クレール=ハーンが、自分の身体で唯一気に入らない所は、髪の毛だった。
周りの者は気を使って「金髪」と言ってくれているが、自分にはどうしても「赤毛」としか思えない。
「金髪というのは、母上の髪のことをいうのよ。ねぇ、父上?」
まだ三十路を超えぬクリームヒルデ妃と、すでに老境にかかろうというジオ三世大公は、顔を見合わせて苦笑いをした。
童女のように小柄な公女様は
「だからきっと、私は母上のような、穏やかで、優しくて、おしとやかな女王には成れないわ」
と言うのを口実にして、少年の服装で日々を過ごす。
それは、「跡継ぎの公子」を欲しがっていた父王の趣味にも合っていたので、余程のことが無い限り、誰からも咎められなかった。
ただ、母妃だけは
「今度の、13歳の誕生日祝いパーティの時ぐらいは、母さまのデザインしたドレスを着て欲しいわ」
と、嘆息していた。
「解っています、母上」
両親を深く愛している、賢くて小柄な公女は、精一杯の笑顔で応える。
『本当は絶対にイヤ。ドレスを着るのも、誕生日に舞踏会をやるのも。だって…あの男が来るのだもの』
ギュネイ皇帝が領内の「小国」……つまりここ「ミッド公国」のような……に派遣する『監国謁者(かんこくえつじゃ・目付役)』が、その日に来ることになっていた。
派遣される者の名を聞いて、クレールも、父公も、母妃も、眉をひそめていた。
ルカ・アスク。
30過ぎの独身男。
領邑100戸の子爵。
無能な子役人。
ギュネイ二世皇帝フェンリルの腰巾着。
そして……。
一年前、12歳の童女クレールに求婚した愚か者。
それでも、その日はやってくる。
誕生祝いのパーティは「ミッド公国」で行われるものとしては異例な豪華さで……しかし、他の国々から比べると異様な質素さで……開催されるのだ。
明後日には。
一撃。
黒みを帯びた赤いたてがみの獅子が、鋭い前足の爪を振り下ろした瞬間、女親衛隊長ガイア=ファデッドの右腕は、粉々に吹き飛んでいた。
クレール=ハーンには、悲鳴を上げる暇もなかった。
ただ独り、累々たる死骸の中で、壁を負い、短いサーベルを握り締めた。
無機質なライオンは、滑るように突き進む。
足音はない。息吹もない。
ただ殺気だけを吐き散らしながら、猛然と突進した。
クレールが目をつむり、身を沈めた直後、壁は突き破られた。
土煙の匂いが、背後で巻き上がった。
小柄な少女は、彼女を守ったがゆえに屍となった者達の身体の上を、必死で走った。
目の前の出口。大広間へとつながる廊下。
追ってくる殺意。
華美ではないが壮麗なドアの向こうでは、ささやかなパーティが開かれているはずだった。
公女クレールの13回目の誕生日。
普段着ることのない、裾を引きずるドレスをまとって、母の奏でるチェンバロに合わせて踊らなければならないはずの日だった。
足がドレスに絡んだ。
倒れ込みながら、大広間のドアを開けた。
瓦礫の山が、そこにあった。
地味好みの大公・ジオ3世が、王の居城としては最低限の装飾しか施さなかった謁見の間は、壁にも床にも天井にも、大きな穴が開いていた。
クレールの部屋のと同じだった。
巨大な力で突き破ったような穴と、巨大な力に押しつぶされたような人間の残骸が、そこには無数にあった。
そして正面の玉座に、父王ではない男が座っていた。
両の手から、赤い鎖が一本ずつ延びている。
「ルカ」
ギュネイ皇帝の派遣した『監国謁者』が、形の上では主である者が座るべき場に、掛けていた。
「ルカ!