意外な話 或いは、雄弁な【正義】 − 【5】

 都から殿様に従ってきた数少ないご家来衆の中には、あまりにみすぼらしい離宮の様子を見て涙を流した者もいたと言います。
 殿様の都のお住まいは、壮大荘厳、優美華麗、光り輝くようなお城でしたから。ご家来衆もそれを誇りに思っておいでだったのです。気落ちするのも無理はない。
 尤も、当の殿様はその小さな屋形を大変お気に召されました。
 筆頭の御家老が「あまりに狭い」と嘆かれるのを聞いて、殿様は「その小ささが良い」と仰ったのです。
 立派なお城や御屋敷という物は、内装も装飾も大層美しいものです。しかし美しく広い部屋は実のところ薄暗く寒々しいのですよ。
 豪奢な燭台に幾十もの蝋燭を立ても、お部屋を明るく照らすことができません。炉で火を焚いても、その熱気は上座にまで届かぬことがああります。
 格式を重んじる家人たちの言葉は堅苦しく、誰と語っても気の休まることはない。
 一方で、小さな屋形の小さな部屋は内装も装飾も寂しいほどに質素でしたが、手を伸ばせば火桶の熾火の暖かさに届きました。小さな蝋燭一つで部屋中が明るく照らされます。
 当地で雇い入れた使用人たちは、さすがに最初は都人の前で堅苦しく振る舞っておりましたが、しばらくすると生来の田舎者の気安さが見え隠れするようになりました。
 ご家族を失い、お心寂しく過ごされていた殿様にとって、この狭さ、気安さは、何よりも嬉しいことでした。
 だから都から付き従ってきた忠実無比の家臣が、土地の者から聞き込んだ「幽霊屋敷」の噂を殿様のお耳に入れても、一笑に付したそうです。
 若い妻とその周囲には聞こえぬように、
「大事ない。都の方が人でないモノの方が多く住んでいる」
 と囁かれたと……ああ、これは噂です。他人の口から出た言葉ですよ。
 兎も角も、殿様が屋形に暮らしている間、殿様御自身は実際に「何か」を見たり「何か」を聞いたりはなさいませんでした。若い後添えの奥方様も、その目で見たり聞いたりなさらなかった。
 ところが家人の内には「見たという者の話」をする者がいました。怪しげな音や声を「聞いたという噂」をする者もいました。
 殿様はそういった「報告」もまた、一笑に付されました。ご自分が見聞きしなかったのですから、当然といえば当然です。
 ところが奥方は信じてしまわれた。……奥方様は何分にもお若く、真面目で、それに信心深い方でしたから、他人の話を素直にお聞きになってしまわれる。
 ええ。信心深いのならば、神ならぬものの怪異などむしろ信じなくても良さそうなものなのです。でも、怪力乱神というものは、そういう「神学的に正しい信心」とは無関係な存在のようです。
 目に見えず耳に聞こえぬ存在の、何とはなしに感じる恐ろしさに、奥方は大変お心を乱された。
 信心深い御方ですから、当然ご自身で熱心に祈りを捧げられました。ですが、不安は晴れなかった。
 奥方は、屋形からそう遠くないところにある古い神殿から神官を及びになられました。土地の者が、その神殿が一番由緒があると言ったのを信用されてのことでした。
 ただし、彼の神殿というのは、子宝祈願の霊験高いと評判の告知天使の神殿でした。子授けの祈祷は得意でも厄除けや悪霊払いは本職ではないのです。実際、神官たちはその手の祈祷を本格的にはしたことがありませんでした。
 それでも若く美しい奥方様から直接、是非にと乞われたなら、できぬと言うわけにもゆきません。
 神官たちは、聖典の今まで開いたことのない頁を繰り捲り、全霊を傾けて有難い御言葉を詠唱しました。今まで焚いたことのない調合の紫色の香の煙を屋形に充満させ


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