深林の【魔術師】 − 【5】

 皆の視線が彼に向けられた。レオンは胸元に手を置いていた。手の中には、小さな金の細工が握られている。
 金細工は、激しく震えていた。その震えは空気を揺るがし、鼓膜を引き裂くような音を生み出している。
 レオンとガイア以外の者達は、思わず耳を塞いだ。
 紅い珠が一つ、床の上を転がった。
 転がって、レオンの足下に達し、その後、物理と自然の法則に反する動きを始めた。
 ふわりと浮かんだのである。
 そしてレオンの手の中に消えた。……正確には、彼の手の中の小さな金細工の中に吸い込まれたのだ。
 音が止んだ。そして新たな音がした。
「ビロトー将軍、それを捨てなさい!」
 ガイア・ファテッド=クミンの叫び声だった。
 ガイアは言うなりビロトーの腕を掴んだ。
 彼の手には紅い珠があった。……しかしそれは真円ではなかった。珠の半分が、掌の中に埋没している。
「チッ!」
 ヴェールの中で舌打ちすると、ガイアはマントの中で左手を動かした。
 と。
《動くな》
 声のする方へ振り向いたガイアの目に映ったのは、彼女の夫と、その傍らに立つ化け物の姿だった。
 枯れ木のような皮膚だった。濁った赤い目をしている。髪の毛は火炎のように逆巻いていた。指の先に尖った爪が生え、その切っ先がレオン=クミンの喉元にぴたりと宛われている。
 化け物の足下には、ポルトス伯爵がいた。
 ぺたりと尻餅を突いた形で床に座り込み、顔を上に向け、化け物の脚にすがりついている。
「デートリッヒ……?」
 伯爵は喉仏をひくつかせた。
 返事はない。代わりに、脚が動いた。
 ポルトス伯爵の身体は勢いよく転がった。
 椅子と机と、幾人もの兵士達を吹き飛ばし、壁に穴を開け、廊下に飛び出して、ようやく止まった。
「我が君!」
 マルカスが矢の勢いで主君を追いかける。
 幾人かの兵士がそれに続き、幾人かの兵士はその場に立ち尽くした。
「ずいぶんなことをなさるものですね。仮にも伯父御でありましょうに」
 レオンは喉元の凶器を気にしながら、しかし平静と変わらぬ声色でつぶやいた。
《有益な人間か、あるいは無益な人間か。それ以外は、あまり必要でない情報なのだよ》
 穀物が腐敗し糸を引いているのを思わせる、耳障りの悪い声で、デートリッヒ=ユリアンであったモノが答えた。
「情報……と、きましたか」
《そう。情報は重要だよ。情報が無ければ、私は貴君らの戦法に対策を練ることができなかったからね》
「私が引き、ガイアが剣を振るう……ということを、どなたからお訊きになったのですか?」
 化け物の頬の肉がぴくりと動いた。
《貴君らが森の賊どもにとどめを刺さなかったことに、感謝している。まあ『旨い』情報は少なかったがね》
 遠くで大きな物音がした。
 悲鳴や叫びが立て続けに起こり、次第に食堂に近付いてくる。
 ドアが開いた。
 幾人もが室内に文字通りなだれ込んで来た。
 血の臭いがするその人間たちには、頭がなかった。
 恰幅の良い農夫の「身体」、猟師や木こりらしき姿をした「身体」。それらがいくつも折り重なり、這いつくばって進む。
 目も耳も鼻もない死体が、いかにして目標物を見つけるのか知れない。だが連中は確実に生きている人間ににじり寄ってゆく。
 足首を掴まれた一人の兵士が、悲鳴を上げ、やたらに駆け出した。連鎖的にほかの者達も駆け出す。
「出た! また、死体が、動く死体が!」
 パニックが起きた。唯一無二の出入り口には首なし死体が群がっている。どこにも逃げられない。
 レオンは動く死体……グールであるとか喰人鬼であるとか呼び慣わされてい


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まろやか連載小説 1.41
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