煎り豆 − 【6】

かせるようで、よろこんで叫んでいるようで、幸せに踊っているような歌声でした。
 長者は目を開けました。
 すぐに、自分が新しい部屋の新しい寝台の上にいるのが判りました。真っ白で柔らかい夜具と、薬と血膿で汚れた包帯で体を覆われているのが見えました。
 不思議な歌は何度も繰り返しに聞こえます。
 長者は体を起こしました。
 立派な暖炉で火が燃えていて、立派な鉄の金具に立派な鍋がかかっていて、上等の塩肉でだしを取った柔らかいおかゆが煮えているのが見えました。
 不思議な歌は何度も繰り返しに聞こえます。
 長者は寝台の上で立ち上がりました。
 あの歌は、しっかり閉まったドアと、少しだけ開いた窓の僅かな隙間から、漏れて聞こえてまいります。
 何度も何度も聞く内に、長者の恐ろしがって真っ白だった顔が、少しずつ赤身を取り戻して行きました。
「これは不思議だ、なんだか元気が湧いてくる」
 なぜだか心がうきうきし、じっと横たわっていられなくなって、終いに長者は節に会わせて足を踏みならして踊っておりました。
 長者の脚は棒のようにかちこちですし、目は兎のように真っ赤でした。
 それでもお腹の中から力が湧き上がってきて、黙りこくってはおられないほど楽しい気持ちが体に満ちておりました。
 村一番の金持ち長者は踊りながら寝台から飛び降りて、踊りながらドアを開けて、踊りながら廊下に出て、踊りながら廊下を歩いて、踊りながら建物の外に出ました。
 外に出ますと、小さな川で小さな水車が回っているのが見えました。
 水車の軸は小さな小屋につながっております。小屋の中では小さな石臼が勢いよく回っております。小さな石臼からはたくさんの粉が溢れ出ております。細かい粒ぞろいの粉を大勢の人足たちが袋に詰めております。人足たちは大きな袋の隅と隅をしっかり合わせてと積み重ねております。
 袋は次から次へと重なり、粉は後から後からあふれ、石臼は止まることなく転がり、軸は休むことなく回転し、水車は止めどなく回っておりました。
 そうして、働いている人々はみな声を揃えて歌い踊っておりました。
「よぼよぼのじいさんとよぼよぼの婆さんが、朝一番にでかけた。
 二人揃って杖を突いて、神殿まで歩いていった。
 空っぽのお財布のそっこから、銅貨を一つ捧げた。
 心を込めてお祈りしたら、天から御使いが降りてきて、
 じいさんとばあさんに子供ができると仰った。
 それから煎った豆を植えろと仰った。
 酸っぱい上澄みで育てろと仰った。
 言われたとおりに豆をまき、言われたとおりに上澄みをかけた。
 すると不思議、煎り豆から芽が出た。
 不思議不思議、あっという間に木になった。
 あっという間に花が咲き、あっという間に実がなった。
 それがその豆、たくさんの豆。
 夕べたらふく食べて、今朝たらふく食べてもまだ減らない。
 なんて幸せな煎り豆だろう」
 村で一番の金持ち長者は黙っていられなくなり、歌と踊りと仕事の真ん中にいる人足頭に声を掛けました。
「これはいったい何の歌なんだ? わしは今までこんな歌を聴いたことがない」
 人足頭は手を止めて、不思議そうな顔で答えます。
「あっしらはずっとこの歌を歌っておりやすよ。あなたのところにいたときにも歌っておりやした。もっともあなたは、年寄りの話などどうでもよいと仰って、歌を止めさせましたけども」
 人足頭は頭をぺこりと下げますと、すぐに仕事に戻りました。
「そんなことは知らないぞ」
 村で一番の金持ち長者は小首をかしげてその場から離れました。
 しばらく行きますと、小さな川の中


[1][2]

[4]BACK [0]INDEX [5]NEXT
[6]WEB拍手
[#]TOP
まろやか連載小説 1.41
Copyright Shinkouj Kawori(Gin_oh Megumi)/OhimesamaClub/ All Rights Reserved
このサイト内の文章と画像を許可無く複製・再配布することは、著作権法で禁じられています。