夏休みの前から夏休みの終わりまでの話。 − 【20】

 その日の給食が揚げパンとコーヒー牛乳の素だったことは記憶にあるのだけれど、それ以外のことを龍は覚えていない。
 翌日にはI先生もY先生もちゃんと授業に戻ってきた。
 白髪のお婆さんのことや、救急車で運ばれた生徒のことを先生方に聞いた者がいたはずなのだけれど、それに対して先生方がなんと答えたのかも思い出せない。
 そうして、テレビや新聞では水不足のニュースばかりが取り上げられるジリジリと暑い日が続き、明確な梅雨入り宣言や梅雨明け宣言がないまま、夏休みが始まった。

 龍は毎日あの川岸に通った。
 いつでも轟々と勢いよく水の流れる印象しかなかったあの川も、一月以上も雨がなければ、さすがに日に日に水かさが減っていった。
(もっとも彼の知っていた川の様子というのは、雨の降った翌々日のものだけだったのだから、ある程度の水量があるのは当然だった)
 地元の新聞が一面の一番目立つところに、タンク車の回りにたくさんの人が集まっている写真を載せて、龍の住んでいる町の二つばかり隣の町では給水制限が始まっていると報じたその日も、龍はあの川にやってきた。
 川は流れていた。
 極端に広くなった岸に生えている蘆や薄はかろうじて青さを保ってるし、極端に狭まった川底の砂利の間では川海老やザザムシの類が身を寄せ合って生きている。
 龍はぼんやりと川上を眺めた。
 そういえば、この川が何処から流れはじめているのかを知らない。
 霧中で集めていた、今はその存在が怖くてたまらない、あの御札が何処から漂ってきていたのかも知らない。
 彼はお気に入りの青い野球帽を目深にかぶり、首に自分の家の屋号と電話番号の入った薄いタオルを巻いて、スニーカーのひもをきつく締め直した。
「よし!」
 自分自身にかけ声をかけて、龍は川上に向かって歩き始めた。
 小さな丸い石と、大きなごつごつした石が、足の裏の下でガリガリと鳴る。
 乾いた地面とちょろちょろ流れる川の水の間から、青臭い匂いが立ち上る。
 時々石ころの間で何かが光るのが見えた。
『水晶かな』
 見つけた瞬間はそう期待するのだけれど、拾い上げてよく見ると、全部がガラス瓶のかけらだった。
 しばらく歩くと、両岸の上に新築のこぢんまりした家や、コンクリートのビルがぎっちりと立っている様が見え始め、同時に蘆や雑草の生えた「地面」がなくなった。
 もとより古くからよく氾濫した川だから、たびたび護岸は整備されていた。昔工事をしたところは石垣で、最近工事したあたりはコンクリートで固められている。
 特に住宅街を流れているところはしっかりと普請されていて、石垣じゃないところは岸だけでなく川底の半分ぐらいまでコンクリートで埋められていた。
 もしかしたら残りの半分もコンクリートで、川上から押し流されてきた土や石ころや水草やコケで覆われて見えないだけかもしれないけれど、見えない訳だからどうなっているのか解らない。
 コンクリートの壁には、龍の膝から踝ぐらいの高さに、緑がかった茶色の線ができている。
 いつもならこのあたりまで川の水でしめっているということなのだろう。足を濡らさずに川を遡ってゆくことなんて、本当ならできない筈だ。
「まるで大きな側溝の中を歩いているみたいだな」
 両岸のコンクリートの壁を見上げて、龍は独り言を言った。誰も返事をしてくれないし、同意もしてくれないことは判っていたけれど、自然に口が動く。
 車の通れる太い橋、人が通る為の細い橋、コンクリートの橋、鉄の橋、木の橋。幾本もの橋をくぐって、川上へ、川上へ、ずんずん進んでゆくと、川幅はどんどん狭


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まろやか連載小説 1.41
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