破邪鬼戦団ジオレンジャー 序章2
「行動」


 ターミナルの切符売り場で、主税は呆然と立ちつくしていた。
 目の前…45°下方…に、知った顔があった。
 満面の笑みを浮かべ、小さな手でN県までの指定席切符を差し出しているのは、紅白帽
に半ズボンの体操着姿で、リュックと水筒を携えた、どう見ても遠足スタイルな小学生だ。
「優…」
 主税は鼻の頭を掻いた。
「お義母(おふくろ)の差し金だな」
 主税が今「母」と呼んでいるのは、死んだ実母の妹であり、従妹・美沙緒の母である白
鳥潤南だ。彼女が、父が行方知れずとなり、母が没した主税を引き取った、育ての母だか
らだ。
「ジュンナセンセイは、学会の会議で出かけちゃったモン」
 遠足少年…緑川優(みどりかわ・ゆう)は楽しそうな浮かれ声で答える。
「だからボクがお目付役を任されたってワケ。『主税クンはせっかちで行動派だから、絶
対今日中に出かけるはずよ。駅で待ち伏せれば、確実に捕まえられるわ』だって」
「しっかり行動パターンが読まれてる…」
 頭を抱えた主税の、その脳裏に義母の…絶対に実年齢に見えない…勝ち誇った笑顔が浮
かんだ。
 それにしても…。
「この不良小学生め。明日の授業はどうするつもりだ?」
「ちゃんと休むって担任に言ってきたよ。…大体、今更『飽和水溶液からホウ酸の結晶を
取り出す方法』なんてこと、教科書読むだけの授業で教わりたくないし…実験でもするな
らともかくさ」
 頭の後ろで手を組んで空を仰ぐと、優は唇を尖らせた。
「給食の時間をすっ飛ばしても構わないくらい退屈と言う訳か?」
 上を向いた紅白帽の鍔をつまんで持ち上げながら、主税はニッと笑んだ。
 緑川優が功徳学園初等部へ転入したのは去年のことだ。
 だが授業に出るのは週に2日か3日で、しかも遅刻や早退ばかりである。出ている授業
中だって、真面目に勉強している風ではない。ぼんやりと窓の外を眺めたり、ノートに授
業とは脈絡のない数字や幾何学的な図形を書き連ねたりしている。
 そしてそういうことに飽きると、ふらっと(しかし、ちゃんと時限間の休み時間を選ん
で)教室から出て行く。向かう先は、初等部と同じ敷地の反対側の端にある、大学の研究
室棟と決まっている。
 そこで何をするかというと、教授や研究員らと議論をするのだ。主に高等数学と高等物
理と、まれにコンピュータ技術について、熱いディスカッションを交わすのである。
 彼が功徳学園に居る真の理由は、実はキャンパスにこそある。イギリスの某大学の博士
課程をすでに修了させている優にとって、小学校生活は「暇つぶし」に過ぎない。(実は
当初、白鳥理事長は彼を「教育する側」の人材として招いたのだ。教授連が「若すぎる」
と言う理由で拒否したこともあって、どういったワケか初等部に編入することになった)
「う〜ん。それだけがちょっと心残りかな。実は明日のメインディッシュはチキンのカレ
ーなんだ」
「そいつは残念だったな」
「ま、優クンはチキンカレーよりチカラの方が好きってコト。どーだ、うれしいだろ?」
 こういう「人間の感情や愛情表現に関する感性」の部分だけは妙に単純で、10歳の少
年らしい優ではある。
「はいはい」
 主税は優が再び差し出した新幹線のチケットを受け取った。

 タイミング良く最速タイプ(各駅に停車しない、在来線で言えば快速か特急のような)
の新幹線に乗ることができたので、二人は終点のN駅まで1時間30分ほどで着いた。
 目的地に向かうには、そこから私鉄か路線バスに乗り換えねばならないのだが、接続の
タイミングが少々悪かったためタクシーに乗ることにした。
「黍神山(きびかみやま)へ行きたいのですが…」
 少々不安げに主税はタクシーの運転手に告げた。N県の観光マップなどには黍神山の案
内はまるで載っていない。きっと寂れたところに違いがない。もしかしたら地元でも知ら
れていないのではないか…と、主税は思っていた。
 が、タクシーの運転手はにこやかに笑って、
「あすこまでだと、3000円ぐらいかかりますよ」
と答えた。
 さらに車中で、主税は訊ねてみた。
「黍神って、有名なんですか? ガイドとかにはまるで載ってないから…その、昆虫採集
の穴場だと思ったんですが」
 とっさに目的を偽った。主税自信にも理由が解らなかったが。
「大本営の跡があるからね。夏の…敗戦記念日あたりになると、わりと見学者が来るんで
すよ」
「大本営…って?」
「若い人は知らんかもねぇ。
 第二次大戦中、軍本部と皇居を東京から田舎に移そうって計画があってね…あんまり東
京が空襲されるからって。それで、ここらが山ン中で地盤も固いからと、選ばれっちまっ
たんですな。
 ま、決まったのが終戦直前で、しかもこっちまで空襲されるようになったんで…軍の飛
行場があったんだから、当たり前ですがね…ともかく防空壕を掘ったはイイが、結局使わ
なかったそうだけど」
「ああ、あれはこのあたりの話なんですか」
 一応は史学科在籍の主税であるから、専攻の中南米史だけではなく、日本近代史も多少
は知っている。ただ、興味のないコトに関する知識という物は、はかなり大きな切欠がな
いと出てこないものなのだ。
「…もっとも、黍神の壕はかなり痛んでいて、中を見学できないモンだから、山の口まで
来て引き返す人がほとんどですどね」
 鷹揚に笑った運転手は、さらに続ける。
「ちょっと前に素人歴史家が『黍神山は超古代のピラミッドで、UFOの基地だ』なんて
言ったことがあったっけな。火の玉みたいなのが飛ぶとか、山頂の神社に祭られているの
は実は宇宙人だとかコイてね。
 それからちょっとの間は、UFOとか古代文明とか言うのがブームになって、そういう
のの物好きがが山登りしようってやって来るようになったけ。
 しばらくして、ちゃんとした地質学者が…ええっと、山腹に地下水が流れてて、それが
電気を出して、雷みたいに光る…とかいうのを解明したら、まあそっちのお客はめっきり
減っちゃいましたがね」
 話が佳境に入った頃、優は主税の耳たぶを引っ張って、強引に耳打ちをした。
「きっとそこ、火山性の山なんだよ。だから地下水の流動帯電現象が起きて、コロナ放電
したんだ。それが火の玉みたいに見えたんだよ。地震とか地鳴りもあったと思うけど、そ
ーゆーのが余計に『擬似科学』ぽい発想を呼ぶんだ」
 これは小学5年生の発言である。主税は感心しつつも呆れながら、
「だろうね」
とだけ応えた。

 黍神山(きびかみやま)は本来、信仰の山であった。山頂にある神社の参道として整備
された登山道が、細々と山林の奥へ向かって伸びている。
 しかしそれ以外は鬱蒼と茂った森で、大本営であるとか、UFOであるとか、およそ近
代的な開発らしき跡は見えない。
 タクシーの運転手から近在の旅館案内図と
「ロープの張ってある所は地滑りの危険地帯だから、近づかないように」
という注意をもらった主税と優は、とりあえず参道を登ってゆくことにした。
 運転手の言った「地滑り」が、かなり深刻なものであるというのは、すぐに判った。
 砂利で整備された参道をほんの数メートルはずれた斜面は、あちらこちらで白っぽい土
がむき出しになっている。
 先ほど優が「地震があったはず」と推測したが、それが当たっているとすれば、大本営
豪跡が立入禁止になっているのも、恐らく内部が大規模に崩落しているか、その恐れがあ
るからだろう。
「クワガタとかいるかな? おっきいヤツ」
 優が浮かれた調子で言った。
「木の間にシーツを張って、懐中電灯を置いて一晩待てば、もしかしたら取れるかも知れ
ないな」
「やった! じゃ、ホテルには泊まらないで野宿してクワガタ取りしよう。あ、でもカゴ
とか持ってきてないや」
「大きくて厚い木の葉を2枚、松葉の長くて丈夫なので組めば、簡単な虫カゴになる」
 優は目を丸くして主税を見上げた。
「詳しいねぇ。チカラは大学出たら、虫取りのセンセイになるといいよ」
 まっすぐ正直に感嘆している。
「専門外の事ながら緑川博士に褒めていただけて、実に光栄だよ」
 主税はケラケラと笑った。
 と。
 主税の視野の端で、何かが動いた。
 豆粒ほどの大きさだ。かなり距離が離れているのだろう。
 それは、黒っぽい影であった。木々の奥、崩落した白い崖を背景にしていたものだから、
一瞬ではあったが、妙にはっきり見えた。
『崖崩れを補修する人か? まさか熊が出るとか言わないだろうな』
 くるりと大きく向き直った。身を乗り出して、枝の間をのぞき見た。
 人の形をした黒い固まりが、確かにそこにいた。
 陥没し大きく口を開けた洞窟様の穴の回りに、うじゃうじゃと。
 背のあたりにチラチラと羽ともとれる何かが付いている。手に手に何か携えてうろうろ
する様は、さながら羽蟻の大群である。
「なんだ、一体?」
 足を踏み出した、その瞬間。
 赤く痛烈な閃光。
 網膜が突き破られた、目を開けられない。
 顔を手で覆い、後ずさった。
「チカラ!? ナニ? 今レーザー光が下から…。うわ!」
 優が足許にしがみついた。
 拍子に砂利に足を取られ、主税は仰向けに倒れ込んだ。
 背中で砂利がこすれ合う音がする。正面から、鳥の羽ばたきに似た風音がする。間近で
優の悲鳴が聞こえる。
 主税は見えなくなった目を必死に見開きながら、優を抱きかかえ、這いずって更に後ろ
へと下がった。
 その進む先に、黄色と黒のナイロンで編まれたロープが、力無く張られている。参道脇
の斜面の木々は大きく傾いて、根を晒していた。
 視力がわずかに戻り、目のすぐ前に黒い人状の影の頭部をうっすらと感じた瞬間、主税
は自分の手元に地面がないことに気付いた。
 そして、目には光と闇を交互に、全身には激しい痛みを、腕の中には確かに優の体温を
感ながら、主税は意識を失った。
 

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