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 薄暗い室内には、白いカーテン越しに西日が差し込んでいる。
 一台のパソコンのモニタの上で、「Society for the study of Mystery」の文字がぐるぐると回っているのが見えた。
「……小会議室?」
 悠助は袖口で目の周りをごしごしと拭いた。
 整頓された室内には、壊れた物も散らかった物も、非日常的な現象も、何一つもない。
 しんと静まりかえったその空間に、PCのファンを回す幽かなモーター音だけが響いていた。
 人の気配も、当然人ならぬ物の気配も無い。
 悠助はPC前の椅子に座り込んだ。机がわずかに揺れ、マウスがわずかにずれる。
 モニタがボツンと音を立て、スクリーンセイバーが消え失せた。
 代わりにワープロソフトのウインドウが画面に広がる。
 悠助の背筋を悪寒が走った。彼は思わず自分の身体を抱きしめた。
 その時。
「悠助」
 背後から呼ばれた。
 尻が椅子の座面から30cmは跳ね上がった。
 震えながら振り向くと、そこには北大手光輝が立っていた。手に、細長い外部メモリーを持っている。
「中身、復元できたけど……あまり良いものは入っていなかったよ」
 光輝はその媒体を机の上に置いた。
 悠助は上半身を「それ」から遠ざけようと、反射的に身をよじった。
「……復元!? 『オバケ』のデータもか!?」
 光輝の眉間に薄い皺が寄った。
「心霊写真かなんか撮ったのかい? そういうデータは入ってなかったけど」
 不自然に身をよじらす悠助が、決して触りたがらないモノを、細い指がおもむろにカードリーダーに入れ込んだ。
「ひぃ!」
 悠助が大あわてで椅子から飛び上がった。
 尻は座面から半分以上ずれて落ち、結果、彼の尻たぶは半分を椅子の縁にぶつけた後、床に叩きつけられる二段攻撃を喰らった。
 尾てい骨から脊椎伝いに走る痛みは、彼の身体をもう一度跳ね上げた。それから運動音痴な猫のように彼は身を捻り、床の上で四つん這いに着地し、頭を抱え込んで震えた。
 やがて、頭の上で光輝が何か作業をしている気配を感じた彼は、そっと頭を持ち上げた。
 モニタ上に開かれたワープロソフトのウインドウに、びっしりと文字が詰め込まれている。
 改行のない、句読点のオカシイ、誤変換の多い、読み辛い文章。どこかで見た覚えのある文字の列。
「うわぁ!!」
 空気を吹き込まれたカエルのおもちゃの勢いで、悠助は跳ね起きた。
「俺の、メール。カノジョに送ったヤツ!」
 彼は画面を覆い隠すようにモニタに抱きついた。
「最後の方に『送信する前に、推敲とか校正とかしなさい』ってあったけど、そこは君の文章じゃないんだろう?」
 光輝は疑問符を付けて言ったが、むしろ確証している様子だった。
「すいこーとか、こーせーって何? 携帯にそんなボタンある?」
 目玉を見開いて、悠助は真面目な口調で訊ね返す。光輝は苦笑いを返した。
「つまり、それが君が振られた『今回の』理由だろうね。脊髄反射だけで動いているって言うか、周りが見えていないって言うか。……よく言えば積極的、超ポジティブ。悪く言えば単純で単細胞」
「何だよ、それ」
 悠助が唇を尖らせる。
「脳みそが動いてないってことさ」
 妙に優しげな笑顔を浮かべつつ、光輝は悠助の鼻先に鈍い銀色の円柱形の物体を突きつける。
「俺の携帯!」
 ボールを奪うバスケットボール選手の乱暴さで、彼は級友の手からそれを受け取った。

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