朝日が差している。暖かで、まぶしい。
真綿で包まれるような生ぬるい違和感の中に、俺は唐突に立っていた。
一体、ここはどこだ?
確か、窓もないパンパリアのラブホもどきに泊まってたはずだが。
頭痛……いや、脳ン中しゃもじでひっかき回されてるような、嫌な気分だ。
随分と視界が霞んでいる。
……いや違う。俺の目が霞んでいるんじゃない。
風景そのものが紗の向こうっ側にあるみたいに、現実的じゃないンだ。
薄ぼんやりとしたその「風景」は、どこかの宮殿か屋敷と言った風情だ。
今時流行の直線的なギュネイ式の対極にある、曲線を多用した内装だった。
柔らかくて、上等で、懐かしい様式……。
「――下――」
誰かが、俺に対して呼びかけているのが聞こえた。
若い、男の声だ。どうやら聞き覚えはある。
ずいぶんと昔に聞いた声だ。
そう、クレールと出会う前、俺の脳味噌が初期化される前に、だ。
ドアが乾いた音を立てて開いた。
廊下の闇から、黒いマントを羽織った背の高い男がこちらを見ている。
あの男を俺は知っている。
もう4年の上になるが、俺は頭に大怪我を負って、どうでも良いような処世術以外の記憶を、すっかり失っちまった。
だが厄介なことに、ときおり「壊れた記憶」の断片がひょっこりと頭をもたげることがある。
俺はコイツと会ったことがある、というのも、そんな記憶のかけらの一片だろう。
そう、この男の名は確か……。
「レオン=クミン」
滅びた帝国「ハーン」の最後の皇帝が、退位した後に住み暮らした土地「ミッド」の、若く優秀な官吏。
本来内政に携わる身ながら、ミッドの人材不足と自身の優秀な外交手腕の故、諸国を旅して回らねばならぬ男、の筈だ……多分。
恐らく俺は、どこかミッドの使節団が外遊した先で、コイツを見かけでもしたのだろう。
……確証はないが。
レオン=クミンは俺が着替えを済ませて立っている(どういう訳か、俺は大礼服を着込んでいる)のを見て取ると、青白い顔にうっすらと笑みを浮かべた。
「お目覚めでしたか、殿下」
親しげで、それでいて礼儀正しい声音で、クミンは俺に対して問いかける。
それにしても、殿下とは。
俺はそんなガラじゃないし、そう呼ばれたことは(多分)皆無だって言うのに、そう呼ばれることに違和感が……ない。
「どうやら寝過ごしたようです」
口が、勝手に動いている。
身体も意識なしに動く。
俺はレオン=クミンが開け放ったドアへ向かって歩いた。
廊下に出、突然理解した。
『ここは、ミッド公国の宮殿だ』
おかしなハナシだ。俺は「真っ当に建っている」ミッドのお城には来たことがないはずだ。
……オーガの襲来と火山の噴火で倒壊した残骸の上になら、立ったことがあるが……
それなのに、俺はここがミッド大公ジオ・エル=ハーンの居城だと確信している。
存在そのものが薄ぼんやりとした廊下を、俺達は音もなく歩いた。
こぢんまりした宮殿だから、すぐに目的地、大公の居室前に着いた。
レオン=クミンは、紫檀のドアを軽く叩いた。
「お入り」
枯れた男の声がした。ドアがゆっくりと開き、燦々とした朝日の逆光に、4つの人影が浮いている。
椅子に掛けた老紳士は、ミッド大公ジオ3世。
その傍らに立つほっそりとした女性は、大公の二人目の妻クリームヒルデ・ギュネイ=ハーン。
二人の前に傅く大柄な女性は、親衛隊の女隊長。名は確か、ガイア=ファテッド。
そしてもう一人。
着慣れないドレスを窮屈そうにまとった少女の横顔は、ハーン夫妻の両方とよく似