岩長姫 退魔記 − 桜女 【5】 BACK | INDEX | NEXT

2014/09/20 update
 たろうさまの頂上には、龍神を祀った社の本殿がある。
 その日、昼過ぎ。社殿の中庭を、一人の娘が掃き清めていた。
 白の単衣に紫の袴、帯の後ろに玉ぐしを差込み、下げ髪を稲穂のついた藁で切り結びに している十三・四歳ばかりの娘だ。
 紙のように白い顔色をしており、墨のように黒々とし た瞳がを輝かせている。
 襟首と手首には水晶の数珠がかかり、足下では白い大トカゲが落ち葉と戯れていた。
「父から、岩長姫様によくお礼を申し上げるようにと言付かって参りました」
 社殿の中で、武藤協丸は深々と頭を下げていた。
 真正面には老巫女の岩長が居て、協丸に背を向けていた。
 蝋燭が甘い香りをあげながら小さな火を揺らし、神鏡がその光を弾いている。
 岩長は振り向きもせずに言う。
「妾は何もしておらぬ故、礼を申されても困る、とお伝え下され」
「承りました」
「時に…」
 立ち上がろうとした協丸に、やはり振り向かぬまま岩長が訊いた。
「バカ息子は、どうしておりましょうや?」
「どうもしておりません。読書などして過ごしておるようですが」
「左様でございますか」
 寂しげにも聞こえる声でつぶやいた岩長の背に、今度は協丸が問いかける。
「弟は、弁丸は以前より桜女殿を人と思っておりましたのか?」
「まさか。アレは桜女も他の者達も、ここにおる者達はみな『人でないモノ』であるとよう知っておりましょう」
「ならば何故、桜女殿を嫁にするなどと臆面もなく申したのでしょうか?」
「アレは、バカであるから」
 大きくため息を吐いた後、岩長は振り向いた。
「バカであるから、人とそうで無いモノを差別できぬ。どれとも、誰とも同じに接する。 そしてそれぞれ違うものとして扱う。
桜女と同じ護符と桜女の想いの残った数珠から、桜女と同じ姿の式が生まれても…それを 桜女とは思えぬような、本当にバカであるからのぉ」
 岩長はむしろ誇らしげだった。
「では、姫さま。私は急ぎ戻ります。父がお館様より上州沼田の攻略を任されましたので」
「やれやれ、若様まで参陣なさるのか?」
「はい。残念ながら」
 協丸は再度頭を下げてから立ち上がった。
 社殿から出ようとしたその時、岩長が彼の背に語りかけた。
「もし、新しく城を作ることがあるなら、ここから石を切り出してゆくがよい、とおぬしの父に伝えておくりゃ。さすればきっと城を守ってやると、な」
「承りました」
 振り向いた協丸の目に、龍神の本殿は映らなかった。
 森と岩と風と土の臭いの奥に、幽かに蝋燭の燃える臭いがした。
「そうか、欲の深い者は入れぬのであったな。争って敵を殺して勝ち残って生き続けたい という強欲な者には…」
 寂しげに笑い、協丸は山を降った。
「弁丸なら、受け入れてもらえるだろうか?」
 急な坂道に、弟の屈託ない笑顔が浮かんだ。

終わり
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