深林の【魔術師】 − 【4】

 質素な夕餉の席に、浮かれた領主の鼻歌が響き渡る。
 席に着いているのはポルトス伯と二人の旅人のみ。伯爵の左右にはマルカスとビロトーがしかめ面で突っ立っており、さらに食卓の周囲をぐるりと兵士達が取り囲んでいた。
 レオン=クミンとガイア・ファテッド=クミンは、突き刺すような視線を四方から受けながら、無言で食物を口に運んでいた。
「デートリッヒが帰ってくる、帰ってくる。デートリッヒがぁ帰ってくるぅ」
 ポルトス伯は出鱈目な節を付けたその言葉だけを繰り返している。
 居心地の悪い食卓と言うほかない。
 早いところ退席したいのだが、どうやらそうもゆきそうにない雲行きだ。
 ドアが小さく開き、小吏が一人入ってきた。こそこそと壁沿いを歩いたそいつは、ビロトーの足下にしゃがみ、顔だけぐいと上に向けて、なにやら口元を動かした。
 ビロトーのしかめ面が、さらに渋くなった。
「伯爵」
「んーんんー?」
 ポルトス伯は鼻歌を止めずにいるが、一応は「聞く姿勢」ではあるようだ。ビロトーの方へほんの少し身体を傾けた。
「デートリッヒ様が、森の入り口までお着きになったと」
「おお、おおお!」
 陽気な伯爵はいきなり立ち上がって椅子を蹴倒すと、猛然とドアへ向かって駆け出した。
 慌てたのはビロトーとマルカスだ。
「伯爵!」
「我が君!」
 口々に言いながら、ポルトス伯に追いすがり、彼の手がドアノブに届く寸前に、その前に立ちふさがった。
「出迎えねばならんだろう。デートリッヒはあの森の暗闇が、小ぃぃさい頃から大嫌いだったのだぞ。昼間でも暗いから、怖い怖いとよく泣いていた」
 泳ぐ眼差しの先には、おそらく甥の幼い頃の姿が浮かんでいるのだろう。
「デートリッヒ様は、もう赤子ではあられませんぞ」
「それを子供扱いなさっては、むしろユリアン卿に笑われまする」
「んんーんー?」
 ポルトス伯は不服そうに突っ立っている。
 二人の家臣は、なだめすかし、どうにか主を席に連れ戻した。
 座りはしたものの、伯爵殿はホークの先でスープの浮き実をつついてみたり、ナプキンを丸めてみたり、とまるきり落ち着きがない。
 来客があきれ果て、形ばかりの挨拶を残して退室したのにも、まるで気付かない。……いや、客と食卓を共にしていた事そのものを、忘れきっているのだろう。
「申し訳ありません」
 食堂のドアを背に、マルカスが今日何度目になるか知れない謝罪をした。
「お気になさらずに」
 レオンも今日何度目かの「営業用スマイル」で応じた……後、
「残念でなりません。ぜひユリアン卿にお話を伺いたかったのに……」
「話……とは?」
「ミッドの姫君の事ですよ。ミッドが火山……魔物に襲われたという噂もありますが……ともかく、あの国が壊滅して、もう四年以上経っている。姫君が無事ならば、それは奇跡以外のなにものでもない」
 マルカスはレオンの言葉を一通り聞き終わって、さらに二呼吸ほどした後でようやく、彼が相当に不穏な発言をしたのだということに気付いた。
「ミッド公国が魔物に襲われた?」
「どのような武具を持ってしても決して『死ぬ』という事のない魔物の群が現れて、あらかた国を破壊尽くした後に山が火を噴いたのだと……」
 相変わらずの笑顔でいうレオンに、ガイアがそっとすがりついた。
「……レオン殿、滅多なことは……」
 妻の忠告を受け、彼は最後に一言付け足した。
「あくまで噂ですが」
「噂……死なない魔物……」
 マルカスの額に、ぬるりとした汗が湧いた。指先が白くなるほど拳を握り、その拳を小刻みに震わせている。
「どうか、なさいまし


[2]

[4]BACK [0]INDEX [5]NEXT
[6]WEB拍手
[#]TOP
まろやか連載小説 1.41
Copyright Shinkouj Kawori(Gin_oh Megumi)/OhimesamaClub/ All Rights Reserved
このサイト内の文章と画像を許可無く複製・再配布することは、著作権法で禁じられています。