」
本人は平素と変わらず明るく頬笑んだつもりであったが、ブライトの目には苦悶の表情としか映らない。
「そうか。俺も驚いた」
吐き出すように言うと、彼はつまみ上げていたエル=クレールの襟髪をさらに後ろへ、勢いよく、高く引き上げた。
◆◇◆◇
これほど不意打ちに適した好機があろうか。
襲撃対象の少年は前後不覚となっている。抱え歩いていた喧嘩段平《カッツバルゲル》も、落とさぬようにするのが精一杯の様子だ。
付添の大男の方はと言えば、右腕で半病人を支えている状態だ。左腕一つでは担いだ両手持長剣《ツヴァイヘンダー》を扱うことも、元々持っている佩剣を抜くこともできまい。拳を振るにも不自由だろう。
剣術指南役のピエトロと護衛兼務女官のアンリエッタが二人がかりで大男に立ち向かえば、勝機はあるかもしれない。
彼は二人を相手にするためにやむを得ず少年から手を離すだろう。少年はようやく立っているような状態であるから、
『へたれな姫様でも何とかなるかも知れない』
ピエトロ青年とアンリエッタは茂みから飛び出した。
そのとき、頭上で生木の折れる鈍い音がした。
直後、緑の葉が付いたままの細い枝と、鮮烈で派手派手しい桃色の固まりとが、耳障りな騒音を上げながら大地に降り注いだ。
つい先ほどまで少年……エル=クレールがふらつきながらも立っていたその場所に、土埃が舞い上がる。
柔らかい腐葉土に、人間を上から押しつけたような形の『穴』が開いた。
その中に、身体の前半分を地面にめり込ませた人間が、ぴったり填っている。
提灯袖の上衣、南瓜のようなシルエットの半袴、中途に短い長靴下。
まとう物すべてが濃い桃色をしている。
リボンで飾り立てられた、これも桃色の鍔広帽が、本体よりやや遅れてふわりふわりと下降し、枝や枯れ葉が絡まり付ついてくしゃくしゃになったい苺金色《ストロベリーブロンド》の巻き毛を覆うように着地した。
ピエトロはその帽子の上を飛び越えた。
アンリエッタは南瓜袴《カボチャパンツ》を踏みつけて跳び、前へと踏み込む。
柔らかい腐葉土に半ば埋まった姫様が、
「んぎゃ!」
といったような悲鳴を上げたような気がしたが、二人はそのまま刺突剣を突き出した。
ねらいは大男……ブライト・ソードマンの上半身だった。
刺突剣の剣先は、巨大な鋼の板に突き当たって止まった。
十斤の鉄塊がピエトロとアンリエッタの眼前に横たわるように浮いていた。ブライトの左腕がそれを支持している。
「今日は厄日か」
彼は唸った。言った、というふうではない。獣のように唸っていた。
「俺は今、猛烈に機嫌が悪い。おかげで手加減の仕方を忘れている」
両手持長剣の切っ先が勢いよく跳ねあがった。ピエトロとアンリエッタの刺突剣ははじき飛ばされた。
二人は後方へ――うつぶせで倒れ込んでいる姫様を跨いで――跳んだ。両手持長剣の攻撃範囲から逃れなければならない。
ピエトロは着地すると、身を屈め、鞠のように後ろへと二転がりばかりした。
アンリエッタは着地に失敗した。足首を捻ったようだ。立ち上がることができない。その場にしゃがみ込んだ。
すぐにも巨大な剣が唸りを立てるだろう。二人は予感して身震いしたが、追撃は無かった。
代わりに力無く優しげな声がした。
「先程来、私たちは人々から刃を向けられてばかりです。先ほどの方々も、あなた方も、盗賊の類ではない様子ですが……。私たちに何か落ち度があるとでもいうのでしょうか?」
しまい込まれた操り人形のように、襟からつり下げられ、爪先立ちになっている