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ここは【お姫様倶楽部Petit】の備忘録的リンク集【Petitの本棚】です

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[文学論など]意慾的創作文章の形式と方法
作家名:坂口安吾

安吾先生による、文章読本的な短めの評論。
 小説の文章を他の文章から区別する特徴は、小説のもつ独特の文章ではない。なぜなら小説に独特な文章といふものは存在しないからである。
(中略)
 要するに小説は明快適切でなければならないものであるが、小説の主体を明快適切ならしめるためには、時として各個の文章は晦渋化を必要されることもありうるのだ。そして描写に故意の歪みを要するところに――換言すれば、ある角度を通して眺め、表はすところに――小説の文章の特殊性もあるのである。
 なぜなら、小説は事体をありのままに説明することではない。小説は描かれた作品のほかに別の実体があるわけのものではない。小説はそれ自体が創造された実体だからである。そこから小説の文章の特殊性も生まれてくる。
(中略)
 作家が全てを語ることは不可能である。我々の生活を満してゐる無数のつまらぬ出来事を一々列挙するとせば、毎日少くも一巻を要すであらう。
 そこで選択が必要となる。そして、これだけの理由でも「全き真実」「全き写真」といふことは意味をなさなくなるのである。
(中略)
 作家の精神はありのままに事物を写さうとする白紙ではないのである。複雑――むしろ一生の歴史と、それを以てして尚解き得なかつた幾多の迷路さへ含んでゐる。そしてこの尨大な複雑が、いはば一つの意力となつて凝縮したところに漸く作家の出発があるのである。言葉を芸術ならしむるものは、言葉でもなく知識でもなく、一に精神によるものであるが、併し精神を精神として論ずることは芸術を説明する鍵とならない。
(中略)
 勝れた作家は各々の角度、各々の通路を持つてゐる。通路は山と海ほどの激しい相違があるけれども到達する処は等しい。同じ人物をピエルとシャートフの相違で描いても、要するに全貌を現したあとでは同じものになる。モオパッサンはピエルの方法でしかシャートフが描けないのである。
(中略)
 今我々は一人物の外貌を描写しようとしてゐる。特徴のある顔、甚だ表情のある手、それよりも短い身長と、しかも奇妙にゴツゴツした動きが特に目をひき易い。しかも猫のやうな声、時々まるで変化する眼の具合、これらを精密に描いたなら、読者はその外貌を読んだだけで、この男の性格や心の底を見抜くことが出来るほどだ。そこで我々はこの人物の外貌を精細に描写したいばかりに、情熱でウズウズしてゐる。併し長い紙数を費して一気にこの男の外貌の全部を描いてゐたら、読者は却つて退屈を感じ、そのために混雑した不明瞭な印象を受けるばかりで、大切な核心を読み逃してしまふであらう。
(中略)
 小説の文章は書くべき事柄を完膚なく書きつくさねばならないのである。即ち、作家の角度から選択され一旦書くべく算出された事柄は、あくまで完膚なく書きつくさねばならないのだ。たまたま文章の調子に迷ひ右を左と書きつくらうやうな過ちは犯してならないことである。
(後略)
初出:「日本現代文章講座 ※(II)―方法篇」厚生閣 1934(昭和9)年10月13日発行
(2010/11/04(Thu) 20:15)
[文学論など]私の小説
作家名:坂口安吾

自分の小説について何か書けと言われた安吾先生。
依頼主の編集者に自分が「情痴作家」と呼ばれていると聞いてびっくりしつつ
「正直なところ、私は人の評判を全然気にかけてゐない。情痴作家、エロ作家、なんとでも言ふがいいのである。読む方の勝手だ。かう読め、ああ読めと、一々指図のできるものではないのだ」
「私が情痴作家だといふ。ところが、案外、さう読んだ読者の方が情痴読者かも知れぬ。読者は私を情痴作者だといふし、私は読者を情痴読者だといふ。別に法廷へ持ちだすまでのことはない。裁判官はちやんとゐる。歴史だ」
と開き直る。そして自分自身を
「猪八戒と子路の合ひの子なので、猪八戒の勢力範囲が旺勢」
「私は然し、実際、私は猪八戒だといふところが正当な評価だらうと考へてゐるのだ。猪八戒はヘタくそな忍術を使ふ。(中略)このできそこなひの忍術が、つまり私の小説だ。私もまた、できそこなひの忍術使ひなのである」
と評するのだった。

初出:「夕刊新大阪 第四六九号〜四七一号」1947(昭和22)年5月26日〜28日
(2009/03/03(Tue) 17:18)
[その他小説]紫大納言
作家名:坂口安吾

昭和14年2月初出。昭和16年4月、単行本『炉辺夜話集』収録時に大幅に加筆修正される。
現在全集などに収録されているのは、加筆修正された版で、このテクストも同様。
平安時代(花山天皇の御代という設定なので、984年〜986年ごろか)を舞台とする短編。

女人と見れば手を出さずにはいられない、肥体の好色漢・紫大納言。五十を過ぎてもその色好みは衰えない。
無頼漢の一団「袴垂れの保輔の徒党」が暴れ回る都においても、彼は女性の元へと夜道を通うのを止めようとはしなかった。
ある雷の鳴り響いた夜、大納言は道端で一管の笛を拾った。
やがて雨中に不思議な女性が現れて、笛を返して欲しいと迫る。
女性は己を月の姫の侍女で、笛は姫の持ち物だという。
笛を取り戻さねば月へ戻れないと哀願する侍女に、大納言は興味を抱く。
侍女を自分の家臣の家へと連れ込んだ大納言は、改めて侍女と向き合うと「胸をさす痛みのような、つめたく、ちいさな、怖れ」を覚える。
侍女を己の元に引き留めたいと願った大納言は、笛を返さなければ、「この笛が地上から姿を消してくれさえすれば、あのひとは月の国へ帰ることを諦めるかも知れない筈だ」と思い立ち、笛を携えて家から飛び出す。
一日歩き回り、日も暮れた頃、大納言は「袴垂れの保輔の徒党」に取り囲まれる。
大納言は笛を差し出し、命乞いをする。無頼の若者たちに太刀や装束まで奪われた大納言だったが、命拾いをしてようやく侍女の待つ家へ戻る。
笛を「盗まれた」と慟哭するいう大納言であったが、侍女は大納言は笛を「捨てた」のと同じだと言って責めた。
怒り泣く侍女を抱いた大納言は、笛を取り戻すべく夜道へさまよい出る。
「袴垂れの保輔の徒党」を見つけ出し、笛を返して欲しいと頼み込むが、無頼達は大納言を殴りつけ、蹴り倒し、打ち据え、笑いものにした。
大納言が意識を取り戻すと、不可思議な童子が眼前にいた。
童子は
ゆくえも知らぬ、恋のみちかな
と言い残すと、忽然と消えた。
渇きを覚えた大納言は水を求めて小川へと這いずる。
水面に映る自分の酷い有様を見て、死を悟った大納言は、侍女を想い、叫ぶ。「残されたあなたは、どうなるのですか!
幻でも良いから一目その姿を見たいと願った大納言だったが、思いは通じない。
そして彼は「そこに溢れるただ一掬の水となり、せせらぎへ、ばちゃりと落ちて、流れてしまった」のであった。
(2008/12/28(Sun) 17:05)
[文学論など]たゞの文学
作家名:坂口安吾

戦国時代から江戸時代までの切支丹弾圧をテーマとした短編イノチガケ(1940(昭和15)年発表)を批評家・小林秀雄(1902年(明治35年)4月11日〜1983年(昭和58年)3月1日)に見せに行った、というエピソードから始まる歴史小説論。
《前略》
嘘と真実に関する限り、結局、ほんとうの真実などといふものはなく、歴史も現代もありはしない。
《中略》
要するに、歴史に取材した小説を書いても、それが一つの小説的な実在となる力があれば結構だと僕は思ふ。
《後略》
初出:「現代文学 第五巻第二号」大観堂 1942(昭和17)年1月31日発行
(2008/10/23(Thu) 13:56)
[文学論など]作家論について
作家名:坂口安吾

坂口安吾による「作家論」論。
《前略》
 我々は小説を書く前に自分を意識し限定すべきではなく、小説を書き終つて後に、自分を発見すべきである。
《中略》
 僕は、できるだけ自分を限定の外に置き、多くの真実を発見し、自分自身を創りたいために、要するに僕自身の表現に外ならぬ小説を、他人の一生をかりて書きつゞけようと思つてゐる。
《後略》
初出:「現代文学 第四巻第四号」大観堂 1941(昭和16)年5月28日発行
(2008/10/23(Thu) 13:27)
[文学論など]文学のふるさと
作家名:坂口安吾

坂口安吾の文章論的エッセイ。
例えば赤頭巾。グリム版では猟師に助け出されるが、ペロー版は狼に食べられたところで終わる。
太郎冠者を連れて寺に詣でた大名が、屋根の上の鬼瓦が妻が似ていると泣くだけの短い狂言。
貧しさ故に子殺しをせねばならない貧農の物語を書き、それは実際に自分がしたことだと告白して、作家・芥川を呆然とさせた農民作家。
三年がかりの恋が実ったと思ったその世、女が鬼に喰い殺されてしまったという伊勢物語中のエピソード。
「アンモラル(無道徳)な物語」をに出会った坂口は、それらに「絶対の孤独」を感じる。
そしてこの宝石のように美しく冷たい「絶対の孤独」、救いも慰めもない物語の中に、「文学のふるさと」「人間のふるさと」を見いだすのだった。

初出:現代文学 1941年7月28日
(2008/07/14(Mon) 20:08)
[▼資料其の一▼]坂口安吾
坂口安吾(1906年10月20日 - 1955年2月17日)
本名・坂口炳五(さかぐちへいご)
小説家、エッセイスト。
新潟県新潟市に生まれる。
無頼派と呼ばれる作家の一人で、歴史小説、推理小説、純文学、随筆など、幅広いジャンルで活躍する。
代表作はエッセイ「FARCEに就て」「文学のふるさと」「日本文化私観」「堕落論」「教祖の文学」、小説「紫大納言」「真珠」「白痴」「桜の森の満開の下」「夜長姫と耳男」など。
昭和30年(1955年)脳出血のため死亡。享年49。
(2008/07/03(Thu) 14:48)
[文学論など]推理小説について
作家名:坂口安吾

随筆。
横溝正史の「蝶々殺人事件」をメインテクストに、角田喜久雄小栗虫太郎木々 高太郎、などを俎上に上げ、日本の推理小説について少しばかり苦言を呈する内容。
ドストエフスキーなども引き合いに出されてる。
日本の探偵小説はげんがくすぎるところがある。ヴァン・ダインの悪影響かと思うが、死んだ小栗虫太郎氏などゝなると、探偵小説本来の素材が貧困で、それを衒学でごまかす、こういう衒学は知性のあべこべのもので、実際は文化的貧困を表明しているものなのである。世間一般にあることだが、独学者に限って語学の知識をひけらかしたがるが、語学などは全然学問でも知識でもなく、語学を通して読まれたテキストの内容だけが学問なのだが、一般に探偵小説界は、まだ知識の語学時代に見うけられる。
 法医学上のことなども、衒学的にふりかざゝれており、別にそうまで専門的なことを書く必要もないところで法医学知識をふりまわす。そのくせ重大なところで、実は法医学上の無智をバクロするというような欠点もある。

初出:「東京新聞 第一七八一号、一七八二号」   1947(昭和22)年8月25日、26日
底本:「坂口安吾全集 05」筑摩書房   1998(平成10)年6月20日初版第1刷発行
(2008/06/07(Sat) 20:24)
[大衆文学]夜長姫と耳男
作家名:坂口安吾
兎のように上に長い耳を持つ耳男は、師匠の名代で「夜長の長者」の仕事を請け負うことになった。
長者には一粒種の娘「夜長姫」がいた。美しい姫の顔を見つめるうち、耳男の心には不可解な混乱が生まれた。
長者はヒメの守り本尊を彫る仕事を何人かに競わせ、最も優れた者には褒美として美しい機織り奴隷の娘エナコをやると言う。
耳男はエナコを哀れとは思うが貰う気はまるでない。それがエナコの疳に障ったのか、彼女は唐突に耳男の大きな耳を切り落とした。
片耳を落とされたことを「虫に咬まれたこと」と言う耳男に対し、夜長姫は無邪気で明るい「虫も殺さぬ」童女の笑顔を浮かべたまま、エナコに命じてもう片方を切り落とさせた。
夜長姫の笑顔に心を奪われてしまったことにおそれを感じた耳男は、仏像ではなくモノノケの像を造ることに魂を注ぎ込んだ。
三年かけてついに完成させたモノノケの像は、「耳の長い何ものかの顔」をした「ヒメの笑顔を押し返すだけの力のこもった怖ろしい物」で……。

初出:「新潮 第四九巻第六号」
1952(昭和27)年6月1日発行
(2006/10/16(Mon) 13:49)