岩長姫 退魔記 − 協丸・弁丸 【2】


 盆地の底に住む者達はその山を「たろうさま」と呼んでいた。
 天辺が丸く、稜線がなだらかなその様は、大男がどっかりと腰を下ろしているようにも見えるからだ。
 だがその優しげな姿は外見だけなのだと、山肌を覆う森に一歩踏み入れば知れる。
「たろうさま」は、厚みは薄いが丈の高い岩の板を大地に突き刺したような山なのだ。
 「たろうさま」の頂上には龍神を祀った神社の本殿がある。願えば何でもかなえてくれるという噂だが、そこへ行く道らしい道は無い。
 だから大概の者は、まだ道のなだらかな二合目あたりにある下社に参いり、それで満足して帰って行く。
 どうしても本殿に行きたいのなら、下社のすぐ裏手から始まるうっそうとした暗い森を抜けねばならない。
 森の木々は、根の下に一抱えもある大岩を抱え込んでいる。大岩を上り下り、木の間を抜け、頂上まで一直線、天を突く崖のようなところを這い上がって行く……。
 時折キノコ狩りが迷い込んだり、猪狩りが入り込んだりもするが、大抵、転がり落ち、滑り落ちして帰って行く。
 たまぁに帰りきれずに岩場に叩き付けられ、身体中から血潮を吹き出して命を落とす輩もいる。
 我欲が強い物は龍神にたたられるのだと言う噂すらあるものだから、下社より奥へ入ろうという者はほとんどいない。
 その日。珍しく、身なりの少しばかりいい武士の子が二人、下社より奥へ入っていった。
 先を行く方は色黒で背が低く、後に続く方は色白でひょろ長い。だが目鼻立ちは良く似ていた。それに先を行く子供が帯にくくりつけている刀の柄と、ついて行く少年の小袖とに、同じ紋所がついている。
 兄弟だというのは、誰の目にも明らかだ。
 下社のやしろがはるか背後に見えなくなったころ、不意に先頭が立ち止まり、あたりをきょろきょろと見回した。
 殿軍(しんがり)も立ち止まり、周りの木々の間などをぐるっと見、ぽつりと言った。
「弁丸よ、随分と『いろんなモノ』がおるな」
 背の低い男ノ子……弁丸は、振り返りながらにんまり笑い、
「さすがに協丸は鋭いなぁ」
と、背の高い男ノ子……協丸の頭の上あたりを指差した。
「ほれ、そこ」
 協丸は指先を追って見上げた。
 横に張り出した太い木の枝から、頭を下にだらりと垂れ下がっている、人間の赤子ほどの大きさの真っ白いトカゲが、クルリとした目玉でおのれを見ている。
「うわっ!」
 思わず尻餅をついた協丸の耳に、ケタケタという笑い声が三つ聞こえた。
 一つは目の前の弁丸の口から、二つ目は頭の上のトカゲの口から、最後は弁丸のはるか後ろの方から。
「シロ、あまり人を脅かすでない」
 その三つ目の笑い声がいう。トカゲはずるずるストンと木から降り、弁丸の脇を二本足で駆け抜けた。
 やがてトカゲは声の主の元にたどり着き、抱き上げられた。
 白の単に紫の袴、帯の後ろに玉ぐしを差込み、下げ髪を稲穂のついた藁で切り結びにしている十三・四歳ばかりの娘だ。左右の手首と襟首に、水晶の数珠を光らせていた。
「お帰り、弁丸」
「おう、桜女(サクラメ)か」
 弁丸は両手を大きく振り回した。
「前に言ったじゃろう、ワシの乳兄妹の桜女じゃ」
 ようやっと立ち上がった協丸の目に、紙のように白い顔色をした娘の、墨のように黒々とした瞳が飛び込んできた。
「ほう、あれが……」
「愛らしかろう?」
「うん、確かに」
「あれは、ワシの嫁じゃ」
「嫁ぇ!?」
 協丸が頓狂に聞き返すと、弁丸はいたってまじめな顔で、
「武藤家の跡目は協丸に譲るが、桜女だけは譲らんぞ」
きっぱりと言い切った。
「それは……譲られても困る


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