【覚醒編】 − 1.暁光 【1】 BACK | INDEX | NEXT

2014/09/26 update
 頭が、ズキズキと痛む。
 手を当てると、後頭部にぬるりとした感触があった。
 吐き気がする。
 そのくせ、妙に頭が冴えていた。
 見渡す限りの「灰被り(シンデレラ)」な地べたをみて、ほんの一秒も置かずに、
「火山噴火、か」
なんて解っちまうなんざ、はっきり言って並の思考じゃない。
 普通だったら、まず
「ここは何処だ?」
になるだろうに。
 だってそうだろう?
 少なくとも、そこは俺の知らない場所だったし、周囲には人影もなかったンだ。
 …いや、「人影」は有った。
 質の悪い大理石で作った、埃まみれの彫像みたいなモノが2つ、やけに穏やかな顔で、倒れている俺を見下ろしていた。
「ミハエル、ガブリエラ…」
 それが、そいつらの名前だと、やっぱり一秒もしないうちに解った。
 そう呼びかけたところで、返事などしないだろう事も、同時に。

 2000セルシウスだか3000セルシウスだか忘れたが、ともかく、とんでもない高温の気流にさらされると、「炭水化物」ってヤツは瞬時に「炭化物」になるらしい。
 水気だけが飛んでしまうって訳だ。
 そして、それ以外のモノが、そのまんまの形で残る。
 出来の良い木炭が、年輪まではっきり読みとれる状態でできあがるのと、同じ理屈さ。

 つまり、俺の無二の友と、その最愛の女性は、生きていた時そのままの姿で、炭になっていたンだ。
 火砕流の灼熱風の直中(ただなか)、身じろぎもせずに立ちつくしていた…恐らく、この俺を守るために。
 俺の脳味噌が冴えていたのは、ここまでだ。
 ボンクラになっちまうまで、5秒とかからなかった。
「ナゼ、オマエタチハ、オレヲマモッタ? オレノイノチガ、オマエタチノイノチヨリモ、オモイトデモイウノカ?」
 手を伸ばした。…我が友の、灰色の頬に。
「ミハエル、教えてくれ。ここは何処だ? 何故、おれは此処にいる? それに…」
 俺の腕にこびり付いていた、衣服の燃えかすが、ハラハラと落ちた。
「…それに、俺は…俺は誰なんだ?」
 友は、笑った。その恋人も微笑んだ。
『主公(との)は我らの友。何時いかなる時も変わらぬ、刎頸(ふんけい)の友。我らの「魂」を賭すに相応しい、莫逆(ばくぎゃく)の友』
 単なる炭の塊が、最高の笑顔を浮かべ、声を揃えて言った。
 幻聴なんかじゃない。
 こいつらは、この言葉を言いたいが為に、此処に立っていたんだ。
 その証拠に、言い終わるのと同時に、二人は、美しい二つの炭達は、崩れ落ちたのだ。
 俺の友は、粉々の、バラバラの、くすんだ灰まみれの破片になった。
「お…おおぅ…おお…」
 言葉が、出なかった。
 言いたい事は山ほどある。
 だが、そのどれもが声になりやがらない。
「あ…ああっ…うわああぁぁっ!!」
 結局、俺に出来たのは、哭く事だった。
 喉が裂けるまで、叫ぶ事だった。
 血涙を流し、大地を殴り付け、天に向かって咆吼する。
 どれだけの時が過ぎたのか、判らない。
 ほんの一時かも知れない。丸一日かも知れない。
 涙も声も涸れ果てて、阿呆のようにへたり込んでいた俺の背を、何かが押した。
 地鳴り。
 地響き。
 耳を劈(つんざ)き、心臓を握り潰すような音。
 猛烈な熱風に、俺の髪が嬲られる。
 辺り一面に降り積もっていた火山灰が、呆気なく吹っ飛ばされて行く。
「ミハエル! ガブリエラ!」
 俺は、二つの炭の山の上に、身体を投げ出した。
「行くな! 往くな! 俺を置いて逝くな! 俺を独りにするなっ!」
 迷子になった餓鬼みたいな狂乱振りだった。
 自分が忘れちまった「俺の事」を知っている、たった二人の人間を、俺は失いたくなかった。
 それがたとえ、ただの炭の塊であったとしても。
 物言わぬ、魂の抜け殻であったとしても。
 だが。
 燃える灰色の風が、俺の泣き言を聴いてくれる筈がない。
 火砕流の第二波は、そこにあった物を全て吹き飛ばし、別の地面を造って行った。
 ただ、俺だけが残された。
 着ていたはずの物は全部、カスすら残らずに燃え尽きた。
 佩(おび)ていたのであろう長剣も、鎧うていたのであろう胸当ても、融けて、原型を留めていない。
 だのに。
 俺は、生きていた。
 両の掌に一つずつ、真紅の珠を握って、熱い灰の中で生きていた。
『主公よ…我が友よ…』
 消えかかる意識の奥底で、俺は確かに二人の声を聞いた。
『我らの「魂」は、貴方と共に在ります。かつて、我ら自身が貴方と共に在ったと同様に、これからも…永劫に…』

 気が付くと、俺は灰の原の中に、独り立っていた。
 握っていた珠は消え、掌には紅い文様が刻まれていた。
 両の手を重ね拱むと真円を描く、涙滴のような形の文様だった。
「友よ…。ミハエル=ドラゴン…ガブリエラ=フェニックスよ」
 俺は両掌に語りかけた。
「まずは、山を降るとするか…」
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幻惑の【聖杯の三】

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