間道の【塔《タワー》】 − 【5】 BACK | INDEX | NEXT 2014/09/26 update |
集落は、静かだった。 広場に、あの農婦の亡骸が、そのまま横たえられている。 人気は……ある。わずかに「生きている人間」の息吹が聞こえる。 それと同数の「人でなくなったもの」の気配も、やはり潜んでいる。 2人が、つい先ほどいた場所に再び立つと、大地を震わせるような声がした。 『同類よ』 どこから聞こえるのかは判らない。 ブライトは、辺りを見回すと、 「冗談きついぜ、【塔《タワー》】。俺達ハンターとおたくらオーガを一緒にして欲しくないね」 『同じことだ。我らは共に、人の力を越えている。その証拠に、おまえ達は全速力で獣道を往復したというのに、息一つ乱れていない』 事実である。エルは、全く疲れを感じていない自分自身に、改めて驚愕した。自身が「人でない」ことを宣告され、心臓が止まる思いになった。 「ま、そのあたりは、似てるな。無限の体力はのことは仕方ねぇ、認めよう。……だがなぁ」 震えるエルの華奢な肩に、ブライトの左腕が回された。 彼は、視線を落としていた。 「少なくとも俺達は、おたくらと違って、腹がはち切れるほど喰わねぇし、吸った息を吐き出さねぇほどケチじゃねぇし、手前ぇのせがれと乱交するほど色狂いじゃねぇよ!!」 『抜かせ!』 足下の亡骸が、急激に膨張した。 胴体部分の肌全体は赤黒い粘膜に覆われ、手足は皮膚が岩のように硬質化した。 「そんな!?」 助けようとした女性、哀れんだ人物……それが「敵」であった。 エルは動けない。手の中の【アーム】は、輝きを失いかけた。 「じゃかぁしいっ!」 硬直した彼女の体は、ブライトの胸板に押しつけられた。 彼の左腕が、力強く、優しく、彼女を包んでいる そして、右腕の【アーム】は、輝きを数十倍にも増した。 「死人の分際で、生きてる者の足を引っ張ってンじゃねぇっっ!!」 一突き。 悲鳴もない。 人の形をしていたモノ、魔物の形をしていた物体は、まるでフライパンの中の塩水のように蒸発した。 地面に、こぶし大の紅い珠を残して。 オーガやグールは、生命力の強い若者や子供を好んで喰らう。 そのため、ムラで生き残ったのは、年寄りばかりだった。 かくしゃくとしていた長老は一気に30も年を取ったように疲れ果て、もはや口も利けない。 この集落は、壊滅したと言っていい。 ハンターはオーガとグールを倒す力を持っているが、オーガとグールを人に戻す力は……オーガがその人物の心を乗っ取り切れていない場合を除いて……持っていないのだ。 「だから言ったろう? おまえさんは、優しすぎる。誰に対しても、だ」 ブライトは宝珠【塔】を、他の荷物と同じぼろ袋の中に押し込んだ。 「あの時、最初の時……。あなたの言うとおりに、あの騒ぎの中に私が割り込んで行かなかったら、あのムラは、あれほどひどい被害を受けなかったのに……」 エルは墓穴を掘る気力さえ失っている老人達を見ながら、泣いていた。 「そーゆーイミじゃない。……あそこで割って入ったから、【塔】の正体が判ったんだからな。【アーム】の悪しき力に取り憑かれたお代官さまが女性だったとは、俺も思って無かった訳だし」 「ですが……」 「オーガに堕ちるか、そうでないかは本人の意思だ。ムラを捨てるか、残って立て直すかも、やっぱりそこの連中の意志で決まる。哀れんで一々泣くな。大体、あとどのくらいのオーガを倒さにゃならんか、判らんのだぞ」 涙を袖で拭きながら、エルはブライトを見上げた。 「あなたは、強い人です。尊敬します」 彼女は笑った。作り笑顔だ。必死で作った、精一杯の強がりだ。 それを見て、ブライトも笑った……にへらっと。 「尊敬は、恋情に変化しませんかね、姫様?」 たこのように尖らせた唇が迫ってくる。 その吸い口の下、無精ひげにまみれた顎に、ねじりの効いたアッパーカットが、美しく入った。 End. |
Copyright Shinkouj Kawori(Gin_oh Megumi)/OhimesamaClub/ All Rights Reserved
このサイト内の文章と画像を許可無く複製・再配布することは、著作権法で禁じられています。