第11回 テーマ『死を看取る人』シャンプー白い無地の買い物袋から、男は小さなプラスチックの瓶を取り出した。「ドライシャンプーって言うんだそうだよ」 彼はベッドに横たわる妻に声をかけた。 返事は、無い。 構わず、彼は続ける。 「水が無くても頭が洗えるんだ。ほら、スプレーになっている。これを頭に吹き付けて、揉んで、軽くふき取れば良いんだとさ。便利な物ができたもんだ」 妻からの返事は、やはり無い。そして男はそれが当たり前だとあきらめていた。 「美容師のおまえがさ、自分の頭も洗えないってのは、やっぱり嫌だろう」 買ったばかりのドライシャンプーの蓋を開けると、彼は妻の額の生え際当たりにタオルを巻いた。 腰のない真っ白な髪は細く、そして乱雑に短く切りつめられている。 小さな頭の全体に、男はスプレーを吹きかけた。そして指の腹で優しく頭皮をマッサージする。 「良い匂いがするなぁ、おい。鼻がすぅっとするよ」 返事はやはり無い。だが妻の頬が、少し赤みを帯びたように見えた。 錯覚かもしれない。男は心の中でつぶやいた。 その時、小さな電子音が鳴った。 男は音のする方に目を向けた。小さなモニタの上で、一本の線が光っている。 まっすぐの線。動かない筈の線。 そこに小さな山が一つ浮かんだ。 『ありがとう』 掠れた声が聞こえた。 男は目をつぶった。閉じた瞼を涙が押し広げる。 光の線は再び平坦さを取り戻していた。 |