桜〜SAKURA〜 − 知流姫 【1】

れどもね。
 コンクリートの校舎でした。あの頃にはずいぶんハイカラな、四角い建物でした。頑丈な建物だからと徴収されたのがいけなかったのでしょうかねぇ。飛行場の空襲の時に一緒に狙い撃ちにされたようです。
 あの時は私も酷く怪我をしました。ほら、このあたりに焼けた後がまだ残っておりますでしょう?
 でも生き残ってしまいました。
 私ばかり、助かってしまったんです。
 折れた昇り棒の両脇を支えていた心棒は、私なんぞよりも、よっぽどのお年寄りでした。ご勇退なさった電柱さんでしたのよ。戦前からの使い古しです。ですからいつかは倒れるのが道理でございました。
 それでもね、先生。古い材木だといっても、電柱として手がかり足がかりを打ち込まれているからには、誰かに登ってもらうのが本望なのですよ。
 電柱のおじいさんたちは、子供たちに取り付かれて騒がれるのが、嬉しくてならなかったのでしょうよ。もう倒れるっていうときも、しがみついていた子供さんを落っことさなかった。
 うふふ。そうですね。現役の電柱さんに子供が登ってもらっては困りますけれども。
 話が外れましたかしら。どうも歳を取りますと、とりとめがなくなってしまって、しかたがありません。
 ともかくね、先生。私は先生に来ていただいて、嬉しいのですよ。こうして話を聞いて貰えて、本当に嬉しい。
 ねぇ、先生。
 実は私ね、ついこの間まで、お医者に係るつもりなんて更々なかったんです。このまま朽ちて枯れ死んでしまってもいいと思っていたんです。
 寂しくってね。寂しくて、生きているのが嫌になってしまったんですよ。
 私も子供が好きですから、子供たちにまとわりつかれて、日がな一日過ごすのが大好きですから。
 お庭を閉められてしまったら子供たちは来られません。
 この間、クワノキさんのところの一番下の坊やが、内緒で来てくれましてね。私は嬉しかったのですけれど、その子が後で親御さんから酷く叱られたそうで。
 それっきり、だぁれも。冬の間ずっと。
 ええ、ここにいるものと来たら動けない年寄りばかりですからねぇ。寒さに縮こまっては、あちらが痛い、こちらがつらいなどという話にしかなりません。寂しいことですよ。
 あちらのマツノキさん、つい十日ばかり前ですが、とうとう倒れてしまわれましてねぇ。私よりもお若かったのに……。この間の大雪がいけなかったようですよ。
 荼毘の煙が空に上ってゆくのを見ておりましたら、こう、胸のあたりが苦しいというか、がらんどうになったというか……。
 何もかも、やる気がなくなってしまいました。もう立っているのも辛くなりましてねぇ。
 これでも若い頃はシャンと背筋を伸ばして、空へ空へと手を伸ばしたモノですけれど、いまではすっかりあちらこちら、曲がったり折れたり致しております。自分の体が重たくて、仕方が無くなりました。
 始終うつむいてばかりでございました。そういたしましたらね、先生。学校だった頃の卒業生だという人が、その方ももうすっかりお年寄りになっていましたけれども、懐かしがってお見えになってねぇ。
 私があんまりみすぼらしい姿で居りましたので、見るに見かねたのでしょうね。はい、あちらこちら、手を加えてくださいまして。
 ええ、先生をご紹介下さった、ウメノキさんです。
 ウメノキさんったら、可笑しいんですよ。
「もう一花、豪華に咲かせましょうよ」
 ですって。
 あの方だってもう米寿もとうに越されているっていうのに、子供のように笑って仰るんですよ。ガキ大将の頃のまんま。しわくちゃの顔で笑うんです。
 なんだか嬉しく


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