付き従いて…… − 【4】

なかった。
 彼女の疑問に答えたのは、劉備ではなく簡雍だった。
「家族総出で出駆けりゃ、空き巣に入られるだろうが」
 魏の曹操も、呉の孫権も、常に荊州の覇権を狙っている。
 こちらの軍備が手薄となれば、すぐにでもどちらかが……いや、両軍が攻め込んで来るだろう。その危険に対処し、更に魏・呉を牽制し続ける為には、強力な主力部隊を荊州に残して行かねばならない。
 王索は得心した。同時に羞恥もした。養父達が荊州に残される意味を悟る事ができなかったのが口惜しかった。
 そんな彼女の心中を逸早く察した簡雍は、彼女の背をポンと叩いた。
「気にするな。処世術なんてヤツは歳喰ってから憶えりゃいいんだ。気の回り過ぎる餓鬼なんてなぁ気味の悪いだけだぜ」
 すると劉備が眉を曇らせた。
「それでは遅いのだ」
 二人が主君の顔を仰ぎ見ると、彼は深く息を吐いた。
「これより先、荊益両州を治めて行くに、我が配下には人材が足りぬ。特に蕭何しょうか、あるいは淳于じゅんう長彡几こんの輩がな」
 蕭何とは漢帝国の高祖劉邦の功臣で、内地にあって戦地を扶けた名宰相。また淳于長彡几こんは戦国時代斉の学者で、弁舌に長け、良く王を諌めた忠臣だった。
 劉備の陣営にこう言った「王佐の才」を持つ者が少ないというのは、否めない事実だった。
「索。私は、お前にはその才があると見ている。雍、お前もそう思わんか?」
「こいつは、まだ餓鬼ですよ」
 簡雍はちらと王索を見た。
 不安そうに、頬を膨らましている。
「だが、筋はいい。……お主がこれを鍛えてはくれぬか? その才をできるだけ早く開花させて貰いたいのだ。そのためにお主共々、索も益州に連れて行きたい」
 主君が自分の才を買ってくれている……若い家臣にとってこれほど嬉しい言葉はない。
 しかし王索は素直に喜べないでいる。
「これはまた、随分と重い任ですな……」
 師となる予定の男が不安そうに呟いた。
 王索は恐れていた。
 若輩の己では益州攻略の足手まといになる。師もそれを案じている、と。
 だが簡雍の不安はそんなところにはなかった。
「俺がコレを預かった後、コレに万が一の事があれば……俺は雲長兄ィに殺される」
 彼は不精髭を撫でて唸った。
 王索はまた吹き出してしまった。
 簡雍の言うような事が『有り得る』と思ったからだ。
 関羽が彼女を可愛がる様は、実子に対するそれと同等か、それ以上だった。
 養父が赤ら顔を更に紅潮させ、愛馬を駆って師の元に乗り込んでくる様子は想像に安かった。
「だが、それは有り得ぬぞ」
 劉備の脳裏にも王索のそれと同じ光景が映し出されていたが、あえて否定した。
「雲長の赤毛は確かに名馬だが、荊州よりから益州までは日数がかかろう。その前にアレがお主を切り伏せるだろうからな」
 劉備は人通り少ない裏通りの、遥か彼方を指さした。
 家臣達が望むと、一頭の赤毛がこちらを指して駆けてくるのが見えた。劉備の指先はその馬上に向けられていた。
「あの馬は『小兎』! ……兄上!」
 王索は喜々として叫び、大きく両手を振った。
 主命を帯び、使者として江陵を守護する関羽の元へ出向いていた関平が、伯父への返信を父から預かり、戻って来たのだ。
 王索は、武術の師でもある五歳違いの義兄を慕っていた。
 関平は、真綿が水を吸うように、自分が教えた事を憶えて行く聡明な『義弟』を自慢に思っていた。
 血はつながらないが、三人は……間にもう一人・関興かんこう安国あんこくというのがいる……仲の良い兄弟である。
 簡雍は首をすくめた。
「主公の仰せの通り」
 先ほど二軍師


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