幻惑の【聖杯の三】 − 【7】

 一行が案内……知らぬ者が見たら任意同行と思うかも知れないが……されたのは、妙に広い客用寝室だった。
 どうやら元々あった小部屋三つ分の壁を打ち抜いて無理矢理にこしらえた物らしいというのは、新しい壁紙が細長く貼られた箇所が二対ある辺りからして察しが付く。
 荒い仕事が目に見える新しい長テーブルに、不揃いな椅子がいくつもそえられている。
 ゲニック准将が何か言う前に、ブライトとシィバ老人は椅子に掛けた。
 少なくとも、目上の者が座るか、座るように指示を出すまでは、立っているのがエチケットというものだ。
 それなのに大の男が早々に座り込んだのは、礼儀知らずと言うよりは、准将閣下に対して尊敬の念を抱いていないからであろう。
 エル・クレールは、座らなかった。
 遠慮であるとか、礼儀であるとか、そう言う物以前に座る気にならなかった、と言うのが正解だ。
『この部屋は、落ち着かない』
 彼女はせわしなく辺りを見渡した。
 横に広くて、扉が三つもある以外は、ごく普通の部屋である。
 日当たりはよいし、窓から見える田園風景も美しい。厩や牛舎が近いと見えて、時折生臭い獣の体臭や糞尿の臭いが漂ってくるのが難点ではある。しかし、アンモニア臭を香水で誤魔化そうとしている貴婦人達がいないだけ、まだ過ごしやすい。
 花婿が持ってきた荷物はすでに別の物置にでも納められた後なのだろうし、花嫁の結納品はとっくに准将の邸宅に送られているのだろうから、この部屋には荷物らしい荷物は無い。
 そのせいか、部屋は何となく殺風景で、それでいて雑然としていた。
 ドアと窓のない方の壁には、気の枠から首を突き出した猪や狼の剥製が飾らてい、人々を睥睨しているかのようだった。
 部屋の四隅には、准将閣下がまとうに丁度良さげな、横に大きい全身鎧が一領ずつ、部屋の中心を見据えて起立している。鎧は揃いだが、手にした柄物はそれぞれ違っていた。
 ヘッドの大きさも重さも子供一人分はありそうな鎚、馬もろとも戦車をひっくり返せそうな矛、鎧どころか地面までもたたき割れそうな戦斧、物を斬ると言うより叩き潰すために作られたかのような剣。
 寒気のするほど悪趣味で、攻撃的な装飾品だった。
 エル・クレールは肩をすくめて、ブライトの椅子の背にすがるように立っていた。
「佞臣も小判鮫も私がいなくなれば静かなモノだ。まあ、楽にすると良い」
 准将はそう言ってまた豪快に笑った。
 客の賛美が若夫婦ではなくその親の、いや家財産に対して送られていたモノだと言うことは、この太った貴族にも十分理解できていたのだ。
「付きまとわれるのが嫌なら、子供を政略結婚させなきゃ良いでしょうよ」
 ブライトが鼻で笑った。
「直裁だな」
 軍人は太い眉毛をぴくりと吊り上げた。
「学がありませんでね。お宅のようなエライ方が喜ぶような言葉を知らンのですよ」
「突っかかりおる」
 ゲニック准将は頬の肉を引きつらせたが、すぐに相好を崩すと、革張りの椅子に腰をすえた。脂の乗った笑顔は、シィバ老人に向けられた。
「試しても、よろしいですかな? いや、先生の眼力を疑う訳ではありませんが、どうも私は見た物しか信じられませんでね」
 エル・クレールは唇をへの字に結んでゲニックをにらみ付けた。
『それでは上官の命令も部下の報告すらも信じられないと言うことになるのでは無いでしょうか?』
 よほどそう言ってやろうと思った。しかしブライトの大欠伸に、彼のあきれと諦めが見えたので止めた。
 シィバ老人はと言うと、彼もまたあきれかえっていた。ただそれは、ゲニックが自分を信用していな


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