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ですから、古ぼけて崩れ落ちた御城はずっと無人でした。壊れているところが修復されることもありません。もっとも元から壊れているお城でしたから、誰も住めるようにしようなどとは思いもしなかったのです。
壊れたまま「現状維持」させるのが三百年前からの慣わしであったというわけです。
ああ、殿様が一生涯に一度のご旅行をなさった場合のことですか?
万々一、殿様がお国入りした場合に備えて、敷地の隅に小さな可愛らしい「離宮」が建ててあります。ええ、そちらはあくまで「離れ」扱いです。おかしな話ですけれどもね、本邸は崩れたお城というのが建前ですから。
離宮にはちゃんと管理する者がいます。一月に一度床を磨いて、三月に一度庭を掃き清めて、半年に一度窓を開けて風を通し、年に一度は暖炉に火を入れる。
まあ、結局住む者がいないという点では、母屋の方と大差がありませんけれども。
兎も角も、領民は人のいない崩れた御城と、誰も住んでいない離宮を、まとめて「幽霊屋敷」と呼んでいました。
最初は、他のそう呼ばれている屋敷と同じで、比喩や揶揄に過ぎななかったものでしょう。
しかし、ねぇ君。名は体を表すと言うではありませんか。嘘から出た真実というではありませんか。
時が経つにつれ、何もない廃屋をして、そのうちに誰かが「聞いた」と言い、あるいは「見た」と言うようになったとして、何の不思議がありますか。
誰かが言って、誰かが聞いて、それをまた誰かに言って……。
ほぉら、そこは本当に何者かの声が聞こえ、何者かの姿が見える場所となってしまう。例え実際に聞いた者がいなくても、本当に見た者がいなくても、ですよ。
そんな御城に、その殿様がおいでになったのです。