「逢坂前夜」



「源三(げんざ)どのは……」
 立ち上がりざま、信繁はちいさく笑った。
「本に親父どのに似ておられる」
「似ているのは、源二、おぬしの方だろう」
 信幸……いや、今は信之だが……は、あぐらの両膝を叩いて、声音静かに抗議した。
 父は、小柄だった。
 父は、痩身だった。
 父は、賢かった。
 そしてこの弟は、小柄で痩身で賢い。
 あの時。
 父は弟の言を入れて、負けると判っている西軍に付いた。それは、彼の考えが父のそれと等しかったからではないか。
「それは違う。親父どのは、西に付く算段だった。だが、源三どのが西に行くと決めたから、東に残った」
 立ったまま、立ち去ろうとしたまま、信繁は言う。
「同じ策を立てられる者を一所に置いては、知恵の無駄遣いじゃ」
 今生の別れを、真田信繁はすがすがしい笑顔で飾った。

時代小説分室>>真武外伝