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「オカケニナッタ番号ハ、登録者様ノゴ都合ニヨリ、現在オ繋ギデキマセン……」
 何度かけても同じ機械的なメッセージが返ってくる。電話番号を間違えているのか、それとも受信を拒否されているのか。
 多分、後者だ。
「また、フられたのかなぁ」
 川原柳かわらやなぎ悠助ゆうすけは魂が漏れてゆくようなため息を吐き出した。
 私鉄快速が着いたらしく、駅前の広場に人があふれ出る。
 花壇を囲む縁石に座り込んだ悠助は、尻に痛みを感じた。
 反射的にポケットに手を突っ込む。
 指先に当った硬い物は、昨日彼女からもらった外部メモリーだった。
『あとで見て』
 そういわれたものの、内容を確認することができずにいた。
 と言うのも、悠助の持っているケイタイは、そのタイプの記憶媒体に対応していなのだ。
「確かパソコンでも読み込めるタイプだよな」
 悲しいかな貧乏学生は、携帯のパケ代を払うのが精一杯で、パソコンなどと言う「高級家電」は持っていない。
 通っている高校にあるパソコンを利用できなくはない。
 何しろ、母校・樋之沢ひのさわ学園高等部は「国立大学進学コース」という通称を持つ猛烈な普通科がある私立の名門校だ。生徒が静かな環境で勉学に励めるように、という配慮から、学生証さえ提示すれば休日でも校内に入って施設を使うことができる。
 もっとも、悠助は学業という本来の目的で施設を利用したことはない。だいたい国立大学なんてものは、彼にとっては天国より遙かな高みにあって、その影さえかいま見ることのできない存在なのだ。
 だからといって恩恵を享受しないのも勿体ない話だ。クラスメイトの北大手きたおおて光輝みつきが誘ってくれるのを良いことに、冷暖房の効いた小会議室に入り浸っいる。
 悠助自身はそこで何をするでもない。光輝が(おそらく私的に持ち込んで)ロッカーにそっと隠しているらしい大量の書物の中から漫画雑誌やコミック単行本を抜き出して、部屋の隅で読みふけっているだけだ。
 その間、光輝はドアノブに「Society for the study of Mystery【ミス研】」という手書きの札を下げたり、三々五々に集まってくる数人の「研究会員」と雑談したり、パソコンを駆って何やらおどろおどろしい英文の羅列を読みふけったりしている。
 悠助はその輪に混じろうとしないし、会話の内容に耳を傾けようとも思わない。
 なにしろ連中の言葉の端々から、ミステリーサークルがどうの、スカイフィッシュがどうの、あるいは、オーブだ、プラズマだ、チュパカブラだ、といった、非現実的な単語が飛び出てくるのだ。
 君子危うきに近寄らず……居心地の良くてと暇つぶしの材料が充分にある「場所」さえあれば、雑音は気にならなかった。
「俺が見てもいい男で、頭だって悪くないのに、彼女ができないのは、ああいう悪趣味なことをやっているからだ」
 自分のこと棚に上げて、友人への悪態を陰口的に吐いておけば、失恋の痛手をいくらかは忘れられそうな気がした。
 メディアとケイタイをズボンの尻ポケットに突っ込み、悠助はのろのろと歩き出した。
 それでも背中に何か重たいものを背負っているような気はしている。足取りも重い。
 その思い足は、ゆっくりと母校へと向かっていた。
 駅から歩いて五分。昔はお大尽のお屋敷だったという広大な敷地の中に、樋之沢学園はある。
 幼稚舎から大学までのエスカレータ式だが、大学まで一直線の安楽な道を行こうという者はむしろ少数派だった。
 逆立ちしても国大進学コースには追いつけない悠助は、もちろん少数派に所属している。
 守衛に学生証を見せて校内に入ると、彼の足はゆっくりと、しかし一直線に小会議室へと向かった。
 ドアノブに手書きの札がかかっている。
「都合が良いや。光輝に外部メモリーの使い方を教えてもらおう」
 引き戸を開け、中をのぞき込む。
 室内に人気はなかった。
 窓は白いカーテンで覆われていた。その上、照明もエアコンも電源が切られているものだから、部屋は闇と奇妙な熱気で満ちている。
 しかし、部屋の隅では幽かにモーター音がし、ぼんやりとした明かりが点っていた。
 目をこらすと、パソコンのモニタの上で、「Society for the study of Mystery」の文字がぐるぐると回っているのが見えた。

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