岩長姫

 黒い霧の中を、貧しい身なりの女衆が3人、一塊りになって駆けている。
 腕に背に赤子や幼子を抱き、汗と涙と恐怖でグズグズに濡れた顔で、彼女らは山の頂を目指していた。
 山は低い。一見するとなだらかですらあるが、道は意図的に狭く、入り組んでいる。
 走る女の後を、生ぬるい霧が追いかけていた。ノタリと重たい霧が、風もないのに、山裾から斜面をはい上がってくる。
 そしてさながら黒い手のように、着物の裾や襟、そして振り乱した髪の毛にまとわりつく。
 だが、寸前で彼女らは霧に巻かれずにいた。
「走れ、走れ!」
 一番年上の女が叫んだ。
「武藤様のお屋敷まで……武藤様の御門をくぐれ! 間に合わなんだら、子だけでも御門の内へ投げ込め!」
「ああっ」
 同意と嗚咽が、女達の口から溢れた……直後。
「ひぃ!」
 一人の女が転んだ。背に負った赤子が、ワアと声をあげた。
 残りの女達が走りながら振り返ったとき、女と赤子は黒い霧の中にズルリと引き込まれていた。
「ダメだ! 取り込まれたよぅ!」
 全員が、叫んだ。
 と。
「諦めるな!」
 耳が裂けそうな声がした。
 大きいが、若々しさを通り越して、むしろ幼い声音だ。
「立ち止まるな、駆けよ!」
 別の大声もした。
 これもやはり幼さの残る声だった。
 女達が声がした方……山の上……を向き直ったとき、声の主達は女達の横を駆け抜けていた。
「協丸! 女衆を守れ」
 最初の大声が言った。
「承知! 弁丸、し損じるな」
 後の大声が応え、黒い霧の中に突き進んだ。
「抜かせ、ワシが今まで失敗したことがあるか!」
 言いながら、弁丸と呼ばれた方は刀を抜いた。
 短い刀だった。
 その刃がぎらりと光った途端、黒い霧が前へ進むのをやめた。
「妖(あや)かしめ、今更逃げても遅ぇぞ!」
 叫ぶと、弁丸は霧に向かって刀を振り下ろした。
「ぎゃ!」
 射止められた猪子のような声がしたかと思うと、黒い霧はスっとかき消えた。
 跡には、枯れた雑木と崩れかかった山肌と、がたがたと震える子守女達と、二人の少年がいた。子供であることは間違いない。ただ、年の頃が解らない。十歳の小童にも見えるし、十五歳の少年にも思える。
「怪我はないか?」
 穏やかな声だが、間違いなく先ほどの「後の方の声」と同じ耳触りがする。
 弁丸から協丸と呼ばれたその少年は、子守女の背で半ば気を失っていた赤ん坊の頬をなでた。
 子守女がコクコクと小刻みにうなずくと、
今度は協丸から弁丸と呼ばれた方が言った。
「早う、行け。行って、赤ん坊にたんと乳を飲ませてやれよ」


 盆地の底に住む者達はその山を「たろうさま」と呼んでいた。
 天辺が丸く、稜線がなだらかなその様は、大男がどっかりと腰を下ろしているようにも見えるからだ。
 だがその優しげな姿は外見だけなのだと、山肌を覆う森に一歩踏み入れば知れる。
 「たろうさま」は、厚みは薄いが丈の高い岩の板を大地に突き刺したような山なのだ。
 「たろうさま」の頂上には龍神を祀った神社の本殿がある。願えば何でもかなえてくれるという噂だが、そこへ行く道らしい道は無い。
 だから大概の者は、まだ道のなだらかな二合目あたりにある下社に参いり、それで満足して帰って行く。
 どうしても本殿に行きたいのなら、下社のすぐ裏手から始まるうっそうとした暗い森を抜けねばならない。
 森の木々は、根の下に一抱えもある大岩を抱え込んでいる。大岩を上り下り、木の間を抜け、頂上まで一直線、天を突く崖のようなところを這い上がって行く。
 時折キノコ狩りが迷い込んだり、猪狩りが入り込んだりもするが、大抵、転がり落ち、滑り落ちして、帰らざるを得ない。
 たまぁに帰りきれずに岩場に叩き付けられ、身体中から血潮を吹き出して命を落とす輩もいる。そういった岩場の割れ目には不思議とツツジが根付いて、夏の口には岩場が血色の花で覆い尽くされる。
 我欲が強い物は龍神にたたられるのだと、村衆は噂する。いや強弱ではない、我欲がある物は皆たたられる、とまで言う者もいる。
 だから下社より奥へ入ろうという者はほとんどいない。
 人々は皆、自分が欲を持っていることぐらいは、十分知っている。

 その日。
 珍しく、身なりの少しばかり、、、、、いい武士の子が二人、下社より奥へ入っていった。
 先を行く方は色黒で背が低く、後に続く方は色白でひょろ長い。だが目鼻立ちは良く似ていた。それに、先を行く子供が着る膝丈袴の小素襖こすおうの背に記された小さな紋所と、ついて行く少年の大紋素襖だいもんすおうに散らされた紋所は、同じ「上り藤に武の字」だ。
 二人が兄弟だというのは、誰の目にも明らかだった。
 下社のやしろ、、、がはるか背後に見えなくなったころ、不意に先頭が立ち止まり、あたりをきょろきょろと見回した。
 あちらこちらで木々の枝がしない、そこここで茂みの種々が音を立てて揺れている。
 殿軍も立ち止まり、森の闇や草の陰の間をぐるっと見、ぽつりと言った。
「弁丸よ、随分といろんなモノ、、、、、、がおるな」
 背の低い男ノ子おのこ……弁丸は、振り返りながらにんまり笑い、
「さすがに協丸は鋭いなぁ」
と、背の高い男ノ子おのこ……協丸の頭の上あたりを指差した。
「ほれ、そこ」
 協丸は指先を追って見上げた。
 横に張り出した太い木の枝から、頭を下にだらりと垂れ下がっている、真っ白いトカゲが、クルリとした目玉でこちらを見ている。大きさは人間の赤子ほどもあろうか。
「うわっ!」
 思わず尻餅をついた協丸の耳に、ケタケタという笑い声が三方から聞こえた。
 一つは目の前の弁丸の口から、二つは頭の上のトカゲの口から、最後は弁丸のはるか後ろの方から。
「シロ、あまり人を脅かすでない」
 その三つ目の笑い声がいう。鈴を鳴らしたような声だ。トカゲはずるずるストンと木から降り、弁丸の脇を二本足で駆け抜けた。
 ところがトカゲはすぐに前足を下ろして四つ足走りになった。そして鈴の声の主の足下で猫のように転げた。
 白の単に紫の袴、帯の後ろに玉串たまぐしの柄を差込み、下げ髪を稲穂のついた藁で切り結びにしている十三・四歳ばかりに見受けられる娘が、白トカゲを抱き上げた。
 白トカゲが顔を埋める単衣の襟には、墨痕ぼっこん淋漓りんりとして何やら書かれているが、達筆が過ぎて読むことはできない。トカゲの頭を撫でる左右の手首と襟首に、七色の水晶をつないだ数珠が光っている。
「お帰り、弁丸」
 うれしげに言う娘の顔を、白トカゲが不満顔で見上げていた。
「おう、桜女さくらめか」
 弁丸は両手を大きく振り回した。
「前に言ったじゃろう、ワシの乳兄妹めのとごの桜女じゃ」
 ようやっと立ち上がった協丸の目に、紙のように白い顔色をした娘の、墨のように黒々とした瞳が飛び込んできた。
「ほう、あれが……」
「愛らしかろう?」
 弁丸が何故か自慢げに言う。確かに、桜女は絵に描いたような、、、、、、、、愛らしい娘だ。
「うん、そうだな」
「あれは、ワシの嫁じゃ」
「嫁ぇ!?」
 協丸が頓狂とんきょうな声を上げた。弁丸はいたってまじめな顔をして、
「武藤家の跡目は協丸に譲るが、桜女だけは譲らんぞ」
 きっぱりと言い切った。
「それは……譲られても困る」
 小さな声で協丸はつぶやいた。もっとも、弁丸はその小さな声にまるで気付かなかったらしく、両手を振り回したままで桜女の方へ駆け出した。
「桜女、ババさまはまだ生きてるか?」
 シロと呼ばれたオオトカゲに勝るとも劣らない勢いで駆け寄る弁丸を、桜女はきゅっと眉を吊り上げてにらみつけた。
「また口の悪いことをいう。ババさまではなく岩長姫いわながひめさまと敬ってお呼び」
「誰が『姫さま』じゃ。あんな白髪頭の、皺くちゃの、がりがりの、よぼよぼは、誰が見たってババじゃないか」
 まくし立てる弁丸は、不意に袖を引かれて振り向いた。
 協丸が少々困惑した顔でこちらを見ている。
「弁丸、岩長姫さまはこの山のしずめの巫女だろう? それにお主の育ての親だ。あまり口悪しく言うものじゃない」
 言われて、弁丸は目を丸くした。
「協丸は弟のワシより、他人の桜女の肩を持つのか?」
「いや、そうでなくて……」
「敬え敬えというが、ワシはちゃんと敬ってババ『さま』と呼んでおる」
「確かに、そうじゃが」
「協丸じゃとて、ババさまの顔を見たら『姫』などと呼ぶ気にはならんようになる。ババさまは、がなり屋で、強情者で、頑固者で、乱暴な、ただの年寄りじゃ」
 ケラケラと大口を開け、弁丸は笑った。
 直後。
 天地の開きだった弁丸の上顎と下顎か、ガチンと音を立ててくっついた。
 ぼさぼさ髪を茶筅ちゃせんに結い上げた頭の脳天に、筋張ったげんこつがずしりと乗っている。
 弁丸の背後、桜女の隣に、いつの間にか白の一重と緋色ひいろの袴を着た、白髪頭で皺の深い痩せた老婆が立っていた。
「だから私は『口悪しく言うな』と……」
 老女の拳の下の弁丸の頭の上には、大きなこぶができていた。
「痛てぇ!」
 頭を抱え込み、弁丸がしゃがみ込んだ。
「この寸詰まりのバカ息子が!」
 老婆のがなり声に、
「寸詰まりというな!」
 弁丸は大声で口答えしながら立ち上がった。途端、自分の出したその大声が頭蓋に響いて瘤を揺らしたので、結局またしゃがみ込んだ。
 それでも、
「ワシの背丈が伸びなんだのは、ババがちゃんと飯を喰わせてくれなかったからじゃ。それが証拠に協丸を見ろ。同じ日に同じ母から生まれたのに、屋敷でちゃんと飯を喰って育ったから、ワシより三寸も背が高い」
 と、反論した……ただし、酷く小さな声で。
 老婆は協丸へ目を移すと、深々と頭を下げた。
「武藤の若様に恥ずかしい所を見せてしもうて……。わらわが岩長にございます」
「武藤協丸にございます。この度は、岩長姫さまのお力をお借りいたしたく、参上いたしました」
「妾の力とは……」
「悪さをするあやかし、、、、を懲らしめていただきたいのです」
あやかし、、、、が、悪さを?」
 穏やかな笑みを浮かべたまま、岩長は足元でうずくまっていた弁丸の首根に手を伸ばした。そうして……枯れ木のように細い腕からは信じられないのだが……まるで子猫でも拾うかのように、弁丸を持ち上げた。
「これバカ息子。お前が武藤のお屋敷に戻るとき、邪悪を鎮める霊剣を守り刀にと持たせたハズじゃが?」
 つり上げられた弁丸は、きゅいっと口を尖らせた。
「おかげで屋敷にはあやかし、、、、が這い入って来ん。だからといって、領民全部を屋敷の中に詰め込むわけにはゆかんわい」
「それほどに強いあやかし、、、、かえ?」
「強い」
 弁丸は一言いうと口を一文字に引き結んだ。岩長が視線を協丸に移すと、彼も口を引き結んだ顔で、小さく頷いた。
「ふむ」
 岩長は弁丸を大地に下ろすと、懐から紙の束を三つ四つ出した。
「桜女や」
 呼ばれると、桜女は、
「あい、姫さま」
 風に吹き寄せられたようにすうっと岩長の足元まで移り、かしずいた。
「この護符と……それから適当に見繕った『式』を連れて、武藤さまのところへ退魔に行け」
「ババさま、桜女をウチへ連れ帰って良いのか!?」
 岩長の言葉に勇んだのは桜女ではなく、弁丸だった。
「バカを言うな。退魔が無事に済んだら、桜女はやしろ、、、に戻す」
 岩長は尖ったげんこつを弁丸の鼻面に突きつけて釘を刺し、桜女の顔を見た。
「あい、承知致しました」
 桜女が頭を垂れると、その胸に張り付いていたトカゲのシロが、
「きゅうぅう」
 と、いた。
「姫さま、シロは……?」
「行きたければ行くがいいさ」
 白トカゲがうれしげに「きゅ」と鼻を鳴らすのと、
「シロはいらん!」
 弁丸がぷいと拗ねたのは、ほとんど同時だった。この男ノ子は、実によく、コロコロと顔つきが変わる。
「またそんなわがままを言う」
「わがままではないぞ桜女。さっきシロを見た協丸のあのザマ……。大の男が腰を抜かすバケモノを、あやかしに怯える屋敷の者達が見たら、腰どころか魂が抜けるわい」
「私の小心を引き合いに出すな」
 協丸が呆れ声を出すが、弁丸は丸で気にせずに、ちょいとシロの頭をこづいた。
 するとシロは小さく
「きぅぅぅ」
 と啼いた。啼きながら、身を縮め、くるりと丸まった。
 丸まって丸まって、縮まって縮まって……やがてシロは、桜女の掌にすっぽりと収まるほどの小さな白いたまとなってしまった。
「なんと!」
 目を丸くする協丸に、弁丸は不満丸出しの顔でいう。
「これがシロの得意じゃ。もっともこれ以外には何もできんがの」
「でも、これなら人が見ても怖がらないでしょう」
 桜女がにこと笑う。弁丸はまだ不服そうに、
「シロはそうやって桜女のふところに収まるのが好きなのじゃ」
 下唇を突き出した。
「なるほど。つまり弁丸は、自分が桜女殿にしてもらえないことをシロ殿がたやすくしておるので、焼き餅を焼いておるのか」
 協丸が得心すると、弁丸の下唇はますます前へ出た。


 武藤の屋敷に近づくにつれ、空気は重く青臭い風となって渦巻くようになっていた。
「ほんに、強い邪気じゃこと」
 桜女はむしろ嬉しげに言う。
「大概の妖怪変化なら、弁丸がしずめ小刀、、をかざしただけで逃げ帰るのですが、この邪気は鎮の大刀、、で払っても……一度はひるみはしても、じきに戻ってくるのです」
 協丸が忌々しげに言うと、
「確かにコレは人の力、、、では如何ともできますまい」
 桜目がふうと息を吐いた。
「じゃからババを呼びに行ったに。あの老いぼれのずぼらのズクなし、、、、め。絶対に境内から出ようとせん」
 弁丸が悪態をついた瞬間、パリンという音がして、ブワリと空気が揺れた。
 驚いて目を閉じた協丸が、おそるおそる目を開けると、弟の頭の上に白い固まりが乗っているのが見えた。
「あ、シロ……?」
 丸い珠となって桜女の懐に収まっていたはずの大トカゲが、いつの間にやら元の姿に戻っている。
 桜女がけたけたと笑った。
「シロは姫様の一番の使い魔。姫様の悪口は、シロの逆鱗じゃと、お前もよう知っておるはずなのに」
 つられて協丸も笑ったが、弁丸だけは笑わず、
「わかっておるが、油断した。こりゃ、シロ! 乗るな、噛むな! 桜女、シロを剥がせ。協丸、笑うな」
 巨大な白トカゲを引きはがすのに苦戦していた。頭を捕まれても、尾を引かれても、白トカゲは弁丸の頭の上にしがみついて離れない。目をつり上げて、鼻息を荒くして、茶筅髷ちゃせんまげにかじりついている。
 その滑稽な様を眺めつつ、したたか笑った後、
「シロ、戻りゃ」
 桜女はシロに呼びかけた。するとあっさりとシロは弁丸の頭から降り、
「きゅうぃぃ」
 と一啼きしてまた珠に変化した。
「全く、シロが居るとろくなことがない」
 さんざんに乱れた茶筅髷をなおしながら、弁丸がぼやく。
「でも、シロは勘のよい子。ほうら、もう見つけた……」
 桜女は手のひらの上のシロを弁丸と協丸の鼻先にかざして見せた。
 真円の白い珠は、ぼんやりと光を放っている。その白い輝きの中、中心からずれたスミの方に、暗く沈んだ影が浮かんでいた。
「これは……一体?」
 協丸が首をかしげるのに、桜女が
「邪の固まりが、この方向にあると言うこと」
 と答えた。
「この……方向、と言うと……」
 3人の目は珠の中心から影を抜け、深い森のはずれの方へと向けられた。
 弁丸の鼻がぴくりと動いた。
「どうやら洞があるらしいな……。つい最近屋敷に戻ったワシはあんな洞を知らんが、ずっと母上のそばに暮らした協丸ならあれを知っていよう?」
「嫌みな物言いをするな」
「何だ、協丸も知らんのか? 内に籠もって勉学ばかりしていると、世間のことがわからなくなるようだな」
「私は別に籠もっているわけではないし、あの洞穴のことを全く知らないわけでもない。ただ、あの洞穴は大昔から入り口を塞いであったから……」
「塞いで?」
 桜女はすすっと洞穴に近づいた。あわてて弁丸・協丸も後に続いた。
 ごろごろと岩や石くれが転がる山の斜面を、日の当たらぬ方へ進むと、確かにぱっくりと開いた闇の入り口があった。
 大人一人がようやくくぐれるだろうというその穴からは、かび臭い湿った空気が出たり入ったりしている。
 桜女はその洞の回りの岩肌と、あたりにいくつも転がっている尖った石を見て、にこりと笑った。
「封印の呪符の切れ端が、粉みじんになって散らばっている。ずいぶん古い封印じゃから、もう『縛る』力が消えてしまって、中のモノを押さえきれなくなったのでしょう」
「封印というのは、そのように不確かなものですか?」
 協丸は少々不安げに訊いた。桜女はうなずいて、
「あい、若様。モノには全て寿命がございますれば」
「寿命……」
「今の世の人ならば五十年、城ならば百年持てば上々。千歳に動かぬ山々であっても、万の年の後まで同じくそこにあるとは限りませぬ。ましてや人のこしらえた紙に人の書いた呪が、永久に封魔の力を保てる訳がありましょうや?」
「確かにそなたの言うとおりだ。しかし呪符の力がそのように不確かなら、人はいつも魔物やあやかし、、、、に怯え続けねばならないのか」
 協丸は、不満とも悲しみとも恐怖とも諦めとも納得とも取れる声で言った。すると弁丸が、実にあっさりとした声音で、
「モノには全て寿命があると言うたであろう。じゃから当然あやかし、、、、にも寿命がある。怖いと怯える前に、倒してしまえばいい」
言い放つと、やおら洞の中に入っていった。
「待て、弁丸」
 五歩ほど中へ入った暗がりから、不機嫌そうに振り向いた弁丸へ、協丸が心配そうな真顔でいう。
「弁丸、倒せばいいなどと簡単に言うな。大体、岩長姫さまに助勢を頼みに行ったのは、お前のその霊刀でもあの『あやかし』が払えなんだからではないか。いくら桜女殿の前で良い格好をしたくとも、無理はせん方が良い」
「協丸!」
 頭のてっぺんから湯気を噴き出しながら、弁丸は五歩戻ってきた。
「よいか、誤解するでないぞ。わしは良い格好をしたいから倒せばいいと言うたのではない。倒せるから、倒せばいいと言うたのじゃ。確かにこの霊刀だけでは倒すことはできなんだが、桜女の霊力が加われば倒せる」
「……桜女殿の、霊力……か」
 協丸がちらりと見やると、桜女は黒い眉毛をわずかに下げて、
「ほんに弁丸は、真っ直ぐすぎてまるで『ヒト』では在らぬよう」
 辛そうに微笑んだ。
 そうして、再び掌の中のシロの珠を覗き込む。戻ってきた弁丸と、協丸も珠を覗き込んだ。
「どうやら洞の奥、ではないような」
 一番最初に顔を上げたのは桜女だった。続いて弁丸と協丸がほとんど同時に頭を上げて、顔を同じ方向へ向けた。
 洞の入り口からわずかに北東にずれたあたりの山肌に、六つの眼と一つの珠の光が注がれている。
 枯れた木があった。
 根本はから枝先まで苔で被われている。
 もろく湿っぽい樹皮は腐敗していて、どんよりと黒ずんでいる。
「アレを依り代よりしろにしているような」
 桜女がにこりと笑うのに、協丸が訊ねる。
「ヨリシロとは?」
「形のないモノが形を欲して取り憑く物」
 桜女はふわりと朽ち木の根本へよった。
「封印が解けたので外へでたものの、どうにも『形』が欲しくなったので、すぐ側にあった生き物に取り憑くことにした。ところが憑いてみたものの、それは寿命の尽きかけた樹。このままではあまりに頼りないゆえ、贄をもってこの樹を強めんと……」
 桜女は言いながら、紙垂しでの付いた玉串で樹の根本を指し示した。
 覗き込んで、協丸は思わず鼻と口を押さえた。
 朽ち木が根を張っている場所に、どろりとした土の塊が在る。その中で濁酒どぶろく色の芋虫の群れが、ワサワサとうごめいていた。
 眉間に突き刺さるような腐臭を発する塊は、いくつもの白い塊を抱いている。
「……人の、むくろか?」
 白く丸いものにぽかりと開いた二つの穴から顔をそむけ協丸が振り返ると、桜女は小さくうなずいた。その脇で弁丸が忌々しげに舌打ちをしている。
「まったく、ウチの領民をこやしとしか思うておらんとは、ろくでもないあやかし、、、、じゃ。今すぐ斬ってくれる」
「斬ると言っても、お主……」
 不安げな協丸に、弁丸はニカっと笑い、
「この手のあやかし、、、、は、取り付いた器を壊してしまえば力が弱まるものじゃ。なぁに、わしと桜女の霊力をあわせれば容易なこと。じゃが、万一邪気が飛び散って悪さをしては危ないから、協丸は下がって見ておれ」
 鎮の霊剣をすらりと抜いた。
 協丸が数歩後ずさると桜女がよって来、たもとから幾枚か呪符を取り出して彼に渡した。
「若様は弁丸の兄君なれど、離れて暮らしておられたから、弁丸の技量をご存知ないでしょうが……」
「まあ、確かに。ただ、言っていることはそこそこ、、、、信用できる男ではあるから、桜女殿と一緒ならあやかし、、、、を倒せるのであろうよ」
 ニコリと笑った協丸を、弁丸がにらみつけた。どうも「信用できる」に付いた「そこそこ、、、、」という接頭語が気に食わないようだ。
 それでも喰って掛らずにいるのは、すでに喰って掛っていられる状況ではなくなっているからだろう。
 朽木の枝が風に逆らってわさわさと揺らめき、濁酒色の芋虫の羽化したモノ共が一斉に飛び立った。
 雀蜂ほどの大きさの蠅だ。百や二百では利かない赤黒い複眼は、真っ直ぐに三人に向けられている。
「操られている!」
 桜女が言うのとほとんど同時に、蠅はつむじ風の勢いで突っ込んできた。
 弁丸と桜女が左右に分かれて跳んだ。
 と。
「いかん、協丸を忘れておった!」
 跳びながら弁丸が叫んだ。
 三人が居た真ん中に、だだ独り協丸が取り残されていた。
 蠅の渦が彼を取り込んだ。
「うわ!」
 思わず協丸は両手で頭を覆った。
 突如、掴んでいた紙の束が、ぶわりと膨らんだ。
 紙の呪符は、薬売りが配り歩く紙風船のように厚みを増し、やがて女の童の形になった。
 全部で四人。
 緋袴に白の単衣。紙そのものの白い肌に墨そのものの黒い瞳。
 幼く、髪を耳のすぐ下で切りそろえている以外は、桜女とそっくりな顔立ちと姿をしている。
「式神か!?」
 そう声をあげたのは協丸だけではない。
 あの「枯れた木」が唸っている。
 四人の紙の童はふわりと宙に浮いた。
 四つの小さな玉串がざわっと振られた。
 無数の蠅が協丸の足下に落ちた。
「ぼうっとするでない!」
 協丸は襟首を後ろから引かれ、倒れるように後ろに下がった。
 振り向くと弁丸の額に脂汗が滲んでいるのが見えた。
あやかし、、、、め、わしらが”たろうさま”詣でをしている間に、肥を吸って力を増しおった!」
真事まことか!?」
 協丸の悲鳴のような問いかけに答える前に、弁丸は再び兄の襟首を引いて、そのまま跳んだ。
 空になった足下の地面にぼこりとした土塊ができた……と思った直後、そこから腐った土の臭いをまき散らす太い杭が突き出た。
 式神達が一斉にその杭……朽ちた木の根……に取り付いくと、一時、勢いが弱まった。
 ところが。
《小賢しい!》
 朽ち木の中から怒鳴る声がした途端、逆に式神達の動きの方が止まってしまった。
「いけない、戻りゃ!」
 桜女が式神達に呼びかけたときには、もう遅かった。
 別の腐った根が、次々と地面を突き破って出た。そしてそれらは水っぽい音を立てて式神達を打った。
 式神達の紙色の肌と紙色の単衣が茶色く染まった。
 女の童の姿がみるみるしぼんで行く。
 あっという間もなく、彼女たちは汚れた護符の形に戻っていた。
《紙に書いた絵空事など、消してしまえばいい》
 木の中の声は忌々しげに言い放つと、太い根をうねらせて、泥と腐れた木の汁で汚れた四枚の護符を破り捨てた。
 小さなキラキラした物が、破れた護符からこぼれ落ちた。
「シロ、拾え!」
 桜女がいうより早く、シロは珠の姿からトカゲの姿に戻り、蠢く木の根の間を駆け回って、四つの光る物を拾い、くわえ、集めた。
 朽ち木の根は式神達を打ったときと同様にシロにも迫ったが、シロは風よりも早く桜女の懐へ舞い戻った。
《どいつもこいつもうるさくせわしなく邪魔な奴等だ!》
 朽ち木がめりめりと音を立てた。
 根本の地面が数多の骸骨を孕んだまま盛り上がった。
《うぬら、また我を暗闇に戻す気か? 何度も同じ手は喰わぬぞ。破魔覆滅はまふくめつの呪文など聞く耳持たぬ。封魔退魔ふうまたいまの札など破り捨ててくれるわ!》
 木が、立ち上がった。
 うねる根を脚として、ざわめく枝を腕として、ぎしぎしときしみながら動く。朽ちた樹皮がボロボロとこぼれ落ちた。
「やかましいわい、この独活うどの大木が!」
 弁丸は兄を突き飛ばして、物陰へ追いやると、目にもとまらぬ速さで剣を振るった。
 腐った木の根が五・六本、あっという間に本体から切り落とされた。
 切り口から青白い炎が上がった。
《ぎゃ!》
 朽ち木は悲鳴を上げはしたものの、
《餓鬼が、お前が何故『銀龍の牙』を持っておる?》
 とわめいて、いっそう太い根を弁丸めがけて振り下ろした。
あやかし、、、、が、お前がなんでこの霊剣の真名なまえを知っておる?」
 叫びつつ、弁丸はその太い根に刀を突き立てた。
 今度は刀そのものが火を噴いた。
 火は根に燃え移り、さかのぼって幹へ迫った。
「桜女、助勢しろ!」
「言われるまでもなく」
 桜女は素早く弁丸の傍らにより、
「風!」
 と唱えて玉串を振った。
 ごうと唸って風が起きた。
 青い炎は火勢を増して、枯れ木全体を包んだ。
 しばらく朽ち木は火の中でのたうち回っていたが、やがて動かなくなった。 桜女の呼んだ風の名残がけむりを雲散させる頃には、うねっていた根も、ざわめいていた枝も、すっかり炭になっていた。
「莫迦なあやかしじゃ。器にこだわらねば斬られることも燃やされることも無かったに」
 鼻で笑った弁丸は、炭になった根っ子から刀を引き抜こうとした。

 ところが。
「抜けぬ? 力任せに刺しすぎたか」
 つぶやきながら、弁丸は木の根に片足をかけ、それこそ力任せに引き抜こうとした。
 その時。
 ぶわん、と風を切り、根の形をした炭の固まりが宙に舞い上がった。
 それに体重をかけていた弁丸は、ひとたまりもなく吹き飛ばされ、地面に叩き付けられた。
 気を失いかけた彼の頭の上で、朽ち木のあやかしが、川から上がった子犬が総身を震って水をはじき飛ばすような仕草をして、炭化した表皮を払い飛ばしていた。
「弁丸!」
 協丸と桜女が同時に悲鳴を上げた。
 互いの声が、互いには届いていなかった。
《莫迦はおのれだ!》
 朽ち木が怒鳴った。持ち上げていた根を、霊剣を突き立てたまま弁丸の頭の上に落とした。
『しもうた!』
 悔しくも有あったが、諦観もあった。
 思わず両目をつぶった弁丸だったが、額に小さな欠片が当たった軽い感覚に驚いて目を開けた。
 根は、彼の身体の一尺ばかり上で止まっていた。
 そして、その五寸ばかり下に、桜女の身体があった。
 紙のように白い肌と紙のように白い単衣が茶色く染まっていた。
「さくら……め……?」
「ほんに、弁丸は、頼りない、男ノ子だこと」
 にこりと笑った桜女の黒々とした瞳から、徐々に精気が消えて行く。
 やがて黒い瞳は、ただ墨の丸になった。
 紙のような色の顔は、ただの紙に変わった。
 墨で書かれた呪文が汚い茶色の染みで被われ尽くすと、襟首と手首の数珠がばらけて散り、キラキラと落ちた。
 弁丸の顔に、身体に、地面に、小さな水晶の珠が降り注いだ。
「うわぁぁぁぁぁぁぁ!」
 弁丸は大粒の涙を両のまなじりから吹き出させ、叫び、目の前の汚れた炭の固まりを、おのれの拳で殴りつけた。
 ぐらりと、朽ち木が揺れた。
 揺れて、倒れた朽ち木は、しかしすぐに立ち直り、
《紙を破かれたくらいで泣き叫ぶか》
 せせら笑いながら、三度太い根を振り下ろした。
 根は何もない地面を砕いた。
 弁丸は飛び込んできた協丸と一塊りになって、石くれだらけの山肌を転がり落ちていた。
 転がって転がって、谷底まで落ちてようやく兄弟は止まった。
 岩場に狂い咲きのツツジが咲いている。
 協丸は体中をしたたか打っており、やっと顔を上げるのが精一杯だ。
 他方、弟の方はすっかり呆けている。顔も上げられない。まぶたも動かせない。
 協丸ようやく持ち上げた顔の、うっすら開いた目に映ったのは、山肌の遥か上から銀色の固まりが降ってくるようすだった。
「シロ?」
 真っ白なトカゲは口に刀をくわえている。
 シロは山肌に沿って急降下したかと思うと、兄弟の間際でいきなり突き進む向きを上へ変えた。
「キュゥー!!」
 上昇しながら、シロは大きく一声鳴いた。
 くわえていた刀がストンと落ち、放心したまま倒れ込んでいる弁丸の頬をかすめて、地面に突き刺さった。
「痛い」
 弁丸の口が僅かに動いた。協丸がのぞき込むと、彼は頬からほんの少し血を流していた。
「どこが痛い?」
 ざらついた声で訊く協丸に、弁丸は、
「どこもかしこも」
 洟と涙を袖でぐしゃりと拭い、飛び起きて、
「腕も腹も背中も脚も頭も顔も胸の中も、全部痛い!」
 喚きながら地べたから霊剣を引き抜いた。
「シロ、来い!」
 呼び声に応じて、天空からシロが舞い降りてきた。
 ただし、その姿は珠でも大トカゲでも無かった。
 銀色のうろこに覆われた身体に、蝙蝠こうもりに似た巨大な翼が生えている。大きな角を一対生やした頭から尻尾の先まで、これも銀色のたてがみ、、、、が生えている。
 遠目には、腹の出た大蛇に見えた。だが、四つ足があり、身の丈は人の三倍はある。
 その異形が、聞く者の頭が割れそうなほどの大声で、
「ゴォォウ」
 と咆吼いた。
「あれが、シロか?」
 協丸は震えながら訊いた。弁丸は相変わらずはなをすすりながら、
「そうらしい」
 とだけ答え、巨大なシロが突き出した後足に跳び掴まった。
 そのままシロは舞い上がった。あの朽ち木のあやかし、、、、のいる場所の、そのまた遙か上まで、一息に飛んだ。
 朽ち木の燃えさし、、、、が枝や根を空高く突き上げたが、届かなかった。
《おのれ銀龍! 何故その人間の小童に味方する!? おのれも我と同じモノであろうがぁ!!》
 口惜しげに叫んだ朽ち木の上に、天空の銀色のモノの脚から人間の小童が落ちてきてた。
 弁丸は落ちる勢いと己の体重と剣の霊気とをその切っ先の一点に掛けている。
 一点の先には朽ち木があった。
 朽ち木は真っ二つに割れた。だが、あやかしは動くのを止めなかった。
 二つに割れたその裂け目から、どす黒い霧が溢れ出て、それが弁丸ににじり寄った。
《よこせ、身体をよこせ。器をよこせ。器があれば我は生き物になれる》
 黒い霧の先端が弁丸の首にあと三寸ばかりに迫ったとき、
「身体が欲しいなら、来い」
 天地が震える声がした。
 銀色の鱗を光らせて、巨大な姿のシロが黒い霧を睨め付けている。
「我はうぬと同じモノ。人でないモノ。人とは違う器を持つモノ」
 シロは大きく口を開けた。つむじ風が起き、黒い霧の塊はシロの口の中に吸い込まれていった。
 塊を飲み込むと、シロは身悶え、
「ゴォォウ……コォォゥ……クォォゥ……」
 しばらく啼いていたが、次第にその声は小なものになっていった。
 やがて、苦しげな啼き声は止んだ。
 地面の上に、人間の赤子ほどの大きさの白いトカゲが、後足立ちに立ち上がって、
「きゅうぅぅ」
 という愛らしい声を上げた。


 たろうさまの頂上には、龍神を祀った社の本殿がある。
 その日、昼過ぎ。社殿の中庭を、一人の娘が掃き清めていた。
 白の単衣に紫の袴、帯の後ろに玉串を差込み、下げ髪を稲穂のついた藁で切り結びにしている十三・四歳ばかりの娘だ。
 紙のように白い顔色をしており、墨のように黒々とした瞳がを輝かせている。
 一重の襟には墨痕淋漓とした読めない文字が書き込まれ、首と手首には水晶の数珠がかかり、足下では白い大トカゲと朽ち木のようないきもの、、、、が落ち葉と戯れていた。
「父から、岩長姫さまによくお礼を申し上げるようにと言付かって参りました」
 社殿の中で、武藤協丸は深々と頭を下げていた。
 真正面には老巫女の岩長が居て、協丸に背を向けていた。
 蝋燭の炎が揺れ、周囲に甘い香りが漂う。神鏡がチラチラと光を弾いている。
 岩長は振り向きもしない。
わらわは何もしておらぬ故、礼を申されても困る、とお伝え下され」
「承りました」
 協丸は両手を付き、額が床に付くほどに深く頭を垂れた。
「時に……」
 立ち上がろうとした協丸に、やはり振り向かぬまま岩長が訊いた。
バカ息子、、、、は、どうしておりましょうや?」
「どうもしておりません。読書などして過ごしておるようですが」
 微笑とも付かぬ小さな微笑が、協丸の口元に浮かんで、すぐに消えた。
「左様でございますか」
 冷たく、寂しげにつぶやいた岩長の背に、今度は協丸が問いかける。
「弟は……弁丸は以前より桜女殿をと思っておりましたのか?」
「まさか。アレは桜女も他の者達も、ここにおる者達はみな『人でないモノ』であるとよう知っておりましょう」
「ならば何故、桜女殿を嫁にするなどと臆面もなく申したのでしょうか?」
「アレは、バカであるから」
 大きくため息を吐いた後、岩長は振り向いた。振り向いたが、うつむいて、協丸の顔を見ようともしない。
「バカであるから、人とそうで無いモノを区別はできても差別ができぬ。どれとも、誰とも同じに接する。それでいて、それぞれ『違うもの』として扱う。桜女と同じ護符と桜女の想いの残った数珠から、桜女と同じ姿の式が生まれても……それを桜女とは思えぬ」
 ゆっくりと頭が持ち上げられる。
「あれは、本当にバカであるからのぉ」
 老巫女の顔には親馬鹿らしい誇らしげな色が広がっていた。
「では、姫さま。私は急ぎ戻ります。父がお館様より上州沼田の攻略を任されましたので」
「やれやれ、まだ元服まで日のあるそなた様までご参陣なさるのか?」
「はい。残念ながら」
 協丸は再度頭を下げてから立ち上がった。
 社殿から出ようとしたその時、岩長が彼の背に語りかけた。
「若様。もしお父上が、新しく城を作ることがあるなら、ここから石を切り出してゆくがよい、と伝えておくりゃ。さすればきっと城を守ってやると、この岩長が請け負った、と」
「承りました」
 振り向いた協丸の目に、龍神の本殿は映らなかった。
 森と岩と風と土の臭いの奥に、幽かに蝋燭の燃える臭いがした。
「そうか、欲の深い者は入れぬのであったな。争って敵を殺して勝ち残って生き続けたいという強欲な者には……」
 寂しげに笑い、協丸は山を降った。
「弁丸なら、受け入れてもらえるだろうか?」
 急な坂道に、弟の屈託ない笑顔が浮かんだ。

終わり
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