真田大石 − 【2】 BACK | INDEX | NEXT

2014/09/20 update
 その日の内に、出浦対馬の手配によって人夫が集められた。人夫達は石垣の周囲に足場を組み、崩壊を防ぐための支柱を立てると、大岩に綱を掛けた。
 信之や重臣達の見守る中、人夫達は慎重に、力強く、綱を引いた。
 ……が、石は動かなかった。
 大石と石垣とのすき間に丸太を差し込んで、「てこ」の要領で石を浮き上がらせようと試みもした。しかし丸太が折れはしても、石はびくとも動かない。
 機転を利かせた馬奉行が、厩から軍馬を十数頭引いて来た。太い縄で大石と繋いで引かせようと言うのだ。四半刻の後、馬奉行は馬の背にちぎれた綱を乗せて、厩へと逆戻りした。
 油を流し込めば滑り出すだろう、と誰かが言った。試してみたが、三日ほど灯火なしで暮らさねばならなくなっただけで、大した成果は得られなかった。
 作業は日暮れまで続けられた。しかし、何をやっても、巨大な石は頑として動かなかった。
 動かない石を見ながら信之はぽつりと呟いた。
「やれやれ、頑固な御仁よの」
「は?」
守清が仰ぎ見ると、信之は悲しげに、大石を凝視ていた。
『この眼差し、かつて何処ぞで見たような……』
 主君の横顔に、守清は二十二年の昔を……関ヶ原合戦で西軍(豊臣方)に加勢した真田昌幸・信繁(幸村)が九度山に流された、あの冬の事を……思い出した。
 
 父弟は謀反人である。徳川の家臣である信之が二人を見送る事は、公には許されなかった。
 物陰に隠れて、山道を行く父弟の背を眺める事しか、彼にはできなかった。
 去って行く偉大な父と、従い行く父に認められた弟、そして二人に取り残された自分……。信之は寂しさの中に、羨望を溶かし込んだ、悲しげな眼差しを二人に向けていた。
 そして彼は、誰に言うとでもなく呟いた。
「俺一人、置いて行かれるのか……」
 
 その時、旧主の背に注いでいた視線と、今大石に注がれている視線は、まるで同じ物だ。
『御主君は何故はあの眼差しを、石ごときに向けるのか?』
 守清が怪訝顔でのぞき込むと、主君の頬はわずかに紅潮した。
『さようですか、親父殿。この地を離れたくないと仰せなのですね。弁丸(幸村の幼名)共々、上田の地を死守すると。松代へはそれがし独りで行けと。……それがしはまた、置いてゆかれるのですね』
 微笑む主君の瞳に熱いものが光ったのを、守清は確かに見た。
 
 
 それから三百七十余年。
 上田城跡公園に復元された大門脇の石垣に、その大石……真田石……は居る。
 「彼ら」は今なお静かに上田・小県の地を守っている。
【了】
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