夢想の【戦車(チャリオット)】
流浪の「オーガハンター」ブライト・ソードマンの独白……
「パンパリア」という土地は、別名を「治外法権都市」ともいうらしい。
四季の変化が乏しく、従って降水量も少ないが、湧水が豊富なため、緑にあふれたオアシスの様相を呈しているから、確かに棲むには便利なンだが……。
万年雪を頂く高山に囲まれた、吹けば飛ぶような小ささな盆地。
どの街道にも面していない上、獣すら通るのに躊躇する悪路が細々と通うのみ。
農耕に適さない大地は鉱物を産するでもなく、かといって観光に向いている訳でもない。
よーするに文字通りの陸の孤島で、中央行政部も、地方豪族もこの地をさほど重要視していない。つーか、歯牙にも掛けられていないンだ、実は。
そういった訳で、帝国から切り離されたがたここは混沌とした独自の文化圏を形成している。
結果。
正規に開業するには帝国の鑑札がいる商売を鑑札なしでやりたい連中や、鑑札なんぞ必要ないが開業したら間違いなく手が後ろに回る商売をやりたい連中が、やたらとここに集まってくる。
祈祷師、薬師、彫金師、錬金術師、医師、術師、からくり師、陰陽師、細工師、テキ屋、ゴト師、贋作師……。
腕のいいのも、単なる詐欺師も玉石混合。
土着の者もそんな環境にいるからか、滅多なことでは動じない。良く言えば肝が据わっている。悪く言やぁ脳天気。
町中じゃ四六時中何かしらの騒ぎが起きている……ケンカであったり、ショーであったり、犯罪であったり、祭祀であったり……のだが、領民はまるきり気にしないで乱稚気な日常を送っている。
そんなこの土地を、少々頭のいいヤツは「一夜の夢の街」と呼んだりもするらしい。
目を閉ざし、この土地に浸っていれば幸福……外に目を向ければ、そこにあるのは耐え難い現実、って寸法だ。
まあ、現実から隔離されたどっぷりぬるま湯で少々騒がしい幸福感ってやつが、悪夢なのか吉夢なのかは、その夢を見る者の受け取り方次第なんだが……。
「部屋が、一つだけしか空いていない?」
俺とクレールは同時に言った。
相棒は不満そうだが、俺としては実にうれしいことだ。
「祭りの時期はね、ほとんど空きがないんですよ。一つあるだけでも、お客さん方、ラッキーですぜ」
宿屋のフロントがにこやかに言う。
年中お祭り騒ぎのこの土地のことだ。きっと年中宿に空きが無いというのが本当のところだろうが。
まあ、いいさ。兎も角、その一つ部屋……俺とクレちゃんの一晩の愛の巣……ってヤツに行ってみた。
と。
割と広い部屋だ。なんとまあ、たいそう立派なバスルームまで付いていやがる。
ところが。
それ以外のものというと、クイーンサイズのベッドと二人掛けソファしか無い。
部屋の内装もぱっと見は豪奢だが、実は安物で、壁なんぞ紙切れの下は合板1枚キリなんじゃねぇのかとも思える。
窓もない。
しかも、やたら皿の小さい上に灯心の細い鯨油燈台が枕元に一つおいてあるだけときていて、部屋全体が実に薄暗い。
………………………………
ラブホぢゃねーのかここは!
思わず歓喜の声を上げるところだったが、ここは我慢だ。
ウチの相棒ときたら、男女の自然な成り行きってヤツを潔癖に毛嫌いしていやがる。不信感を抱かせたら、せっかくの「一つ部屋お泊まり」のチャンスが水泡に帰しちまう。
それに、お祭り騒ぎの市場見物でオヒメサマに気付かれないように仕入れたブツも、こっそり使わないといけないからな。
ま、胡散臭い陰陽師から、1マギュネ(百円相当)で買いたたいたモンだから、効果に期待は持てないが……。
「……ブライト?」
ギク!
「先ほどからなにをブツブツと言っているのです?」
やばい。気取られたか? 何としても誤魔化さんと……。
「おう。帝都への道をショートカットしようと思って街道から外れたのは良いが、どうもこーゆー脳天気な国の空気は性に合わなくてな。ちゃんと道なりに行けば良かったンじゃねぇかと、こー……」
……イカン。クレールの眉毛が吊りグングンあがってく。言葉並べたら並べただけ、不信感が高まってくか?
まったく、いろんなコトに勘が鋭いヤツだからなぁ。感心するぜ。
「……取りあえず、俺はソファで寝るから」
「では、あなたが寝入ったのを確認してから、ベッドに入らせていただきます」
「信用ねぇな……」
「信用を失わせるような行動をしているのは、あなた自身でしょうに」
「俺が何をした? 単にスキンシップを図ろうとしてだけだぜ」
……あ。げんこつが白んでく・・・・・・。
これ以上よけいなこと言ったら、間違いなく右ストレートが飛んでくる。
「風呂、お先にどーぞ……温泉だってハナシだぞ」
「……覗いたりしたら、殴るじゃ済みませんから、そのつもりで」
「一応、学習能力はあるつもりだ」
こないだ、アってぇ間に右腕ねじ上げられた揚げ句、スリーパーホールドで絞め落とされたからな。
……タオル越し生乳の感触は極楽だっだが。
さて。
湯煙の奥の情景も魅力だが、取りあえず今日は止めとくとしよう。
市で仕入れた「夢見の符」を……っと。
あンの似非陰陽師め、
「詳しくは『取扱説明書』を読め」
なんてぬかしやがって。職務怠慢だぜ。
油紙に包まれていたのは護符が1枚と、その100倍は分厚いんじゃねーかと思われる、ご大層なマニュアルだった。
曰く、
『はじめに
ご購入いただきありがとうございます。
製品をお使いになる前に以下の内容をお読みください。
★夢見の符について
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- 夢見の符(DreamDesire。以下「DD」と省略)は、睡眠中の脳波を随意にコントロールすることにより、深層心理下層に埋没した「願い事」を夢として見ることができるシステムです。
- 「DD」を使用すると、自分でも気付かない「己の中にある本当の望み」を探り出し、夢として反映する事も可能です。
- 「DD」はクワバラゲマトリアを利用して構成された高位セフィールです。特別なイニシエーションを行うことなく、簡単に効果を得られます。
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★「DD」の原理〜QABBALLA(クワバラ)理論について
- 「DD」に使用されているクワバラゲマトリア言語は、遊牧民族の占星術師によって数千年に渡り積み上げられた叡智の結晶です。森羅万象を22の文字の組み合わせで表現し、操ることが可能とされています。
- 当ギルドでは無限に広がる文字の組み合わせを検証し、有効な物だけを選別、錬成する事に成功いたしました。
- 当ギルドで開発した「数値置き換え法」は他にはない確実な呪術効果を発揮します。
※効果の全く無い類似品が出回っております。ご購入の際はかならず「ギメルギルド」製品であることをご確認下さい
- ギメルギルドでは「DD」以外にも各種護符を制作しております。通信販売も行っております。カタログは末尾の住所へご請求下さい。
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★「DD」の使用法
- 「DD」のセフィラ記述面を上にし、枕あるいはシーツの下にセットしてください。
- 心を落ち着けて布団に入り、そのまま睡眠に入って下さい。
- 通常2回目ないし3回目のレム睡眠時に望みの夢を見ることができます。
- この時見た夢は、忘却することがありません。起床後もはっきりと記憶しています。
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★諸注意
- 「DD」のセフィラ記述を書き換えることによってカスタマイズが可能です。
※なお、セフィラ記述の記述ミスによって、様々な障害が生じる可能性があります。クワバラゲマトリアに関する知識のない方は改造を控えてください。
※間違った改造によって生じたいかなる損害も、当ギルドは責任を負わないものとします。
- 「DD」の効果は半永久的ですが、セフィラ記述に破損が生じると正確に動作しなくなります。ご注意下さい。
※動作不能な状態例
1.セフィラ記述用紙が破損・汚損した場合(破れ、延焼、飲食物などをこぼした)。
2.セフィラ記述が判別不可になった場合(水没、摩擦など)。
3.セフィラ記述以外の文字、図形、線などが書き加えられた場合。
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★障害報告と対処法
- 「DD」使用に際し、生理的欲求に機縁する強い願望を抱かないでください。脳波異常及び記憶障害を引き起こす可能性があります。
※特に多い障害は、近くにいる者がユーザーと同じ夢を見るという症状です。
プライバシーが著しく侵害されるおそれが多分にありますので、生理的欲求を起因とする夢を見ることは避けてください。
- 障害報告例・
1.豪華なディナーを食することを望んだユーザーの事例として、夢の中の味覚が記憶中枢から排除されなくなり、現実の味覚を失ったとの報告あり。
2.巨万の富を望んだユーザーの事例として、夢と現実の財産の区別が付かなくなり、破産に陥るほどの浪費をしたとの報告あり。
3.隣家の主婦と性交することを望んだユーザーの事例として、脳波が一種のテレパシーと化し近隣在住者の夢に影響を与えた(同時に同じ夢を見た)との報告あり。
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★サービス窓口
ギメルギルド
所在:アレキドゥクセン州ティフェレト
※カタログご請求は、郵送手数料3マギュネ(全国同一送料)+宛名カード同封にて。
代表:テオフラストゥス・ボンバトゥス・フォン=ホーエンハイム
イニシエーション請負
ヨーガ健康法道場併設
錬金術師養成講座生徒募集中
占いの館「薔薇の家」フランチャイズ募集中
※各種クレジット取り扱い。
※通信販売業者許認可(中央政府発行:アルエ8823−3594−3860012号)
……云々……』
あまりのややこしさに、危うく重要な「障害」ってやつを見逃すところだった。
増幅された脳波が近間にいる人間に影響して、同じ夢を見る可能性があるってことは、
たとえば俺が姫サマとイイコトする夢を見てぇって望むと、もしかしたら俺の脳味噌ン中がダダ漏れになるかも知れないってことなワケだ。
隣で寝てるクレちゃんに、俺様の公言できないあーんな願望や、絵にも描けないこーんな欲望が、思いっきりバレル……かもしれない、と。
そんなことになったら、それこそ殴られるじゃ済まねぇ。手足の2.3本折られるで収まりゃイイ方だ。
ちっ! 訳に立たねぇなぁ……。
かといって捨てるのも癪だ。
……………………………………
うーん。クレールに遣るか。
取りあえず、あいつが「旨いモン喰いたい」だの「金儲け」だの、ましてや「愛しのブライト様と同衾したい」なんてこたぁ望んでるとは思えないからな。
内緒で、枕の下に入れといてやろう。
……しんどい旅路だ。ちょっとは楽しい夢でも見させてやっても、神罰は降るまい。
そーと決まれば、目の前のお裸を観賞させてもらうかな。
こーゆーホテルの風呂にゃ大概、外からのビューポイントがあるはずだから……。
「ビューポイント?」
ドキィ! 背後からクレちゃんの声!?
「な、な、な、何だ、もう上がっちまったのか?」
引きつり笑いで振り返ると、そこにはしっかり服を着込んだクレールの、ほんのりと上気した笑顔があった。
「久しぶりにゆっくり暖まらせていただきました」
「ゆっくり……ね」
ちっ、分厚いマニュアル読みふけってる間に、相当時間が過ぎちまったって訳か。まったく訳に立たねぇ紙切れだぜ。
「だから逆に心配になりました。……あなたが私の入浴を覗き見ないなんて、体調でも悪いのではないかと……。また、例の頭痛がするのではありませんか?」
小馬鹿にされてンだか、心配されてンだか、よく解らん言いっぷりで、相棒は小首をかしげた。
「具合が悪い訳じゃねぇ。ちっとばかり疲れてるが、風呂にでも入りゃ、軽く復帰する。安心しろ」
「ならば良いのですけれど」
「じゃ、一っ風呂浴びてくる。……覗くなよ」
「つまらない冗談を聞く耳は持っておりません」
そういう生真面目なとこが、また可愛いンだがなぁ……グーパンチさえなきゃ……。
「何か仰いましたか?」
「いや、ナンにも。ま、先に寝とけ」