夏休みの前から夏休みの終わりまでの話。 − 【24】


 龍は生唾を飲み込んだ。
 日付の下には、享年一と書かれていた。
 一歳で死んでしまったと言う意味だ。(ただし、この一歳というのが実は数え年で、満年齢だと0歳の事だと言うことは、龍の「小学生の知識」では判らないことだった)
 自分の生まれた年に死んでしまった子供がいる。龍は恐ろしくて、悲しくて、少し不思議だった。
 運がよいのか悪いのか、今まで龍は人が死ぬという場面に出会ったことがなかった。
 祖父母は父方も母方も彼が生まれる前に亡くなっていたから、死に際所かお葬式だって知らない。
 親戚達はみんなすこぶる付に元気だ。数年前に母方の伯父が盲腸で五日ほど入院した以外は、ことごとく病気も怪我も知らない。
 近所のお年寄りが亡くなって、お葬式に出たことは一,二度あった。でも、そのお年寄り達は亡くなるずっと前から入院していた。だから龍にとってその人たちは、ずっといないのが当たり前の存在で、死んでしまってそこから永遠にいなくなっても、前と変わらない感じがした。
 新聞やテレビで有名人が亡くなったとかいうニュースが流れても、そういう人たちも大概あったことのない人たちだから、生きているとか死んでいるとか言うことそのものを実感としてつかめない。
 龍が知っている「死」は、縁日で買った金魚と、学校で飼っていた兎のそれだけだった。
 金魚すくいで一匹も捕まえられなかった彼に、香具師のおじさんが「参加賞」としてくれたオレンジ色の小さな金魚は、ある日学校から帰って来て水槽を覗いたら、お腹を上に向けて浮かんでいた。
 掌の乗るくらい小さかった頃にY先生が学校へ連れてきたふわふわの兎は、ある朝登校して小屋の掃除をしようとしたら、硬く冷たくなっていた。
 龍にとって「死」は、動かなくなること。動けなくなること。そして暖かくなくなることだった。
 目前のお墓には、龍の生まれた年に一歳で死んでしまった子が眠っている。
 動かなくなって、動けなくなって、冷たくなって、石の下にいる。
 龍は恐る恐る首を伸ばした。小さなお墓の前側に彫られているだろうその子の名前をのぞき込んだ。
 石の表面には、ただ一文字「寅」と刻まれていた。
 蝉がジワジワと鳴き声を上げた。
 生ぬるくて重たい風が、池の表面を渡ってゆく。
 吸い込んだ空気は、土のニオイがした。
 龍は瞼を開きっぱなしにさせて、その文字を見ていた。
 目を閉じるのが怖かった。
 閉じたらきっと瞼の裏に「トラ」の顔が浮かぶに違いなかった。
 自分と同じぐらいか一つ二つ年上らしい「トラ」。自分の一つ上らしい墓の中の子供。
 二つのイメージが重なってしまうのが、そして重なったまま離れなくなるのが、恐ろしくてならない。
 龍は目を見開いていた。瞼が痙攣しても目を見開いていた。目頭のあたりがヒリヒリと痛くなっても、目玉の裏っ側がジリジリと痛くなっても、彼は目を開いていた。
 彼は考えたくなかった……「トラ」と読める文字の名前で自分と年が近い子供と、「トラ」という名前で呼んでいる自分と年の近い子供が、同じ人間なんじゃないかと言うことを。
 彼は思いたくなかった……「トラ」と呼んでいる友達が、「トラ」と読める文字の刻まれた墓の下にいるんじゃないかということを。
 目玉の表面がカラカラに渇いて、視界がチカチカしてきた。
 龍はこらえきれずに目を閉じて、同時に首を引っ込めた。瞬きを素早く何度も繰り返して、強引に涙を引っ張り出して、なんとか目の痛みを減らすと、彼は抱いていたタオルを放り投げた。
 彼の体に付いた水滴を全部吸い尽くしていたバスタオルは、べ


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まろやか連載小説 1.41
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