集落は、静かだった。
 広場に、あの農婦の亡骸が、そのまま横たえられている。
 人気は……ある。わずかに「生きている人間」の息吹が聞こえる。
 それと同数の「人でなくなったもの」の気配も、やはり潜んでいる。
 2人が、つい先ほどいた場所に再び立つと、大地を震わせるような声がした。
『同類よ』
 どこから聞こえるのかは判らない。
 ブライトは、辺りを見回すと、
「冗談きついぜ、【塔】タワー。俺達ハンターとおたくらオーガを一緒にして欲しくないね」
『同じことだ。我らは共に、人の力を越えている。その証拠に、おまえ達は全速力で獣道を往復したというのに、息一つ乱れていない』
 事実である。エルは、全く疲れを感じていない自分自身に、改めて驚愕した。自身が「人でない」ことを宣告され、心臓が止まる思いになった。
「ま、そのあたりは、似てるな。無限の体力はのことは仕方ねぇ、認めよう。……だがなぁ」
 震えるエルの華奢な肩に、ブライトの左腕が回された。
 彼は、視線を落としていた。
「少なくとも俺達は、おたくらと違って、腹がはち切れるほど喰わねぇし、吸った息を吐き出さねぇほどケチじゃねぇし、手前ぇのせがれと乱交するほど色狂いじゃねぇよ!!」
『抜かせ!』
 足下の亡骸が、急激に膨張した。
 胴体部分の肌全体は赤黒い粘膜に覆われ、手足は皮膚が岩のように硬質化した。
「そんな!?」
 助けようとした女性、哀れんだ人物……それが「敵」であった。
 エルは動けない。手の中の【アーム】は、輝きを失いかけた。
「じゃかぁしいっ!」
 硬直した彼女の体は、ブライトの胸板に押しつけられた。
 彼の左腕が、力強く、優しく、彼女を包んでいる
 そして、右腕の【アーム】は、輝きを数十倍にも増した。
「死人の分際で、生きてる者の足を引っ張ってンじゃねぇっっ!!」
 一突き。
 悲鳴もない。
 人の形をしていたモノ、魔物の形をしていた物体は、まるでフライパンの中の塩水のように蒸発した。
 地面に、こぶし大の紅い珠を残して。
 
 オーガやグールは、生命力の強い若者や子供を好んで喰らう。
 そのため、ムラで生き残ったのは、年寄りばかりだった。
 かくしゃくとしていた長老は一気に30も年を取ったように疲れ果て、もはや口も利けない。
 この集落は、壊滅したと言っていい。
 ハンターはオーガとグールを倒す力を持っているが、オーガとグールを人に戻す力は……オーガがその人物の心を乗っ取り切れていない場合を除いて……持っていないのだ。
「だから言ったろう? おまえさんは、優しすぎる。誰に対しても、だ」
 ブライトは宝珠【塔】を、他の荷物と同じぼろ袋の中に押し込んだ。
「あの時、最初の時……。あなたの言うとおりに、あの騒ぎの中に私が割り込んで行かなかったら、あのムラは、あれほどひどい被害を受けなかったのに……」
 エルは墓穴を掘る気力さえ失っている老人達を見ながら、泣いていた。
「そーゆーイミじゃない。……あそこで割って入ったから、【塔)】の正体が判ったんだからな。【アーム】の悪しき力に取り憑かれたお代官さまが女性だったとは、俺も思って無かった訳だし」
「ですが……」
「オーガに堕ちるか、そうでないかは本人の意思だ。ムラを捨てるか、残って立て直すかも、やっぱりそこの連中の意志で決まる。哀れんで一々泣くな。大体、あとどのくらいのオーガを倒さにゃならんか、判らんのだぞ」
 涙を袖で拭きながら、エルはブライトを見上げた。
「あなたは、強い人です。尊敬します」
 彼女は笑った。作り笑顔だ。必死で作った、精一杯の強がりだ。
 それを見て、ブライトも笑った……にへらっと。
「尊敬は、恋情に変化しませんかね、姫様?」
 たこのように尖らせた唇が迫ってくる。
 その吸い口の下、無精ひげにまみれた顎に、ねじりの効いたアッパーカットが、美しく入った。
 

 End.

前章へ
【目次】
クレールメニューへ