左手に握られた、もう一本の赤い剣だった。
【主公、はやくあの方を止めて下さい。あの方はまだ、その準備が整っていらっしゃらない】
「準備だと? 何のことだ」
 ブライトは改めてエル・クレールの頭のさきから爪先まで、舐めるように見た。
 脂汗をかいた顔の下、肩から胸にかけての線が、妙に柔らかく膨らんでいる。それだけではない。腹も、腰回りも、丸く大きい。
『アイツ、あんなに胸があったか? 何でまたいきなり、あんなに丸っこいうまそうな身体に……。待てよ、あの腹の出方は、まるで妊婦じゃないか!』
【あの方は、死せる魂をおのが胎に取り込んで、新たな命として産み落とそうとなさっている。悲しみも執着もない、新しい命として……。ですかが、あの方はまだ子を産むには早すぎます。どうか主公、あの方を止めて下さいませ】
 左手の剣が懇願する。
「要するに、まだアイツは本当に童女ガキで、子供を産むどころか、血を流したこともない、って事かい」
 剣は、答えない。恥ずかしがる乙女のように黙り込んだ。
 ブライトはため息を吐いた。
「そう言うことなんだな。……しかし、止めろと言われても……」
 アーム【恋人達ラヴァーズ】で斬りつけてもどうやら無駄だというのは、先ほどの一撃で知れた。
『ハンターの武器も、オーガの牙も、喰われたグールどもも、今のアイツにしてみれば、等しく「死せる魂」って訳か。厄介だな』
 舌打ちし、ブライトは両の拳を握りしめた。
「戻れ、【恋人達ラヴァーズ】」
 双振りの赤い剣は、燃え尽きる炎が発するような拒絶の声を上げながら、しかし主の掌の中に消えた。
 そうしてなんの武器も持たない手で、ブライトはやおら……頭を掻いた。
「さて、どうしてくれようかねぇ」
「なんじゃ、何も考えておらんのか?」
 呆れの大声にブライトは力無く振り向いた。杖を担った老人が瓦礫の上を跳ね進み、こちらに近づいてきている。
「どうにもココが足りないンでね」
 ブライトは自分のこめかみ辺りを指さし、力無いため息を吐いた。
「それよりじいさん、あんた無事かい?」
「昔から逃げ足の速さだけは自慢じゃった」
 軽い足取りでブライトの脇をすり抜け、シィバ老人は死肉の柱の間近に近寄る。
 老眼を細めて書物を見るような、あるいは腐りかけた保存食のにおいをかぐようなそぶりで、彼はその物体を観察した。
「回りはどうやら【聖杯の三】に引きずられたていた連中のようじゃな」
「いた? じゃあクレールのドジは【聖杯の三】に取ッ捕まったンじゃねぇのか?」
 エル・クレールは【聖杯の三】という亡者達にねだられて、彼らに新しい命を与えようとしている……ブライトはそう考えていたのだが。
「ほう、これはエル坊かね? うむ、たしかにエル坊のような顔をしておるが、わしの知っているあの坊やとは別人じゃな」
 老人は垂れ下がったまぶたを指先で持ち上げて、強引に目を見開いて見せた。
「器は同じように見えるがのう。中身は先ほどとは違う。あの坊主が全身の毛穴から発していた我の強い正義感が、これからはまるきり感じられぬよ」
「我の強い、正義感……!?」
 ブライトは視線を自身の両掌に落とした。
 指先を切った革手袋の下で、涙滴の様な形をした紋章が、赤くうずいている。
 直後、彼の視線は、彫像のようなエル・クレールの身体……大きくえぐれた腰の左側……に移った。尖った視線で白い肌を睨めつける。
「あいつが【正義ラ・ジュスティス】のアームをあそこから引きづり出しているってことは、あそこにゃ【正義】の紋章なり痣なりがあるはず」
 そこには、痣どころかほくろの一つも無かった。
 その代わり、冗談のように大きくふくらんだ胸の谷間で、何かが薄ぼんやりと光っている。
 まるで、浮き出た血管のようだった。それが、衛星を従えた日輪の文様になっている。
 文様は心拍の鼓動のリズムで、ビクリびくりとうごめいていた。
「あれは、アームなのか?」
 ブライトが困惑してつぶやく。老人は
「そう見えぬかえ?」
 何故そのような当然のことを聞くのかと言いたげに答えた。
「死人の臭いがしねぇ」
「ほう。おぬし、鼻が利くの」
 一転して老人は大きく感嘆してみせる。さながら「出来の良い弟子の回答を褒める教師」のようであった。
「たしかにエル坊は生きておるんじゃからの。当然アレは死人の魂ではないわさ」
「てことは、ありゃ生き霊かよ」
「まあ、そんなところじゃて。それでじゃな、その生きた力が、周りの亡者共をつなぎ止めておる」
 シィバ老人は苦笑いしてうなずいた。
 ブライトは全身の力が抜けるほど呆れかえった。
「クレール、本当に莫迦だよ、お前さんは。死人共が『新しく命を得たい』と願ってるんじゃなく、お前さん自身が新しく産み直そうとしてるだって?  そんなつらそうな顔で、そんな苦しそうな形で!?」
 ブライトのがなり声が彼女に聞こえている節はなかった。頬の引きつった慈母の笑みを返すばかりである。
「そう言う事じゃな。つまり生来の力よ。普通はそんなモノが身体に影響を与えよう事などありえぬのじゃが、どうやらそれが何かの拍子にあふれてしもうたんじゃろうて。
 ところがそいつが強すぎて、身体が追いつかない。ようするに自家中毒と言う奴じゃ」
 名医の見立てのように明快な老人の言葉に、ブライトは逆に不審を抱いた。
「じいさん、あんたそんな『症例』を他にも見たことがあるような言いっぷりだな」
「どうやらお主より数倍長生きしておるでな」
 ニヤリと笑ったシィバ老は、しかし腕組みして
「原因が何であれ、きっかけはわしにある。弱々しすぎて役に立たぬ魂共を一つにまとめてしもうたのはわしじゃし、オークを作る研究の根幹にはわしの著作がある。さていかにしてエル坊を元に戻してやるか、だが……」
「あれがクレールの魂だって言うなら、ぶった斬る訳にゃいかねぇ。大体斬ろうにも、あの莫迦は俺の【恋人達】まで見境無しに取り込むつもりと来ている」
 忌々しげに爪を噛むブライトの胸元に、老人は
「元の『栓』が合えば良いんじゃがのう」
 赤い珠を差し出した。
「そいつは【正義】のアームか。あの底抜けのドジめ、吹っ飛ばされた拍子に手から放しちまったのかよ」
「先ほどまでと今とでエル坊に違いがあるとすると、このアームだけじゃ。おそらくこれが何かしらの枷になっておったのだろうよ。……しかしいくら【正義】の銘を持つアームとは言っても、その所有者のエル坊から鼻を突くような正義感が匂うものかのう。坊やが若すぎて、外からの影響を受けやすいとはいえども……」
「どんな跳ねッ返りでも、実の親の影響ってのは、他のモノより余分に受ける」
「ほう、これは親か。なるほど、なるほど。エル坊は親の言いつけを聞くよい子であった訳か。なるほど、なるほど」
 大仰なほど感心する老人の掌の上で、珠は穏やかに光を放っている。ところが、その表面にブライトの指先が触れた瞬間、
「痛!」
 雷のような放電が、彼の爪を割った。
 老人は珠とブライトを見比べた。
「嫌われておるようじゃな。お主、この魂の持ち主となんぞあったか?」
「ンな覚えはねぇよ……多分な」
 ブライトは苦々しげに唇を曲げ、今度は素早く強引に珠を掴んだ。
 指の間から青白い稲光が漏れる。その数倍の衝撃を、ブライトは受けていた。
 皮膚の焦げるにおい、血液の沸騰するにおいが、彼の右手から漂う。
 流石にシィバ老人も心配して、
「ソードマンよ、右腕が使い物にならんようになるぞ」
 脂汗をかきながら、しかしブライトは自信ありげにうっすらと笑った。
「死人の嫉妬なんぞに負けるほどヤワじゃねえよ」
 そうしていっそう強く【正義】の珠を握りしめる。
 ブライトはエル・クレールの鼻面にその珠を、血まみれの拳ごと突きつけた。
「保護者の再登場だぜ、お姫様。どうにも口惜しいし、手前ぇが情けなくもあるんだが、どうやら今のところお前さんを助けられるのは、俺じゃなくて親父さんってコトのようだ」
 聞こえているのかいないのか、エル・クレールは微笑みを凝固させたままぴくりとも動かない。
 ブライトは続ける。
「お前さんがどう思っているのか判らないがね。少なくとも親父さんはまだ親離れさせる気はこれっぽっちも無いとさ」
 やはり返事はない。
 ブライトは赤い珠をエル・クレールの胸に置いた。歪に脈打つ血管のような、あの紋章の上に、である。
 珠は、途端に放電することを止めた。
 そして、紋章も痙攣することを止めた。
 乾ききったスポンジに吸い込まれる水のように、【正義】のアームはエル・クレールの体の中に消えた。
 彼女の身体に張り付いていたモノ達は、崩れるように剥がれ落ち、地面の上で腐った血の水たまりを作った。
 そしてエル・クレール自身はというと、吊り糸を断ち切られた飾り人形さながらに、ブライトの腕の中に倒れ込んだ。
 ブライトは安堵したが、少々不満をも感じていた。
 理由は二つある。
 一つ目は、自信の力でエル・クレールを助けられなかったこと。
 もう一つはというと、多産の女神そのままにふくよかであったエル・クレールの肉体が、あっという間に元通りの細身に戻ってしまったことだった。

 宵闇の中、倒壊した家屋敷を前に、庄屋と軍人は呆然と立ちつくしている。
 村の外から来た者達の内、足腰の立つ連中は、早々にその場を立ち去っていた。
 ……どうやら形を残していた高価そうな装飾品や美術品の類が、まるきりなくなってしまった理由が、その内の誰にあるのかは判らない。
 足腰の立たぬ者達は、いくつかに分散して村人の家に担ぎ込まれた。
 怪我をした者ばかりでなく、恐ろしい化け物の所行に正気を逸してしまった者も多数いた。
 エル・クレールはシィバ老人のラボの片隅でシーツにくるまって、一晩、全身を襲う痛みに耐えていた。
「覚えてない、なんて陳腐な台詞じゃ許さねぇぞ」
 夜が明けて、相当に日が高くなったころ、ようやく起き出したらしいブライトが怒鳴り声に近い声音で言った。
 言いながら、彼は自身の右腕の包帯を、忌々しくももどかしげにほどいている。
「俺ぁこの耳で、お前さんの口からけったいなお題目が飛び出したのを聞いたんだからな。どうあっても説明してもらわないことには、ここンところの痛みが消えねぇんだよ」
 包帯の中から現れた、割れたはずの爪や弾けたはずの皮膚がうっすらと痕をのこしつつもぴたりとふさがっている指先で、彼は己の後頭部を指さした。
 エル・クレールは口をつぐんでいた。上目でブライトを見る視線は、申し訳なさそうに潤んでいる。
 苛ついて、さらに何か言おうと彼が口を開くのと同時に、
「公都から、伝令が来たそうな」
 シィバ老人が薬湯の注がれたカップを二つ携えて入ってきた。
「タイミング良すぎるぜ」
 不機嫌に言うブライトに、老人は
「あたりまえじゃわいな。ちゃんと計っておるでな」
 にやりと笑ってみせる。一方、エル・クレールに対しては、
「思い出せなんだからと言って、気に病むことはないぞえ。人の心という奴は良くできて追ってな。思い出すと心が壊れてしまうような出来事は、無かったことにしてしまうようになっておる。そうやって忘れるからこそ、人は心を保ち続けられるのだろうよ」
 エル・クレールはやはり言葉を出せずにいたが、それでも安心した様子で小さくうなずいた。
 渡された薬湯を、鼻をつまんで飲み下したブライトは、眉間と鼻の頭にしわを寄せて、
「じいさん、公都から伝令が来たって?」
「おお、それじゃそれじゃ。厳密に言うと、隣の皇帝直轄地の代官からの伝令じゃがの。
『ムスペル火山が噴火して、ミッドは国土の七割が火山礫の下に埋まり、臣民の八割と大公ご一家の命は絶望的。よってこの地区は今後代官所の管轄に入る』
 だそうな。……魔物が出ただの、死人が歩き回っただの、それを退治して回った若造がいただの、お姫様がただ一人助かって逃げ出しただのは、ナイショの話か、本当に誰も知らぬか……」
「どっちでもかまわねぇさ」
 ブライトはカップを放った。それが床に落ちる前に、件の手袋の集団が受け止めるだろうことが判っていた。
「そうよな。どちらにせよ、エル坊は……いや、坊や扱いしては畏れおおいわいな……クレール姫さまはもはや死んだ者の扱い。ミッドの土地にも、ハーンのご家名にも縛られぬ存在ということじゃ」
 老人の言葉を、エル・クレールは身を固くして聞いている。
 彼女は実のところ、まるきり何も覚えていないという訳ではなかった。
 奇妙な感覚だけは覚えていたのだ。
 なま暖かい皮膚の感触。辺りはほの明るい。何故だか心の安まる空間だった。
 そして、遠くから声が聞こえた。
 歩くことはできず、漂うように泳いで、彼女はその声の元へ向かった。
 声は赤子の泣き声そのものだ。だが泣いているモノは、人の形をしていなかった。
 幾つももの赤くかすかな光。燃えつきる寸前の揺らめく灯明のように、危うい輝き……それが産声とも断末魔とも付かぬ声で泣いている。
 手を差し伸べると、その泣き声がかすれた大人の声に変じた。
『もう一度、もう一度、もう一度、もう一度、もう一度、もう一度、もう一度、もう一度……』
 幾人もの声が、バラバラに、しかし同じ言葉を繰り返している。
 彼女はその声の主を「哀れだ」と感じた。
 まるで許しを請う罪人の様だと。
 そんないくつもの光が、一斉に彼女が差し伸べた手に近づいた。
 熱はない。逆に冷たさえ感じる。
 冷たい光はエル・クレールの掌をすり抜け、胸元に揺れ浮かび、やがて腹の辺りに集結した。そうして、一塊りになって彼女の胎に入り込んだ。
 彼女はその苦痛に幸福感を覚えた。同時に底知れぬ不安をも感じた。
 動悸がし、全身が重くなった。
「……つまり、お主らは死人と同じ事よ」
 老人の声で、エル・クレールは我に返った。
 目を見開いて驚愕している彼女に、老人はあわてて、
「書類の上では、という意味じゃて」
 と付け足した。
 エル・クレールはうつむいて、弱々しくうなずいた。
 ブライトは不機嫌そうに頭を掻き、シィバ老人は気まずそうに杖を玩び、エル・クレールはつらそうに息をついた。
 誰も、何も言わない。
 しかし、その重い雰囲気はあまり長く続かなかった。
 手袋ホムンクルスもどきが一匹、彼ら専用の小さなドアをくぐって駆け込んできたのだ。
 彼(と呼んで良いのか判らないが)は主の足元で飛び跳ね、親指を大きく振っている。
「客が来たか?」
 老人は面倒臭そうに部屋を出て行ったが、すぐに戻ってきた。
 彼の後ろには、小太りの若い男と、痩せた若い女が立っていた。
 結婚式を訳のわからない化け物に台無しにされた、カリストとハンナである。二人とも、体中に包帯を巻き付けていた。
「父が……その、何というか……。有り体に言えば、呆けてしまいまして。僕が名代で、来ました」
 父親の横暴な口ぶりとは似てもにつかないおっとりと優しい口調で、カリストが切り出した。
「父が、軍の最上層から、どのような役目を、言い渡されていたのか、僕は、よくしりませんでした。正直に言えば、今もさっぱり判りません。おおよそ、優秀で有益な人物を、捜しているのだろう程度のことは、なんとなく判っていましたけれど。でもそれが、どのような『優秀な者』であるかまでは……。今父に訊いても、まるで判らないでしょうから……」
 彼は自分の考えていることを的確に言い表すための言葉を、彼なりに一生懸命選んでいるらしい。
 ただし、その口ぶりは慎重とと言うよりは愚鈍であった。結局何を言いたいのか伝わってこない。
 彼らが来る以前から苛ついていたブライトが、
「それで?」
 と脅しさながらに続きを促す。 
 カリストは元々下がりきっていた眉毛をさらに下げ、元々脂ぎっていた額に脂汗を滲ませた。
「つまり、父の判断は仰げないので、僕の判断で行いたいのです。なぜなら、先ほど僕はこの村を、暫定的に統治する役目を仰せつかったので。ですからこれを、僕の権限で、渡しても良いと思うのです」
 しどろもどろ、おどおど、もたもたと、彼はなにやら袋を取り出した。そしてそれをエル・クレールの目の前に差し出す。
「中に、たくさん、色々な物が入っているのですけれど、どれが何を意味しているのか、僕にはさっぱり判りません。でも、双頭の龍が太陽と月を従えている紋章の入ったタリスマンは、皇帝陛下の直属の部下である証だと、言うのは判ります。……多分、父が探し出した優秀な人材は、これを差し上げても良いという事だと思うので」
 エル・クレールは袋を受け取り、その中を覗き込んだ。
 袋には、貴金属の鎖や指輪、宝石のルースや原石といった高価な代物が、その高価さとは裏腹の雑然さで詰め込まれている。
 カリストの言う「帝室の紋章が入ったお守り」らしい金属片も、敬意を払われる様子の微塵もない扱いを受けて、袋の底に納められていた。
 エル・クレールの横からやはり袋を覗き込んだブライトは、視線を落としたまま顔も上げず、
「じいさん」
 シィバ老人を手招きした。
 老人はその場から一歩も動かなかった。
 それも予測済だったらしいブライトは、老人の方を向き帰りもせずに、革袋に手を突っ込んだ。
 慌てて、エル・クレールは袋を持つ手に力を入れる。もぞもぞと中を探っていたブライトは、やがて、
「そこの花婿のオヤジが、関所フリーパスの鑑札をくれるってほざいてたってな?」
 小さな銀盤を引きずりだした。
 老人は顔だけを彼を呼んだ者の方へ向け、
「……のようじゃな」
 興味なさげに答えた。
 ブライトは銀の板に一瞥をくれると、すぐにそれをエル・クレールに押しつける。そして、頭の後をさするようにかきつつ、目玉だけをぎょろりとカリストに向けた。
「同じ様なのが幾つも入ぇってるぜ、若様。全部ここで渡しちまっちゃぁ、さすがに不味いんじゃないのかい?」
「僕は、そちらが適任だとは確信しましたけれど、それ以外に、誰か相応しい人物がいるかどうかまでは、きっと解らないと思います。もし余って仕方がないと言うなら、そちらで良いと思う人材に出会った時に、適当に渡してあげてください」
 思いもかけない言葉だった。
 件の守り札は、仮にも皇帝の直臣を示す身分証なのだ。それを「余る」だの「適当に」たどのいう言葉であしらうとは。
 それも、帝室嫌いのブライトがいうならまだしも、「一応国家の重臣」であった人物の息子が、である。
 おっとりとした若様以外の人間は、一様に驚き、しばらく声も出せずにいた。
 沈黙を破ったのはハンナである。
「私は反対よ」
 傍らにいたカリストを押しのけるようにして前へ進み出、エル・クレールから革袋を奪いあげつつ、彼女の手を握る。
「優秀な人材だったら、ここで働いてもらえばいいのよ。命の恩人を、わざわざ村から追い出すようなこと、しちゃいけないんだわ。この村を何とかする方が先決なのよ! この方には、この方だけは、どうしても残ってもらいます!」
 熱のこもったハンナの言葉は、聞きようによっては確かに「正論」だった。
 しかし。
 指先が白くなるほどにエル・クレールの手を握りしめ、頬を紅色に上気させて、瞳をぎらぎらと輝かせているその様で、傍目にも熱のこもり方の方向性が違っているのが見え見えなのである。
 エル・クレールのため息を押し殺した苦笑いを見、ブライトは堂々とため息を吐く。
 カリストがばつが悪そうに頭を下げた。
「こちら様の、都合という物だってあるでしょうから、あまり無理を言っては、いけないと思います」
 遠回しにたしなめる夫に、ハンナは恨みがましいまなざしを向けた。
 その顔つきと来たら、まるきり『おもちゃを買うことに反対する傅《めのと》をにらみ付ける童女』そのものだ。
「聞き分けのないお嬢さんだ」
 無理矢理に手を離させようとするブライトにも、彼女は同じ視線を突き立てる。
 ハンナは最終的な「命の恩人」がブライトであることを認識していないのだ。
 エル・クレールに助けられたあとの……化け物に丸飲みにされた彼女が臓物ごと吐き出された……あのグロテスクな光景を見、正気を失っていたのか、あるいは命の恩人と仰ぐなら美しい者の方がよいと思ってなのかはわからないが。
 ともかくも、エル・クレールには自身のそばに居て欲しく、ブライトには消え失せてもらいたいのは確かのようだ。件の革袋を彼の胸元に投げつけて、
「貴方はどこへでもお行きなさいな」
 と乱暴に言い放った。
「ハンナ!」
 大声を出したのはカリストだった。
「お二人とも、この土地の恩人であることは、変わりないのだよ。それに、お二人とも、この土地から、すぐにでも離れないといけないのだよ。……そうでしょう?」
 彼ははっきりとした口調で言うと、部屋にいた者すべての顔を見回した。
「ほう」
 シィバ老人は感嘆し、エル・クレールとブライトは訝しんで、異口同音に声を上げた。
 三人の口から次の言葉が出るより早く、カリストが言った。
「大公殿下のご家族は、数日前に、皆さん亡くなったことに、なっているそうですから」
 彼は、はにかんだ視線をエル・クレールに向けた。
「あなたが、それを否定しないということは、むしろ、それを利用しようと考えているからだと、僕は思いました。……違いますか?」
「ちょっと待て」
 今度の異口同音は、ブライトとハンナの口から発せられた。
 しかし彼らの次の発言が、調和と同調を見ることはなかった。
「あんた、初手からこいつの素性が判ってたってのかい?」
 ブライトが目を見開いて言い、同時にハンナがエル・クレールから手を離して、
「まるで、この方と古くからの知り合いみたいなこと言うじゃないの!」
 夫に詰め寄る。
 カリストは脂汗を拭き拭き、妻ではなく、その肩越しに見えるエル・クレールに視線を注いだ。
「お名前を聞いたときに、もしかしたらと、思ったのです。なぜなら僕は、肖像画を、見たことがあるからです。それは、僕の家に職を求めてきた、旅の絵描きが、腕試しにと描いたものです」
 エル・クレールは首を傾げた。どうにも話が掴めない。
「画家?」
 エル・クレールの疑念の声を聞いたカリストは頬をぱっと赤く染めた。
「実を言うと、それを見て僕は、あなたのお国に、僕の肖像画を送っても良いと、思ったのです。ただ、あまりにすてきな肖像画だったので、この方はたぶん、僕に良いお返事をくださりはしないと、最初から、あきらめていましたけれど」
 一同、目を見開いた。カリストはむしろ楽しそうな笑顔で続ける。
「それで、あなたのお国から、断りのお返事がきて、そのとき、あなたのお年もうかがって、あわてて彼との契約を、打ち切ることにしました。なぜかというと、どんな人物を描いても、年齢などお構いなしで、スレンダーで、小悪魔のように、とても魅力的な、大人の女性になってしまうのでは、たとえ技術が巧みであっても、肖像画家には、向いていませんから」
「は、そいつは違ぇねぇや」
 ブライトがげらげらと笑い、エル・クレールがくすくすと吹き出した。
「でも、彼が『個性的な芸術家』だったおかげで、変装しているあなたが、誰であるのか、想像ができたのですから、僕はとても感謝しています。もっとも、父は少しも、気づいていないのですけれど」
 シィバ老人もけたけたと笑い出した。
「じゃろうな。あやつは自分の見た物しか信じられぬ性分じゃと、自分で言うくらいじゃからのう」
 相変わらず自分のことは棚の上の様子だ。
 皆が笑う中、ただ一人ハンナだけが憮然としていた。
「何のことだかちっとも判らないわ!」
 金切り声をあげて、夫の胸元をつかみかかる。
 カリストはあわてた風もなく、静かに言った。
「君が、あの方を愛人にしたいと、思っている気持ちは、よくわかります」
 愚鈍と思いこんでいた夫が、自分の心の内を読んでいたことを知り、ハンナは愕然とした。
 彼女は、まるで毒蛇から逃げ出すような勢いで彼から離れた。
 体中をがたがたとふるわせ、彼女は部屋中を見回した。その場にいる者全員が、彼女に軽蔑の視線を注いでいる気がする。
「何よ! 女であるなら、美しい男の人と結婚したいと思って当然でしょう!?」
 歯の根の会わぬ唇を必死で動かして弁明をした。するとカリストが落ち着いた口調で言う。
「それを、否定するつもりは、僕には、ありません。僕のように冴えない男と、一緒にいるよりは、あの方のように清しい方が、伴侶の方が、ずっといいでしょう。でもあの方は……」
 彼はほんの少し躊躇した後で、
「あの方は、ようするに、女の方ですよ」
 と結んで、エル・クレールに視線を送った。
 ハンナはコルセットが吹き飛びそうなほど大きく息を吸い込み、目玉がこぼれ落ちそうな勢いで目を見開いて、夫の視線を追いかけた。
 エル・クレールが夫の言葉を否定することなく微笑するのを見た彼女は、バタンと豪快な音を立てて卒倒した。

「詰まるところ、あの若様は自分の親爺や岳父よりも、よっぽど優秀な官僚だった訳だ。少なくとも、人を見る目に関しては、な」
 土埃の舞う田舎道の端、ちょうど大人一人が腰を下ろすのに具合の良い大きさの石の上で、ブライト=ソードマンは大きく背伸びをした。
 エル・クレール=ノアールから返事が返ってくることはなかった。彼女は、田舎道の先をぼんやりと眺めている。
 その寂しげで名残惜しげな横顔に、ブライトは再度声をかけた。
「とりあえず、しばらくの間おまえさんの故郷のことをあの若様に任せておいても、大丈夫だと思うぜ」
 「しばらくの間」のところにアクセントを置く彼に、エル・クレールは少々怪訝な表情を投げかけた。
「いつかは帰ぇって来るつもりだろう?」
 彼はにやりと笑うと、石から飛び降りた。大きな掌が、エル・クレールの小さな頭を乱暴になでる。
「痛い」
 言いながら、彼女は笑い、うなずいた。
「じゃあ、出かけるとしようかね」
 くるりとミッド公国に背を向けて、彼はためらいもなく歩き始めた。
 あわてて後を追ったエル・クレールは、大きな背中に向かって呼びかけた。
「あの、お伺いしたいことがあるのですけれど」
 彼は立ち止まらずに、
「ん?」
 わずかに振り向いた。
「シィバ先生のホムンクルスの『中身』を私が浴びたときに、なぜあんなことをおっしゃったのですか?」
 エル・クレールは真剣なまなざしで問う。
 ブライトの足が止まった。
「それはだな……本物のホムンクルスの材料がだな……」
 言いよどんだ彼の頬が、わずかに赤みを帯びた。
 腕を組み、首をひねり、足先で地面を数度蹴った後、彼は、
「……今は講義するのにちょいと難しい成分でな。おまえさんがもうちっと大人になったら教えてやるさ」
 言い捨てて、猛然と駆けだした。
「あ、待ってください!」
 エル・クレールはあわてて彼の後を追い、故郷から旅立って行った。
−了−

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