「魔王の森にカーバンクルという生き物がいるという噂、お師匠様はご存じですか?」
「カーバンクル?」
 小豆色のフードを目深にかぶった、若いとは言い難い婦人が、少年の問いかけに呆れ声を出しました。
「財宝の守神とも呼ばれる妖精なんぞに、シグ、興味があるのかえ?」
 10歳ぐらいに見える……実は、もう4つばかり年上の……男の子は、青いフードの付いた外套を脱ぎました。
 おでこに、赤い大きなアザがあります。
 男の子は、太い樹の枝を組み合わせただけの椅子に腰掛けると、黒い瞳をキラキラとさせながら言いました。
「今日、街のパン屋さんで聞いた噂なんですが……。隣の国から、プファール男爵っていう『冒険家』が来て……」
「アレはだめよ」
 シグの言葉を遮って、ため息混じりにお師匠様は言います。
 シグは大きくうなずきました。
 どうやらこの少年にも、プファール男爵とやらが「ほら男爵」であることが、最初から判っていたようです。
「男爵曰く……ウォーロックの塔は、廃墟となっているが、そこには目もくらむような財宝が隠されている。その証拠に、森では、財宝あるところに必ず現れるという、カーバンクルという妖精が、時々見かけられる……」
 シグはクスクスと笑いながら続けました。
「バカな話ですね。そんな宝物があるのなら、『魔王の森の番人』であるお師匠様のローブに、継が当たっているはずがないもの」
 
 ウォーロックと「紅い娘」が消えてしまった後、誰も入ることを許されなくなった森と山に、もし万が一誰かが入ったら、その者を捕まえる……その仕事を任されたのは、一人の女の人でした。
 今から10と5年前、丁度、ウォーロックの事件から半年ほど後、男の赤ん坊を連れてこの国にやってきたウィザードです。
 名前はミーミルといって、歳はその頃30歳ぐらいに見えました。
 ミーミルは、十人並みに美しい顔立ちをしていましたが、可哀想におでこに大きな青いアザがありました。
 連れてきた赤ん坊がシグです。
 ミーミルは彼を、
「我が一番弟子」
と言いました。
 シグはとても可愛らしい顔立ちをしていましたが、可哀想におでこに大きな赤いアザがありました。
 さて、王様に森の番を命じられたウィザード・ミーミルは、「魔王の森」の周りに、誰も入れないよう目には見えない結界……バリアみたいなものだと思ってください……を張りました。
 そしてその結界のすぐ外側の、近くの村からは歩いて1時間くらいかかる所に小屋を建て、そこで暮らすようになりました。
 こう言ったわけで、王様の許可と、ミーミルの許しあれば「魔王の森」に入れるという決まりが、新しくできました。
 というのも、ウォーロックや化け物達が今すぐに甦ってくる気配は、今のところまるでない、とミーミルが言ったからです。
 そして今、常時王様の許可とミーミルの許しを得、自由に森に出入りできるのは、王様ご自身と、ミーミル自身。そしてそして王様のご子息のジークフリード王子と、ミーミルの愛弟子であるシグだけです。
 
「宝物は……多分ある」
「えっ?」
 シグは目を見開きました。
「だって、森はただの樹海だし、山はただの岩山だし、塔の中にあるのはただの瓦礫の山だけですよ?」
「その瓦礫の山の中に、もしかしたら宝物があるかも知れないじゃぁないの?」
 ミーミルは堅焼きのパンを素焼きの皿に盛り、太い木の切り株に脚を付けただけのテーブルに乗せました。
「金銀財宝や、価値のありそうな物は、前見に行ったときには、全然ありませんでした」
「おまえ、この間森で拾った小鳥の羽を、大事に『宝物入れ』の中に仕舞っているね? ほれ、みる角度によって色の変わる小さな羽を……」
 そう言いながら、ミーミルは木の実のシチューを木の椀に山盛りにして、シグの前に置きました。
「はい、だって奇麗だから、僕の宝物にしようと思って……あ!」
 シグは木のスプーンを危うく落としそうなくらいびっくりした声を出しました。
 ミーミルは大きくうなずきます。
「宝物ってのはね、人によって違うのよ。
 おまえは、鳥の羽や河原の石やドングリを『宝物』にしている。
 それはおまえにはそれがそう見えるからだろう? でも他の人が見たら、それはゴミにしか見えないかも知れない。……私が金貨や宝石をゴミだとしか思っていないようにね。
 だから、あの瓦礫の山の中には、誰かにとっては宝物って品があるかもしれないよ」
 にっこりと微笑むミーミルをじっと見て、シグは小さな声で聞きました。
「あの……。金貨や宝石をゴミだと思っているお師匠様にとって、一番の宝物というのは何ですか?」
 小豆色のローブを着た、すこし年を取った女ウィザードは、にっこり笑って、目の前にいる小さな少年を指さしました。


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