意外な話 或いは、雄弁な【正義】 − 【1】 BACK | INDEX | NEXT

2015/07/28 update
 それは君も良くわかっていることだと思うのだけれど……。
 君の書くモノに出てくるような、田舎の御城の奥の間から文を一通送って、世の中の流れをがらりと変えてしまうような、あるいは何人何十人かの命をいとも容易く消してしまうような、そんな恐ろしい御方などというものは、実際にはいません。
 ああいうのは想像上の生き物に過ぎないのです。……都にある御屋敷に、親の言うことを良く聞く息子がいるというのであれば、話は別ですけれどもね。
 大体、主上の寵愛を篤く受け、都で権勢を誇っているといったお方は、おおよそご自分のご領地などにはお住みにならないものですよ。
 都で仕事をするならば、都に住まねばならないというのが道理というものでしょう? だから例え国元に立派な御城があっても、大抵は都にある御屋敷にお住まいになるのです。
 つまり、偉い方のお城であればあるほど、主たる人がいないのです。
 そういった殿様方の国元に建つ御城が、どんな状態なのか、お解りか? 住む者のいない屋敷と聞いて、何を想像されましたか?
 人気の無い、薄ら暗い、寂れた古城。閉ざされた窓辺に青白い明かりが揺れ、風の音の裏になにかの「声」が聞こえる屋形。
 幽霊屋敷?
 ご名答。でも、君が思うのとは恐らく違っていますよ。
 その手の御屋敷が、今君が考え、期待している……つまり、壁が崩れて、床は埃にまみれ、天井に蜘蛛の巣の張った、鼠と蝙蝠の巣窟で、絵の具の剥がれかかった不気味な肖像画が並んでいる、といった場所、という意味ですけれども……そういった「幽霊屋敷」になることはないのですよ。
 よく考えてもご覧なさい。都で権勢を振るう、すこぶる付きに『出来の良い』お殿様の国元なのですよ? その方の配下に人がいないはずがない。縁戚の摂政か、信頼深い譜代の国家老が必ずいます。そして、よく働く代官の目が領内隅々に至るまで光っている。
 確かに御領地にお住みになってお国の政に専念しておられるお殿様や、あるいは殿様の留守に権勢を振るう摂政やご家老の御屋敷と比べれば、主のいない城は幾分か手薄かも知れません。ですが、まったく無人というわけには行かないものです。
 むしろ一番偉いお殿様がいない分、働く者達が妙にのびのびと過ごすものだから、いささか騒がしかったりするくらいです。
 お解りになるでしょう?
 本来住むべき人がいないのに、誰か別の者がいて、すこぶる騒がしい。そういった御城や御屋敷は、まるきり「幽霊屋敷」のようではないですか。
 摂政が、家老が、代官が、主の目の届かないところで蠢いている。彼等が正しく「人」であるとは限りますまい。
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