幻惑の【聖杯の三】 − 【13】

の声を聞いたカリストは頬をぱっと赤く染めた。
「実を言うと、それを見て僕は、あなたのお国に、僕の肖像画を送っても良いと、思ったのです。ただ、あまりにすてきな肖像画だったので、この方はたぶん、僕に良いお返事をくださりはしないと、最初から、あきらめていましたけれど」
 一同、目を見開いた。カリストはむしろ楽しそうな笑顔で続ける。
「それで、あなたのお国から、断りのお返事がきて、そのとき、あなたのお年もうかがって、あわてて彼との契約を、打ち切ることにしました。なぜかというと、どんな人物を描いても、年齢などお構いなしで、スレンダーで、小悪魔のように、とても魅力的な、大人の女性になってしまうのでは、たとえ技術が巧みであっても、肖像画家には、向いていませんから」
「は、そいつは違ぇねぇや」
 ブライトがげらげらと笑い、エル・クレールがくすくすと吹き出した。
「でも、彼が『個性的な芸術家』だったおかげで、変装しているあなたが、誰であるのか、想像ができたのですから、僕はとても感謝しています。もっとも、父は少しも、気づいていないのですけれど」
 シィバ老人もけたけたと笑い出した。
「じゃろうな。あやつは自分の見た物しか信じられぬ性分じゃと、自分で言うくらいじゃからのう」
 相変わらず自分のことは棚の上の様子だ。
 皆が笑う中、ただ一人ハンナだけが憮然としていた。
「何のことだかちっとも判らないわ!」
 金切り声をあげて、夫の胸元をつかみかかる。
 カリストはあわてた風もなく、静かに言った。
「君が、あの方を愛人にしたいと、思っている気持ちは、よくわかります」
 愚鈍と思いこんでいた夫が、自分の心の内を読んでいたことを知り、ハンナは愕然とした。
 彼女は、まるで毒蛇から逃げ出すような勢いで彼から離れた。
 体中をがたがたとふるわせ、彼女は部屋中を見回した。その場にいる者全員が、彼女に軽蔑の視線を注いでいる気がする。
「何よ! 女であるなら、美しい男の人と結婚したいと思って当然でしょう!?」
 歯の根の会わぬ唇を必死で動かして弁明をした。するとカリストが落ち着いた口調で言う。
「それを、否定するつもりは、僕には、ありません。僕のように冴えない男と、一緒にいるよりは、あの方のように清しい方が、伴侶の方が、ずっといいでしょう。でもあの方は……」
 彼はほんの少し躊躇した後で、
「あの方は、ようするに、女の方ですよ」
 と結んで、エル・クレールに視線を送った。
 ハンナはコルセットが吹き飛びそうなほど大きく息を吸い込み、目玉がこぼれ落ちそうな勢いで目を見開いて、夫の視線を追いかけた。
 エル・クレールが夫の言葉を否定することなく微笑するのを見た彼女は、バタンと豪快な音を立てて卒倒した。

「詰まるところ、あの若様は自分の親爺や岳父よりも、よっぽど優秀な官僚だった訳だ。少なくとも、人を見る目に関しては、な」
 土埃の舞う田舎道の端、ちょうど大人一人が腰を下ろすのに具合の良い大きさの石の上で、ブライト=ソードマンは大きく背伸びをした。
 エル・クレール=ノアールから返事が返ってくることはなかった。彼女は、田舎道の先をぼんやりと眺めている。
 その寂しげで名残惜しげな横顔に、ブライトは再度声をかけた。
「とりあえず、しばらくの間おまえさんの故郷のことをあの若様に任せておいても、大丈夫だと思うぜ」
 「しばらくの間」のところにアクセントを置く彼に、エル・クレールは少々怪訝な表情を投げかけた。
「いつかは帰ぇって来るつもりだろう?」
 彼はにやりと笑うと、石から飛び降りた。大きな掌が


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