魅惑の【剣の女王】《クイーンオブソード》 − ハイヒールの踵 【4】 BACK | INDEX | NEXT

2015/01/08 update
 舞踏会の開かれている「プチ・メゾン(小離宮という本意の他に、愛人の家をも指している)」には、数十種類の香水が混じり合ったむせかえるような臭いが、充満していた。
 若い娘も、そうでないご婦人もいる。あまり若くない男性と、それ以上に若くない男性もいた。
 しかし出席者は、圧倒的に女性が多い。
 女達は原色の布地に大振りな花柄を縫い付けたドレスを着、シラミ取り粉を振りかけた真っ白な髪を入道雲よろしく結い上げ、厚塗りが過ぎてひび割れを起こした白壁のような化粧をし、何を話すでもなく、ただくすくすと笑っている。
 男共の方は、シャツの胸元をわざと大きく開け、男らしさを演出するために胸毛のある者は油を塗り、無い者・薄い者は付け毛をしている。その上、バレエダンサー以上に股間を強調する「上げ底」のタイツを穿いて、よだれを垂らしながら女性の品定めをしていた。
 「仮面」舞踏会のはずなのだが、誰一人としてマスクを付けている者はいない。
 この催しものが始まってから数回の内は、おそらく、みな顔や素性を隠していたのだろう。
 しかし、領国の中である程度の身分か財力を持っている者のほとんどが出席しているのだ。顔を隠しても、おおよそ正体が知れる。
 仮面舞踏会という言葉は、いつしか「無礼講」を意味する符丁になった。
 そこに、遠国の貴族、という触れ込みでエル・クレールとブライトの二人が現れた。
 新顔である。
 会場に入るなり、好奇のまなざしが注がれた。
「最悪」
 エルとブライトは、期せずして同時につぶやいた。
「帝都風、ちゃぁ聞こえが良いが、ようはエロ妹がヒヒ兄の真似をしてるだけだぜ」
 ご婦人方の視線を一心に浴び、仕方なく愛想笑いをしながら、ブライトはエルにだけ聞こえるように言った。
 彼は、エルをしっかり過ぎるほどしっかりとエスコートしていた。
 締め上げられた腰に腕を巻き付け、強く抱き寄せている。
「ギュネイの都のパーティは、こんなに下品なのですか?」
 清貧の国「ミッド公国」を十三歳まで出たことのないエルだった。他方の社交界には少々、いや、かなり疎い。
「さぁて。出たことは“たぶん”無いンでね」
 後頭部を撫でながら、ブライトは吐き捨てた。
 エルは、ブライトにしっかり過ぎるほどしっかりとエスコートされていた。
 巻き付けられた腕に手を添え、胸元に顔を埋めている。
 自分に向けられている男達のおぞましい視線を避けたかった。
 しかし鼻を押しつけた安物の襞胸シャツの奥から、汗の匂いがする。
 ブライトの顔色が優れない。
「頭痛が……酷いのですか?」
「そうでもない」
 力のない否定だった。
 エルは銀色の眉を顰め、彼を見上げた。
「もしかして、熱が?」
 心配そうなエルの視線は、大人びて艶やか過ぎる。
 青白かったブライトの顔色が、急に赤くなった。
『こいつは自分の色気をまるっきり自覚してない』
 ブライトは口ごもりつつ、
「おまえ、やっぱり今後一切、ドレスを着るな」
「……着たくて着ている訳ではないと、先ほども言ったはずです」
 今度は妙に幼い顔で、唇をとがらせた。
 ブライトの喉の辺りが、ぴくりと動いた。
 生唾を飲み込んだのだ。
『女ってのは、どうして何奴も此奴も“娼婦”と“少女”を併せ持ってやがンのかね』
 ちょうどけだるいワルツが流れてきた。
「条件付きなら許す」
 ブライトはエルの右手を強く握り、下手な演奏に合わせないステップを踏み始めた。
「条件?」
 巧いエスコートだった。エルは自然に、優雅なダンスを舞い始めることができた。
 踊りながらブライトは、ニヤっと笑い、、
「俺様とふたりきりの時だけは“バースデードレス”の着用を許可しますぜ、姫」
 人は生まれたその瞬間には、何も着ていない。つまり裸である。
 ブライトの軽口に対する条件反射となっているエルの“グーパンチ”だが、ブライトはダンスにかこつけて右手を封印することに成功していた。
 ブライトの勝ち誇ったような笑顔は、次の瞬間、エルの柳眉がつり上がるのと同時にしかめっ面に変わった。
 ふくらんだスカートの中、外から見えない密室で、その行為は行われた。
 彼女は踵に全体重をかけ、彼のつま先に乗った。
「あら、不調法でごめん遊ばせ」
 勝ち誇った笑顔は美しい姫の口元に移行し、拗ねた歯ぎしりは逞しげな貴公子の口中に移った。
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まろやか連載小説 1.41

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