夏休みの前から夏休みの終わりまでの話。 − 【7】 BACK | INDEX | NEXT 2015/09/26 update |
「席についてー」 クラス委員の女子が金切り声を上げる。 校長先生はクラスの出席簿を手にし、教壇の真ん中に立った。 「日直は? ……授業を始めるよ」 校長先生はにっこり笑って背筋を伸ばした。 当番の生徒が号令をかけ、クラス全員がそろわない礼をして、着席するとすぐ、女子の一人が手を挙げて発言した。 「なんで校長先生が来たんですか?」 「君たちのクラスの担任のI先生と副担任のY先生が、急用で出かけてしまいました。そこで、今日の午前中の授業は私がかわりに教えることにします」 「校長先生が、授業をできるの?」 誰かがぽつりという。別の誰かが 「校長先生は先生の中で一番偉い先生なんだから、国語だって算数だって、きっと全部できるんだよ」 そういって、校長先生の顔を見つめた。 校長先生は苦笑いしながら、時間割をちらっと見た。 「このクラスは、月曜日の午前中に体育と音楽がなくて良かったよ。他の課目に比べると、苦手だからね」 生徒たちは笑ったり感心したりしながら、校長先生の授業が始まるのを待ちかまえた。 「一時間目は、社会だね。いまは地域学習をやっているとI先生から聞いているのだけれど?」 「はい」 一人の生徒が手を挙げた。ついさっき「怖い話」をした男子だ。 「ん? 質問かい?」 校長先生がその生徒を指名すると、彼は椅子を後ろの机にぶつけるくらいに勢いよく立ち上がった。 「この学校を建てるときに、人柱ってやったんですか?」 生徒たちがざわめいた。失笑している者もいたし、言葉の意味が判らなくて回りに訊ねている者もいたし、怖がって震えている者もいた。 校長先生は最初は相当驚いたようだが、すぐににこにこと笑って、 「君はずいぶん難しい言葉を知っているね。意味は知っているかい?」 「人を生き埋めにしちゃうことです」 さっきの「怖い話」を運良く聞いていなかった一部の生徒達が、 「そんなことしたら死んじゃうよ」 とか 「何で埋めちゃうの?」 などと、周囲の生徒達に聞いて回ったりするものだから、教室の中がいっそう騒がしくなった。 そこで校長先生は大きく咳払いをして、生徒達の注目を教壇に戻した。 「みんなは、普通に何かを頼まれるのと、何かプレゼントをもらって頼まれるのと、どっちがいいかい? 例えば、うちの人にお使いを頼まれるとして、なにもあげないけど行ってきてと言われるのと、臨時のお小遣いをあげるからと言われるのと……?」 生徒達は校長先生が、何か突然違う話を始めたように思ったりもしたけれど、それでも 「お小遣い、もらえた方がいいよなぁ」 「なにももらえないなら行かないよ」 口々に言った。 校長先生は大きくうなずいて、話を続けた。 「そうだね。何かもらうと、頼まれごとを聞きたくなる。校長先生だってそうだよ。 それで、昔の人は『神様だってプレゼントをもらえば喜んで願い事を聞いてくれる』と考えたんだ」 「神様に、プレゼント?」 「神様からプレゼントなら判るけど……サンタさんからとか」 「サンタさんって、神様だっけ? 違わないかなぁ」 生徒達は目玉と神経は校長先生の方に向けたまま、小声で言い合った。 「サンタさんは神様じゃないけど、それを説明すると長くなるから、それはまた今度だ。 とにかく、昔の人は神様にプレゼントを贈らないと、願い事は叶わないかも知れないと信じていた。 特に、大きな願い事や、失敗してはいけない仕事をするときには、『自分にとって大切な物』を送った方が良いと思っていたんだ。 普通の食べ物や飲み物だけじゃ駄目で、お侍さんなら刀とか、農家やお店をやっている人なら牛や馬とか、無くなってしまうと困る物をプレゼントにしていた」 「先生、質問!」 龍の三つ隣の席の男子生徒が、手を挙げた。 校長先生が指さすと、彼は勢いよく立ち上がって、こう聞いた。 「神様って、見えないし、触ったりできないですよね。どうやってプレゼントを渡すんですか?」 「うん、そうだね。昔の人も、どうやって渡したらいいかを、色々考えたんだ。 川の神様だったら、川に流せば受け取ってくれるかな、とか、山の神様なら土に埋めればもらってくれるかな、とか。そして、空にすんでいる神様なら、空に届けるために煙に乗せようと考えついた人がいて、火にくべて燃やしたりもするようになった」 と言うと、黒板に何か書き始めた。 白いチョークでぐねぐねとした線を引き、緑や黄色のチョークで色を塗り分け、水色の太い線やゆがんだ丸の形を描き上げる。 「この町の地図だ」 そう気付いた龍が、気付いたままを口にすると、校長先生は大きくうなずいた。 |
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