第10回 テーマ「緊張している人」 (補足:異性と食事する場面。食事に誘った側の人間が異常に緊張している) パスタ彼女はまるでペナルティキックに立ち向かうゴールキーパーのようだった。両拳を握ったかと思うと、すぐに開く。そしてまた拳を固める。 せわしなく上半身を左右に揺すり、時折首を傾げる。 座り慣れているはずの椅子だろうに、尻の座りが決まらない。 テーブルの上には大皿が一つ。盛られているのは小山のように盛り上がったスパゲティ。 それをはさんで対峙する俺を、彼女は瞬きせずに見据える。 睨まれている俺は今まさにシュートを放とうとするフォワードと言ったところか。 小山のてっぺんにフォークを突き刺す。パスタが巻き取られ、ボールになる。 俺はこのボールをゴールマウスではなくて自分口の中にねじ込まないといけない。 彼女の「腕」はそれを阻止するのか、あるいは逆にアシストするのか。 俺は素早くフォークを口に運んだ。 パスタ玉から滴ったソースが、弧を描いて跳ねる。 口腔の中でボールは解け、歯に当たり、はね回る。 彼女は拳を握りしめ、身を乗り出し、言う。 「どう?」 大きく目を見開いて、瞬きもせずに俺を見つめる。 俺はのど仏を大いに揺らし、パスタ玉を胃の腑に落とし込んだ。 そして舌先で唇を舐め、口笛を吹いた。 試合終了のロングホイッスルを聞いた可愛いゴールキーパーは、椅子を蹴飛ばして立ち上がって歓喜のダンスを踊った。 |