2009/11/08
※この小話はフィクションであり実在の人物・団体・思想とは関係ありません。

フレキ=ゲー編によるガップ民話集

最初の娘たちと最初の花婿たちの話


 昔々のその昔。
 天の御国の御使いが、天と地と人のために空と大地の間で舞い飛んでいた頃のこと。
 広い広い大地には、人が最初の夫婦の二人と、最初の夫婦の最初の娘と、最初の双子の娘と、この世で最初の逆子の娘と、この世で最初の掌に乗るほどに小さな体で生まれた娘と、この世で最初の大人のように大きな体で生まれた娘と、この世で最初のお母さんのお腹を裂いて取り出した最後の娘しかおりませんでした。
 最初の夫婦の最初の子どもより前には人はおらず、最初の夫婦の最後の子どもより後には人は生まれてきませんでした。
 広い広い広い、果てなく広い大地には、小さな一つの家族だけがおり、それぞれおのおのの仕事をしてようやく暮らしておりました。

 さてこの頃、天と地との間にはいつも一つの大きな雲が浮かんでおりました。
 雲のその上はならされた地面のように平らで、銀の柱が立ち並ぶ立派な神殿が建っておりました。
 神殿は、見張りの天使たちの住処でした。
 神殿の床には金が敷き詰められ、壁は白玉髄でできていました。
 玉髄の壁には十二の窓が開いていて、それぞれの窓枠は、碧玉(ジャスパー)と、青玉(サファイア)と、瑪瑙(アゲート)と、緑玉(エメラルド)と、縞瑪瑙(サードニクス)と、赤瑪瑙(カーネリアン)と、橄欖石(ペリドット)と、緑柱石(ベリル)と、風信子石(ヒヤシンス)と、緑玉髄(クリソプレイズ)と、瑠璃(ラピスラズリ)と、紫水晶(アメシスト)で縁取られていました。
 それぞれの窓からを覗くと、世界の総てが見渡せました。
 見張りの天使たちは夜も眠らず世界を見渡し、世界で起きた総てのことを見聞きしておりました。そのようにして、起きたこと総てを記録し、記録した総てを天に運ぶのが、見張りの天使たちの役目でありました。
 見張りの天使が運んできた記録は、天の一番高いところにおられる、最も尊い御方がご覧になって、良い行いを良いとし、悪い出来事を悪いとお裁きになられるのです。
 ですけれども、何分、大地と天の一番高いところは大変遠く離れております。
 大地の端の片隅でなにやら事が起きたとしたら、その度毎に天に戻り、最も尊い御方より対処の術を授けてもらっておりましたなら、事が大事になるやも知れません。
 ですから最も尊い御方は、見張りの天使たちに「自分で考え、自分で行う」ことを許されました。
 この世で「自分で考え、自分で行う」ことができるのは、唯一無二なる最も尊い御方と、大地の上の人々と、見張りの天使たちだけでありました。

 その日もその夜も、見張りの天使たちは大地の隅々までを眼を見張って見渡し、耳をそばだてて聞いておりました。
 すると一人の天使が言いました。
「聞くがいい兄弟たちよ。大地の隅から聞こえる歌を。あれは誰の声であろう? 歌の天使たちが大地に降りたとは聞いていないのだが」
 別の一人が帳面を開いて答えました。
「大哥、あれは人の娘のヌトの声でありましょう。彼女はこの世で最初の詩人です」
 見張りの天使たちたちは十二の窓から身を乗り出して、耳を澄まして歌を聴きました。
 すると別の一人が言いました。
「見るが言い兄弟たちよ。大地の隅に建つ館を。あれは誰の建てたものであろう? 彫刻の天使たちが大地に降りたとは聞いていないのだが」
 帳面を持っている一人が答えました。
「二哥、あれは人の娘のティアマトの建てた物でありましょう。彼女はこの世で最初の大工です」
 見張りの天使たちたちは十二の窓から身を乗り出して、眼を見張って建物を眺めました。
 するとまた別の一人が言いました。
「見るといい、兄弟たち。大地の隅に群れなす美しい牛どもを。あれは誰の育てた物であろう? 良き牛飼いの天使たちが大地に降りたとは聞いていないのだが」
 帳面を持っている一人が答えました。
「三哥、あれは人の娘のディーヴィの育てた物でありましょう。彼女はこの世で最初の牧童です」
 見張りの天使たちたちは十二の窓から身を乗り出して、眼を見張って牛の群れを眺めました。
 するとまた別の一人が言いました。
「見てくれ兄弟たち。大地の隅にはためく美しい絹衣を。あれは誰の仕立てた物であろう? 御衣を仕立てる天使たちが大地に降りたとは聞いていないのだが」
 帳面を持っている一人が答えました。
「四哥、あれは人の娘のポイベの仕立てた物でしょう。彼女はこの世で最初の仕立屋です」
 見張りの天使たちたちは十二の窓から身を乗り出して、眼を見張って美しい着物を眺めました。
 するとまた別の一人が言いました。
「見てくれ兄弟たち。大地の隅より香り立つ食物の香りを。あれは誰の調理した物であろう? 馳走の天使たちが大地に降りたとは聞いていないのだけど」
 帳面を持っている一人が答えました。
「五哥、あれは人の娘のジョカの作った物でしょう。彼女はこの世で最初の料理人です」
 見張りの天使たちたちは十二の窓から身を乗り出して、鼻をひくつかせておいしそうな料理を眺めました。
 するとまた別の一人が言いました。
「見てください兄弟たちよ。大地の隅に並べられた巨獣の頭蓋を。あれは誰が仕留めた物であろう? 狩りの天使たちが大地に降りたとは聞いていないのだけれども」
 帳面を持っている一人が答えました。
「六哥、あれは人の娘のマッハの捕らえた物でしょう。彼女はこの世で最初の狩人です」
 見張りの天使たちたちは十二の窓から身を乗り出して、眼を見開いて立派な戦利品を眺めました。
 やがて最初の一人が言いました。
「見るがいい兄弟たちよ。大地の隅にある美しいものを作り出した人間たちを。美の天使たちが大地に降りたとは聞いていないのだが」
 見張りの天使たちは大地に住まう娘たちを見て、みな笑顔を浮かべました。
「いと尊い方を讃えよ。この良き者達を造りたもうた御方を。聖なるかな、聖なるかな、聖なるかな」
 しかし帳面を持っている一人だけは良い顔をしませんでした。
「兄弟たちよ、困ったことがあります。最初の人間の妻の胎が閉ざされたので、最初の夫婦の子どもはこれより先増えないのです」
 神殿にいた総ての見張りの天使たちはこの兄弟の顔を見つめました。
「最も尊きお方は仰せになった。大地が人で満ちるようにと」
 見張りの天使たちは声を揃えて言いました。
「総て尊きお方の御言葉の通りとなれ」
 帳面を持つ一人は益々暗い顔をしました。
「しかしこのままでは、人の子らに新たな子供は生まれず、やがて絶えてしまうに違いありません。何か良い術はないでしょうか?」
 雲の上の神殿の中はにわかにざわめきました。天使たちは互いに顔を見合わせ、思案を始めました。
 やがて最初の一人が声を出しました。
「彼女らの夫となるべき者はいないのか? 彼女らが新しい母となり、新しい子を産み、育て、大地を人で満たせばよい」
 他の者たちは声を揃えて答えました。
「この大地の上には彼等より他に人はなく、新しく生まれ出でる者が無ければ、彼等の夫となるべき者は無い」
 二番目の一人が声を出しました。
「なれば、彼女らの夫となるべき者を造り出せばよい」
 他の者たちは声を揃えて答えました。
「この天の上にはいと尊き方より他に人に新しき命を与え得る者は無い」
 三番目の一人が声を出しました。
「新しき命がないのであれば、古き命を用いればよい」
 他の者たちは声を揃えて訊ねました。
「古き命とは何か? それは何処にあるのか?」
 四番目の一人が声を出しました。
「古き命はここにある。いと尊き方が、新しき土に息吹をお与えになるよりも遙かに前に、我らは生み出されたのだから」
 他の者たちはてんでに何かを言い合いました。ある者は驚き、ある者は畏れ、ある者は得心しました。
 やがて五番目の一人が声を出しました。
「兄弟たちよ、我々が行って、我々が人の娘らの夫となろう」
 他の者たちはてんでに何かを言い合いました。ある者は驚き、ある者は畏れ、ある者は得心しました。
 やがて六番目の一人が声を出しました。
「兄弟たちよ、私は行く。他に術がないのだから」
 帳面を持った一人が眉を顰めました。
「六哥、確かに他に術はないでしょう。ですが、大地は天は遠く離れています」
 ところが、六番目の一人は彼が言い終わるよりも早く、赤瑪瑙(カーネリアン)の窓から飛び出して、大地に向かって降りてゆきました。
 光の矢となって落ちてゆく六番目の者のさまを見て、ある者は軽蔑し、ある者は羨み、ある者は褒めそやしました。
 やがて五番目の一人が声を出しました。
「兄弟たちよ、私も行く。例え天地が遠くとも我々の翼であれば苦もなくたどり着けるのだから」
 帳面を持った一人が眉を顰めました。
「五哥、確かに我らの翼は苦もなく天地を行き来できるでしょう。ですが、我々が今のまま人の夫となれるのか判りません」
 ところが、五番目の一人は彼が言い終わるよりも早く、碧玉(ジャスパー)の窓から飛び出して、大地に向かって降りてゆきました。
 光の矢となって落ちてゆく五番目の者のさまを見て、ある者は軽蔑し、ある者は羨み、ある者は褒めそやしました。
 やがて四番目の一人が声を出しました。
「兄弟たちよ、私も行く。我々が人の娘の夫となれるかどうか、その場に赴いて確かめるより他にないのだから」
 帳面を持った一人が眉を顰めました。
「四哥、確かにその眼で確かめるのはよい方法でしょう。ですが、天と地はあまりに違う場所ですから、我らが暮らせるのか否か知れません」
 ところが、四番目の一人は彼が言い終わるよりも早く、風信子石(ヒヤシンス)の窓から飛び出して、大地に向かって降りてゆきました。
 光の矢となって落ちてゆく四番目の者のさまを見て、ある者は軽蔑し、ある者は羨み、ある者は褒めそやしました。
 やがて三番目の一人が声を出しました。
「兄弟たちよ、私も行く。天と地とにどれほどの違いがあろうとも、我らの翼が塵芥に塗れるはずがない」
 帳面を持った一人が眉を顰めました。
「三哥、確かに我らの翼は廉潔でしょう。ですが、娘らは肉体を持った人で、我々は入れ物を持たぬ者なのです」
 ところが、三番目の一人は彼が言い終わるよりも早く、瑪瑙(アゲート)の窓から飛び出して、大地に向かって降りてゆきました。
 光の矢となって落ちてゆく三番目の者のさまを見て、ある者は軽蔑し、ある者は羨み、ある者は褒めそやしました。
 やがて二番目の一人が声を出しました。
「兄弟たちよ、私も行く。我らは娘たちよりも優れた叡智を持っている。我らの知識があれば、娘たちは今以上に素晴らしい物作りの匠となろう」
 帳面を持った一人が眉を顰めました。
「二哥、確かに我らの知識は深いものです。ですが、娘らの肉体はやがて土へと帰る定めですから、共に暮らせる時間は短いのです」
 ところが、二番目の一人は彼が言い終わるよりも早く、緑玉髄(クリソプレイズ)の窓から飛び出して、大地に向かって降りてゆきました。
 光の矢となって落ちてゆく二番目の者のさまを見て、ある者は軽蔑し、ある者は羨み、ある者は褒めそやしました。
 やがて一番目の一人が声を出しました。
「兄弟たちよ、私も行く。彼女らの命は短いが、その短い間であっても私は彼女らと共に暮らそう」
 帳面を持った一人が眉を顰めました。
「大哥、我らの兄であり優れた統率者であるあなたの決めたことを、私は覆すことはできません。ですが私はもう少しよく考えてから行きましょう」
 ところが、一番目の一人は彼が言い終わるよりも早く、紫水晶(アメシスト)の窓から飛び出して、大地に向かって降りてゆきました。
 光の矢となって落ちてゆく一番目の者のさまを見て、ある者は軽蔑し、ある者は羨み、ある者は褒めそやしました。
 その中の一人に、帳面を持った一人が言いました。
「私はこれから兄弟たちを追って大地に向かってゆくが、そのことを天の上の兄弟たちに報告して欲しい。もし私たちに間違いが起きたなら、正しく裁きが行われるように」
 帳面を持っていた七番目の兄弟は、総てを書き記したその帳面を別の兄弟に手渡すと、瑠璃(ラピスラズリ)の窓から飛び出して、大地に向かって降りてゆきました。

 それは丁度月のない夜のことでした。
 地上の人々は空から六つの星が流れて落ちるのを見ました。
 最初の星は赤、二番目の星は褐色、三番目の星は黄、四番目の星は灰褐色、五番目の星は黄緑、六番目の星は紫でした。
「あれは何の印だろうか? 良くないことでなければよいが」
 この世で最初のお医者さんのフッラは首を傾げました。空から落ちてくる星がとても恐ろしい物に見えたからです。
 するとすぐ下の妹のマッハが言いました。
「空を飛ぶ物を見て、何を怖がることがあるというのでしょう? 夜空を飛ぶ物であれば梟や夜鷹の同類でしょう。私が捕らえて見せましょう」
 次の妹のジョカが笑いながら言いました。
「姉様が捕らえたなら、私が捌いて料理しましょう」
 その次の妹のポイベも言いました。
「肉をとって残った羽根は私に譲ってください。服の飾りにいたしましょう」
 その次の妹のディーヴィも言いました。
「肉と羽根をとって残った骨は私に譲ってください。獣脅しの鳴子にしましょう」
 その次の妹のティアマトも言いました。
「鳴子を取り付ける柵や杭は私が作りましょう」
 一番下の妹のヌトも言いました。
「鳴子が音を立てるようになったなら、私が音に合わせて歌いましょう」
 六人の姉妹たちは楽しげに言い合いましたが、一番上の姉のフッラの不安は晴れませんでした。
 不思議な夜が終わって、いつもの朝が来ました。
 この世で最初の七人の姉妹たちと、その両親のこの世で最初の夫婦は、それぞれ自分の仕事を始めました。
 この世で最初の歌い手のヌトは、蜜の入った小さな壺と水を汲む小さな瓢と、パン種の入っていない薄焼きパンを持って出かけました。
 ヌトは良い詩を書いて、良い曲を作るために、良い花の咲く水辺へ向かいました。
 すると水辺には紫の服を着た、今までに見たことのない人がいました。
 もっとも、この世にはヌトと姉たちと両親以外の人がおりませんから、それ以外の人はみな見たことのない見知らぬ人なのですけれども。
 紫の服の人は背丈が高く、手足が長く、額から角のように尖った光が輝き出でていました。
 ヌトは大変驚いて地面にひれ伏しました。すると紫の服の人は言いました。
「顔を上げなさい。私を拝んではいけません。私はこの世で最も尊い御方の使徒です」
 そのお声がとても優しいので、ヌトは言われたとおりに顔を上げました。
「この世で最も尊い御方の使徒のあなたが、大地に何の御用でおいでなのですか?」
 恐る恐る訊ねますと、紫の服の人はにっこりと笑いました。
「あなたとあなたの姉妹たちの良い夫となるためです」
 その笑顔がとても優しいので、ヌトは体を起こして立ち上がりました。
「あなたは私の姉妹のうちの、誰の夫となるためにおいでになったのですか?」
 恐る恐る訊ねますと、紫の服の人はにっこりと笑いました。
「私はあなたの夫となるために、銀の雲の神殿から、あなたに最も相応しい結納の品を持って下ってきました」
 紫の服の人はそういいますと、ヌトの顔の前で一つの包みを開きました。ヌトには包みの中のものが丸い空に見えました。
 しかし紫の服の人は、
「これは月の鏡です。この鏡は美しい物を美しく写します。この鏡の中に美しいものが写されるのを見たのなら、その人は美しい人でしょう。美しい者が写されているのが見えないのなら、その人は美しくない人でしょう」
 と言いました。
 ヌトは鏡という物を知りませんでした。この世にはまだ鏡が無かったのです。なにしろこの世には人が九人しかおりませんでしたし、その九人が九人とも鏡を作る仕事をしていなかったのですから、仕方がありません。
 ヌトはそっと鏡を覗き込みました。鏡には、目が大きくて髪の長い、若い娘さんの顔が浮かんでおりました。
「まあ、なんて可愛い人でしょう。私は今までに、こんなに可愛らしい人を見たことはありません。……でも少しだけ、私のお母さんに似ているようですね」
 ヌトが心から驚いた様子で、大きな声で言いました。何分、ヌトは初めて鏡を見たものですから、そこに映っているのが自分の顔だとは思いもしなかったのです。
 ヌトは紫の服の人が素晴らしい贈り物をしてくれましたので、たいそう嬉しくなりました。紫の服の人もヌトが自分の贈り物を喜んでくれたので、たいそう嬉しくなりました。
 紫の服の人は、鏡を眺めるヌトに言いました。
「どうか私をあなたの両親の所へ連れていってください。あなたと私の結婚を許して貰いたいから」
「ですが私はあなたのことを少しも知りません。少しも知らない人を両親の所に連れていっても、両親はきっと良いと言ってはくれないでしょう」
 そう言っているうちに、ヌトは悲しくなりました。ヌトが悲しそうにしているのを見ていると、紫の服の人も悲しくなってきました。
「あなたの言うとうりです。私はあなたに私の名前の秘密を教えましょう。私の名前には力があります。名前を知っている人は私の力と同じ力を得るでしょう。それは私の総てを知るのと同じ事です」
 ヌトは涙を拭って訊ねました。
「あなたの名前は何というのですか?」
「私はアシズエル。神の如く強き者です」
 紫の服のアシズエルの名前を聞いた途端、ヌトの全身に力と希望が湧いてきました。
「愛しい方、すぐに行きましょう。あなたのような力強い方であれば、きっと父も母も喜んで結婚を許してくれれるでしょう」
 ヌトは家を出るときに持ってきた蜜の壺と水の瓢とパンの包みをその場に投げ出すと、鏡を胸に押し抱いて駆け出しました。
 さて、紫の服のアシズエルはヌトに案内されてこの世で最初の家族の住む家にやってきますと、この世で最初のお父さんの前に膝を突いて頭を下げました。
 この世で最初のお父さんには、この人が人の子でないことがすぐにわかりました。この世にはこの世で最初のお父さん以外に男の人がいるはずがないからです。
 この世で最初のお父さんは紫の服の人にたずねました。
「人の子でないあなたが、何故人の子を娶ろうとするのですか?」
 紫の服のアシズエルは答えました。
「天で最も尊い御方が大地に人が満ちるようにと命ぜられたのに、この世には娘たちの夫となる人間が生まれてきません。ですから私たちが来たのです。どうか私をあなたの娘御の夫に迎えてください」
 この世で最初のお父さんは、紫の服のアシズエルが言うことは尤も正しいと思いました。天の御使い以上に娘に相応しい夫はいないとも思いました。
 ですがこの世で最初のお父さんは、首を横に振りました。
「ヌトは私の七番目の娘で、この上に六人の姉がいます。上の娘より先に下の娘を嫁がせる訳には行きません。どうか上の娘たちに良い夫が現れるまで待ってください」
 紫の服のアシズエルは、この世で最初のお父さんが言うことは尤も正しいと思いました。物事の順序は正さないといけないとも思いました。
 そこで紫の服のアシズエルは言いました。
「私にはあと六人の兄弟がいます。きっと彼等は私の妻の姉妹たちにとって良い夫となるでしょう」
 この世で最初のお父さんは答えて言いました。
「それならばあなたはあなたの兄弟たちが来て、あと六人の私の娘たちがみな結婚するまで、私の仕事を手伝って働くことになります。そうでなければ、あなたはヌトの夫にはなれません」
 紫の服のアシズエルはどうしてもヌトを奥さんにしたかったので、この世で最初のお父さんの言うとおり、畑の仕事を手伝うことにしました。

 さてその日、この世で最初の大工さんのティアマトは、蜜の入った小さな壺と水を汲む小さな瓢と、パン種の入っていない薄焼きパンを持って出かけました。
 ティアマトは姉妹たちのために良い家を建て、良い家具を作るために、良い花の咲く平原へ向かいました。
 すると平原には黄緑の服を着た、今までに見たことのない人がいました。
 もっとも、この世にはティアマトと姉妹たちと両親以外の人がおりませんから、それ以外の人はみな見たことのない見知らぬ人なのですけれども。
 黄緑の服の人は背丈が高く、手足が長く、額から角のように尖った光が輝き出でていました。
 ティアマトは大変驚いて地面にひれ伏しました。すると黄緑の服の人は言いました。
「顔を上げなさい。私を拝んではいけません。私はこの世で最も尊い御方の使徒です」
 そのお声がとても優しいので、ティアマトは言われたとおりに顔を上げました。
「この世で最も尊い御方の使徒のあなたが、大地に何の御用でおいでなのですか?」
 恐る恐る訊ねますと、黄緑の服の人はにっこりと笑いました。
「あなたとあなたの姉妹たちの良い夫となるためです」
 その笑顔がとても優しいので、ティアマトは体を起こして立ち上がりました。
「あなたは私の姉妹のうちの、誰の夫となるためにおいでになったのですか?」
 恐る恐る訊ねますと、黄緑の服の人はにっこりと笑いました。
「私はあなたの夫となるために、銀の雲の神殿から、あなたに最も相応しい結納の品を持って下ってきました」
 黄緑の服の人はそういいますと、ティアマトの顔の前で一つの包みを開きました。ティアマトには包みの中のものが鈍い光そのものに見えました。
 しかし黄緑の服の人は、
「これは星の鉄鎚です。この鎚は美しい物から美しい物を削り出します。この鉄鎚で叩いて美しいものを生み出せたなら、その人は美しい人でしょう。美しいものを作り出せないなら、その人は美しくない人でしょう」
 と言いました。
 ティアマトは鉄鎚という物を知りませんでした。この世にはまだ鉄鎚が無かったのです。なにしろこの世には人が九人しかおりませんでしたし、その九人が九人とも鉄鎚を作る仕事をしていなかったのですから、仕方がありません。
 ティアマトはそっと鉄鎚を手に取りました。今までに持ったことのない程にずっしりと重い鉄鎚を持つと、振るえばどんな石でも思うとおりに刻めるような気がしました。
「まあ、なんて頑丈な道具でしょう。私は今までに、こんなに頑丈な道具を見たことはありません。……そうこれは、まるで私のお父さんの拳にそっくりです」
 ティアマトが心から驚いた様子で、大きな声で言いました。何分、ティアマトは初めて鉄鎚を見たものですから、その力強さを自分が一番力強いと思っている物に例えるより他に褒め称える術を知らなかったのです。
 ティアマトは黄緑の服の人が素晴らしい贈り物をしてくれましたので、たいそう嬉しくなりました。黄緑の服の人もティアマトが自分の贈り物を喜んでくれたので、たいそう嬉しくなりました。
 黄緑の服の人は、鉄槌を眺めるティアマトに言いました。
「どうか私をあなたの両親の所へ連れていってください。あなたと私の結婚を許して貰いたいから」
「ですが私はあなたのことを少しも知りません。少しも知らない人を両親の所に連れていっても、両親はきっと良いと言ってはくれないでしょう」
 そう言っているうちに、ティアマトは悲しくなりました。ティアマトが悲しそうにしているのを見ていると、黄緑の服の人も悲しくなってきました。
「あなたの言うとうりです。私はあなたに私の名前の秘密を教えましょう。私の名前には力があります。名前を知っている人は私の力と同じ力を得るでしょう。それは私の総てを知るのと同じ事です」
 ティアマトは涙を拭って訊ねました。
「あなたの名前は何というのですか?」
「私はムルキブエル。炎を和らげる者です」
 黄緑の服のムルキブエルの名前を聞いた途端、ティアマトの全身に力と希望が湧いてきました。
「愛しい方、すぐに行きましょう。あなたのような力強い方であれば、きっと父も母も喜んで結婚を許してくれれるでしょう」
 ティアマトは家を出るときに持ってきた蜜の壺と水の瓢とパンの包みをその場に投げ出すと、鉄槌を胸に押し抱いて駆け出しました。
 さて、黄緑の服のムルキブエルはティアマトに案内されて、この世で最初の家族の住む家にやってきました。
 この世で最初のお父さんは紫の服のアシズエルと二人して石ころだらけの畑を耕していました。黄緑の服のムルキブエルはこの世で最初のお父さんの前の乾いた土に膝を突いて頭を下げました。
 この世で最初のお父さんには、この人が人の子でないことがすぐにわかりました。紫の服のアシズエルが、あと六人の兄弟が来ると言っていましたから、この人も彼と同じように御使いの一人に違いなかったからです。
 この世で最初のお父さんは黄緑の服の人にたずねました。
「人の子でないあなたが、何故人の子を娶ろうとするのですか?」
 黄緑の服のムルキブエルは答えました。
「天で最も尊い御方が大地に人が満ちるようにと命ぜられたのに、この世には娘たちの夫となる人間が生まれてきません。ですから私たちが来たのです。どうか私をあなたの娘御の夫に迎えてください」
 この世で最初のお父さんは、黄緑の服のムルキブエルが言うことは尤も正しいと思いました。天の御使い以上に娘に相応しい夫はいないとも思いました。
 ですがこの世で最初のお父さんは、首を横に振りました。
「ティアマトは私の六番目の娘で、この上に五人の姉がいます。上の娘より先に下の娘を嫁がせる訳には行きません。どうか上の娘たちに良い夫が現れるまで待ってください」
 黄緑の服のムルキブエルは、この世で最初のお父さんが言うことは尤も正しいと思いました。物事の順序は正さないといけないとも思いました。
 そこで黄緑の服のムルキブエルは言いました。
「私にはあと五人の兄弟がいます。きっと彼等は私の妻の姉妹たちにとって良い夫となるでしょう」
 この世で最初のお父さんは答えて言いました。
「それならばあなたはあなたの兄弟たちが来て、あと五人の私の娘たちがみな結婚するまで、私の仕事を手伝って働くことになります。そうでなければ、あなたはティアマトの夫にはなれません」
 黄緑の服のムルキブエルはどうしてもティアマトを奥さんにしたかったので、この世で最初のお父さんの言うとおり、畑の仕事を手伝うことにしました。

 さてその日、この世で最初の牧童さんのディーヴィは、蜜の入った小さな壺と水を汲む小さな瓢と、パン種の入っていない薄焼きパンを持って出かけました。
 ディーヴィは毛玉牛たちを太らせ、良い乳と毛をとるために、良い草の茂る牧場へ向かいました。
 すると牧場には灰褐色の服を着た、今までに見たことのない人がいました。
 もっとも、この世にはディーヴィと姉妹たちと両親以外の人がおりませんから、それ以外の人はみな見たことのない見知らぬ人なのですけれども。
 灰褐色の服の人は背丈が高く、手足が長く、額から角のように尖った光が輝き出でていました。
 ディーヴィは大変驚いて地面にひれ伏しました。すると灰褐色の服の人は言いました。
「顔を上げなさい。私を拝んではいけません。私はこの世で最も尊い御方の使徒です」
 そのお声がとても優しいので、ディーヴィは言われたとおりに顔を上げました。
「この世で最も尊い御方の使徒のあなたが、大地に何の御用でおいでなのですか?」
 恐る恐る訊ねますと、灰褐色の服の人はにっこりと笑いました。
「あなたとあなたの姉妹たちの良い夫となるためです」
 その笑顔がとても優しいので、ディーヴィは体を起こして立ち上がりました。
「あなたは私の姉妹のうちの、誰の夫となるためにおいでになったのですか?」
 恐る恐る訊ねますと、灰褐色の服の人はにっこりと笑いました。
「私はあなたの夫となるために、銀の雲の神殿から、あなたに最も相応しい結納の品を持って下ってきました」
 灰褐色の服の人はそういいますと、ディーヴィの顔の前で一つの包みを開きました。ディーヴィには包みの中のものが水面に浮かぶ小さな月に見えました。
 しかし灰褐色の服の人は、
「これは時の星図です。この丸い板は美しい星空の動きを美しく再現します。この星図の上で美しい星の動きを見ることのできたなら、その人は美しい人でしょう。美しさを見いだせないなら、その人は美しくない人でしょう」
 と言いました。
 ディーヴィは星図という物を知りませんでした。この世にはまだ星図が無かったのです。なにしろこの世には人が九人しかおりませんでしたし、その九人が九人とも星図を作る仕事をしていなかったのですから、仕方がありません。
 ディーヴィはそっと星図を手に取りました。金属のように冷たいのに羽根のように軽い板の上で、規則正しく星が動くのを見ていると、季節の巡りも天気の移り変わりも何もかも解るような気がしました。
「まあ、なんて不思議な道具でしょう。私は今までに、こんなに不思議な道具を見たことはありません。……そうこれは、まるで私のお母さんの瞳にそっくりです」
 ディーヴィが心から驚いた様子で、大きな声で言いました。何分、ディーヴィは初めて星図を見たものですから、その美しさを自分が一番美しいと思っている物に例えるより他に褒め称える術を知らなかったのです。
 ディーヴィは灰褐色の服の人が素晴らしい贈り物をしてくれましたので、たいそう嬉しくなりました。灰褐色の服の人もディーヴィが自分の贈り物を喜んでくれたので、たいそう嬉しくなりました。
 灰褐色の服の人は、星図を眺めるディーヴィに言いました。
「どうか私をあなたの両親の所へ連れていってください。あなたと私の結婚を許して貰いたいから」
「ですが私はあなたのことを少しも知りません。少しも知らない人を両親の所に連れていっても、両親はきっと良いと言ってはくれないでしょう」
 そう言っているうちに、ディーヴィは悲しくなりました。ディーヴィが悲しそうにしているのを見ていると、灰褐色の服の人も悲しくなってきました。
「あなたの言うとうりです。私はあなたに私の名前の秘密を教えましょう。私の名前には力があります。名前を知っている人は私の力と同じ力を得るでしょう。それは私の総てを知るのと同じ事です」
 ディーヴィは涙を拭って訊ねました。
「あなたの名前は何というのですか?」
「私はコカバイエル。星を読み解く者です」
 灰褐色の服のコカバイエルの名前を聞いた途端、ディーヴィの全身に力と希望が湧いてきました。
「愛しい方、すぐに行きましょう。あなたのような力強い方であれば、きっと父も母も喜んで結婚を許してくれれるでしょう」
 ディーヴィは家を出るときに持ってきた蜜の壺と水の瓢とパンの包みをその場に投げ出すと、星図を胸に押し抱いて駆け出しました。
 さて、灰褐色の服のコカバイエルはディーヴィに案内されて、この世で最初の家族の住む家にやってきました。
 この世で最初のお父さんは紫の服のアシズエルと黄緑の服のムルキブエルの三人で石ころだらけの畑を耕していました。灰褐色の服のコカバイエルはこの世で最初のお父さんの前の乾いた土に膝を突いて頭を下げました。
 この世で最初のお父さんには、この人が人の子でないことがすぐにわかりました。紫の服のアシズエルがあと六人の兄弟が来ると言っていましたし、黄緑の服のムルキブエルもあと五人の兄弟が来ると言っていましたから、この人も彼と同じように御使いの一人に違いないのです。
 この世で最初のお父さんは灰褐色の服の人にたずねました。
「人の子でないあなたが、何故人の子を娶ろうとするのですか?」
 灰褐色の服のコカバイエルは答えました。
「天で最も尊い御方が大地に人が満ちるようにと命ぜられたのに、この世には娘たちの夫となる人間が生まれてきません。ですから私たちが来たのです。どうか私をあなたの娘御の夫に迎えてください」
 この世で最初のお父さんは、灰褐色の服のコカバイエルが言うことは尤も正しいと思いました。天の御使い以上に娘に相応しい夫はいないとも思いました。
 ですがこの世で最初のお父さんは、首を横に振りました。
「ディーヴィは私の五番目の娘で、この上に四人の姉がいます。上の娘より先に下の娘を嫁がせる訳には行きません。どうか上の娘たちに良い夫が現れるまで待ってください」
 灰褐色の服のコカバイエルは、この世で最初のお父さんが言うことは尤も正しいと思いました。物事の順序は正さないといけないとも思いました。
 そこで灰褐色の服のコカバイエルは言いました。
「私にはあと四人の兄弟がいます。きっと彼等は私の妻の姉妹たちにとって良い夫となるでしょう」
 この世で最初のお父さんは答えて言いました。
「それならばあなたはあなたの兄弟たちが来て、あと四人の私の娘たちがみな結婚するまで、私の仕事を手伝って働くことになります。そうでなければ、あなたはディーヴィの夫にはなれません」
 灰褐色の服のコカバイエルはどうしてもディーヴィを奥さんにしたかったので、この世で最初のお父さんの言うとおり、畑の仕事を手伝うことにしました。

 さてその日、この世で最初の仕立屋さんのポイベは、蜜の入った小さな壺と水を汲む小さな瓢と、パン種の入っていない薄焼きパンを持って出かけました。
 ポイベは毛玉牛たちを太らせ、良い乳と毛をとるために、良い草の茂る牧場へ向かいました。
 すると牧場には黄色の服を着た、今までに見たことのない人がいました。
 もっとも、この世にはポイベと姉妹たちと両親以外の人がおりませんから、それ以外の人はみな見たことのない見知らぬ人なのですけれども。
 黄色の服の人は背丈が高く、手足が長く、額から角のように尖った光が輝き出でていました。
 ポイベは大変驚いて地面にひれ伏しました。すると黄色の服の人は言いました。
「顔を上げなさい。私を拝んではいけません。私はこの世で最も尊い御方の使徒です」
 そのお声がとても優しいので、ポイベは言われたとおりに顔を上げました。
「この世で最も尊い御方の使徒のあなたが、大地に何の御用でおいでなのですか?」
 恐る恐る訊ねますと、黄色の服の人はにっこりと笑いました。
「あなたとあなたの姉妹たちの良い夫となるためです」
 その笑顔がとても優しいので、ポイベは体を起こして立ち上がりました。
「あなたは私の姉妹のうちの、誰の夫となるためにおいでになったのですか?」
 恐る恐る訊ねますと、黄色の服の人はにっこりと笑いました。
「私はあなたの夫となるために、銀の雲の神殿から、あなたに最も相応しい結納の品を持って下ってきました」
 黄色の服の人はそういいますと、ポイベの顔の前で一つの包みを開きました。ポイベには包みの中のものが貝殻の中に閉じこめられた夕日に見えました。
 しかし黄色の服の人は、
「これは晴れの紅です。この赤い染料は美しい布を美しく染め上げます。この染料で美しく布や糸を染められたなら、その人は美しい人でしょう。美しく染められないならないなら、その人は美しくない人でしょう」
 と言いました。
 ポイベは紅の染料という物を知りませんでした。この世にはまだ染料が無かったのです。なにしろこの世には人が九人しかおりませんでしたし、その九人が九人とも染料を作る仕事をしていなかったのですから、仕方がありません。
 ポイベはそっと紅の入った貝殻を手に取りました。白い貝殻の上で赤黒く光る紅を見つめていると、命の力も体の力も大きくふくれあがる気がしました。
「まあ、なんて不思議な染料でしょう。私は今までに、こんなに不思議な色を見たことはありません。……そうこれは、まるで私のお父さんの血潮にそっくりです」
 ポイベが心から驚いた様子で、大きな声で言いました。何分、ポイベは初めて紅を見たものですから、その美しさを自分が一番力強いと思っている物に例えるより他に褒め称える術を知らなかったのです。
 ポイベは黄色の服の人が素晴らしい贈り物をしてくれましたので、たいそう嬉しくなりました。黄色の服の人もポイベが自分の贈り物を喜んでくれたので、たいそう嬉しくなりました。
 黄色の服の人は、紅を眺めるポイベに言いました。
「どうか私をあなたの両親の所へ連れていってください。あなたと私の結婚を許して貰いたいから」
「ですが私はあなたのことを少しも知りません。少しも知らない人を両親の所に連れていっても、両親はきっと良いと言ってはくれないでしょう」
 そう言っているうちに、ポイベは悲しくなりました。ポイベが悲しそうにしているのを見ていると、黄色の服の人も悲しくなってきました。
「あなたの言うとうりです。私はあなたに私の名前の秘密を教えましょう。私の名前には力があります。名前を知っている人は私の力と同じ力を得るでしょう。それは私の総てを知るのと同じ事です」
 ポイベは涙を拭って訊ねました。
「あなたの名前は何というのですか?」
「私はエクサエル。良き香りのする者です」
 黄色の服のエクサエルの名前を聞いた途端、ポイベの全身に力と希望が湧いてきました。
「愛しい方、すぐに行きましょう。あなたのような力強い方であれば、きっと父も母も喜んで結婚を許してくれれるでしょう」
 ポイベは家を出るときに持ってきた蜜の壺と水の瓢とパンの包みをその場に投げ出すと、紅を胸に押し抱いて駆け出しました。
 さて、黄色の服のエクサエルはポイベに案内されて、この世で最初の家族の住む家にやってきました。
 この世で最初のお父さんは紫の服のアシズエルと黄緑の服のムルキブエルと灰褐色の服のコカバイエルの四人で石ころだらけの畑を耕していました。黄色の服のエクサエルはこの世で最初のお父さんの前の乾いた土に膝を突いて頭を下げました。
 この世で最初のお父さんには、この人が人の子でないことがすぐにわかりました。紫の服のアシズエルがあと六人の兄弟が来ると言っていましたし、黄緑の服のムルキブエルもあと五人の兄弟が来ると言っていましたし、灰褐色の服のコカバイエルもあと四人の兄弟が来ると言っていましたたから、この人も彼と同じように御使いの一人に違いないのです。
 この世で最初のお父さんは黄色の服の人にたずねました。
「人の子でないあなたが、何故人の子を娶ろうとするのですか?」
 黄色の服のエクサエルは答えました。
「天で最も尊い御方が大地に人が満ちるようにと命ぜられたのに、この世には娘たちの夫となる人間が生まれてきません。ですから私たちが来たのです。どうか私をあなたの娘御の夫に迎えてください」
 この世で最初のお父さんは、黄色の服のエクサエルが言うことは尤も正しいと思いました。天の御使い以上に娘に相応しい夫はいないとも思いました。
 ですがこの世で最初のお父さんは、首を横に振りました。
「ポイベは私の四番目の娘で、この上に三人の姉がいます。上の娘より先に下の娘を嫁がせる訳には行きません。どうか上の娘たちに良い夫が現れるまで待ってください」
 黄色の服のエクサエルは、この世で最初のお父さんが言うことは尤も正しいと思いました。物事の順序は正さないといけないとも思いました。
 そこで黄色の服のエクサエルは言いました。
「私にはあと三人の兄弟がいます。きっと彼等は私の妻の姉妹たちにとって良い夫となるでしょう」
 この世で最初のお父さんは答えて言いました。
「それならばあなたはあなたの兄弟たちが来て、あと三人の私の娘たちがみな結婚するまで、私の仕事を手伝って働くことになります。そうでなければ、あなたはポイベの夫にはなれません」
 黄色の服のエクサエルはどうしてもポイベを奥さんにしたかったので、この世で最初のお父さんの言うとおり、畑の仕事を手伝うことにしました。

 さてその日、この世で最初の料理人さんのジョカは、蜜の入った小さな壺と水を汲む小さな瓢と、パン種の入っていない薄焼きパンを持って出かけました。
 ジョカは両親と姉妹たちの食事を作るための、良い塩をとるために、良い塩水の出る井戸へ向かいました。
 すると井戸のそばには褐色の服を着た、今までに見たことのない人がいました。
 もっとも、この世にはジョカと姉妹たちと両親以外の人がおりませんから、それ以外の人はみな見たことのない見知らぬ人なのですけれども。
 褐色の服の人は背丈が高く、手足が長く、額から角のように尖った光が輝き出でていました。
 ジョカは大変驚いて地面にひれ伏しました。すると褐色の服の人は言いました。
「顔を上げなさい。私を拝んではいけません。私はこの世で最も尊い御方の使徒です」
 そのお声がとても優しいので、ジョカは言われたとおりに顔を上げました。
「この世で最も尊い御方の使徒のあなたが、大地に何の御用でおいでなのですか?」
 恐る恐る訊ねますと、褐色の服の人はにっこりと笑いました。
「あなたとあなたの姉妹たちの良い夫となるためです」
 その笑顔がとても優しいので、ジョカは体を起こして立ち上がりました。
「あなたは私の姉妹のうちの、誰の夫となるためにおいでになったのですか?」
 恐る恐る訊ねますと、褐色の服の人はにっこりと笑いました。
「私はあなたの夫となるために、銀の雲の神殿から、あなたに最も相応しい結納の品を持って下ってきました」
 褐色の服の人はそういいますと、ジョカの顔の前で一つの包みを開きました。ジョカには包みの中のものが壺に詰め込まれた液体の琥珀に見えました。
 しかし褐色の服の人は、
「これは風の酒です。この酒は美しい気分を美しく高揚させます。この酒を飲んで美しい物を見られたなら、その人は美しい人でしょう。美しい物を見られないなら、その人は美しくない人でしょう」
 と言いました。
 ジョカはお酒という物を知りませんでした。この世にはまだお酒が無かったのです。なにしろこの世には人が九人しかおりませんでしたし、その九人が九人ともお酒を作る仕事をしていなかったのですから、仕方がありません。
 ジョカはそっとお酒の入った壺を手に取りました。ゆらゆらと揺れる液体から立ち上る香気を嗅ぐと、何事にも代え難い良い気持ちになりました。
「まあ、なんて不思議な水でしょう。私は今までに、こんなに不思議な水を見たことはありません。……そうこれは、まるで私のお母さんのお乳にそっくりです」
 ジョカが心から驚いた様子で、大きな声で言いました。何分、ジョカは初めてお酒を見たものですから、その美しさを自分が一番おいしかったと思っている物に例えるより他に褒め称える術を知らなかったのです。
 ジョカは褐色の服の人が素晴らしい贈り物をしてくれましたので、たいそう嬉しくなりました。褐色の服の人もジョカが自分の贈り物を喜んでくれたので、たいそう嬉しくなりました。
 褐色の服の人は、お酒を眺めるジョカに言いました。
「どうか私をあなたの両親の所へ連れていってください。あなたと私の結婚を許して貰いたいから」
「ですが私はあなたのことを少しも知りません。少しも知らない人を両親の所に連れていっても、両親はきっと良いと言ってはくれないでしょう」
 そう言っているうちに、ジョカは悲しくなりました。ジョカが悲しそうにしているのを見ていると、褐色の服の人も悲しくなってきました。
「あなたの言うとうりです。私はあなたに私の名前の秘密を教えましょう。私の名前には力があります。名前を知っている人は私の力と同じ力を得るでしょう。それは私の総てを知るのと同じ事です」
 ジョカは涙を拭って訊ねました。
「あなたの名前は何というのですか?」
「私はニスロクエル。鷲のごとき者です」
 褐色の服のニスロクエルの名前を聞いた途端、ジョカの全身に力と希望が湧いてきました。
「愛しい方、すぐに行きましょう。あなたのような力強い方であれば、きっと父も母も喜んで結婚を許してくれれるでしょう」
 ジョカは家を出るときに持ってきた蜜の壺と水の瓢とパンの包みをその場に投げ出すと、お酒の壺を胸に押し抱いて駆け出しました。
 さて、褐色の服のニスロクエルはジョカに案内されて、この世で最初の家族の住む家にやってきました。
 この世で最初のお父さんは紫の服のアシズエルと黄緑の服のムルキブエルと灰褐色の服のコカバイエルと黄色の服のエクサエルの五人で石ころだらけの畑を耕していました。褐色の服のニスロクエルはこの世で最初のお父さんの前の乾いた土に膝を突いて頭を下げました。
 この世で最初のお父さんには、この人が人の子でないことがすぐにわかりました。紫の服のアシズエルがあと六人の兄弟が来ると言っていましたし、黄緑の服のムルキブエルもあと五人の兄弟が来ると言っていましたし、灰褐色の服のコカバイエルもあと四人の兄弟が来ると言っていましたし、黄色の服のエクサエルもあと三人の兄弟が来ると言っていましたから、この人も彼と同じように御使いの一人に違いないのです。
 この世で最初のお父さんは褐色の服の人にたずねました。
「人の子でないあなたが、何故人の子を娶ろうとするのですか?」
 褐色の服のニスロクエルは答えました。
「天で最も尊い御方が大地に人が満ちるようにと命ぜられたのに、この世には娘たちの夫となる人間が生まれてきません。ですから私たちが来たのです。どうか私をあなたの娘御の夫に迎えてください」
 この世で最初のお父さんは、褐色の服のニスロクエルが言うことは尤も正しいと思いました。天の御使い以上に娘に相応しい夫はいないとも思いました。
 ですがこの世で最初のお父さんは、首を横に振りました。
「ジョカは私の三番目の娘で、この上に二人の姉がいます。上の娘より先に下の娘を嫁がせる訳には行きません。どうか上の娘たちに良い夫が現れるまで待ってください」
 褐色の服のニスロクエルは、この世で最初のお父さんが言うことは尤も正しいと思いました。物事の順序は正さないといけないとも思いました。
 そこで褐色の服のニスロクエルは言いました。
「私にはあと二人の兄弟がいます。きっと彼等は私の妻の姉妹たちにとって良い夫となるでしょう」
 この世で最初のお父さんは答えて言いました。
「それならばあなたはあなたの兄弟たちが来て、あと二人の私の娘たちがみな結婚するまで、私の仕事を手伝って働くことになります。そうでなければ、あなたはジョカの夫にはなれません」
 褐色の服のニスロクエルはどうしてもジョカを奥さんにしたかったので、この世で最初のお父さんの言うとおり、畑の仕事を手伝うことにしました。

 さてその日、この世で最初の狩人さんのマッハは、蜜の入った小さな壺と水を汲む小さな瓢と、パン種の入っていない薄焼きパンを持って出かけました。
 マッハは両親と姉妹たちの夕餉に饗する、良い魚を獲るために、良い清水の流れる川へ向かいました。
 すると川原には赤い服を着た、今までに見たことのない人がいました。
 もっとも、この世にはマッハと姉妹たちと両親以外の人がおりませんから、それ以外の人はみな見たことのない見知らぬ人なのですけれども。
 赤い服の人は背丈が高く、手足が長く、額から角のように尖った光が輝き出でていました。
 マッハは大変驚いて地面にひれ伏しました。すると赤い服の人は言いました。
「顔を上げなさい。私を拝んではいけません。私はこの世で最も尊い御方の使徒です」
 そのお声がとても優しいので、マッハは言われたとおりに顔を上げました。
「この世で最も尊い御方の使徒のあなたが、大地に何の御用でおいでなのですか?」
 恐る恐る訊ねますと、赤い服の人はにっこりと笑いました。
「あなたとあなたの姉妹たちの良い夫となるためです」
 その笑顔がとても優しいので、マッハは体を起こして立ち上がりました。
「あなたは私の姉妹のうちの、誰の夫となるためにおいでになったのですか?」
 恐る恐る訊ねますと、赤い服の人はにっこりと笑いました。
「私はあなたの夫となるために、銀の雲の神殿から、あなたに最も相応しい結納の品を持って下ってきました」
 赤い服の人はそういいますと、マッハの顔の前で一つの包みを開きました。マッハには包みの中のものが尖った光に見えました。
 しかし赤い服の人は、
「これは星鋼の剣です。この剣は美しい獲物を美しく仕留めることができます。この剣を見て美しいと思うなら、その人は美しい人でしょう。美しいと思えないのなら、その人は美しくない人でしょう」
 と言いました。
 マッハは剣という物を知りませんでした。この世にはまだ鋼を鍛えた剣が無かったのです。なにしろこの世には人が九人しかおりませんでしたし、その九人が九人とも剣を作る仕事をしていなかったのですから、仕方がありません。
 マッハはそっと剣を手に取りました。磨き上げられた刃を見ていると、どのような獣にも負けない強い気持ちになりました。
「まあ、なんて不思議な刃物でしょう。私は今までに、こんなに研ぎ澄まされた刃物を見たことはありません。……そうこれは、まるで私のお父さんの八重歯にそっくりです」
 マッハが心から驚いた様子で、大きな声で言いました。何分、マッハは初めて鋼の剣を見たものですから、その美しさを自分が一番鋭いと思っている物に例えるより他に褒め称える術を知らなかったのです。
 マッハは赤い服の人が素晴らしい贈り物をしてくれましたので、たいそう嬉しくなりました。赤い服の人もマッハが自分の贈り物を喜んでくれたので、たいそう嬉しくなりました。
 赤い服の人は、剣を眺めるマッハに言いました。
「どうか私をあなたの両親の所へ連れていってください。あなたと私の結婚を許して貰いたいから」
「ですが私はあなたのことを少しも知りません。少しも知らない人を両親の所に連れていっても、両親はきっと良いと言ってはくれないでしょう」
 そう言っているうちに、マッハは悲しくなりました。マッハが悲しそうにしているのを見ていると、赤い服の人も悲しくなってきました。
「あなたの言うとうりです。私はあなたに私の名前の秘密を教えましょう。私の名前には力があります。名前を知っている人は私の力と同じ力を得るでしょう。それは私の総てを知るのと同じ事です」
 マッハは涙を拭って訊ねました。
「あなたの名前は何というのですか?」
「私はガドレエル。強い薬のごとき者です」
 赤い服のガドレエルの名前を聞いた途端、マッハの全身に力と希望が湧いてきました。
「愛しい方、すぐに行きましょう。あなたのような力強い方であれば、きっと父も母も喜んで結婚を許してくれれるでしょう」
 マッハは家を出るときに持ってきた蜜の壺と水の瓢とパンの包みをその場に投げ出すと、お酒の壺を胸に押し抱いて駆け出しました。
 さて、赤い服のガドレエルはマッハに案内されて、この世で最初の家族の住む家にやってきました。
 この世で最初のお父さんは紫の服のアシズエルと黄緑の服のムルキブエルと灰赤い服のコカバイエルと黄色の服のガドリエルの五人で石ころだらけの畑を耕していました。赤い服のガドレエルはこの世で最初のお父さんの前の乾いた土に膝を突いて頭を下げました。
 この世で最初のお父さんには、この人が人の子でないことがすぐにわかりました。紫の服のアシズエルがあと六人の兄弟が来ると言っていましたし、黄緑の服のムルキブエルもあと五人の兄弟が来ると言っていましたし、灰赤い服のコカバイエルもあと四人の兄弟が来ると言っていましたし、黄色の服のガドリエルもあと三人の兄弟が来ると言っていましたし、褐色の服のニスロクエルもあと二人の兄弟が来ると言っていましたから、この人も彼と同じように御使いの一人に違いないのです。
 この世で最初のお父さんは赤い服の人にたずねました。
「人の子でないあなたが、何故人の子を娶ろうとするのですか?」
 赤い服のガドレエルは答えました。
「天で最も尊い御方が大地に人が満ちるようにと命ぜられたのに、この世には娘たちの夫となる人間が生まれてきません。ですから私たちが来たのです。どうか私をあなたの娘御の夫に迎えてください」
 この世で最初のお父さんは、赤い服のガドレエルが言うことは尤も正しいと思いました。天の御使い以上に娘に相応しい夫はいないとも思いました。
 ですがこの世で最初のお父さんは、首を横に振りました。
「マッハは私の二番目の娘で、この上に一人の姉がいます。上の娘より先に下の娘を嫁がせる訳には行きません。どうか上の娘に良い夫が現れるまで待ってください」
 赤い服のガドレエルは、この世で最初のお父さんが言うことは尤も正しいと思いました。物事の順序は正さないといけないとも思いました。
 そこで赤い服のガドレエルは言いました。
「私にはあと一人の兄弟がいます。きっと彼等は私の妻の姉妹にとって良い夫となるでしょう」
 この世で最初のお父さんは答えて言いました。
「それならばあなたはあなたの兄弟が来て、あと一人の私の娘が結婚するまで、私の仕事を手伝って働くことになります。そうでなければ、あなたはマッハの夫にはなれません」
 赤い服のガドレエルはどうしてもマッハを奥さんにしたかったので、この世で最初のお父さんの言うとおり、畑の仕事を手伝おうと考えました。
 すると六人の姉妹たちがやってきて、夫になる者達へ向かってそれぞれに言いました。
「私たちの一番上の姉は、とても優れた人で、とても賢い人ですが、私たちの誰よりも年をとっています。一番最初に生まれて、私たちを立派に取り上げて育ててくれたのですから。あなた方の最後の兄弟が姉を妻にしたいと思うでしょうか?」
 六人の婿たちは妻になる者達に向かってそれぞれに言いました。
「もしもあなたの姉であり、私の姉であるその人に、相応しい夫が現れないはずはありません」
 六人の姉妹たちはなおもそれぞれに言いました。
「私たちの一番上の姉はとても優れた人で、とても賢い人ですが、私たちの誰よりも醜い人なのです。一番最初に生まれて、誰にも取り上げられずに地面に落ちて怪我をしてしまったのですから。あなた方の最後の兄弟が姉を妻にしたいと思うでしょうか?」
 六人の婿たちは妻になる者達に答えて、それぞれに言いました。
「もし兄弟が私たちの姉を妻にしないというのなら、私たちはこの翼がすり切れて無くなってしまうまで世界を飛び回り、私たちの姉に相応しい者を探しましょう」
 この世で最初のお父さんは、六人の婿たちに向かって言いました。
「あなた方にもう一度尋ねます。私は一番上の娘のフッラが良い夫を迎えるまで、あなた方が下の娘たちと結婚するのを許すつもりがありません。彼女が結婚するまで、あなた方は私の仕事を手伝って働いてもらいます。そうでなければ、あなた方は娘たちの夫にはなれません。承知するならばここに残ってください。承知できないのならすぐに立ち去ってください」
 六人の婿たちはそれぞれに妻にしたいと思っている娘を見ました。みな不安そうな、悲しそうな顔をしていました。
 婿たちはどうしても娘たちを奥さんにしたかったので、この世で最初のお父さんの言うとおり、畑の仕事を手伝うことにしました。

 さてその日、この世で最初のお医者さんのフッラは、マッハが捕らえた獣の肉を乾した物と、ジョカが焼いた柔らかいパンとを、ポイベが仕立てた丈夫な袋に入れて、ディーヴィが世話する毛玉牛の乳を革袋に詰めて、ティアマトが作った頑丈な杖を突き、ヌトが作った元気の出る詩を口ずさみながら出かけました。
 フッラは怪我や火傷に良く効く薬になる土を採りに、尖ったごろごろ岩ある深い谷に向かいました。
 フッラはその薬になる土が谷の北側の崖底の、ちょっと出っ張った岩の陰にあることを知っておりました。
 そこで、この深い崖の底に降りて、充分に土を採って、無事に戻って来る方法を考えようと、崖の端のギリギリのところにしゃがんで、深い淵を覗き込みました。
 すると出っ張った岩の上には青い服を着た、今までに見たことのない人がいるのが見えました。
 もっとも、この世にはフッラと妹たちと両親以外の人がおりませんから、それ以外の人はみな見たことのない見知らぬ人なのですけれども。
 青い服の人は背丈が高く、手足が長く、額から角のように尖った光が輝き出でていました。
 フッラは大変驚いて、小さくて、それでいて良く通る声で言いました。
「あなたはいったい何方ですか? そんな危ないところに一人で立っているなんて」
 小さな声で言ったのは、もし大きな声で言ったなら、崖の途中にいる人がその声に驚いてしまうかも知れないと思ったからです。もし狭い岩場で驚いたりしたら、その拍子に足を滑らせてしまうかもしれませんからね。
 すると青い服の人は顔を上げて言いました。
「私はこの世で最も尊い御方の使徒です」
 そのお声は少しも取り乱した風もなく、少しの心配もしていない様子でしたので、フッラは安心しました。
 フッラはこの青い服の人が誰であるか解りましたが、この人が何の為にここにいるのかは解りません。そこでまた尋ねました。
「この世で最も尊い御方の使徒のあなたが、こんな大地の果てに何の御用でおいでなのですか?」
「この深い崖の底の肥えた赤土を採って、私の兄弟たちの処へ届けるためです」
 青い服の人はにっこりと笑って答えました。
 よく見ますと、青い服の人は七つの小さな袋を持っていました。七つの袋はそれぞれ大きく膨らんでいて、中に何かが一杯に詰まっているのが解りました。
 この世で最初のお医者さんのフッラは、この崖の赤い土を良い脂で練ると怪我や火傷を治す薬になるということを知っておりましたので、
「もしかしたらこの人の兄弟の中に酷い怪我や火傷をした人がいるのかも知れない」
 と思いました。
 だってもしも自分の妹たちの中に酷い怪我や火傷をした者がいたなら、安全に降りて安全に帰ってくる方法などを考えるよりも前に、大急ぎで危ない崖を降りて、薬になる土を採って来るに違いないからです。
 フッラは崖の端のギリギリの処まで匍って行って、下に向かって手をさしのべました。
「あなたの兄弟のために私が手伝えることがあるなら、どうか仰ってください。私は目も耳も手も足も不自由ですが、それでも何か少しは手助けができるでしょう。私は私の家族の医者ですから」
 フッラが本当に崖の端の端まで匍ってきましたので、崖はほんの少しひび割れ、ほんの少し崩れ、ほんの小さな石ころが二つ三つ転げ落ちました。
「あなたが今日初めてあった私のために、これほどに親切にしてくれるとは思っていませんでした」
 青い服の人はたいそう驚いた様子でしたが、すぐにたいそう嬉しそうな顔で笑いました。
「あなたの親切を有難く受けましょう。どうかあなたの杖を私の方へ差し延べてください。私はそれを伝って地上へ戻りましょう」
 フッラは杖の石突きの方を持ち、握りの方をがけの下へ差し延べました。青い服の人は杖を手がかりにふわりと飛び上がって、あっという間に崖を登り、フッラの傍らに立ちました。
「ありがとう、大変助かりました」
 青い服の人がとても優しく言い手をさしのべましたので、今度はフッラがその手を手がかりに体を起こして立ち上がりました。
「あなたはこれからどちらに行かれるのですか? あなたの手助けになるなら、私もあなたの行くところへ行きたいのです」
 フッラが心から言いますと、青い服の人はたいそう嬉しくなりました。
「どうか私をあなたの両親の所へ連れていってください。そこに私の兄弟たちがいるはずです」
 フッラは不思議に思いましたので、恐る恐る訊ねました。
「なぜあなたの兄弟が私の両親の家にいるのですか?」
 青い服の人はにっこりと笑いました。
「私の兄弟たちはあなたの姉妹たちの夫となるために、銀の雲の神殿から、あなたの姉妹たちにに最も相応しい結納の品をそれぞれ持って下って行きました。ですから今頃は、あなたの両親の住む家に行って、結婚の許しを請うているでしょう」
 フッラはますます不思議に思いましたので、また訊ねました。
「なぜあなたはあなたの兄弟たちと一緒に行かなかったのですか?」
 青い服の人はまたにっこりと笑いました。
「あなたの姉妹たちは肉の体を持っていますが、私の兄弟たちには肉の体がありません。ですから私の兄弟たちがあなたの姉妹たちの夫となって、あなたの姉妹たちと同じようにこの大地で生きてゆくためには、彼等が肉の体を得る必要があるのです」
 フッラはますますますます不思議に思いましたので、さらに訊ねました。
「あなたの兄弟たちは私の姉妹たちと違うというのですか? 私は目が明るくないので、あなた方と私たちの違いがわかりません」
 青い服の人はフッラの言うことは尤もだと思いました。何しろ彼女たちは彼女たち以外の命ある賢い者たちのことをまるで知らないのです。ですから、知らない人とそうでない人の違いについてもまた知らないのです。
 そこで青い服の人は言いました。
「私の体に触れなさい。そうすればあなたと私の違いが解るでしょう」
 青い服の人はフッラの手を取って、まず自分の手を触れさせました。それから頬を触らせ、額を触らせました。
 フッラの手には、そこに人がいるようにもいないようにも感じられました。手は手のようにも手の形をした暖かい風のようにも思えましたし、顔は顔のようにも顔の形をした炎のようにも思えました。それから額からあふれる光は角のようにも角の形をした光のようにも思えました。
 フッラはますますどんどん良くわからなくなりましたが、この人が自分と違うのだと言うことは良く解りました。
 フッラはなぜだかとても悲しくなりました。
「あなたとあなたの兄弟たちは、私や私の姉妹たちとはあまりに違うようです。あなたの兄弟たちと私の姉妹たちが、私の両親のように良い夫婦になることはできるのでしょうか?」
 フッラがが悲しそうにしているのを見ていると、青い服の人も悲しくなってきました。
「どうか悲しまないでください。私は私たちがあなた方の良い夫とるための方法を知っています。そして、そのための材料を集めてきたのです」
 青い服の人はそういって七つの袋を示しました。
「ここには地上のあらゆる場所の良い土が入っています。大地の北の端から南の端、東の端から西の端、乾いたところから水の底、高いところから低いところまで巡り、集め、収めたものです」
 フッラには七つの袋が実りの良い七つの畑に思えました。
「まあ、なんて素晴らしい仕事をなさったのでしょう。私は今までに、こんなに素晴らしい仕事をした人を見たことはありません。私の父もこれほどの良い土を見つけ出すことはできないでしょう」
 フッラが心から驚いた様子で、大きな声で言いました。何分、フッラは初めて世界中を巡って土を集めてきた人を見たのですから、その偉大さを自分が一番尊敬している人物を越えていると例えるより他に褒め称える術を知らなかったのです。
「私の姉妹たちは良い夫を得ることができるに違いありません。あなたのような兄弟のいる人が、悪い人であるはずがありませんから」
 フッラはたいそう嬉しくなりました。青い服の人もフッラが喜んでいるのを見て、たいそう嬉しくなりました。
 青い服の人はフッラに言いました。
「さあ、私をあなたの家族の所へ連れていってください。そこで私の兄弟たちが待っているはずだから」
 フッラは少し困った顔をしました。
「私はあなたが素晴らしい人であることはわかりましたが、その他のことは少しも知りません。例えあなたが私の妹婿の兄弟であっても、少しも知らない人を家族の所に連れて行くわけには行きません」
 そう言っているうちに、フッラは少し悲しくなりました。フッラが悲しそうにしているのを見ていると、青い服の人も悲しくなってきました。
「あなたの言うとうりです。私はあなたに私の名前の秘密を教えましょう。私の名前には力があります。名前を知っている人は私の力と同じ力を得るでしょう。それは私の総てを知るのと同じ事です」
 フッラは訊ねました。
「確かにその通りでしょう。ではあなたの名前を私に教えてください」
「私はペネムエル。幼い者を導く者です」
 青い服のペネムエルの名前を聞いた途端、フッラの全身に暖かい希望が湧いてきました。
「力強い方、すぐに行きましょう。きっと私の家族もあなたの兄弟方も、あなたが来るのを待っているでしょうから」
 フッラはマッハとジョカから貰った食料の入ったポイベの袋と、ディーヴィから貰った乳の入った乳を革袋を体に結びつけますと、青い服のペネムエルに言いました。
「どうかあなたの荷物を私に別けてください。私はあなたの重荷を僅かでも軽くしたいのです」
 青い服のペネムエルは大変喜びました。
 御使いである青い服のペネムエルは、どれほど重い荷物を担ったところで、羽毛一つ程も重くはありません。
 フッラはそのことを知らないと言うことを青い服のペネムエルは判っておりました。ですから彼女が、本当に自分のことを思って親切にそういったのだということもわかりました。
 それからペネムエルは、フッラであれば、例え御使いの力を良く知っていたとしても、きっと同じように言ったに違いないと考えました。
 青い服のペネムエルは大変嬉しく思いました。そこで、
「ではあなたの荷物のうち一つを私に持たせてください。私もあなたの重荷を僅かでも軽くしたいのです」
 フッラは乳の入った革袋を青い服のペネムエルに渡しました。
 交換に、青い服のペネムエルは土の入った七つの袋のうちの二つをフッラに渡しました。
 フッラはティアマトが作った頑丈な杖を突き、ヌトが作った元気の出る詩を口ずさみながら、青い服のペネムエルに手を引かれて、元来た道を戻りました。

 その日の夜まで、この世で最初のお父さんの畑では六人の御使いが働いていました。
 御使い達はこの世の総てを見て知っていました。畑の仕事のことも、よくよく知っていました。ですが、実際に働いたことはありませんでした。
 六人は鋤や鍬を持つのも初めてですし、もっこを背負うのも初めてですし、鎌を振るのも初めてでした。
 膝の上まで泥につかるのも初めてですし、爪の間に土が入るのも初めてですし、髪の毛が砂埃まみれになるのも初めてでした。
 太陽が沈んで、星が瞬き、月が闇を照らすまで、六人の婿たちは働きました。六人の娘たちが時々畑に様子を見に来ましたので、その度に力が湧いて出る気がしました。
 太陽が沈んで、星が瞬き、月が闇を照らすまで、六人の花嫁たちは心配し続けました。自分たちが初めて自分たちの仕事をしたときの、この上なく大変だったときのことを思い出したからです。
 それにしても、見張りの御使いたちにとっては、汗をだらだらと掻くのも初めてですし、喉がからからに渇くのも初めてですし、お腹がペコペコに空くのも初めてのことでした。
 何分、彼等が住んでいた、天と地の間の銀色の雲の神殿は、耕さずとも実り、探さなくても見つかり、調理せずとも食せ、乾くことも水浸しになることもない場所ですから、今まで畑仕事をする必要がなかったのですからね。
 一生懸命働いた六人の花婿たちが何より驚いたのは、一日が終わるころには立ち上がれないほど疲れ果ててしまったことと、目を開けられないほど眠くなってしまったことと、それほど疲れているのに、自分の花嫁の顔を見た途端に力がわき出してきたことでした。
 さて花婿たちが畑で働いている間、花嫁たちはそわそわと心配に身を震わせながら、それでも自分たちの仕事をしていました。
 この世で最初の猟師さんのマッハは、今までは自分の両親と姉妹たちが食べる分だけ鳥や獣や魚を捕ってきていましたが、その日は、自分の夫になる人と、その兄弟たちの分まで獲物を捕ってこなければなりませんでした。
 ですが、マッハは赤い服のガドレエルが結納の品に持ってきた素晴らしい剣を持って出かけましたので、たくさんの獣とたくさんの鳥とたくさんの魚を捕まえることができました。
 それから、いつもマッハの狩りの邪魔をして、そればかりかマッハを襲って食べようとさえする、たくさんの獅子とたくさんの鷲とたくさんの鰐も仕留めることができました。
 星鋼の剣はそれほどの獲物と毛物を屠ったというのに、刃こぼれ一つできませんでした。
 マッハは大変喜んで、言いました。
「この剣はなんて素晴らしいのでしょう! これがあれば、わたしはこの世の生き物を総て自分の獲物にすることができるでしょう」
 マッハはたくさんの獣の肉を背負って鳥の肉を抱えて大きな魚籠を引きずって、家族の待つ家へ向かいました。
 この世で最初の料理人さんのジョカは、今までは自分の両親と姉妹たちが食べる分だけのパンとスープとおかずを作っていまいしたが、その日は、自分の夫になる人と、その兄弟たちの分まで食事を作らなければなりませんでした。
 ですが、ジョカは褐色の服のニスロクエルが結納の品に持ってきたお酒を料理に使いましたので、たくさんのパンとたくさんのスープとたくさんのおかずを一度においしく作ることができました。
 それから、いつもジョカがたくさん料理をするときは、たくさんの竈の熱とたくさんの釜の炎とたくさんの鍋の重さで疲れ果ててしまったのですが、お酒を一口飲むと、その疲れがあっという間に吹き飛んでしまいました。
 風の酒はそれほどの料理を作るのに使ったというのに、まだ壺にいっぱい満たされていました。
 ジョカは大変喜んで、言いました。
「このお酒はなんて素晴らしいのでしょう! これがあれば、わたしはこの世の料理を総ておいしく食べることができるでしょう」
 ジョカはたくさんのパンを背負ってスープ鍋を抱えてオカズの天火を引きずって、家族の待つ家へ向かいました。
 この世で最初の仕立屋さんのポイベは、今までは自分の両親と姉妹たちが着る分だけの上着と肌着と靴を作っていまいしたが、その日は、自分の夫になる人と、その兄弟たちの分まで着る物を仕立てなければなりませんでした。
 ですが、ポイベは黄色の服のエクサエルが結納の品に持ってきた紅を布地を染めるのに使いましたので、たくさんの上着とたくさんの肌着とたくさんの靴を一度に美しく仕立てることができました。
 それから、いつもポイベがたくさん縫い物をするときは、小さな針穴に糸を通したり鋏で正確に布を裁ったり、いろいろな形に布を縫い止めたりするのが大変だったのですが、真っ赤な紅で糸と布を染めると、細い糸は見やすく、鋏で切る位置は分かり易く、布を縫い進める方向は分かり易くなり、疲れを感じることなく仕事ができました。
 晴れの紅はそれほどの着る物を作るのに使ったというのに、少しも目減りしませんでした。
 ポイベは大変喜んで、言いました。
「この紅はなんて素晴らしいのでしょう! これがあれば、わたしはこの世で一番美しい衣服を作ることができるでしょう」
 ポイベはたくさんの上着を背負って肌着を抱えて靴を引きずって、家族の待つ家へ向かいました。
 この世で最初の牧童さんのディーヴィは、今までは自分の両親と姉妹たちが飲み食いする分だけの毛玉牛の乳とチーズと、両親と姉妹が使う絨毯に必要な分だけの毛を取れるだけの羊の世話をすれば良かったのですが、その日は、自分の夫になる人と、その兄弟たちの分まで乳や毛を用立てる算段をしなければなりませんでした。
 ですが、ディーヴィは灰褐色の服のコカバイエルが結納の品に持ってきた星図を暦を見るために使いましたので、どの牧草地にいつ草が生えるかも、親牛が仔牛を生むのかも、乳がいつ頃発酵し、チーズにいつ頃カビが付くかもわかりました。
 そればかりか、両親や姉妹や、それから自分の身に、明日明後日明明後日、そのずっと先に起こるだろうことまで、すっかりわかる気がするのでした。
 それから、いつもディーヴィがたくさんの牛の世話をするときは、広い牧草地にたった一人で出かけて、たった一人でたくさんの牛を見張らなければならなかったので、とてもとても退屈で、とてもとてもくたびれていたのですが、じっと座って星図に記された太陽と月の星の秘密をひもといておりますと、退屈はちっとも感じられぬうえに、疲れなど少しも感じませんでした。
 時の星図はそれほどの長い時間眺めていたというのに、少しも飽きず色あせませんでした。
 ディーヴィは大変喜んで、言いました。
「この星図はなんて素晴らしいのでしょう! これがあれば、わたしは座ったままでこの世の動きを知ることだってできるでしょう」
 ディーヴィはたくさんの牧草を食べた毛玉牛を追い立てて乳の詰まった革袋を負って刈った毛の束を抱えて、家族の待つ家へ向かいました。
 この世で最初の大工さんのティアマトは、今までは自分の両親と姉妹たちが棲み暮らすだけの広さの家と、両親と姉妹が使う家具と道具を作れば良かったのですが、その日は、自分の夫になる人と、その兄弟たちの分の家と家具と道具を作らなければならなくなりました。
 ですが、ティアマトは黄緑の服のムルキブエルが結納の品に持ってきた鉄鎚を釘を打つためと石を削るために使いましたので、どんなに太い柱もどんどん組み立てられ、どんなに大きな石もどんどん砕け、どんなに細かい細工もどんどん掘り進められました。
 それから、いつもティアマトが家を建てるときは、力のない石の鎚を使っておりましたので、一つの釘を打つにも十は叩き、一つの石を砕くにも百は叩き、一つの細工を仕上げるにも千は叩かなければならず、とても面倒で、たいそう疲れていたのですが、鉄槌は一振りで釘を打ち、二振りで石を砕き、三振りで細工を仕上げられる力をもっておりましたので、何を作るにもあっという間に仕上がって、ちっとも疲れたりはしませんでした。
 今までは硬すぎて釘の通らなかった木に苛立ち、堅すぎて掘り出せなかった岩盤に腹を立て、繊細すぎて描けなかった細工を諦めていたというのに、何でも思うとおりに組み立て、作り、飾ることができたので心が晴れ晴れしたのでした。
 星の鉄鎚はたくさんの物に打ち付けられ続けたというのに、少しも欠けたり磨り減ったり壊れたりしませんでした。
 ティアマトは大変喜んで、言いました。
「この鉄槌はなんて素晴らしいのでしょう! これがあれば、わたしは今までこの世になく、これからもできないだろう大きく豪華な家を建てることができるでしょう」
 ティアマトは七組の夫婦の分の新しい家を建て上げて七家族分の家具を組み上げて七つの職業にいる道具を山と作り上げて、家族の待つ家へ向かいました。
 この世で最初の歌い手で詩人のヌトは、今までは自分の両親と姉妹たちにだけ聞こえるような詩を歌えば良かったのですが、その日は、自分の夫になる人と、その兄弟たちの心にも響く詩を作らなければなりませんでした。
 ヌトは紫の服のアシズエルが結納の品に持ってきた鏡をじっと眺めて、皆の目に自分が映るようにするにはどうすればよいかを考えました。
 近くの畑、遠くの牧場、家の奥の厨房、深い山の中、高い屋根の上、騒がしい機械の側、建物の中、深い谷間。どこにいてもヌトの歌が聞こえるようにするにはどうしたらよいのか、たくさんたくさん考えました。
 キラキラ光る鏡に映る自分の顔を見るうちに、ヌトは考えつきました。
 どこからでも自分がいるところが見えるようにしておけば良いのです。そうすれば、何処で働いていても、歌を聴きたいその時に、歌い手を見いだせ、その声に耳を傾けられるに違いありません。
 ヌトはとてもとても光り、とてもとても美しく、とてもとても目立つ格好をすれば、どこからでも自分の姿が見えるに違いないと思いました。
 ヌトはマッハの所へ行きました。大きな音を立てる楽器を作るための獣の毛と牙を貰うためです。
 それからジョカの所へ行きました。遠くからでもよく見えるキラキラの石のように顔を光らせる為に塗るバターを別けて貰うためです。
 それからポイベの所へ行きました。遠くからでもよく見える旗のようにひらひらの服を作ってもらうためです。
 それからディーヴィの所へ行きました。身を飾るために必要な放牧場に咲くいろいろな花を摘むためです。
 それからティアマトの所へ行きました。何処までも遠くを見通せる高い台を作ってもらうためです。
 それからフッラの所へ行こうと思いました。喉がかれてしまったときの薬を貰うためです。
 ですがフッラは遠くの谷に行ったきりまだ帰ってきていませんでしたので、薬は貰えませんでした。
 全部の支度が調うと、ヌトは高い台の上に立ち、花冠をかぶり、ひらひらの服を着て、顔にバターを塗って、皮の太鼓と骨の鳴子を打ち鳴らし、鏡で光を弾かせながら、大きな声で歌いました。
 畑にいる男たちが一斉に顔を上げ、台の上の歌い手に目を注ぎました。
 作業場のお母さんとポイベと、工房のマッハと、厨房のジョカとは窓を開け、一斉に聞き耳を立てました。
 遠い放牧場のディーヴィと、石切崖のティアマトと、それから遠い荒れ野を歩いているフッラは、耳をそばだてました。
 皆がみな自分を見ていることがわかったヌトは大変喜んで、言いました。
「この鏡はなんて素晴らしいのでしょう! これがあれば、わたしはこの世のすべての人々が私の元で心を一つにする方法をいくらでも考え出せるでしょう」
 ヌトは全身全霊を注いで歌を唄い、詩を家族の元へ届けました。
 夜は更けました。
 マッハはその日の猟の様子をガドレエルに話しました。花婿はたいそう喜んで、更にたくさんの獲物を得られるようにと、星鋼の剣と同じくらいに役に立つ良い弓矢と、良い罠の仕掛けを作る術と、それから牙と爪を持つ獣から身をを守る鎧や楯の作り方を教えてくれました。
 マッハは喜んで、朝が明けるとすぐに今までにないほどたくさんの鳥や獣や魚を得、その上にもっとたくさんの獲物を得るために出かけました。
 ジョカはその日の料理のできばえをニスロクエルに話しました。花婿はたいそう喜んで、さらにたくさんのご馳走を作れるようにと、風の酒と同じくらいに役に立つよい香辛料と、蜜より甘い砂糖のことと、たくさんの材料でよいスープストックをとる方法を教えてくらました。
 ジョカは喜んで、朝が明けるとすぐに今までにないほど豪勢な料理を作り、その上にもっとたくさんのご馳走を作るために厨房に籠もりました。
 ポイベはその日の衣服のでき上がりのすばらしさををエクサエルに話しました。花婿はたいそう喜んで、更にたくさんの素晴らしい衣服を作れるようにと、晴れの紅と同じくらい役に立つ糸の紡ぎ方と布の裁ち方と、服を飾る刺繍の図案と金属や石を布に縫い止める方法を教えました。
 ポイベは喜んで、朝が明けるとすぐに今までにないほど魅力的な衣服を作り、その上にもっときらびやかな装飾を作るために、作業場に籠もりました。
 ディーヴィはその日に牧場で立てた今年一年の毛玉牛の繁殖の計画や幻に見た一族の未来のすばらしさをコカバイエルに話しました。花婿はその正確さにそう喜んで、時の星図と同じくらい役に立つ透明な石の珠や籤と骰子のの作り方と、複雑なシンボルと、それを読み取る方法を教えました。
 ディーヴィは喜んで、朝が明けるとすぐに今までにないほど収穫し、その上にもっと先のことを知るために、牧場へ出かけました。
 ティアマトはその日に建てた家のでき上がりのすばらしさをムルキブエルに話しました。花婿はたいそう喜んで、より一層壮麗な建物を建てられるようにと星の鉄鎚と同じほど役に立つ鑿や鋸の作り方と、木材と石材の刻み方を教えました。
 ティアマトは喜んで、朝が明けるとすぐに今まで以上に大きな建物を建て、その上のもっと壮麗な装飾を施すために、普請の現場へ出かけました。
 ヌトはその日に唄った詩とそれに聞き惚れた家族たちからの賛辞のすばらしさをアシズエルに話しました。花婿はたいそう喜んで、よりいっそう彼女が人々から注目されるようにと、月の鏡と同じほど役に立つアクセサリや化粧道具と、耳に甘い言葉と目に麗しい仕草を教えました。
 ヌトは喜んで、朝が明けるとすぐに今までにないほど素晴らしい詩を作り、その上にさらに甘美な歌を唄うために、家族たち全員の仕事場が見渡せる広場へ出かけました。

 夜は更けました。
 良い土の詰まった七つの袋のうちの二つと食べ物の袋とを持ったフッラと、良い土の詰まった七つの袋のうちの五つと飲み物の袋を持った青い服のペネムエルは、ゆっくり進み時々休みながら荒れ地を歩いておりました。
 家族の住む土地へと、ようよう戻ってきました。
 フッラは自分が生まれてから今日までに家族に起きたことと、その間に自分が見知ったことをペネムエルに話しました。御使いは彼女の物覚えの良さをたいそう喜んで、言いました。
「あなたはそのことを皆に伝えるするべきです。そうすればあなたの子供たちがあなたの叡智を受け継いで、その家族たちのために働くことができるでしょう」
 フッラは答えて言いました。
「確かに私の知っていることを私だけが知っているようにしておくのは、私の家族のためにも良くないことだと判っています。ですが、私が私の知っていることを他の者に伝える為にできることは、その場その時に喋る事だけで、他に術を知りません」
 フッラは残念そうに息を吐きました。するとペネムエルはにこりと笑いました。
「私は荒れ野を歩いている間、ずっとあなたに何を贈るべきかを考えていました」
 突然に言われましたので、フッラは驚いて尋ねました。
「あなたは私に何を贈ろうというのでしょうか? 私は足りるだけの物を持っています。食べるための肉やパン、飲むための乳、着るための服、歩くための杖、休むための家、心癒すための詩」
 指を折りながらフッラは数えました。
「あなたの家族にいと尊き方の祝福を。そしえあなたに生きるための知恵を与えた尊き方を褒め称えん」
 ペネムエルが大きな声で言いました。
 すると丁度その時、東の地平の果てから、まぶしい太陽が昇り始めました。
 フッラのはっきりとは見えない目であっても、朝日の中に洞のある大きな岩屋が見えました。狩りの道具と漁の道具のある小屋が見えました。炊煙を吹き出す煙突が見えました。染め上げられた布がたなびくだてやぐらが見えました。うずたかく積み上げられた干し草の山が見えました。たいそう立派な家が見えました。キラキラ輝く袖を打ち振る人影が見えました。そうして、広い農園で農夫が七人働くのが見えました。
 フッラは目頭と目尻を擦り、言いました。
「畑にいるのは私の父でしょう。夜が明ける前から働いて、夜が更けるまで働く人です。他の六人の影は、今まで一度も見たことがない物ですが、いずれあなたの兄弟でしょう」
 青い服のペネムエルは一度頷きましたが、その後すぐに小首を傾げました。
「確かにその通りのようですが、少し違う気もします。私の知っている私の兄弟たちには肉の体がないはずであるのに、あそこにいる兄弟たちは、まるで肉の体を持っている人のように働いている」
 フッラとペネムエルは語りながら歩きました。やがて畑の西の端に、はっきりと人の姿が見えました。
 紫の服のアシズエルは立派な紫の服に土埃が付くのも気にせずに、ぬかるんだ地面に乾いた土を混ぜる仕事をしていました。
 やがてアシズエルは声を上げました。
「お帰り姉妹よ。そして良くぞ来た兄弟よ。我々はお前たちが来るのを待っていた」
 アシズエルはフッラとペネムエルの側まで駆け寄りますと、たいそう嬉しそうに笑って、二人を一度に抱きしめました。
 ペネムエルはアシズエルに尋ねました。
「兄弟よ、あなたの他の兄弟たちは何処にいますか? 私たちがあなた方の為に持ってきた物を渡したいのです」
「お前が我々にしたい話もあるだろうし、我々もお前に話がある。さあ一緒に行こうではないか」
 アシズエルは走るような速さで歩き始めました。
 フッラは足を引きずりながら、ペネムエルはフッラの手を引きながら彼の後を追いました。
 アシズエルの姿はあっという間に見えなくなりましたが、代わりに畑の西南の端に、はっきりと人の姿が見えました。
 黄緑色の服のムルキブエルは立派な黄緑色の服に土埃が付くのも気にせずに、刈株を掘り返して農地を広げる仕事をしていました。
 やがてムルキブエルは声を上げました。
「お帰り姉妹よ。そして良くぞ来た兄弟よ。我々はお前たちが来るのを待っていた」
 ムルキブエルはフッラとペネムエルの側まで駆け寄りますと、たいそう嬉しそうに笑って、二人を一度に抱きしめました。
 ペネムエルはムルキブエルに尋ねました。
「兄弟よ、あなたの他の兄弟たちは何処にいますか? 私たちがあなた方の為に持ってきた物を渡したいのです」
「お前が我々にしたい話もあるだろうし、我々もお前に話がある。さあ一緒に行こうではないか」
 ムルキブエルは走るような速さで歩き始めました。
 フッラは足を引きずりながら、ペネムエルはフッラの手を引きながら彼の後を追いました。
 ムルキブエルの姿はあっという間に見えなくなりましたが、代わりに畑の南の端に、はっきりと人の姿が見えました。
 灰褐色の服のコカバイエルは立派な灰褐色の服に土埃が付くのも気にせずに、からからに乾いた地面に水を撒く仕事をしていました。
 やがてコカバイエルは声を上げました。
「お帰り姉妹よ。そして良くぞ来た兄弟よ。我々はお前たちが来るのを待っていた」
 コカバイエルはフッラとペネムエルの側まで駆け寄りますと、たいそう嬉しそうに笑って、二人を一度に抱きしめました。
 ペネムエルはコカバイエルに尋ねました。
「兄弟よ、あなたの他の兄弟たちは何処にいますか? 私たちがあなた方の為に持ってきた物を渡したいのです」
「お前が我々にしたい話もあるだろうし、我々もお前に話がある。さあ一緒に行こうではないか」
 コカバイエルは走るような速さで歩き始めました。
 フッラは足を引きずりながら、ペネムエルはフッラの手を引きながら彼の後を追いました。
 コカバイエルの姿はあっという間に見えなくなりましたが、代わりに畑の北東の端に、はっきりと人の姿が見えました。
 黄色の服のエクサエルは立派な黄色の服に土埃が付くのも気にせずに、ごろごろ石の埋まった地面から石を取り除く仕事をしていました。
 やがてエクサエルは声を上げました。
「お帰り姉妹よ。そして良くぞ来た兄弟よ。我々はお前たちが来るのを待っていた」
 エクサエルはフッラとペネムエルの側まで駆け寄りますと、たいそう嬉しそうに笑って、二人を一度に抱きしめました。
 ペネムエルはエクサエルに尋ねました。
「兄弟よ、あなたの他の兄弟たちは何処にいますか? 私たちがあなた方の為に持ってきた物を渡したいのです」
「お前が我々にしたい話もあるだろうし、我々もお前に話がある。さあ一緒に行こうではないか」
 エクサエルは走るような速さで歩き始めました。
 フッラは足を引きずりながら、ペネムエルはフッラの手を引きながら彼の後を追いました。
 エクサエルの姿はあっという間に見えなくなりましたが、代わりに畑の北の端に、はっきりと人の姿が見えました。
 褐色の服のニスロクエルは立派な褐色の服に土埃が付くのも気にせずに、ごろごろ石の埋まった地面から石を取り除く仕事をしていました。
 やがてニスロクエルは声を上げました。
「お帰り姉妹よ。そして良くぞ来た兄弟よ。我々はお前たちが来るのを待っていた」
 ニスロクエルはフッラとペネムエルの側まで駆け寄りますと、たいそう嬉しそうに笑って、二人を一度に抱きしめました。
 ペネムエルはニスロクエルに尋ねました。
「兄弟よ、あなたの他の兄弟たちは何処にいますか? 私たちがあなた方の為に持ってきた物を渡したいのです」
「お前が我々にしたい話もあるだろうし、我々もお前に話がある。さあ一緒に行こうではないか」
 ニスロクエルは走るような速さで歩き始めました。
 フッラは足を引きずりながら、ペネムエルはフッラの手を引きながら彼の後を追いました。
 ニスロクエルの姿はあっという間に見えなくなりましたが、代わりに畑の北の端に、はっきりと人の姿が見えました。
 赤い服のガドレエルは立派な赤い服に土埃が付くのも気にせずに、やせ細った大地に肥を撒く仕事をしていました。
 やがてガドレエルは声を上げました。
「お帰り姉妹よ。そして良くぞ来た兄弟よ。我々はお前たちが来るのを待っていた」
 ガドレエルはフッラとペネムエルの側まで駆け寄りますと、たいそう嬉しそうに笑って、二人を一度に抱きしめました。
 ペネムエルはガドレエルに尋ねました。
「兄弟よ、あなたの他の兄弟たちは何処にいますか? 私たちがあなた方の為に持ってきた物を渡したいのです」
「お前が我々にしたい話もあるだろうし、我々もお前に話がある。さあ一緒に行こうではないか」
 ガドレエルは走るような速さで歩き始めました。
 フッラは足を引きずりながら、ペネムエルはフッラの手を引きながら彼の後を追いました。
 ガドレエルの姿はあっという間遠ざかりましたが、やがて畑の真ん中に、はっきりと人の姿が見えました。
 この世で最初のお父さんは妻が織って娘が縫った服が彼の体に土埃が付くのを防いでくれていることに感謝しながら、良く耕した大地に種を蒔く仕事をしていました。
 やがてこの世で最初のお父さんはは声を上げました。
「お帰り娘よ。そして良く来てくれました優れた兄弟よ。私はあなたたちが来るのを待っていたのです」
 この世で最初のお父さんはフッラとペネムエルの側まで駆け寄りますと、たいそう嬉しそうに笑って、二人を一度に抱きしめました。
 ペネムエルはこの世で最初のお父さんに尋ねました。
「偉大な兄弟よ、私の他の兄弟たちは何処にいますか? 私たちが彼等の為に持ってきた物を渡したいのです」
「あなたが我々にしたい話もあるだろうし、私もあなたに話がある。さあ一緒に来てください」
 この世で最初のお父さんはゆっくりと歩き始めました。
 フッラは足を引きずりながら、ペネムエルはフッラの手を引きながら彼の後を追いました。

 ゆっくりゆっくり歩いてゆきますと、行く先にまぶしいものが見えました。
 良い模様と良い飾りを刻んだ、良い石と良い材木を組んで立てた立派な家が、日の光を浴びて輝いております。
 家の前には縁石がしつらえられておりました。たくさんの鳥と魚と、屠られた太った若い牛が火にかけられ、良くなめされた皮が敷かれ、楽しげな歌声が聞こえます。
 その場には、目と、鼻と、舌と、耳に美しい物があふれておりました。
 あまりに美しい物がありすぎて、フッラの見えづらい目はクラクラと眩み、不自由な手足はふらふらと震え、聞こえの悪い耳はキンキンと鳴りました。
「ああ、私は疲れているようです。目が霞んで、耳が塞がり、背中の荷が重くて立っていられません。私の姉妹たちは何処にいるでしょう? 彼女たちが助けてくれると良いのですけれども」
 ペネムエルはフッラの肩を支え、あたりを見回しました。
 大きな家の広い庭の真ん中に、美しい化粧をした娘と、紫の服の男がいました。彼等は美しい詩に酔いしれていて、それ以外には、互いの姿しか目に見えていないようでした。
 大きな家の玄関の前に、大きな鎚を持って立っている娘と、黄緑の服の男がいました。彼等は美しい建物に見惚れていて、それ以外には、互いの姿しか目に見えていないようでした。
 庭の外れの柵の前に、牛飼い杖を持って立っている娘と、灰褐色の服の男がいました。彼等は家畜の数を数えるのに忙しく、それ以外には、互いの姿しか目に見えていないようでした。
 反対側の外れに、長い肩掛けを掛けた娘と、黄色の服の男がいました。彼等は美しい装束に見入っていて、それ以外には、互いの姿しか目に見えていないようでした。
 竈の側に、大きな壺を持った娘と、褐色の服の男がいました。彼等は芳醇な酒に酔っていて、それ以外には、互いの姿しか目に見えていないようでした。
 食卓に、大きな剣を持った娘と、赤い服の男がいました。彼等はたくさんの食物に耽楽していて、それ以外には、互いの姿しか目に見えていないようでした。
 ペネムエルはさらに良くあたりを見回しました。
 小さな離れに、白い服を着た女性と、土色の服の男がいました。彼等は遠くへ出かけていた一番上の娘が帰ってきたのを大変喜んでいて、それ以外には何も見えていないようでした。
 この世で一番最初のお母さんがフッラに駆け寄って言いました。
「娘よ娘、さあその大きな荷物を下ろして、母に口づけをなさい」
「この荷物はこちらの方の大切な荷物ですから、この方の兄弟の皆さんに渡すまでは方から下ろすことができません。どうか許してください」
 フッラは荷物を下ろさずに、この世で一番最初のお母さんの頬に口づけをしました。それからこの世で一番最初のお父さんの頬にも口づけをしました。
 この世で最初のお父さんは、ペネムエルに訊ねて言いました。
「兄弟よ、娘が担っている荷物は何ですか? あなたではなく、彼女が背負わねばならない物でしょうか?」
 ペネムエルは答えて言いました。
「偉大な兄弟よ、これは総ての人間が担わなければならない物です。あなたと、あなたの子供たちと、その子供たちが、皆担い続けなければならない物です」
 ペネムエルは続けて言いました。
「天の最も高きところにおられる最も尊き御方が、この世で最初の人をお造りになられたとき、まず大地の御使を呼び、命ぜられました。
『肥えた土を採れ。逞しき体となるように』
 大地の御使いは楽園の中心から肥えた土を掘り出し、御前に運びました。
 それから海の御使いを呼び、命ぜられました。
『澄んだ水を採れ。健勝な体となるように』
 海の御使いは海の底から澄んだ海水を汲み、御前に運びました。
 それから炎の御使いを呼び、命ぜられました。
『清い炎を採れ。強き体となるように』
 炎の御使いは山の頂から清い炎を採り、御前に運びました。
 それから風の御使いを呼び、命ぜられました。
『涼やかな風を採れ。柔軟な体となるように』
 風の御使いは谷川から涼やかな風を採り、御前に運びました。
 いと尊き御方は、土を集めて人の形を作り、水を加えて整え、炎で乾かし固め、風を吹き込まれました。土は肉となり、水は血となり、炎は熱となり、風は息となりました。
 それらは眠る人となって、御前に横たえられました。
 最後に最も尊き御方は、空の御使いに命じて言われました。
『古き命の輝きを降らせよ。相応しき命が宿るように』
 空の御使いは夜の天蓋を揺すり、小さな星を雨と降らせました。万の星は燃え尽きて消え、千の星は海に落ちて消え、百の星は山に落ちて消え、十の星は楽園の地面に落ちて消え、一つの星が眠る人の胸に落ちました。
 眠る人の胸の中で、星は消えることなく光輝き続けました。
 それ故、眠る人は目醒めた人となったのです。
 偉大な兄弟姉妹よ。あなたは土の人であり、あなた方の娘たちもまた、大地から造られた肉の体を持っています。
 大地に生きる大地の兄弟よ。肉の体を持つ者の夫には肉の体を持つ者が相応しく、肉の体を持つ者の妻には肉の体を持つ者が相応しいのです。あなた方があなた方に相応しいしいように。
 しかし、あなたより後に来た私の兄弟はあなたの娘たちに相応しい体を持っていません。
 偉大な兄弟姉妹よ、あなたより後に地上に来た私たちは、燃え尽きた星と同じ古き命そのものです。あなた方の目に見えていて、あなた方が思っているものと同じ体は、持っていません。古い命は肉の目に見える物ではないからです」
 この世で最初のお父さんは頷いて言いました。
「智慧のある兄弟よ。誠にあなたの言うとうりでしょう。しかるに私の娘とあなたとが手分けをして運んできたのは、私の娘の婿たちの血肉たる土でありましょう。さあそれを彼等に手渡してください。そうすれば、彼等は私の娘たちの正しい婚約者となるでしょう」
 しかしペネムエルは荷を下ろしませんでした。荷主であるペネムエルが荷物を担ったままですので、フッラも荷を下ろすことができませんでした。
 ペネムエルが荷を下ろさなかったのは、この世で最初のお父さんが「婚約者」としか言わなかったからです。
 ペネムエルは彼の偉大な兄弟に問いました。
「彼等が肉の体を持つ人となっても、彼等は娘たちの夫にはなれないというのですか?」
「私は彼等に言いました。上の娘が嫁ぐ前に下の娘が嫁いでは、物事の順序が逆になるから、一番年上の娘によい夫が現れるまでは、彼等を年下の娘たちの夫にすることはできないと」
 青い服のペネムエルは、この世で最初のお父さんが言うことは尤も正しいと思いました。物事の順序は正さないといけないとも思いました。
 さてこのとき、この世で最初のお父さんの話を聞いて、この世で最初に生まれた子供のフッラは大変悲しくなりました。自分の夫となってくれる者がいなければ、妹たちは結婚できないと知ったからです。
 フッラは
『この世に私の夫となってくれる人はいるのだろうか』
 と考えました。でもどれだけ考えても答えは「いいえ」にしかなりませんでした。
 もとよりこの世には、この世の娘たち一人に一人の花婿をあてがうに足りるだけの人数の男ががいないのですからね。
 フッラはよく考えた上にもっと考えました。そうして思いついたことを両親に言いました。
「物の順序も大切ですが、それのために求婚してきた人たちが彼女らから離れていってしまっては元も子もありません。あの人たち意外に、この世には私の妹たちの花婿となれる人は一人としていないのですから」
 フッラは膝をついて深く頭を下げました。
 この世で最初のお父さんと、この世で最初のお母さんは、互いに顔を見合わせて考え込みました。物の順序のことは全くその通りですし、フッラの言い分も全くその通りだからです。
 この世で最初の夫婦は良い考えが浮かばないので、黙り込んでしまいました。
 フッラは両親の答えが返ってこないので、顔を上げるわけにも行かず、やはり押し黙ったままずっと頭を下げ続けていました。曲がった背中にはまだ良い土の入った袋が乗っています。
 この世で最初に生まれた子供のフッラには、この土がこの世の人間総ての重さを持っているように感じました。生涯この重荷を担って生きてゆかなければならいのだと思われてなりませんでした。
 そのように考えておりますと、青い服のペネムエルが言いました。
「あなたはこの世の総てを担っているのではありません。残りの半分を、こうして私が持っているではありませんか」
 フッラは思っただけでそのことを口に出したわけではないというのに、思ったことの答えが返ってきましたので、大変驚いて顔を上げました。
 ペネムエルの顔を見ますと、とても難しい顔をしておりました。
「もしも私以外にあなたの花婿に相応しい人間がこの世のどこかにいるというのなら、私はこの翼がすり切れて無くなるほどに羽ばたいて世界を巡り、その花婿を捜し出して連れてきましょう。あなたがこの世の半分の人間の重さを肩代わりしても良いと感じるほどの優れた人間を、です。しかし私の翼を賭すほどに優れた者が私以外にこの世にいるはずがありません。解りますか?」
 フッラはペネムエルの言っていることがすぐに解りましたので大変驚きました。この世で最初の夫婦は、ペネムエルの言っていることがすぐには解りませんでしたので、少し考えてから、やはり大変驚きました。
 この世で最初のお父さんはペネムエルに言いました。
「兄弟よ、あなたは簡単なことを難しく言い、難しいことを簡単に言っている。あなたが人として私の義理の息子となるつもりであるのなら、簡単なことを簡単に言うべき時は簡単なことは簡単に言い、難しいことを簡単に言うべき時は難しいことを簡単に言うようにしなければならない。今は、簡単なことを簡単に言うべき時であるから、今一度簡単なことを簡単な言葉のままにお言いなさい」
 ペネムエルはこの世で最初の夫婦の前に両膝をついて、言いました。
「天で最も尊い御方が大地に人が満ちるようにと命ぜられたのに、この世にはフッラの夫となるに相応しい人間が生まれてきません。ですから私は来たのです。どうか私をあなたの娘御であるフッラの夫に迎えてください」
「息子よ、良く来てくれた」
 この世で最初のお父さんは、ペネムエルの肩をしっかりと抱きしめました。お父さんにはそれが肉の体を持たない者の肩とはとても思えませんでした。
 それから、この世で最初のお母さんも、ペネムエルの肩をしっかりと抱きしめました。お母さんにはそれが肉の体を持つ者の肩としか思えませんでした。
 ペネムエルはまだ驚いたままで言葉の言えないフッラの体に触れないように気をつけて、背中の荷物を全部下ろしました。
 フッラが顔を上げますと、ペネムエルは少しだけ心配そうな顔をして言いました。
「私は他の兄弟たちのように、花嫁のための結納の品を持ってくることができませんでした。あなたは何を必要としていますか? 私はそれをあなたのために用意しましょう」
 フッラは首を振って言いました。
「私には目があり、耳があります。それから手があり、足があります。確かにはっきり見えず、はっきり聞こえず、支えが無くてはつかめず、杖が無くては歩けません。ですが、あなたが私の半身となってくださるのなら、総てに不足はなくなります。これ以上何を望むことがあるでしょうか?」
 ペネムエルは大変喜んで答えました。
「私はあなたの見えないところを見、あなたは私の見えないものを見るでしょう。私はあなたの聞こえない音を聞き、あなたは私の聞けない音を聞くでしょう。私はあなたの及ばない場所に手を伸ばし、あなたは私の届かない場所を触れるでしょう。私はあなたの杖となり、あなたは私の支えとなるでしょう。私たちは二つの体を持ち、二つの魂を持ち、しかし一つの心を持つ者になりましょう」
 ペネムエルはフッラを抱きしめて、頬に口づけしました。
 それから彼の兄弟たちに向き直って、大きな声で呼びかけました。
「さあ兄弟たちよ。私からの婚礼の祝いの品を受け取ってくれ。この世が、最も尊き御方の御心とお言葉のままになるように」
 すると紫の服のアシズエルが彼の側へ駆け寄って言いました。
「賢い兄弟よ、お前の祝いの品を受け取ろう」
 アシズエルは土の入った袋を一つ取り、封を切りました。
 中には砕かれた高陵石の粘土が入っていました。
 アシズエルは土を大地に広げると、それを人の形にこね上げました。
「良き土よ肉となれ。良き水と良き風と良き炎よ、良き肉を作れ」
 土は美しい人の形になりました。
「これこそが私の肉。命尽きるまで、土に戻るまで、私の器となるもの」
 アシズエルは一つの大きな光へ姿をと変じますと、瞬きするよりも早く人の形の土の中へ飛び込みました。
 土とアシズエルは一人の人となり、末の娘のヌトの花婿になりました。
 次に黄緑の服ムルキブエルが彼の側へ駆け寄って言いました。
「賢い兄弟よ、お前の祝いの品を受け取ろう」
 ムルキブエルは土の入った袋を一つ取り、封を切りました。
 中には粉に碾いた苦灰石の粘土が入っていました。
 ムルキブエルは土を大地に広げると、それを人の形にこね上げました。
「良き土よ肉となれ。良き水と良き風と良き炎よ、良き肉を作れ」
 土は逞しい人の形になりました。
「これこそが私の肉。命尽きるまで、土に戻るまで、私の器となるもの」
 ムルキブエルは一つの大きな光へ姿をと変じますと、瞬きするよりも早く人の形の土の中へ飛び込みました。
 土は人の体となり、ムルキブエルは一人の人となり、六番目の娘のティアマトの花婿となりました。
 次に灰褐色の服のコカバイエルが彼の側へ駆け寄って言いました。
「賢い兄弟よ、お前の祝いの品を受け取ろう」
 コカバイエルは土の入った袋を一つ取り、封を切りました。
 中には柔らかい板のような活白土の粘土が入っていました。
 コカバイエルは土を大地に広げると、それを人の形にこね上げました。
「良き土よ肉となれ。良き水と良き風と良き炎よ、良き肉を作れ」
 土は凛々しい人の形になりました。
「これこそが私の肉。命尽きるまで、土に戻るまで、私の器となるもの」
 コカバイエルは一つの大きな光へ姿をと変じますと、瞬きするよりも早く人の形の土の中へ飛び込みました。
 土は人の体となり、コカバイエルは一人の人となり、五番目の娘のディーヴィの花婿となりました。
 次に黄色い服のエクサエルが彼の側へ駆け寄って言いました。
「賢い兄弟よ、お前の祝いの品を受け取ろう」
 エクサエルは土の入った袋を一つ取り、封を切りました。
 中には細かく砕いた絹雲母の粘土が入っていました。
 エクサエルは土を大地に広げると、それを人の形にこね上げました。
「良き土よ肉となれ。良き水と良き風と良き炎よ、良き肉を作れ」
 土は麗しい人の形になりました。
「これこそが私の肉。命尽きるまで、土に戻るまで、私の器となるもの」
 エクサエルは一つの大きな光へ姿をと変じますと、瞬きするよりも早く人の形の土の中へ飛び込みました。
 土は人の体となり、エクサエルは一人の人となり、四番目の娘のポイベの花婿となりました。
 次に褐色の服のニスロクエルが彼の側へ駆け寄って言いました。
「賢い兄弟よ、お前の祝いの品を受け取ろう」
 ニスロクエルは土の入った袋を一つ取り、封を切りました。
 中には四角く切り出した珪藻土の粘土が入っていました。
 ニスロクエルは土を大地に広げると、それを人の形にこね上げました。
「良き土よ肉となれ。良き水と良き風と良き炎よ、良き肉を作れ」
 土は福々しい人の形になりました。
「これこそが私の肉。命尽きるまで、土に戻るまで、私の器となるもの」
 ニスロクエルは一つの大きな光へ姿をと変じますと、瞬きするよりも早く人の形の土の中へ飛び込みました。
 土は人の体となり、ニスロクエルは一人の人となり、三番目の娘のジョカの花婿になりました。
 次に赤い服のガドレエルが彼の側へ駆け寄って言いました。
「賢い兄弟よ、お前の祝いの品を受け取ろう」
 ガドレエルは土の入った袋を一つ取り、封を切りました。
 中には花を散らしたような輝沸石の粘土が入っていました。
 ガドレエルは土を大地に広げると、それを人の形にこね上げました。
「良き土よ肉となれ。良き水と良き風と良き炎よ、良き肉を作れ」
 土は勇ましい人の形になりました。
「これこそが私の肉。命尽きるまで、土に戻るまで、私の器となるもの」
 ガドレエルは一つの大きな光へ姿をと変じますと、瞬きするよりも早く人の形の土の中へ飛び込みました。
 土は人の体となり、ガドレエルは一人の人となり、二番目の娘のマッハの花婿になりました。
 最後に残った袋はペネムエルが取り、封を切りました。
 中には細長く切りそろえられた滑石の粘土が入っていました。
 ペネムエルは土を大地に広げると、それを人の形にこね上げました。
「良き土よ肉となれ。良き水と良き風と良き炎よ、良き肉を作れ」
 土は細身の人の形になりました。
「これこそが私の肉。命尽きるまで、土に戻るまで、私の器となるもの」
 ペネムエルは一つの大きな光へ姿をと変じますと、瞬きするよりも早く人の形の土の中へ飛び込みました。
 土は人の体となり、ペネムエルは一人の人となり、一番年上の娘のフッラの花婿になりました。
 こうして、この世で最初の娘たち七人は、それぞれに花婿を迎えたのです。
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