深林の【魔術師】 − 【6】

《うぁぁるぁぁぁっ!》
 化け物が遠吠えをあげた。
 腕の五指が一塊りの肉に変じた。更に肉は切っ先を尖らせ、なまくらな剣の形に変わり果てた。
 それを、振り回す。
 椅子が砕けた。テーブルが吹き飛んだ。床を覆っていた安物の絨毯が煽られて裂け、薄い敷石が割れ散った。
 空気も、空気以外のものも構わず薙ぎ払い切り裂く勢いで、ビロトーであった化け物が剣の形をした腕を振り回す。
 その切っ先が、激しくガイアに触れた。
 ガイアは弾き飛ばされ、動く首なし死体の中へ落ちた。
《あはははは、あぁはははぁっ!》
《ふははははぁはははははっ!》
 2つの高笑いが、二匹の化け物の口から溢れ出た。
 そしてもう一つ。
「くくくくく」
 笑っていた。レオン=クミンが、うつむいて、肩を揺すって、地に響く低いうねりで、笑っている。
 彼の妻の身体に、首のない死体どもが群がっている。絹が引き裂かれる音が、確かに聞こえている。
 レオン=クミンは笑っている。
 化け物はレオンの細い顎を掴み、強引に持ち上げた。
《人間という生き物は、おしなべて脆い。大切なものを失うと、例外なく精神が崩れ落ちる。伯父上も、そして貴君も。
……残念でならない。どれほど知識に満たされていても、狂った脳髄は途端に味が落ちる》
 レオンは逆らわない。ゆっくりと顔を上げた。
 穏やかな笑顔だった。瞳は透き通り、口元は引き締まっている。
 その、いささか薄目の唇が、はっきりと動いた。
「デートリッヒ=ユリアン卿……いや、むしろ、オーガ【魔術師《マジシャン》】とでもお呼びした方が良いようですが」
 人食い鬼の親玉が顔をしかめた。
 レオンの笑顔は、いっそう強くなった。
「どうやら、間違ってはいなかったようですね。どうにも私は他人様の【アーム】の『銘《なまえ》』を読みとるのが下手でして……。どうやらあなたもご同様のようですが」
《何……?》
 【魔術師】のこめかみの皮膚の下で、どろりとした液体が脈を打った。濁った目で、レオンの顔をまじまじと見回した。
 道化の踊りを見ているときのような彼の笑顔のまま、彼は唱えた。
「古の仁者よ、私と共に人を救い給え」
 赤い光が【魔術師】の左目に斜め下から射し込んだ。
 暁の陽光に似た強く暖かなその光は、レオンの右肩から、長い竿状に伸びた。
 レオンはその光を……掴んだ。光の一端がほぼ直角に折れた。
 それは麦を刈る巨大な鎌、絵本に描かれる死神の鎌そのものの形状だ。ただし、鮮血のように赤い。
《貴様っ、人鬼狩人《オーガハンター》!?》
 目の前にいる痩せた男が、己のような存在を駆逐することを目的としている人種であることを知った【魔術師】は、生きの良い海老の勢いで飛び退いた。
 彼の足先に、赤い光がまとわりついた。
 レオンの振るった巨大な鎌であった。切っ先が【魔術師】のくるぶしを捕らえた。何の手応えもなく、【魔術師】の両足先は脹ら脛から切り離された。
 血飛沫は無い。悲鳴も無い。
 【魔術師】は足の失せたその切断面で着地した。茶色い腐汁が、床の上に広がっている。
 しかし痛みを訴えることも無い。
 ただ、憤怒だけがあった。
 【魔術師】は生臭い息を吐き出しながら、口を大きく開けた。
 口蓋が裂け、顎が外れ、頭は横真っ二つに割れた。舌なのか触手なのか解らないものが真ん中で蜷局《とぐろ》を巻き、鎌首をもたげている。
《ビロトー! 女を捕らえろ! 死骸を引きずり出せ! この下司《ゲス》の目の前で、頭から喰らってやれ! この末成りを絶望させろ!》
 どこから声が出ているのか知れないが、確


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