りをしてみせるのが、コツらしい。
仕草は諦め。
声音は切望。
女将はここぞとばかりに、声を裏返らせた。
「まあ若旦那のような色男が、ギュネイ金貨を百枚も積もうっておっしゃるのなら、考えもします。ええ、事と次第によっては、どーんとおまけだって致しますよぉ」
頬が紅潮しているのは、どうやら商売がうまくいきそうな事への興奮からばかりではない様子だ。ニンマリと笑い、舌なめずりしながら、エルにすり寄ってゆく。
「はっ、吹っ掛けるなよ。一ギュネ金貨が一枚あれば、四半年は慎ましやかに暮らせるご時世だぜ!?」
ブライトは乱暴に立ち上がり、出口に向かう。が、エルが腰袋の中をまさぐっているのに気付いて、慌てて取って返した。
「クレールっ! 冗談はその綺麗なツラだけにしろ。ンな石ッころにゃ一ギュネの価値だってあるものか。例えその万分の一、セギュネ銅貨一枚だって言われても、俺なら御免被るぜ。第一、お前さんが百ギュネなんて現生を持ってるのか!?」
「持ってやしません。ギュネイの金貨は、ね」
エルは微笑みながら、華麗な文様を彫り込まれた大振りな金貨……と、言うより小振りな金塊……を取り出した。
「二十年の昔に滅した前王朝、ハーン帝国の『大判』です」
女将の目に強欲な光が宿った。
同時に、ブライトの顔から血の気が引いた。
『莫迦野郎!』
その言葉を、だが、彼は飲み込んだ……エル・クレールが、自信に満ちたウインクを彼に投げかけたが為に。
「ギュネイ金貨は、混ぜ物が多い……聞いたところによると、その純度は八金に満たぬとか」
エルの問いかけに、女将は生返事で応じた。
花びらのような柔らかなカーブを描く唇が吐き出すのは、美しい真実。蠱惑の言葉。
「『ハーン大判』は二十四金、つまり純粋な金です。それ故、かつての権勢家達は、これを額面の十倍以上で取り引きしていたのです。しかし現在では、鋳潰せばギュネイ金貨を十枚ほど造れる金地、でしかありません……表向きは、ね」
エル・クレール=ノアールの微笑みには、ぞっとするような艶があった。
さながら、命を得た大理石の彫刻か、白磁の人形か。何であるにせよ、人のモノとは思えない。
脂の抜けきった壮年の女将が、頬を紅に染め、エルと巨大な金貨とを見比べている。
エルは、良く通る澄んだ声をわざと低く抑え込んだ。
「ですが、好事家達はこれをただの金地だとは思っていません。……造詣深いマダムなら、当然、ご承知でしょうけれど……」
最後の一言が決定打になったようだ。
女将は、純金の固まりを奪うように受け取り、赤い宝珠と古い入れ物とを客に押し付けた。
「またのお越しを!」
晴れ晴れしくも粘っこい女の声を背に受けて、二人の剣士は店を出た。